何が悪い02 『人生に介入して何が悪い』 (書き下ろし分サンプル・中盤)


※ネット上で見やすいように装丁を改変しています。
※実際の冊子の装丁は、A5サイズ本 / 25行×28文字の2段組となります。

 
  
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 久しぶりに、ぐでぐでに酒が入った。セカイというストッパーがいないと、結構簡単にタガが外れるらしい。
 シツは、楽しい酔っ払いは好きだ。ただし、迷惑な酔っ払いが嫌いだ。秩序がないし、迷惑だし、本能のまま行動するし、理性的でないし、何より、愚痴っぽくなるから嫌いだ。
 でもシツは、どちらかと言うと後者だった。ゲロを吐いたり、言葉が攻撃的になったりする。だから、絶対に、酔っ払って前後不覚になるまで飲まない。飲んだことさえない。自分で自分の面倒を見れなくなるような状態にまで、なりたくない。
 そのせいか、ぐでぐでになったとしても、どこかで自分でストップをかける。
 いーちには、俺の家に泊まっていけと言われたが、狭いアパートで二人暮らしをしているお宅にお邪魔はしないと辞退した。とーりとレイとつーとは実家暮らしで、家族もいる。夜中に押しかけるもんじゃない。
 一人で帰れるのに、何故か皆が一人にしてくれない。
 困っていると、竜護が電話をくれた。あれからシツが気になっていて、電話をくれたらしい。夜中の繁華街でうろついていることを知った竜護は、とりあえずうちに来いと、半ば命令口調で言った。
 これ以上、迷惑をかけるのも嫌だったので断ると、電話口で物凄く怒鳴られた。他人に心配かけて怒られるのが嫌だったら、とっとと家に来い、というような内容だった。
 本当のことを言うと、有難かった。家に帰ると、母が桜とのデートはどうだったと聞いて来るだろうし、実際、携帯電話には、鬼のような着信履歴が残っている。祖父母の顔を見ると裏切っている気持ちになるし、エイの辛い顔を見るのも嫌だ。
 一人になりたいし、でも、一人にはなりたくないし、いーち達のような仲の良すぎる親友には、一から説明しないと自分の気が済まないし、でも、説明して相談するような悩み事でもない。
 なら、やっぱり竜護だ。

「……それで、早速、俺の家に来て、ゲロを吐くのか?」
「あー……すんません」
 竜護の家に着くなりトイレを借りた。
 ちょっと失敗して、服を汚してしまったので、シャワーを借りた。その間中、竜護はずっとバスルームの外でシツに話しかけ、シツが出てくるのを待っていた。まるで、シャワーをしながら、シツが自殺でもするんじゃないかと考えているような態度だ。
「あのですね、そんなに心配してもらわんでも大丈夫なんで……」
 風呂上りのさっぱりした顔で、シツは苦笑した。
 上は竜護のシャツを借りて、下は自前のズボンを穿き直す。
「心配してるんやない。俺の家で死なれると面倒やから、見張ってただけや」
「はいはいツンデレツンデレ」
 シツは、財布の中から胃薬を出すと、適量を口に放り込んだ。水無しで飲んだせいか、少し引っかかるが、なんとか嚥下する。
「胃でも悪いのか?」
「あー……大丈夫です」
「今日、何食った?」
「居酒屋で、普通にメシですけど」
「赤ワイン、飲んだか?」
「いや、飲んでませんけど?」
「さっき吐いた時、水に、赤いの混ざってた」
「あー……俺、喉が細いみたいで、吐く時によぉ喉切るんです。その血ぃですよ。大丈夫です。よぉあることなんで」
「よぉあることなんか?」
「胃痙攣とか起こしやすいんで。血い滲んでることなんかしょっちゅうです。それと同じです、大丈夫」
「それは大丈夫とは言わん」
「はは」
「笑い事やない」
「やーもうそれと同じこと、別の人にも言われた覚えがあります。でも、大丈夫ですよ、こんぐらいやったら、前にもありましたから」
「前にもあったんか?」
「はぁ、まぁ……」
 シツは、ソファにかけてあった自分の上着に袖を通した。
「どこに行くねん?」
「お腹空いたんで、コンビニ行ってきます。なんか要るもんありますか?」
「お前……あれだけ吐いてまだ食うんか?」
「お腹、空いたんで」
「冷蔵庫のもん食ってえぇから、出て行くな。風邪引かれても困る」
「はぁ……」
 シツは上着を脱いで、台所へ向かった。
「ゆるいもんにしとけ、脂もん食うな」
「そない言うても、竜護さん、冷蔵庫の中、殆ど何もありませんやん」
「あるもんで我慢しろ」
「はーい」
 シツは、冷蔵庫からありったけの食量を取り出して、リビングへ運んだ。
 食パンをそのまま食べて、ハムとチーズを放り込み、ごくごくと牛乳で流し込む。真夜中に、朝食のような献立だ。乾き物のクラッカーがあったので、それにバターを乗せて食べながら、携帯電話をいじる。
 深夜営業しているファミレスのデリバリに注文して、料理が配達されるのを待った。ものの三十分もしないうちに、グラタン、パスタ、ピザ、牛肉四百グラムのステーキ様が到着する。
 竜護は止めなかった。食っては吐くを繰り返すシツを静観していた。

