Act4-16


【志貴】


「あ……レンちゃんやー!」

 ふと聞こえたこのかちゃんの声に顔を向けると、そこには向かい合った二枚の大鏡の間に立つこのかちゃんの姿があった。
 向かい合う……二枚の大鏡……?
 確か、何かの怪談話で聞いた覚えが……。

「合わせ……鏡?」

 呟いて、ある話を思い出す。
 そうだ。確か、有彦が話していた怪談話で聞いた覚えがある。
 とある学校にある大鏡を、何らかの方法で合わせ鏡にすると異次元に繋がり、鏡面から腕が伸びてきて強い力で鏡面の中の世界へと引きずり込まれてしまう、という怪談話だったはず。
 異次元に繋がっているかどうかは知らないが、引きずり込まれて良い訳が無い。
 鏡面から一本の蒼白い腕が伸び、このかちゃんの首目がけてゆっくりと伸びている。

「……っ! このかさんっ!!」

 ネギ君が一足早く走り出すが、絶望的なまでに間に合わない。


「お嬢様っっっ!!!」


 すぐ近くにいた刹那ちゃんがこのかちゃんを突き飛ばし、代わりに蒼白い腕が彼女の首を掴む。
 刹那ちゃんはすぐに持っていた刀を抜き放つが、鏡面から無数に現れた蒼白い腕に全身を拘束され、動きを封じられてしまう。



――――――――――――ド、クン……!



「ぐ……っ?!」

 刹那ちゃんの苦しそうな顔を見た瞬間、突然胸の中が大きく脈動する。
 俯き、激しく脈動する胸を落ち着かせようと短い呼吸を繰り返す。
 昨夜も、同じようなことがあった。
 退魔衝動かとも思ったが、どこか違う気がする。
 一体、これは何なんだ……?

 手で胸を押さえながらふと顔を上げた先に、窓ガラスに映る白いレンの姿を見つけた。
 このかちゃんが見つけたのは、恐らくこのレンのことなのだろう。
 苦しげな表情を見せる刹那ちゃんに対し、窓ガラスの中の白いレンはまるで見世物でも見ているかのような冷たい視線を向けている。
 途端、動悸は治まり、全身がすぅっと冷めていくのを感じる。

「――――お前の仕業か、レン」

 ゾッとするほど冷たく、低い声が聞こえる。
 それが自分の声だと気付くのに一瞬を要したが、体の方は気付くよりも先に動き出していた。
 遠野志貴の意思を脳から体へ伝えてから動き出すのではなく、体が独自に判断し動き出す反射的行動。
 七つ夜の刃を出し、振り向きながらゆっくりと地面へ向けて倒れていく。
 体が大地に倒れ伏す直前、脚に力を込めて低い体勢のまま一気に疾り出し、七つ夜を横に薙ぎ払う。
 横一文字に振るわれた七つ夜の刃は、白いレンが即座に作り出した氷の盾に阻まれた。
 そのまま疾る勢いに乗って氷の盾を蹴り、後ろへ跳躍。
 距離をとって着地すると同時に低く構え、いつでも動けるような体勢でレンを見据える。

「っ……乱暴だわ、志貴。淑女レディーに対して暴力で歓迎だなんて、失礼だと――――」

「黙れ。さっさとあの巫山戯た玩具を片付けて消えろ」

 まるで七夜のように冷たい俺の言葉に、白いレンは目を丸くさせ驚きの表情を見せる。
 正直、俺自身も内心驚いていた。
 確かに白いレンのしていることは許せないことではある。
 言葉で止まってくれるとは最初から思っていないが、問答無用で殺そうとするのは明らかにやりすぎだ。

