Act2-24


【刹那】


「くっ……もうこんな時間なのか……! 寮にお嬢様達はいなかったが……一体、どこへ……?」

 私はお嬢様達を捜して、人影の無くなった夜の麻帆良の町を走り続けていた。
 かれこれ一時間ほど捜し続けていたが、未だにお嬢様やアスナさん達は見つからない。
 最悪の場合、京都での一件のように、お嬢様を利用しようとする輩に狙われているかも知れないのだ。

「しかし、遠野シキという奴はホテルに泊まっている訳じゃないのかもしれないな……」

 遠野シキという男を見つけに、朝倉さん達からの情報を元に遠野グループホテルへ向かっていたのだが、二十七祖の一人と名乗る男と交戦している間に出かけてしまったらしく、遠野シキを見つけることは出来なかった。
 遠野グループホテルならば遠野家の長男であるはずの奴が泊まっていてもおかしくないと考えたのだが、ホテルの帳簿に遠野シキという名は無かった。

 ……しかし、おかしな点もある。
 ホテルに入ってカウンターで宿泊客の帳簿を見せてもらった記憶はあるのに、他の記憶……例えば、ホテル内の構造などをまったく覚えていないのだ。

「……ハッ! いけないいけない、今はお嬢様達を捜さなければ……」


「きゃああああああっっっ!!!」


「っ! ……アスナさんの声?!」

 突然近くの森の中から響き渡った叫び声は、アスナさんの声によく似ていた。
 夕凪を抜き放って声のした方へ向かうと、お嬢様を背にして蹲るアスナさんと、彼女の背後で脅えた表情を浮かべるお嬢様がいた。
 私が姿を現すと、アスナさんとお嬢様は目を点にさせて私と、森の奥にいる人物に視線を行ったり来たりさせている。


 お嬢様達の視線を辿った先には――――鮮血に染まった白い翼を広げ、血に塗れた夕凪を構えて不敵に笑う私がいた。




〜朧月〜




【アスナ】


「せっちゃん、どこ行くんやろ? 何かここ、不気味な所やな……。なあアスナ、ここら辺にこんなトコあったっけ?」

 町で見かけた刹那さんの後ろ姿を追っていくと、いつの間にか小さな森の中に入っていた。
 私もここら辺は何度も歩いているが、こんな森が近くにあったという記憶は無い。

 森の中は真っ暗で、月の光すら遮られてしまっている。
 そんな不気味な森の中で、私達は前に小さく見える刹那さんの背中だけを追って歩いていた。
 さっきから大声で呼んでも反応しない刹那さんに嫌な予感がして、罠など無いか何度か辺りを見回していたのだが、一向に何かが起きる気配も何者かが潜んでいる気配も無い。

「……ねえ、このか。先に学園に戻って、ネギを連れてからもう一度捜しに来ない?」

「えー、でもすぐ前におるんやし……あれ?」

 一度学園に戻ってネギを連れてくることを提案したが、このかは刹那さんを連れて行く方を優先したいらしい。
 どうしたものかと私が考え込んでいると、前に目を向けたこのかが首を傾げて声をあげる。
 私も刹那さんのいた方に目を向けたが、そこに刹那さんの姿は無かった。

「ありゃ、せっちゃん先に行ってしもたんかな? アスナ、ウチらも急ご」

「待って、このか……――――っ! 危ないっっっ!!!」

 ガサリ、と頭上から音がしたと同時に、私の体はこのかに向かって走り出していた。
 揺らめく木々の間から差し込んだ月の光が反射して、このかの頭上に迫る白刃が煌いている。
 私はこのかを両手で抱き締めると、無我夢中のままに跳んだ。


「――――邪魔や」


「……っ!! きゃああああああっっっ!!!」

 聞き覚えのある、しかし背筋が凍るほど冷たい声と共に、白刃が風を切る音がする。
 それに遅れるようにして私の背中に灼熱が走り、更に遅れてやってきた激痛は思わず絶叫してしまうほどだった。
 相手の狙いがこのかだとわかっているので、抱きかかえたまま地面を転がり、このかを背中に庇う形で身構える。
 背中からくる痛みに耐えながら目を向けると、そこにいたのは白い翼を鮮血で赤く染めた刹那さんだった。