「こおり、こおり……氷っと……」
 食べられる物がなくなったので、製氷皿を漁る。
「あほか、氷食症でもないのに、そんなもん食うな」
 さすがにその段階になって、竜護が止めに入った。
「足りひんのですけど」
「我慢せぇ」
「…………」
「お前、自分がおかしいって気付いてるか?」
「は?」
「胃拡張にも程がある」
「ケツは拡張されましたけど、胃は普通ですよ?」
 けたけた笑って、残りのピザを食べた。コーラが欲しくなる味だ。大して美味しくないけれど、量があればそれでいい。
「やめろ」
「…………なんでですか?」
「異常やって気付いてるな?」
「でもまぁ、他に何が問題あるわけでもないし、体重も普通ですし、夜、寝られへんとか、躁鬱状態になるとか、そんなことも全くないんで大丈夫ですよ」
「…………」
 さすがの竜護も、これには驚いた。
 この馬鹿は、自分が全く分かっていないようだ。神経が鈍磨なのか、自分に対して思いやりがないのか、自分の限界を知らないのか、それとも自己愛が存在しないのか、ちょっとも自分を労わろうとしない。
 食べながら胃を押さえているのは胃痛に苛まれているからで、顔色が悪いのは疲れているからで、驚くほど痩せているのは吐き過ぎて栄養が摂れていないからで、食道や肺のあたりを撫でているのは、食い過ぎで気持ち悪いからだ。
 それは分かっているだろうに、その根本である食事を止めない。
「そんな怖い顔せんでも……本人が大丈夫なんですから、大丈夫ですよ」
「俺に怒鳴られるのと、今すぐ食べるその手を止めるのと、どっちがえぇ?」
「怒鳴られるほう」
「シツ!」
「…………分かりました」
 ピザを置いて、指に付いたソースをぺろりと舐めた。
 不貞腐れた顔をしているのは、わざとだ。
 何が悪いというのだ。食べることで、誰かに迷惑をかけたわけでもない。確かに、吐くことは迷惑だろうが、それで大問題になったわけでもない。
「満腹中枢がおかしいこと、自覚しろ」
「満腹中枢って、脳でしたっけ? ほな、頭がおかしいってことですかね?」
「茶化すな」
「茶化してないんですけどね、ほんまに……なんか、ただ、腹が空くだけで」
 よく分からない。竜護の目が自分を凄く責めているような気になる。とても悪い事をしているようで、悲しくなってくる。
「ふへ」
 困ってしまうので、笑って誤魔化すと、竜護の眉間に皺が寄った。
「ケンカ売ってんのか、お前」
「いや、そんなことなくて……ほんまに、よぉ分からんくて……」
 何でだろ? 何故か、口角が上がる。眉は八の字になって困っているのに、声を出して大声で笑いたい気分で、目からは涙が溢れそうなのだ。
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 以下、同人誌のみの公開です。



2011/03/21 何が悪い02 『人生に介入して何が悪い』 (書き下ろし分サンプル・中盤) 公開