Act3-19


【エヴァ】


「ふわ……そういえば土曜日だったな、今日は……。……屋上で少し寝てから帰るか」

「待ちなさい、エヴァンジェリン……!」

 別荘から出た後茶々丸と共に学園へ向かうと、一時限だけ授業を受けて放課となった。
 仕方が無いので昼寝でもしようと屋上に出ようとしたところで、後ろから聞き覚えのある声に咎められる。
 うんざりとした気分で振り向くと、そこには予想通りシスター・シャークティの姿があった。
 昨日最後に見た時のケーキのクリームまみれの顔を思い出して小さく噴き出すと、恥ずかしさからなのか怒りからなのか、シャークティの顔が赤く染まる。

「昨夜はよくもやってくれましたね……。あの男性はどうしたのですか!?」

「ん……ああ、志貴か? アイツは私の従者になる予定なんでな。ウチで囲ってやってる」

「従者……っ?! 何を企んでいるのです、『闇の福音』……!!」

 シャークティの顔が険しくなり、十字架を構えてこちらを睨みつけてきた。
 私はそれに付き合わず扉を開けて、茶々丸と共に屋上へと出る。
 柵に背中を寄りかからせて、後を追ってきたシャークティに悠然とした笑みを浮かべて向かい合う。

「クク……魔力を封じられた私よりも、力を揮うべきモノがあるだろうに」

「……っ……このどさくさに紛れておかしな動きをしてみなさい。神の名の下に、私が貴女に神罰を下して差し上げます」

 私の言葉に多少冷静になったのか、シャークティは十字架を仕舞って屋上から去っていく。
 正直、昨夜の『混沌』のような化け物がいるというのに、無駄な力を使いたくは無かった。
 ……ふと、ジジイに伝えることがあったのを思い出し、面倒なので茶々丸にシャークティを追って伝えるよう命じる。

「……さて――――そう簡単に許可が降りるとも思えんしな…。どうしたものか……」


 肌寒くなり始めた時期であっても、雲の隙間から射し込む太陽の光は温かく、私が眠りに就くのもそう遅くは無かった……。




〜朧月〜




【ネギ】


「……昨夜、そんなことがあったんですか……。でも、刹那さんはどこに行ったんでしょう……?」

「……わかんない。でもあの七夜って奴といい、白いリボンのレンちゃんといい……刹那さんに酷いことばかり言って許せない!」

 僕はこのかさんが作ってきてくれたお昼ご飯を食べながら、アスナさんとこのかさんから昨夜あったことを聞かせてもらっていた。
 アスナさんは刹那さんに酷いことを言った人達に憤慨しながら、このかさんの作ってくれたサンドイッチに齧り付く。
 昨夜姿を現した白い少女はレンと名乗り、先程人型になった姿の黒猫のレンさんに瓜二つだったというが、アスナさんはそっくりだから関係はあるかもしれないけれど別人だと断言していた。

「そやな、昨夜の白いレンちゃんも確かに可愛かったけど……何だか怖かったわ。黒い方のレンちゃんは……無口やけど、優しい雰囲気があって……。……うん、ウチもアスナの言うとおり別人な気がする」

「僕は会ってないからわかりませんけど……でもこのかさんやアスナさんが信じているなら、僕も信じます」

「アニキまで……。そんな怪しいヤツを簡単に信じちゃいけねぇぜ!」

「……アンタは今でも充分怪しいヤツなんだけどね…。……ところで、ネギの方は昨夜どうだったの? 何だか凄く魔力を消費してたみたいだったけど……」

 アスナさんに聞かれて昨夜のことを思い出し、僕の体に軽く震えが走った。
 無数の黒い獣の数々と、半身を吹き飛ばされたというのに平然としていた混沌の姿が脳裏に蘇る。
 いくら考えても、僕にはあの圧倒的な存在に勝つ術が見い出せない。
 例え魔法の射手で黒い獣達を倒したとしても、混沌の体内に戻ってしまえば無意味となってしまう。
 そもそも大陸を丸ごと崩壊させるほどの魔法など、父さんであったとしても不可能だ。


「……ギ……ネギってば! どうしたのよ、顔真っ青よ? 昨夜、何かあったの?」

「あ……はい。その……実は、昨夜――――――――」



 僕は昨夜戦った存在……二十七祖十位『混沌』、ネロ・カオスについてアスナさん達に話した。
 『混沌』について説明しながら、改めてその存在の異常さを実感する。

 複数の使い魔を肉体の一部にすることは可能だが、混沌は正確な数は知らないが確実に百以上の獣をその体に取り込んでいる。
 僕ら魔法使いのように裏側で活動する僕らとは違って、主に自室に引き篭もって研究をする魔術師達は、お使いをしてくれる使い魔を作って自らの一部として使役することがある。
 しかし、何の着色もしていない存在概念を『ヒト』という器に大量に内包するということは、自分自身の消滅を意味する。
 そういった意味でも、百以上もの『命』をその体に含有する『混沌』は異常な存在だとしか思えなかった。

「……でも、必ずそのネロって人にも弱点はあるはずよ。それさえ見つけることができれば……」

「弱点らしき弱点は……恐らく、存在しません。例えるなら、陣地に戻れば生き返るゾンビの軍隊……しかも、それぞれが各個の意思を持って戦うことが可能だと考えれば、弱点を互いに補い合えますから……」

