旅先で発展して何が悪い (本文サンプル・書き下ろし分・後半)


※ネット上で見やすいように装丁を改変しています。
※実際の冊子の装丁は、A5サイズ本 / 25行×28文字の2段組となります。

 
 
 「友直さん」
 シツは母屋に顔を覗かせた。
 パソコンに向かって難しい顔をしている、友直に声をかける。
「……君か」
「はい」
「もう出るの? まだチェックアウトの時間じゃないし、明日は予約をとってないから、ゆっくりしても大丈夫だよ? あぁ……ゆっくりしたくないか、自分の男を狙ってる人間がいる宿になんか」
「そうですね、長居したくないですね。……んー、でも、どうでしょう?」
「何が?」
「よく分かんないので、もうちょっと考えます」
「あぁ、そう」
 シツは不思議な子。それが友直の印象だった。
 大人びた風でいて、どこか子供っぽく……たまに、精神年齢がすごく幼く感じる時もあれば、達観し過ぎて、全てを諦めた人間のようにも見える。人間様のフリをして精一杯生きようとする別世界の生き物、そんな感じだ。
 単純に表現すると、ちょっと頭おかしい。
「ところで友直さん。……今朝は楽しめました?」
「…………」
「どなしたんですか、黙り込んで?」
「今朝のあれは、君の仕業か」
 友直は、眉間に皺を寄せた。
 今朝の、あの若弥の暴挙はこいつが原因か……。 
「はい。俺の仕業です。」
「よくもまぁ、そんなツラの皮の厚いことができるね。……君、若弥に何を吹き込んだの?」
「何も言ってないです。ただ、俺が若弥さんを誘っただけです」
「誘った?」
「そのお礼に、若弥さんには友直さんを誘惑して下さい、ってお願いしました」
「若弥がそんな話に乗るはずがない」
「断言しないほうがいいですよ。他人の頭の中なんて、何を考えてるか誰にも分からないですから」
 そう、誰にも分からない。
 どれだけセカイのことが大好きで、どれだけ愛情の確認をして、二人でいることに安心があったとしても、徹底的に敵を封じ込めないと安心できないのがシツだ。
 セカイのことを考えただけで、切なくて、悲しくて、辛くて、苦しくて、胸が締めつけられて、途端に泣き出しそうになる。
 こんな感情、セカイには分からないだろう。だから、友直だって、若弥の考えの全ては分からない。所詮、他人なんだから。
「君の期待通りにはいかない。俺と若弥は幼馴染で……」
「それが何ですか?」
「…………?」
「友直さんって、若弥さんが口うるさいからあんまり喋らへんらしいですね。若弥さんのこと邪険にして、嫌ってる。親身になって心配してくれてるのに、それを無視して、逃げてる」
「……っ」
「ひどいですよね。こんなに傍にいてくれて、ちゃんと心配してくれる人がおるのに、その人には見向きもせんと、邪魔者扱いして、まともに会話さえせんと、仕事だけさせて……ね、友直さん、……俺、若弥さんもらっていい?」
「…………」
「若弥さん、頂戴?」
「…………」
「あの人、友直さんには勿体無いですから」
「…………」
「ふっ、ふひ……ひひっ」
 呆然とする友直を、シツが笑った。
 友直は、何も言い返せない。
「同じこと言い返されて、どんな気分ですか? ……でも、友直さんは気にせぇへんのですよね? 後腐れない関係が好きで、若弥さんみたいに、私生活にまで侵入してくる男は嫌いなんですよね? ……あ、その点、俺は大丈夫ですよ。生活も、人生も、一生も、全部、相手の為に差し出すつもりですし、それが生き甲斐ですから」
 それが、シツと友直の唯一の違いだ。
 シツは、誰かがいないと、生きていけない。
「……君には、ちゃんと、恋人が……」
「でも、若弥さんてちんこデカいし、体もおっきいし、背ぇ高くて力も強いし、腰掴まれてガツガツやられたら、すごく気持ち良いですよね。あんなん、ほったらかしにしとったら勿体無いです」
 あぁいう男、欲しいです。
 拡がって、隙間だらけで、穴がいっぱい開いているこの体を、隙間なくぎっちり埋め尽くしてくれる。それはきっと苦しくて、とても気持ちが良さそう。
「……せやから、俺に下さい。いらへんのでしょ?」
「それ、は……」
「俺やったら何でもできます。若弥さんも喜んでくれたし」
「君、俺に宣戦布告してる?」
「はい」
 セカイをとられない為なら、何でもする。
 友直と若弥をひっつけるなり、友直にそれなりの危機感を与えるなり、なんでも構わない。友直と若弥の間に恋愛感情がなくても、知ったこっちゃない。
 二人は幼馴染で、ずっと一緒に暮らしている。若弥には友直を心配する気持ちがある。友直は強がって、ずっと傍にいてくれる若弥に甘えているだけだ。本当に嫌い合っている者同士なら、今頃、一緒に働いてなんていない。
 だからつまり、恋愛感情がないと思っていても、お互いに意識し合っているはずだ。それに意識を向けるようにして、二人で勝手に宜しくしてくれれば、それでシツは万々歳だ。
 セカイにかまけている暇なんて、なくなればいい。
 その為になら、なんでもする。
 あぁ、すごくいやな子だ。
 自分で自分が嫌いになりそう。でも、大好きなセカイを自分のものにしておく為にしているんだから、しょうがない。
「俺はセカイといちゃいちゃするし、友直さんは若弥さんを拒絶するも受け入れるも好きにすればえぇと思うんです。……ね、そしたらほら、まるっと解決」
「勝手に若弥を名前で呼ぶな」
「だって、呼んでもいいっていってもらったもん。……今朝、若弥さんと車の中でお話した時に」
「……!」
「落ち込んでた俺を抱き締めて、慰めてくれたもん。俺の体見て、すごいな、って言ってくれたもん」
「…………な」
「ほな、これで。あ、今日はチェックアウトまで一日中離れでゆっくり過ごしますんで、もうちょっとだけお世話になります」
 邪魔しないでね。
「君、ちょっと待ちなよ」
 さっさと引き上げるシツを、友直が呼び止めた。
「はい、なんですか?」
「そのケンカ、買ってやる」
「……はぁ」
 俺に勝てると思ってんのか? シツはそんな表情を見せた。セカイにも見せたことのない、歪んで、醜い、一番綺麗な顔だ。
「こっちもこの体一つで、男に貢がせてきたんだ、舐めんな」
「泣きみんじゃねぇですよ、お兄さん」
「うっせぇよ、性悪」
お互いに綺麗な顔で笑って、お互いに相手を見下した。


