Act3-1


【エヴァ】


「……マスター、お客様です」

「んぅ……誰だ、こんな朝っぱらから……」

 意識が浮上してきて、カーテンの隙間から入り込んでくる朝の日差しが目に突き刺さる。
 茶々丸に起こされて時計を見れば、まだ朝早い時間だった。
 半ば寝惚け眼でフラフラと立ち上がり、客のいるという玄関へと向かう。
 後ろに控えていた茶々丸が前に出て扉を開けると、そこにいたのは――――

「誰かと思えば昨日のシスターか。……確かココネ、とかいったな。何の用だ?」

「……ナイフ。……志貴の」

 私服姿のココネがボソボソと言って懐から取り出したのは、確かに志貴の持っている飛び出しナイフだった。
 柄に『七夜』と刻まれていることから察するに、志貴が七夜の姓を名乗っていた頃からの持ち物なのだろう。

「……あと、志貴にお礼……」

「礼? ……何かあったのか?」

「……危ないところを、身を張って助けてくれた」

 淡々と呟いていたココネだったが、そこだけは頬を赤らめて俯いていた。
 しかし、傷だらけになっていたと思ったら、この娘を助けるために自分の身を削った訳か。
 まったく……あの男は朝っぱらから不機嫌にさせてくれる。

「――――上がれ。まだ寝ているが、傷はほぼ完治している」


 そんな、丸い性格になってしまった自分自身もまた、不機嫌さに拍車をかけていた。




〜朧月〜




【志貴】


「ん……朝、か――――?」

 鳥の囀りが朝を告げ、意識が覚醒していく。
 眼を開けると黒い罅割れた世界が視えてしまうので、仰向けのままで目を閉じたまま枕元に手を伸ばし、手探りで魔眼殺しを探す。
 カツン、と指先に当たった物を手にとって、感触で眼鏡の形状を確かめてから顔にかける。
 目を開けると、いつも通りの光景が――――?

「何、この状況……」

 両脇に俺の腰にしがみつくようにして眠る、二人の少女。
 金色の髪の唯我独尊お嬢様に、黒髪黒肌の幼い聖女様。



 ハテ……昨夜ノ記憶ガ途中カラアリマセンヨ?
 ……モシカシテ、昨日ノ夜、俺、何カシマシタカ?



「あ……おはようございます、志貴さん」

「あ、ああ……おはよう、茶々丸さん。ところで……この状況は一体……?」

 腰に少女二人を引っ付けたままでは、起き上がるに起き上がれない。
 なので、横になったまま、階段を上がってきた茶々丸さんに今の俺の状況を問いかけてみた。
 茶々丸さんは何を聞かれたのかわからなかったのか、首を少し傾げてきょとんとしている。
 彼女は頭の上に乗っかっていたレンを腕に抱きなおすと、ふと思い出したように口を開いた。

「あ……昨夜はお疲れ様でした、志貴さん」

「――――ハイ?」

 茶々丸さんは優しく微笑みながら、労いの言葉をかけてくれる。
 しかし、こっちはその言葉を聞いて気が気じゃなかった。
 昨夜……お疲れ様……。
 俺の腰にしがみつく眠れる少女達に視線をやり、そして視線を虚空へと彷徨わせる。


――――先生。遠野志貴は、正しい大人になる以前に……性犯罪者になっちまいました。


 脳内にロリコン、ペドフィリア、変態等といった文字が羅列されていく。
 そして舞台はトラウマと言ってもいい、遠野家地下帝国へ――――

 琥珀さん……何ですかその蛍光ピンクと蛍光ブルーの液体の入った注射器は。

 翡翠……その奇怪な叫び声を上げている料理は何なのでしょうか。

 あーやめてやめて死んじゃう死んじゃうー。


「あ、あのう……志貴さん、何か深刻な勘違いをされているのでは……?」


 半ば精神がどこか遠くへ逝きかけていたところへ、茶々丸さんがオロオロしながら声をかけてきた。
 茶々丸さんの先程の労いの言葉は、昨夜のワラキアとの戦いの際に、ココネちゃんを身を張って助けたことについてのものだった。
 ココネちゃんは、その昨夜の件についてのお礼と、落とした七つ夜を届けに来てくれたのだが、その後に色々とあって、エヴァちゃんと一緒になって俺の布団に潜り込み、そのまま寝てしまった……というのが今の状況らしい。

 ……まあ、わかってはいたけれど。


――――遠野志貴は、本日も気苦労が絶えないようです。





□今日の裏話■


「……ほれ、志貴はそこだ。滅多なことでは起きないから、自然に起きるのを待つしかないぞ」

 ココネを連れて二階へ上がり、志貴の寝ている茶室を見せる。
 例え怒鳴ったり揺すったりしても志貴が起きないということは、昨日でよくわかった。
 一階で待たせようと思い踵を返そうとしたその時、志貴の布団に潜り込むココネの姿が目に入る。

「な……っ?! き、貴様何してる!!?」

「添い……ここで起きるまで待とうかと思って…」

「今お前添い寝とか言いかけただろう!? ふ……巫山戯るな! なら私も一緒に寝る!! 茶々丸、学園に行く時間になったら起こせ!」

 そう言って、私は対抗するかのように急いでココネの反対側に潜り込んでいく。
 ココネが志貴の腰にしがみつけば、私も対抗してしがみついた。

――――今思えば、その時の私は寝惚けていたとしか思えない。
 ……十歳かそこらの子供に対抗心を燃やすとは、何ともくだらないことをしたものだ……。


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