Act4-3


【アスナ】


「ゴメンナサイっっっ!!!」

「うん……アスナちゃんはちょっと落ち着いた方がいいかな」

 私は朝っぱらから志貴さんに頭を下げていた。
 起きて朝食を食べた後、志貴さんが眠る医務室へと向かっていると、医務室から顔を真っ赤にさせた刹那さんが飛び出してきたのである。
 刹那さんは私やこのかの姿を見つけて更に顔を真っ赤にさせ、自分の部屋へと駆け上がっていった。
 咄嗟に志貴さんが刹那さんに何かしたのだと直感し、ハリセン構えて突入し――――

「志貴さん、大丈夫なん?」

「はは……うん、一応治まってきてる。大丈夫だよ」

 今私の目の前では両頬を真っ赤に腫れ上がらせた志貴さんが、疲れたような顔をしてため息をついている。
 ……まあ、つまりそういうことだ。
 私はハリセンを振りかぶって志貴さんの頭頂部をぶっ叩き、流れるようにハリセン往復ビンタをかましたのである。
 志貴さんから事の経緯を聞いたのだが、志貴さんが声をかけたら刹那さんが何かを言いかけて固まり、直後に顔を真っ赤にさせて飛び出して行った……とのこと。

「……ホントに刹那さんに何もしてないのよね?」

「ああ、本人に聞いてみてもいい。……っていうか、俺も何で逃げたのか知りたいくらいだよ。ところで――――」

 志貴さんは途中で言葉を途切らせ微妙な顔をすると、座っていたベッドの後ろのカーテンを開ける。
 そこには――――


「……何で首輪握り締めた高音さんが寝てるのかな? 俺としてはこっちの方が更に知りたいんだけど……」


 ……涎を垂らしながら笑みを浮かべた怪しい寝顔の高音さんが、首輪を握り締めて寝ていた。
 更に言えば、高音さんは怪しげな寝言を呟いてくねくねと身悶えている。
 このかやネギ達に顔を向けても、皆首を横に振るばかり。
 愛衣ちゃんや刹那さんが知っているだろうけど、愛衣ちゃんは部屋にいなかったし、刹那さんは上に行ったきり戻ってこない。


「魔法天使マジカル高音参上……むにゃ……。うふふ……子犬ちっくな従者、ラブロマンス……うふうへへへへ……」


――――何だか凄く嬉しそうだったので、起こすのが躊躇われる。
 決して気味が悪いので近づきたくないとか、そういう訳ではない。……ないったら、ない。




〜朧月〜




【さつき】


 暗い闇の中から、意識が覚醒していく。
 しばらくそのまま横になって寝惚け眼で天井を眺めていると、ひょいとシオンが顔を覗かせて声をかけてきた。

「さつき、起きていますか?」

「ん……何とかー……。でもやっぱり吸血鬼に朝はキツイよ……」

 布団からのそのそと這い出し、まだ出来立てなのか湯気立ち上る朝食の席へと向かう。
 シオンは既にいつもの服に着替えて、ピンシャンとしている。
 私はといえば、パンを咥えたままうつらうつらし始め、シオンに注意されながら何とか朝食を食べていく。
 そこへ突然部屋の電話が鳴り、その音に私が驚いている間にシオンが受話器を取っていた。

「――――はい……ええ、構いません。ええ、それでは……」

「……誰からだったの? タカミチさん?」

「いえ……愛衣でした。これから一人でこちらに来るらしいです」

 愛衣さんが一人で、と聞いて少し驚く。
 彼女は大抵、『お姉様』と慕う高音さんと一緒に行動していたからだ。
 それもタカミチさんもいないというのに、半吸血鬼二人のいるこの部屋に彼女一人で来るというのは、意外だと言わざるを得ない。
 私達も一応、吸血鬼なんだから警戒とかすべきだろうに。
 私ってそんなに吸血鬼に見えないのかなぁ……。

「見えませんね」

「……シオン、勝手に思考読まない」

 エーテライトで私の思考を読んだシオンにジト目を向けながら、カップに残ったホットミルクを飲み干す。
 ……まあ、私としては吸血鬼らしくは無い方がいいんだけど、ちょっと複雑だ。



