Act4-10


【刹那】


「待て、アトラス。――――半吸血鬼である貴様が、何故真祖の姫君の協力を得られた?」


 エヴァンジェリンさんが学園長とシオンさんの間へ歩いていき、シオンさんと真正面から向かい合う。
 シオンさんは冷静な表情を浮かべたまま、エヴァンジェリンさんは不敵な笑みを浮かべながら睨み合っている。

 真祖の姫君――――堕ちて魔王となった真祖を狩るために、十二世紀ごろに謎多き人の手によって完全な無から創り出された存在。
 関わるべからずと言われ、その名は裏の世界において畏怖の対象とされている。
 同じくエヴァンジェリンさんも『真祖』と呼ばれているが、それは魔法協会においてのみのこと。
 他の組織……魔術協会、埋葬機関からすると、『真祖』というのは初めから吸血鬼だったモノで、受肉した自然霊で性質は精霊に近い存在のことを言い、失われた秘術によって吸血鬼と成ったエヴァンジェリンさんは『死徒』という扱いになるらしい。

 真祖の姫君は死徒を狩ることも目的としているため、シオンさんの語ったタタリと呼ばれる吸血鬼を倒すために力を貸すこともあり得るかもしれない。
 だが……エヴァンジェリンさんの言った、シオンさんが半吸血鬼であるという言葉が本当ならば、真祖の姫君から力を借りることは難しい。
 例え半分であったとしても、それが吸血鬼であるならば、真祖の姫君にとって処断する対象となるからだ。
 もし協力を得ることができたとしても、シオンさん一人では不可能であり、必ず間に誰かを挟んでの交渉となるだろう。

 エヴァンジェリンさんが口にした『半吸血鬼』という単語に、魔法先生や魔法生徒達の警戒の視線がシオンさんへと集中する。
 しかしシオンさんは口を閉ざして答えず、学園長室の中に沈黙が流れた。
 しばらくの後、その沈黙を破ったのは学園長先生だった。

「……それくらいにしておけ、エヴァンジェリン。彼女らにも話したくないことはあるじゃろうて」

「ふっ……まあ、いいさ。私はそんなことにさして興味は無いからな」

 学園長先生の制止の言葉に、エヴァンジェリンさんは意外なほど素直に引き下がる。
 けれどその顔に浮かんだ笑みは、何か企んでいるような怪しさを帯びていた。
 皆同じことを思っているのか、警戒するような表情や訝しげな表情が見て取れる。
 エヴァンジェリンさんは自身に集中する視線を気にすることなく、先程までいたネギ先生と遠野志貴の間へと戻っていく。
 一つ咳払いをして、学園長先生がシオンさんに向き直る。

「ふむ、まあとにかく前回君達がタタリを倒したという方法はわかった。しかし……前回の方法での解決は見込めないと思った方が良さそうじゃの」

「……ええ。ただし、それは前回の話であり、今回はかなり変異的なものとなっている。従来のタタリには、その閉じたコミュニティに真実味を帯びた噂が流れる、という過程が必ず存在していた。が――――今回のものは噂というものを特に必要とせずに、寧ろ特定の個人にとっての悪夢めいたもの達が実体を持つに至っている」

 特定の個人という単語に、白い翼を返り血で紅く染めた私の姿が脳裏に浮かび、ふと夢の中で聞いた誰かの言葉を思い出す。
 『思い出さない限り、あなたは自身を模したアレに勝つことはできない』――――確か、そう言っていた。
 だが、何を思い出せというのだろう?
 確かに、何かを思い出そうとすると、途端に激しい頭痛が襲ってきて私が思い出すことを拒否する。


 例えその記憶が何であろうと、私はアレに負ける訳にはいかない。
 お嬢様を、ネギ先生を、大切な人達を守ると誓ったのだから……。




〜朧月〜




【志貴】


「タタリについては一先ず置いておくとして――――そちらの彼……遠野志貴君じゃったか。シオン君は君の妹さんに頼まれて連れ戻しに来たと言っておったが、君は何故この町に来たのかのう?」

 それまでシオンに向けられていた、後ろに突き出した奇妙な頭をした変異生物……ここ麻帆良学園の学園長という人物の目が、俺に向けられる。
 なるほど、これだけ巨大な学園を統括する人物らしく、その瞳は強く、鋭い。
 見てくれがアレだったので第一印象も変な生き物という感じだったが、俺の中でそのイメージが払拭させられる。
 この町に来た理由については、別に偽る必要も無いので口を開……こうとするが、それよりも先にシオンが答えてしまっていた。