 自分でもよくわからなかったが、敵であるレンに内心の動揺を見せてはいけない。
 張り詰めた弓の如く、いつでも疾り出せるようクラウチングスタートのような低い体勢を維持し続ける。
 数秒ほどレンは驚いたように目を丸くさせたまま固まっていたが、やがてゆっくりと顔を怒りに歪めていき、無言で手の平に冷気を纏わせていく。
 酷いことを言ってしまったことは謝るべきなのだろうが、それでもレンがやっていることはいけないことで、止めなければならない。
 余計な思考を捨て、低い体勢から矢を放つかのようにレン目がけて疾り出す。
 レンの放ってきた氷の刃が突き刺さる直前に、急停止。
 横に跳び、壁を蹴ってレンに向かって跳ぶ。

「――――そう。志貴はあの半端者を選ぶのね」

 冷たい声。
 そしてこちらを鋭く睨んでくる、紅い瞳。
 その手にピンク色に輝く球体のようなものを宿らせ、まるで踊るかのように操っている。
 レン目がけて振り下ろした七つ夜と交差するように迫ってきたその球体は、俺の腹部に直撃し吹き飛ばす。

「く……っ!!」

「志貴さんっ?!」

 ネギ君達のところへ吹き飛ばされたらしく、頭上からネギ君の声が聞こえる。
 彼らと協力すれば、レンを捕えられるかもしれない。
 駆け寄ってきたネギ君の手を借りて立ち上がりながら、白いレンの方へ視線を向けながらその耳元で小さく呟く。

「(レンを、捕まえる。手を貸してくれ)」

「(――――わかりました。少し時間を稼いでもらえますか)」

 ネギ君は一瞬の間を置いてから、俺の耳元で承諾してくれた。
 これがレンによるものなのか確かめたかったし、ここは彼に期待してしっかり時間を稼ぐとしようか……。




〜朧月〜




【アスナ】


「……レン、お前がこれを起こしているのか」

「そうね、私といえば私だけれど。でもちょっぴり方向付けてあげただけよ? タタリの残滓――――極微量のものばかりだけれど、それを学園に存在していた怪談話へと、ね」

 白いレンちゃんは余裕の笑みを浮かべながら、志貴さんの問いに答える。
 志貴さんは特に身構えたりせず自然体で立ったまま、呆れたように軽くため息を吐く。

「怪談、ね……。随分と悪趣味じみてる気がするんだが?」

「クス……志貴とのお喋りも悪くないけれど――――どうせ無駄なんだから、時間稼ぎなんてやめたらいかが?」

 志貴さんは白いレンちゃんにそう言われ顔を顰めると、無言で持っていた短刀を身構えた。
 それに倣うようにそれぞれ身構え、白いレンちゃんに対峙する。
 私はこのかとのどかちゃんを背に守りながら、アーティファクトの大剣をを呼び出して身構える。
 数から言っても、私達の方が断然有利だというのに、白いレンちゃんは妖しげな笑みを浮かべたままだ。
 その余裕な態度が気になったのか、ネギが構えたまま警戒するように話しかける。

「……レンさん、どうしてこんなことを? あなたがしていることで、誰かが死ぬかもしれないんですよ?」

「ええ、そうね。でも他の人のことなんて知らないわ。他の人が死のうが生きようが――――私は志貴さえ手に入ればそれでいいもの」

 白いレンちゃんの言葉に、自然と志貴さんへ視線が向かう。
 目的が志貴さんを手に入れることだというのなら、レンちゃんの下へ志貴さんが行けばいいだけの話なのではないだろうか?
 私達の視線が志貴さんに向けられるが、志貴さんは振り返ること無く身構えたままだ。
 と――――


(……ダメ。あの子の言う『手に入れる』ということは、殺して、取り込むということ。だから――――絶対に、ダメ)


 いつの間にか姿を現した、黒い方のレンちゃんの言葉が頭に響く。
 無言だけれど、まるで訴えるかのような瞳で見つめられ、自分が軽率なことを考えていたのだと気付かされる。
 要するに白いレンちゃんは、志貴さんを殺したいと言っていたのだ。
 他の人が殺されるのを止めるために、志貴さんを犠牲にしていい訳が無い。
 これ以上の犠牲を防ぐためにも、ここで白いレンちゃんをどうにかしないと……。

