Act2-26


【刹那】


「この町を覆っている魔力の正体だと…?」

「せや。まあ…ウチもその魔力から作り出されたモノの一つやねんけどな」

 歪んだ笑みを浮かべたまま、殺した人達の血で染まった偽者の私が話している。
 この町を覆っている魔力から作り出されたと言っているが、一体誰が、何を基にしてこんな趣味の悪いモノを作り出したのか。
 夕凪を構えて警戒していると、突然アスナさんの携帯が鳴り、光を放ちながら宙に浮かび始めた。
 その携帯の液晶画面から、一人の白い少女の姿が映し出される。


『夢は第二の人生と申します…。さすれば、人生などというものは夢の前座…しかも退屈極まりない前座芝居なのかもしれません…。
はたまた…人生とは、『死』という熟睡に入るまでに見る、夢そのものなのでしょうか――――?』


 銀色の髪に大きな白いリボンをした少女は、紅い瞳でこちらを見据えると、スカートの裾を摘んで小さく頭を下げる。
 突然現れたこの少女は幻影らしく、薄く透けて向こう側の景色が見えていた。

『こんばんわ。そして初めまして、外れた混血さん。私の名は、レン。鏡に映った、もう一人の自分を見る気分はいかがかしら?』

「…悪趣味極まりないな。…何者だ、貴様」

 妖しく微笑むレンという名の少女は、何かを楽しむような視線でこちらを見ている。
 アスナさんとお嬢様にも気付いているようだが、特に危害を加えてくるような素振りなどは無い。
 この町全体を覆っているモノと同じ力を感じるが、どちらかというとこの少女から溢れ出ているような感じを受けた。

『クス…私は、この舞踏会の主催者よ。あなた達の中にある不安や恐怖、使われない力や抑え込んだ感情が姿を持って踊るの。ここではコピーもオリジナルも関係ない。より優れた者が、唯一のものと成る権利を得ることが出来る』

「私達の不安や恐怖が…姿を持つ、だと?」


「言ったやろ? ウチが存在する限り――――アンタは心のどこかで、この姿に恐怖しているってことや!!」


 翼を広げた偽者の私が、刀を構えて突進してきた。
 知らない内に動揺してしまっていたのか、反応が遅れてしまった私はなす術無く攻撃を喰らってしまう。
 何とか体勢を立て直して夕凪を身構えるが、偽者の私は次々に攻撃を繰り出してくる。


『人間の真似事なんて、つまらない夢を見ているから弱くなるのよ。貴女はここで大人しく――――死になさい』


 白い少女は劣勢となった私に冷たい視線を向けながら、心に突き刺さる言葉を残して消えていったのだった…。




〜朧月〜




【志貴】


「くそ…何とかしてあのレンを止めなきゃ…ん?」

 白レンが言うには、俺の中にある三咲町で起きた吸血鬼事件の記憶を元に、タタリを作り出したらしい。
 最悪の場合、三咲町の事件の再現も考えられる。
 彼女を止めるべきなのだろうが、どうしたら彼女を止められるのかすらわかっていないのだ。
 とにかく白レンを捜そうと歩き始めた時、どこかから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「っきゃあああああああああああっっっ?!?!?」


 声の主は、近くの家の屋根の上から降ってきて、俺の目の前で見事に着地して見せた。
 見れば、朝の通学ラッシュ時にチンピラに絡まれていたシスター服の女の子だった。
 慌てていたのか、着地してからよろけて俺の胸に飛び込んできたのだが、彼女は荒い息を吐きながら徐々に息を整えていく。

「えっと…君、だいじょう――――ぶっ?!」

(ボフッ!!)

 シスター服の子に声をかけようとしたところで、突然顔に衝撃が走り、視界が閉ざされてしまう。
 いきなりのことで何かと思ったが、視界を塞いでいるモノが後頭部に手を回してしがみ付いていることに気付き、誰かが俺の顔に飛び込んできたのだとようやくわかった。
 …まあ簡単に言えば、肩車の前後逆になっている状態という訳だ。

 しがみ付いている子の脇に手をかけて俺の顔から剥がして見ると、シスター服を着た十歳くらいの女の子だった。
 脇を手で支えたまま彼女をよく見てみると、夜の闇でわかり難かったが、黒い肌をしていることがわかる。
 黒肌の女の子はじっとこちらを見てきたので、とりあえず笑顔で返してみた。
 すると、女の子はあからさまに視線を逸らしてしまった。むぅ…嫌われてしまったか?