「彼はこの学園の大学部の見学に訪れ、たまたま今回の事件に巻き込まれただけです。関係の無い一般人に過ぎません。――――が……記憶の消去に関しては、彼に障害を起こす危険性があるので控えていただきたい」

 記憶の消去……なるほど、まあ確かに一見すれば俺は一般人にしか見えないか。
 この眼鏡――――魔眼殺しが俺のこの『眼』が発する魔力を抑えていてくれたからこそ、アルクェイドと出逢うまで平穏に暮らしてくることが出来た。
 とはいえ、ここにいるのは皆魔術に関係している人物達なのだろうから、この魔眼殺しも勘付かれるかもしれないな……。

「さて、記憶を消去すると障害を起こすような人物がただの高校生とは思えんがの。――――増して、アトラス院の錬金術師の知り合いであるというならば尚更じゃ」

 俺の『眼』について言われるものかと危惧していたが、学園長は俺ではなくシオンの方へ鋭い視線を向ける。
 シオンはこちらに心配するなという風に目配せし、向けられる学園長の鋭い眼光に真っ向から睨み返しながら口を開く。

「前回のタタリ事件解決に協力してくれた、私の友人である彼の妹から彼を連れ戻すよう依頼されこの町に来たに過ぎません。……これ以上詮索を続ける気ならば、こちらはこの件から手を引くことも辞さない」

 だが、俺はシオンの言った言葉が間違っていると思った。
 俺を思っての言葉なのだろうが……それは、幼い頃に先生から教わったことに反してしまっている。
 だから、俺は言わなくちゃいけない。

「別にこの町がどうなろうと、私達に関係は――――」


「……ゴメン、シオン。悪いけど、俺はこの件から手を引くことはできない」


 俺の言葉に、シオンの端正な横顔が歪む。
 ゆっくりとシオンの顔がこちらに向けられ、恨めしそうな目で睨まれた。
 シオンの説教は正直勘弁して欲しいが、これだけは曲げられない。
 先生から教えられたことをずっと守りながら生きてきた遠野志貴が、今更それを破ることなど出来ない。

 死ぬかもしれない危険な事件に関わって、三咲町にいる皆に心配をかけたくないとは思う。
 けれど、白いレンは俺が目的だと言っていた。
 理由はわからないが、俺のせいでこの町がタタリの脅威に曝されているということになる。
 ならば、俺がこの町から逃げる訳にはいかない。

「……先生は、俺が正しいと思う大人になれって言ってた。……俺自身に責任があるというのなら――――タタリを倒すことこそが俺のすべきことだと思う」

 例え解決に至らなかったとしても、この町で起きているタタリの事件に関わることこそが正しいと思う。
 先生は、力が必要になる時があるからこそ、俺にこの『眼』があるとも言っていた。
 三咲町での事件がそうだったように、今回もきっと……俺のこの眼が必要になるからこそ、俺がここにいるんだと思う。
 何より、この町で知り合ったエヴァちゃんやネギ君達が苦しむのを知っていて、見て見ぬふりなんてことは俺にはできない。
 それに――――――――

「……?」

 俺が視線を横に向けるのとほぼ同時に、刹那ちゃんと目が合う。
 昨夜初めて会った時、俺は刹那ちゃんに対して退魔衝動にも似た『何か』を感じていた。
 いつなのかまでは思い出せないが、俺は確かにそれをどこかで感じた覚えがある。
 それを思い出せないことに対してなのか、焦燥感が胸を締め付けていた。
 彼女との間に何か……そう、記憶を失った今では思い出せない、大切な何かがあった……そんな気がする。
 それがとても大切なことだった気がして、俺は何故か彼女のことが酷く気にかかっていた。

「ふ……む。ちと疑問に思ったんじゃが……君は本当に遠野の血を引いているのかね? 遠野姓を名乗っている割には、君から混血の力を感じないんじゃが」

「――――……十年近く前までは、七夜志貴……そう名乗っていたと思います」

 少し迷ったが、真実を告げた。
 頭に秋葉の悲しそうな顔が浮かび、ちくりと胸に小さな痛みが走る。

「志貴っ!!!」

「本当の遠野家の長男は、その十年近く前に反転したために処断されました。その後体裁を繕うために、養子となっていた俺の七夜志貴としての記憶を消し、そして俺に遠野姓を名乗らせた……」