「……白いレンさん、取り込むって……?」

「そのままの意味よ、宮崎のどか。その子レンが持っているものは、私も欲しいの。そして私が手に入れるということは――――殺して、その人の『魂』を取り込むということよ。まあ……結局の所、邪魔になってしまうから、他の人達も殺すのだけれど」

 のどかちゃんの問いに、白いレンちゃんは黒い方のレンちゃんに視線を向けながら嘲笑うかのようにそう答える。
 レンちゃんが契約しているからという理由で志貴さんを殺して、邪魔だからという理由で他の人達も殺す。
 そんなの、単なる我が侭でしかない。
 白いレンちゃんは嘲笑うような笑顔から一転して、まるで憎んでいるかのような鋭い視線を刹那さんに向けて――――

「殺してしまえば、他の誰にも手に入れられないじゃない。そう……誰にも、ね」

 胸の前に持ってきた右手に冷気を纏わせながら、妖しい笑みを浮かべて呟いた。
 刹那さんは自分に向けられるその強い憎しみの視線に訝しげな顔をしながらも、油断せず刀を身構える。
 何故白いレンちゃんが刹那さんをそんな目で見るのか知らないが、とにかく話し合って分かり合えそうに無いことはわかった。
 白いレンちゃんの返答に、志貴さんは疲れたようにため息を吐き、口を開く。

「……悪いけど、殺されてやる訳にはいかないよ。だからレン、お前を――――……捕まえる」

「殺す、と言い切れないのが志貴の甘さよね。でも……その甘さ、嫌いじゃないわ」

 志貴さんの言葉と共に、再び身構える。
 先手必勝とばかりにネギが既に詠唱を終えていた魔法の射手を無数に放つ。
 白いレンちゃんは冷気を纏わせていた右手を振るって、何も無い空間からネギと同じく無数の氷の刃を呼び出し、向かってくる光の矢を悉く相殺していく。
 だが、その魔法の射手はただの囮。
 魔法の射手を弾いているその隙を狙って、ネギと刹那さんがほぼ同時に駆け出す。
 二人の後を追うように志貴さんが走り出し、壁を横に駆け上がって白いレンちゃんの後ろへと回り込む。

「いい連携だわ。ネギと刹那が前から、そして――――志貴は後ろから」

「ネギ先生、刹那さん、志貴さんっ! 氷の刃がいっぱい来ますっ!」

 退路を断たれても白いレンちゃんは余裕の笑みを浮かべたまま、両手に冷気を纏わせていく。
 突然背後から聞こえた声に振り向くと、のどかちゃんがアーティファクトを呼び出して白いレンちゃんの心を読んでいた。
 さっきの質問は、対象を白いレンちゃんに絞るための言葉だった訳か。
 のどかちゃんの言葉どおり、白いレンちゃんが両手を広げると同時に周囲に先程と同じく無数の氷の刃が現れ、それを踊るかのような優雅な仕草で指示すると、前後から迫るネギと刹那さん、志貴さんへと襲いかかっていく。
 志貴さんは後ろへ跳躍して眼鏡を外すと、飛来する氷の刃を短刀で悉く破壊していった。
 一方ネギと刹那さんは、迫る氷の刃を刹那さんの刀が弾いて道を作り、ネギがその道を突き進み白いレンちゃんに肉薄する。


「他人の心を読むなんて、純情そうな外見に似合わず意外ね、宮崎のどか。――――でも、その『力』を恐れている子もいるのではなくて? そう……例えば、あなたの極身近にいる人とか、ね」


 迫るネギに対してピンク色の球体らしきものを牽制に振るいながら、白いレンちゃんが嘲笑うかのようにのどかちゃんに告げる。
 その言葉に、のどかちゃんの顔が悲しげに歪む。
 だが、既に決着は着いた。
 前にはネギと刹那さんが、後ろには志貴さんが立っていていつでも攻撃できる状態なのだから、彼女に逃げ道は無い。
 ネギはレンちゃんが苦し紛れに放ってきた氷の刃を避け、その懐に潜り込み腹部に強烈な一撃を叩き込む。