「クス……このちゃん、愛してるえ。――――殺してしまいたいくらい、な」


 刹那さんは全身を血で赤く染めながら、微笑んでいる。
 その笑みに私の全身の肌が粟立ち、気付かぬうちに全身が恐怖で震えていた。
 このかも目の前の刹那さんに脅えているのか、私の背中を押さえている手が小刻みに震えているのがわかる。

 刹那さんは緩慢な動作で手に持った刀を眺めると、刀に付着した誰かの血を舌で舐め取っていく。
 その仕種は恐ろしく妖艶で、一瞬見惚れてしまうほど目の前の刹那さんに合っていた。
 戦わなければと思って震える体で立ち上がろうとしていると、誰かがこの場に走り込んで来た。

「せ……刹那、さんが……二人?!」

「へ……せっちゃんが、二人いる……?」

 私とこのかは走り込んで来た人に視線を向けて、ほぼ同時に呟いていた。
 信じられなくて何度か森の奥の方にいる翼を広げ全身を血で染めた刹那さんと、今しがた来たばかりの刹那さんに視線を交互に向ける。
 私達の視線を辿ったいつもの刹那さんも、真っ赤な翼の刹那さんを見て驚いたような表情を浮かべていた。

「な……お、お前は……何者だ……?!」

「あは……アンタ自身わかっとるんとちゃう? ……ウチは、アンタが不安に思とるモノ……烏族の力を解放した、アンタ自身や」

 不敵な笑みを浮かべた偽者の刹那さんの言葉に、刹那さんは不安そうな表情を浮かべて私達の方に視線を向けてきた。
 やはり、まだ烏族の力を解放した自分を見られることに不安があるらしい。
 私は斬りつけられた背中の痛みを堪えながら、不安そうな刹那さんに親指を立てて笑って見せた。
 それに気付いたこのかも、刹那さんの方を見て笑顔で小さく頷く。

「――――確かに、私はその姿になることを、見られることを不安に思っていた。けど……今は違う!!!」

 私達から偽者の刹那さんに視線を戻した刹那さんは、躊躇う事無く白い翼を解放する。
 翼は力強く空気を打ち、体を血で赤く染める偽者の刹那さんを完璧に圧倒していた。
 しかし、偽者はそれに動じる事無く、歪んだ笑みを浮かべて口を開く。


「せやな。けど……ウチがここにいること自体、アンタが心のどこかでその姿を恐れとる何よりの証拠や。何ならこの町を覆ってる魔力の正体、教えたろか?」





□今日の裏話■


 ホテルから出る前に、刹那がこの部屋に来なかったことが気になり、トーコに聞いてみる。
 それほど気になったという訳ではないが、力を封印された私では、そのトーコの張った結界に引っかかってしまう可能性があったからだ。

「そういえば……結界というが、どんなのなんだ?」

「ん……? ……ああ、単にそちら側の人間がホテルの帳簿を見たら、私に関する記憶を消すというモノさ」

 聞いて、なるほどと思う。
 トーコがここに泊まっているかどうかを調べるのなら、まず帳簿を見るのが普通だ。
 そして、その帳簿でトーコらしき人物がいるか調べようとした刹那の魔力か何かに反応してトラップが発動し、トーコに関する記憶を消されてホテルから出て行った、という訳か。

「ふん……で、お前は明日の朝にでも帰るのか?」

「……タタリに明日の朝、なんてものがあるのならな」

「……? ああ……お前は今日来たばかりだったな。今回のタタリは奇妙なことに、夕方から夜にかけてのみ結界が展開されるようなんだ」

 私の話に怪訝そうな表情を向けてきたが、嘘を言っていないことがわかったらしく、トーコは不機嫌そうな顔で煙草の煙を苛立たしげに吐き出していた。
 トーコは煙草の火を灰皿に押しつけて消して立ち上がると、いつものトランクを持ってベッドのある隣室へと歩いていく。


 ボフッという隣室のベッドに倒れ込む音を聞いてから、トーコの泊まるホテルを後にしたのだった……。


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