旅先で発展して何が悪い (本文サンプル・書き下ろし分・中盤)


※ネット上で見やすいように装丁を改変しています。
※実際の冊子の装丁は、A5サイズ本 / 25行×28文字の2段組となります。

 
 
 翌朝は早めに起床して、朝食を食べ、島にある山へ登った。八甲田山のように過酷を極めることもなく、ちょっと険しい散歩コース程度だ。
 下山した後は、神社を参拝し、その近辺にある博物館を見学、石造りのベンチで若弥が作ってくれたお弁当を食べた。
 絶品の弁当に「あの人、ほんまえぇ人や……」と舌鼓を打ち、干潮の時間を見計らって朱色の大鳥居をくぐる。夕刻前には、高台にある五重塔を見学し、そこから島の全景を見渡す。
 眩しいくらいの笑顔で笑うシツを見て、あぁ、旅行にきて良かったなぁ……とセカイはじんわり感動した。
 日がな一日そんな調子で、移動の多い行程を無事に終えた。
 二人は、夕食前に松寿庵に帰って来た。夕食の後は、夜間ライトアップされた神社と大鳥居を参拝する予定だ。
 友直は「おかえりなさい」と人当たりの良い笑顔で、セカイとシツを出迎えた。それ以外は、当たり障りない会話と夕食の時間などを確認しただけだったが、後ろにいるシツに、キツネ目で笑いかけてきた。
 セカイもセカイで、少しは嬉しそうな顔をするのかと思えば、そうでもない。でも、ここにシツがいなければ、それなりにドSらしい顔をするんだろうな、という雰囲気は伝わってきた。
 友直は、少し眉を顰めた笑い方をする。多分、あれは芝居じゃなくて、癖だ。
 シツが意味もなく笑うように、友直は眉を顰めて笑う。そういう仕種に、セカイは弱い。庇護欲をそそられて、ついでにドS心もくすぐられる。
 そして多分、今、シツよりも友直のほうが状況的にさみしい。シツの傍にはセカイがいるけれど、友直の傍には誰もいない。寂しさの天秤にかけると、友直のほうに傾く。
 つまりは、ちょっと翳のある雰囲気の友直を見捨てておけない、というセカイのセカイたる一面が発揮される状況だ。
 セカイは優しい人間だから、さみしそうな生き物に弱い。これは確かな事実だ。現に、高校生の時もそれが理由で、セカイは、シツの傍にいるようになった。
 まぁ、後はセカイが決めるだろう。セカイの本心なんかシツは分からないし、知りたくもない。知ったところで絶望するだけだ。シツは、セカイが決めたことを受け入れるだけ。受け入れがたい時は、セカイを煽って、セカイに自分を殺させてやる。
「就職は東京なんですか?」
「はい。……友直さんは東京には?」
「ここを経営する前は、東京のホテルで働いていました」
「やっぱりあっちって、電車の乗り換えとか大変ですか?」
「大阪も大変だと思いますよ?」
 友直とセカイが会話している。
 シツが見ていると知っていて、友直は、これでもかとばかりにセカイと距離を詰めた。
 揺さぶりをかけられているなあ……と、ぼんやり感じた。
 友直は、セカイを頂戴、と言った。
 そのことを、セカイには伝えていない。ケンカを売られたのはシツであって、セカイではない。当然、買うのもシツだ。このくらいのことで、取り乱したりしない。
 その瞬間、友直が、セカイの肩に手をかけた。少しよろけただけなのは、シツにも分かった。セカイは、友直の体を支えるように、手に手をとった。
「それ! 俺の!!」
 言うより先に、シツは動いていた。
 友直からセカイを引っぺがして、腕の中に抱き締める。
「…………?」
「……シツ?」
 友直とセカイが、ぽかんとしている。
「これ、俺の!!」
 あほの一つ覚えでそれだけ叫んだ。セカイの頬っぺたを両手で挟み込み、ぐりんと自分のほうを向かせる。
「シツ?」
「んー……っ」
 ちゅーした。
 ちゅーしてやった。
 公衆の面前で、ちゅーしてやった。
 ふは、ふははは、ざまぁみさらせ。
 いかにも、な行為を、してやった。
「シツ、さん……首の骨、ごきって……」
「んー……!」
「ん、ンん……っ」
 くぐもった声が、セカイの口端から漏れる。
 息が止まるくらいの本気のちゅー。
 普通、こういうのって攻めがやって、それに受けがとろんとして惚れ直す……みたいなのが王道じゃなかったっけ? なんで攻めの俺がちょっと気持ち良い声出してるの? 胸とか途轍もなく高鳴っているんですが……。
 セカイはぼんやりそんなことを思いながら、シツからキスしてくれるなんて滅多にないので黙ってキスされておいた。
「え、ちょ……ぶはっ、本気? 本気でやってるの?」
 呆気にとられていた友直も、ドン引きを通り越して、爆笑し始めた。きれいな顔をくしゃくしゃにして、笑い過ぎで腹筋が痛いと涙を浮かべる。

「おい、友直……厨房まで馬鹿笑いが聞こえ、て……」
 一体、何事かと、若弥が怪訝な表情でやって来た。
 目の前で繰り広げられる男同士のキスシーンに、若弥の三白眼が釘付けになる。
「あ、若弥、ちょ、これ、すごい……ていうか、シツ君、過剰反応し過ぎ。もーお兄さんびっくり! 何この子、かわいー!」
「ぅ、ぅぅう、うるさい! ほっとけ! これ俺の!! 友直さんにはあげない!」
「やーい、半泣きになってるー」
「……な、っ、泣いてないっ」
「ね、セカイ君、君の恋人ってすごい可愛いね」
「はい」
 状況のつかめないセカイは、素直に頷くばかりだ。
「友直さん、セカイに触ったらだめー!」
 ぎゅうっと力いっぱい抱きしめる。若弥や友直の前だということも忘れて、しがみつく。
「ちょ、シツ、シツさん……背骨、俺の背骨が、男子大学生の腕力でだいしゅきホールドされて、今この瞬間、ボキって……」
「せかいぃい」
「だ、大丈夫か……?」
 若弥は、いまいち状況が掴めていない。
「すみません、お騒がせして……」
 セカイも若弥に会釈する。
「いや、俺は構わない。メシを美味く食ってくれるなら」
 セカイにしがみつくシツを見下ろしながら、若弥は大きく頷いた。ご飯を沢山食べる子はいい子だ。それだけだ。







 以下、同人誌のみの公開です。



2012/10/04 旅先で発展して何が悪い (本文サンプル・書き下ろし分・中盤) 公開