――――愛衣さんは、電話がきてからさほど経たずにやって来た。

「おはようございます、シオンさん、さつきさん」

「ええ、おはようございます、愛衣。ところで……高音はどうかしたのですか?」

 ドアをノックする音が聞こえ、入ってきた愛衣さんに挨拶を返しながら、早速シオンが高音さんの姿が無いことを問う。
 愛衣さんは私の淹れた紅茶を飲みながら、視線を逸らしてしばらく気まずそうに黙り込んでいた。
 しかし、やがて上目遣いでこちらに視線を向けてくると、躊躇うような仕草を見せながら口を開く。

「お姉様は、その……昨夜、レンさんに眠らされて……」

「レン、と言うと……黒い方ですか? それとも――――白い方ですか?」

「あ、黒猫の方のレンさんですから大丈夫です。それで、えっと……昨夜、ちょっと色々あって……。なので、お姉様と行動するのもちょっと抵抗があるんです」

 白猫さんだとしたら大変なことだが、どうやら黒猫さんの方だったらしい。
 私はホッと安堵の息を吐いたが、愛衣さんの方は何故か疲れたような顔で深いため息を吐いている。
 とはいえ、言葉を濁したことから考えると、そこら辺についてはあまり聞かれたくないのだろう。
 ……言葉にするのも嫌だという風にも見えたけど、どっちにしても深くは突っ込まない方が良さそうだ。
 そんなことを思っていると、突然シオンがつかつかと愛衣さんに近づいていく。

「――――愛衣、黒猫に会わせていただきたい。黒猫は志貴の使い魔……ならば志貴の居所を突き止めることも可能だ」

「え、あ……あの、その志貴さんなんですけど、今レンさんと一緒にいます。学園長達への説明が終わった後、必ず会えますから後もう少しだけ……が、我慢してくださいー!!」

 腕のブレスレットからエーテライトを覗かせるシオンから距離を取りながら、愛衣さんは必死に説明する。
 愛衣さんの言葉に考え込みながらも、じりじりと距離を詰めていくシオン。
 追い詰められた愛衣さんは、こちらへ逃げてきて私の背中に隠れてしまった。
 思考を読まれるのが怖いのか、ちょっと怯えている。

「もうー……シオン、愛衣さん怖がってるじゃない。その辺で止めときなよ」

「ふむ、愛衣からも情報を引き出そうと思ったのですが……まあ、仕方ありませんね」


 その後、愛衣さんとシオンと一緒にお茶を飲みながら、約束の時間までノンビリとした時間を過ごしたのだった……。





□今日のNG■


「魔法天使マジカル高音参上……むにゃ……。うふふ……子犬ちっくな従者、ラブロマンス……うふうへへへへ……」


「……………」

 高音さんの寝言に、皆押し黙ってしまう。
 医務室に妙な沈黙が流れた。
 ネギもこのかも、どんな顔をしていいのかわからず微妙な表情を浮かべている。
 ……志貴さんは何故か乾いた笑みを浮かべていたが。

「ニャー」

 その沈黙を破るように、猫――――レンちゃんの鳴き声が聞こえた。
 朝早くからどこかに行っていたのか、医務室の窓から中に入ってくる。
 志貴さんはレンちゃんを抱き上げると、疲れたような顔で高音さんのベッドに近づき、枕の横にレンちゃんを下ろした。

「……切りのいいところでいいから、起こしてあげて」

「ニャー」

「レンちゃん、高音さんにどんな夢見せてあげてたんー?」

 大きなため息をついた志貴さんの言葉に、レンちゃんが一鳴きして答える。
 そこへ、このかが嬉しそうにレンちゃんに近づいて話しかける。
 すると――――


(……魔法少女モノ。高音が望んだから。……ちなみに、使い魔は首輪着けた志貴とネギ)


「…………………………」


 医務室に重い沈黙が流れる。
 レンちゃんの言葉にネギは首を傾げていたが、知らなくてもいいことだと言って誤魔化しておく。
 しかし――――志貴さんはいつの間にか医務室の窓に移動していて、遠い目で外を眺めながら黄昏ていた……。


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