「その陣地もまた、死ぬことの無い化け物でござる。……消耗するのはこちらのみ。厄介極まりないでござるな……」

 混沌については、以前修行中にマスターから戯れで教えてもらったことがあったのだが、まさか現実に相対することになるとは思ってもみなかった。
 アスナさんもこのかさんも、僕の話を聞いていて不安そうな顔をしている。
 僕の魔法で半身を吹き飛ばされて尚健在だった『混沌』の姿を見たらしく、楓さんは厳しい表情で呟いていた。

「……倒せる可能性が無い訳でもありません。ただ……不確定で、可能性はかなり低いです」

「倒せる可能性が少しでもあるんだったら、試すしかないじゃない。どんな方法なの?」

 倒す方法があると知って、アスナさんの顔に笑顔が戻った。
 でも、その笑顔が不安に戻ってしまうのがわかるので、少し言いづらい。

「いえ……方法ではなくて、混沌を倒せるヒトがいるみたいなんです。貴き殺人を行う者――――『殺人貴』、という二つ名か何かだと思いますが、混沌自身がその人に殺されたと言ってましたから確実だと思います」

「……殺人鬼? 人殺しか何かが怖いの、ソイツ?」

「ちゃうちゃう、アスナ。『殺人貴』……『鬼』やのうて、貴族の『貴』や」

 このかさんが、近くに転がっていた木の棒で地面に文字を書いていく。
 カモ君も考えてくれていたが、やはり『混沌』を倒す術が浮かばないらしく、深いため息を吐いた。

「二つ名だけじゃあなあ……。とにかく、奴に会ったら即行で逃げた方がいいぜ」

――――『殺人貴』
 その人の顔どころか、その存在がここにあるのかどうかすらわかっていない。
 出逢えたとすれば、それは奇跡。


 このかさんが地面に書いた『殺人貴』という文字を見つめながら、絶望的なまでにゼロに近い可能性に深いため息を吐いたのだった……。





□カモっち何でも情報局■


「フッ……随分と放置されちまったもんだ……。つーか、本編でも出番が少ねぇ……」

「まあ心が広いってのも漢の条件の一つだぜ。気にしねぇで紹介といこうじゃねぇの!」

「今回は、かまって系委員長! 戦う学者さんこと、シオン嬢だぜー!!」

○シオン・エルトナム・アトラシア(ソカリス)(6月1日生まれ、O型、身長161p、体重48s、B86 W55 H83)
 アトラスの錬金術師。ソカリスというのは元の名前で、アトラス協会の次期院長候補になってからアトラシアと名乗ってるぜ。
 ナノ単位のモノフィラメント・『エーテライト』と黒い銃身の模造品であるバレルレプリカを武器としている。
 アトラスの没落貴族エルトナム家の出身で、アトラス院では主席の成績を収めている。だが長く自分の在り方に疑問を持っており、“何が間違っているのかわからない”という問題を抱えていた。
 悩めるシオン嬢は、教会からの吸血鬼討伐の協力要請に志願し、二十七祖の一角である三年前に発生したタタリと対決して敗北。
 以後はアトラス院に戻らずに吸血鬼化する体を抑えながら教会と協会からの追跡を逃れ、それを解決するために吸血鬼を人間に戻す研究をしながらタタリを追い、再び挑もうとしている。
 ちなみに何故半吸血鬼に止まっているかというと、以前の『ワラキア』についての説明であったと思うが、タタリは吸血鬼としては半端で力は弱く、また発生している時期もきわめて短いために子をつくっても強制力は弱いからだ。

 エーテライトを操り他人の脳髄から情報を強制的に引き出すので、霊子ハッカーと呼ばれてる。最大7つの分割思考が可能。
 錬金術師であるために論理的な行動をする。計算を基に論理的に行動し、エーテライトで知識を吸収するが、実体験が伴わないのでどうも世間知らずなとこがある。
 性格はひたすら真面目で論理的。遊びのない性格だが遊ぶときは遊ぶ、というか心の底では遊びたがっているという、実はかまって系の
委員長タイプ。生真面目で融通が利かないが、根は温かい。
 仲の悪い月姫のヒロイン達とも、大抵はそれなりに仲良くできる珍しい人物。
 選民思想が強く、同じく錬金術師であるミハイル・ロア・バルダムヨォンを見下している。

 エーテライトで他者に侵入して情報を引き出すには、『自己の世界』が邪魔になるので自我の発達を抑え、彼女の知識、道徳、法則等は他者からコピーしたもの。その意味では、他者の情報に依存するワラキアの夜と同類である。
 ワラキアの夜がシオンの血を吸ったのは、自我が形成されて情報の搾取が阻害されるのを防ぐため。
 損得抜きに協力してくれた遠野志貴に淡い恋心を抱いている。……まあ、この『朧月』では淡い恋心どころかぶっ壊れてるけどな。

 さつき、レンと共に路地裏同盟の一人。……まあ、路地裏に住んでいないが。
 ただ、遠野家の屋敷に住むようになってからは、アルバイトと称して某割烹着の研究に協力させられているとか何とか。

 あと、結構ボインちゃん。うへへ。
 バスト値では、月姫キャラの中でも上位に食い込むぜ!
 ……遠野秋葉と友人になれたというのは、何かの間違いなのだろうか……?


「……と、まあこんなモンだ。それじゃあ、また会う日まで――――アバヨ!!」


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