「やった?!」

「……いや」

 志貴さんが複雑そうな顔をしながら眼鏡をかけ、構えを解く。
 刹那さんは刀を鞘に戻しながらも、警戒するように白いレンちゃんを睨んでいる。
 どうやら白いレンちゃんにあしらわれてしまったらしい。


「クス……乱暴ね。英国紳士たるもの、淑女にはちゃんと礼儀をもって接してくださらない、ネギ・スプリングフィールド?」


 腹部にネギの強烈な一撃を喰らったにもかかわらず、白いレンちゃんは変わらず妖しい笑みを浮かべたまま平然と告げる。
 ネギの拳が突き刺さった白いレンちゃんの腹部辺りから全体に罅が走り、パリンという音と共に砕け散った。
 警戒して辺りに視線を巡らすも、どこにも白いレンちゃんの姿は見つからない。
 そこへ――――


『――――アトラクションは、学園に因んで七つ用意してあるわ。私の用意したものに比べれば、劣って見えてしまうのは仕方の無いことだけれど……。まあ、ちょっとした余興だと思って楽しんでくださいな』


 どこからともなく、楽しんでいるかのような白いレンちゃんの声が聞こえ、消えていった……。





□今日の裏話■


「黙れ。さっさとあの巫山戯た玩具を片付けて消えろ」


 志貴の口から、いつものような優しい言葉ではなく、冷たく、私を拒絶する言葉が紡がれる。
 それは私の胸に突き刺さり、私の思考を凍らせた。

 志貴が一年前からよく使っている、『七つ夜』という名の飛び出しナイフ。
 低い体勢から一気に加速して変則的な攻撃へと繋ぐ、七夜という一族の構え。
 どちらも、私を殺すという意志の表れ。

 けれど、私が決定的な隙を見せてしまっているのに、志貴はこちらを見据えたまま動かない。
 志貴は動揺を見せないように必死に装っているが、先程までの冷たい殺気は霧散してしまっている。
 それはつまり、さっきの一撃が無意識の行動であることを示していた。
 退魔衝動とは違う、志貴の本能が私を殺そうとしたということ。


 私はこんなにも志貴のことを想っているのに。
 何故応えてくれない?
 どうして私を拒絶する?


「――――そう。志貴はあの半端者を選ぶのね」


 冷たい声。
 志貴は悪くない。
 悪いのは、あの半端者の女。
 あの半端者が、志貴を縛り付けてしまっているから。

――――ああ、だったら丁度いい。
 『アレ』に、私と志貴以外の全てを破壊してもらおう。


 全ては、明日の夜に……。


□ついでのNG■


「いい連携だわ。ネギと刹那が前から、そして――――志貴は後ろから」


 白いレンちゃんの言葉どおり、ネギと刹那さんは前から、志貴さんは壁を横に駆け上がって白いレンちゃんの後ろへと回り込む。
 その時――――


「えと、『○月×日、ああ……志貴が真剣な目で私を見つめてくれてる……。嬉しい、でも意地悪しちゃう♪』……あれ?」


 のどかちゃんが、突然変なことを話し始めた。


「ちょっとっっっ!! どこ読んでるのよっ?!!」

「あ、あわ……す、すみません! えっと……『○月×日、志貴とのお喋り。でも、お喋りはここまで。志貴と二人っきりになったら、いーっぱいお喋りするんだから♪』……はれ???」

「宮崎のどかぁぁぁっっっ?!! ちゃんとしたところを読みなさいーーーっっっ!!!!!」

「ひ、ひぇぇぇ、ご……ごめんなさいぃっ!」

 白いレンちゃんが耳まで真っ赤にしながら、のどかちゃんを怒ってる。
 えっと……ツンデレ?


 リテイク!


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