 隣でシオンが怒った顔で怒鳴り俺を睨んでいるが、構わず俺が七夜から遠野を名乗るに至った経緯を話していく。
 例えこの場で偽ったとしても、既にネギ君達にこのことを話しているのだから、いずれ学園長の耳に入るのは目に見えている。
 学園長は目を点にさせて驚いたような表情を見せ、周りにいた人々はざわめく。
 これくらいの反応は想像に容易い。
 滅びたはずの一族――――『七夜』は、裏ではそれなりに名が知られていたという――――の生き残りが目の前にいるのだから、多少は驚いてもおかしくはないだろう。
 気付けば、いつの間にか学園長の隣に秘書らしき眼鏡美人がいて、こちらに視線を向けながら学園長に何か耳打ちしていた。
 秘書らしき眼鏡美人と小声で何言か話した後、学園長は楽しそうに笑いながら俺の方に顔を向ける。

「ほほっ、七夜は滅びたものじゃと思っておったが……そうか、生きておったか」

「……七夜について、知っているんですか?」

 気付けば、俺は学園長にそう問いかけていた。
 今ではその痕跡すら残っていないであろう七夜について知っている。
 この町に来るまでは特に知りたいという気すら起きなかったというのに、今はそれが――――酷く気になった。
 学園長は何かを思い出すように宙を見つめながら、口を開く。

「うむ――――七夜が退魔組織から抜けた後に、当主じゃった黄理と一度会ったんじゃが、まさかそれが最後となるとはのう……。中々の好人物じゃったというのに……。む……すまんの、君に七夜の頃の記憶は無いんじゃったな」

「いえ……もう、両親の顔すら覚えてもいませんから」

 顔すら覚えていない両親よりも、今の家族を――――俺の帰るべき場所を大切にしたい。
 でもまあ……大切だからといって、今ここで責任放棄して三咲町に逃げ帰ったりしたら、秋葉の怒り顔が漏れなく拝めそうな気がする。
 どっちにしろ怒られるっていうんなら、やるだけやって自分が納得した上で怒られた方が余程いい。


――――……帰ってからの秋葉とシオンの大説教大会を想像すると、精神的に挫けそうになるが。





□今日の裏話■


「――――……十年近く前までは、七夜志貴……そう名乗っていたと思います」


 志貴の言葉に、学園長の後ろに控えていた葛葉刀子が反応する。

――――『七夜』。
 退魔師の中でも、神鳴流とは違って、主に『魔』と人の混ざりモノである、『混血』を殺す方面で名の知られた一族の一つ。
 学園長とは別に、刀子もまたその七夜最後の当主……七夜黄理と面識があった。
 そして、まだ幼かった七夜志貴とも。

 遠野志貴の顔に、見覚えのあるあどけなさと、彼の父たる黄理の面影を見つけて驚く。
 彼が遠野姓を名乗るに至る経緯を聞きながら、音を立てずに学園長に近づき耳打ちする。

「(学園長、断定はできませんが――――恐らく、真実かと。記憶が確かであれば、私は彼が幼かった頃に一度会っています)」

「(……真実かね?)」

「(私が会ったのは一度きりなので、確かとは言えませんが……彼の顔に残った幼さには見覚えがあります)」

 刀子が遠野志貴へ視線を転じると、志貴は学園長と彼女の方へと視線を向けていた。
 す、と再び音も無く学園長から離れ、元の位置へと戻る。

「ほほっ、七夜は滅びたものじゃと思っておったが……そうか、生きておったか」

「……七夜について、知っているんですか?」

 学園長に尋ねる志貴のその言葉に、刀子は痛ましく思う。
 遠野志貴――――いや、七夜志貴の辿らされてきた運命は、碌でもないものであっただろう。
 両親を殺され、遠野家に養子として引き取られた後、偽りの記憶を植えつけられて家の体裁を保つためだけの人形として扱われた。

 一度会っただけの彼に深い思い入れは無いが、その境遇には同情する。
 だから、刀子は心の中で小さく祈った。


――――願わくば、彼に幸あらんことを……。


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