「えっと…君は朝に会ったね。俺は遠野志貴。麻帆良大学を見に来た高校生だよ」

「あー…えっと、私は通りすがりの謎のシスターってことで。そんじゃ…逃げるよ、ココネ!」

 黒い肌の女の子を下ろしながら、目の前のシスターに声をかけると、辺りに視線を巡らせながら何かを警戒していた。
 そして俺の前で立ち尽くしていた黒い肌の女の子――――ココネちゃんというらしい――――の首根っこを掴んで走り出す。
 しかし、突如その行く先に黒い影が姿を現し、謎のシスター達の行く手を阻んだ。


「どこへ向かおうとも、辿り着く先は変わらんよ。さて…お嬢さん方、命に保険はかけたかね?」


「っ…! ワラキア!!」

 黒い影は金髪の貴族風の姿となり、謎のシスター達に襲いかかった。
 咄嗟に後方に跳躍した謎のシスターと入れ替わるように、七つ夜を構えた俺がワラキアに向かって突進する。
 振り下ろしてきたマントを七つ夜で受け止め、下から上へ大きく斬り上げて攻撃したが、避わされてしまった。

「ほう…これほど早く巡り合わせがこようとはな。まあ、この虚言の夜に脚本など存在しないのだから、これもまた仕方の無いこと…。しかし、いずれにせよ君にはこの先も舞って貰わねばならん。私の望む配役は、既に決まっているのだからな…」

「断る。あんたの筋書き通りに踊るつもりは無い…!」

 七つ夜を構えて眼鏡を外そうとしたが、眼鏡の弦に手をかけた時に後ろから引っ張られて中断させられてしまう。
 驚いて後ろを振り向くと、謎のシスターがココネちゃんを肩車しながら俺の右腕を引っ張っていた。
 謎のシスターはワラキアの方に視線をやりながら、焦ったように急かしてくる。

「ちょっと、何考えてるんだよっ?! アイツは絶対、一般人が敵うような相手じゃないって! 早く逃げ――――」

「心配してくれてありがとう。でも…俺は一般人とはちょっと違うから、多分大丈夫だよ」

 自分で言っててちょっと悲しいが、俺が『外れて』いるのは否定できない。
 勝てるかどうかはわからないが、彼女達が逃げられるだけの時間は稼げるだろう。
 視線をワラキアに戻して精神を集中させると、ゆっくりと魔眼殺しを外す。
 途端に視界に入った全てのものが罅割れていき、同時に『死』を視ることによる激しい頭痛が襲う。


 ――――さあ…もう二度と現れることが出来ないように、その魂まで殺し尽くしてやろう…!





□今日の裏話■


「はー…昨夜と同じくごっそりと人口が減っちゃったみたいだなぁ…」

「…」

 シスター服を着た黒い肌の少女を肩車しながら屋根伝いに移動する、同じくシスター服を着た少女。
 ふと立ち止まって辺りを見回すが、人一人どころか猫一匹すら見当たらない。
 昨夜も同じような現象に遭ったのだが、幸い彼女らは敵に遭遇すること無く朝を迎えたのである。

「…。…はっはっは、言葉を謹みたまえー! 君は麻帆良王の前にいるのだー!」

 人影の無い町に、意味も無く威張ってみせるシスター服の少女の声が響いた。
 昨夜見た某アニメ作品のセリフなのだが、ついつい言ってみたい衝動に駆られてしまったらしい。

「…ミソラ」

「う…ちょ、ちょっと言ってみたかっただけだよ。意味は無いの。ツッこまないでよね、ココネ」

 恥ずかしくなったのか、肩車をしているシスター服の少女――――ココネに名を呼ばれ、頬を赤くするシスター服の少女。
 ミソラと呼ばれたその少女が再び屋根伝いに移動しようとしたその前に、黒い渦のようなものが姿を現す。
 その黒い渦は人の姿へと変わり、貴族風の身なりをした金髪の男となった。


「ふむ…他人の手による舞踏会とはどれほどのものかと思ったが――――まずまず、といったところか。出演者の名簿に未だ姫君の名が見えないことは些か不満ではあるが、新たなキャストというのも悪くは無さそうだ」


 目を閉じたままのその貴族風の男は、視界に美空とココネの姿を認めて不敵な笑みを浮かべる。
 美空は警戒の面持ちを見せながら、ゆっくりと近づいてくるその男に合わせるようにじりじりと後退していく。
 踵が地を踏まず、屋根の端まで追い詰められたことに気付いた美空は、一か八かその場から跳躍して屋根伝いに逃げ出した。
 男は笑みを崩さずにマントを翻すと黒い渦となって姿を消し、次の瞬間には美空の行く手を遮るように姿を現す。

「ミソラ!!!」

「うわあっっっ?!!」

 姿を現してすぐに踊るような動作で横に薙がれた男のマントは、鋭利な刃物のように油断していた美空のシスター服を切り裂き、その白い肌に血を滲ませる。
 敵わないと直感した美空はココネを肩車したまま、次から次へと襲いかかる貴族風の男の攻撃を何とか掻い潜って逃げ続けていたが、跳躍する脚を狙った攻撃に反応できず、屋根から道路へと落ちてしまった。

「っきゃあああああああああああっっっ?!?!?」

 ココネは落ちる直前に、美空が着地し易いように飛び降りたようだ。
 何とか無事に着地できたが、よろけてしまい何かにぶつかる。

「えっと…君、だいじょう――――ぶっ?!」

(ボフッ!!)

 どこかで聞いたような優しげな声に顔を上げてみると――――誰かの顔にココネが着地していたのだった。


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