 ※


 少し頭を冷やしてくると言って出て行ったまま、シツが帰って来ない。余りにも帰りが遅いので、心配になったセカイは、母屋まで様子を見に来た。
「すんません、うちのん見ませんでした?」
「……え?」
 母屋で今後について頭を悩ませていた友直は、セカイの言葉に耳を疑った。シツが出て行ってから、彼是三十分は経っている。
「散歩に行く言うたまま、帰ってけぇへんので……」
「てっきり部屋に戻ったと……。離れで、二人でゆっくりしてるんじゃ、ない、の……?」
「はい、してないです」
「あいつ!!」
 友直はガタッっと立ち上がった。
「友直さん?」
「あの野郎……っ」
「あれ、そんな言葉遣いする人でしたっけ?」
「ちくしょう!」
 あの性悪、早速、若弥にちょっかいかけに行ったに違いない。
 油断ならない。あのガキ、本当に性悪だ。宣戦布告してきたその足で、早速、先手を打ちにいきやがった。
「あの、うちのん、どないかしましたか?」
「君ね! 君もあの性悪の旦那なら、首輪でもつけときなよ!」
「はい?」
 友直に詰め寄られて、セカイは小首を傾げる。
「君の男、頭おかしい! 君をとられたくないからって、俺の男まで普通、寝取るかっ!?」
「ん? なんのことですか?」
「兎に角! あぁあああちくしょう!! 自分のオンナなら、自分でちゃんと管理しろよ!」
「……え、あ、はぁ……友直さん、どちらへ?」
「いいからついて来い!!」
 セカイの手を引っ張って、休憩室へ走った。
 この時間帯、若弥は休憩室で仮眠をとるか、趣味の和菓子作りに没頭しているはずだ。
 友直は、全速力で走った。この宿の経営を始めて以来、こんなに走ったのは久方ぶりだった。友直は、沸点が高いほうでないが、低いほうでもない。頭に血が昇っている。
「おい、テメェうちの若弥に何してる!?」
 荒い呼吸で休憩室へ乗り込むと、開口一番、怒鳴った。
「……あ、友直さんだ」
 部屋の隅に座布団を用意してもらって、シツはそこで和菓子を食べていた。
 隣には、湯呑みを片手に胡坐を掻いた若弥もいる。
 至近距離で、仲も良さそうだ。何より、シツの口元でほろほろと崩れ落ちる黄身餡を、若弥の右手が拭ってやっていることに、友直は発狂しそうになった。
「友直、どうした?」
 朴念仁というか、何事にも動じないと言うか、若弥は、拭ってやったそれをぺろりと舐める。
「若弥! その! それ! そういう……!! なんで! それ、だから、そういう……!!」
 声にならない叫びをあげて、友直は頭を抱えた。今にもヒスを起こしそうだ。
「いいところにきた。今、こいつに和菓子の試食を頼んで……」
「聞きたく! ない!」
 シツのことを親しげにコイツ呼ばわりするような、若弥の声なんて聞きたくない! 耐えられない! 許せない!!







 以下、同人誌のみの公開です。



2012/10/04 旅先で発展して何が悪い (本文サンプル・書き下ろし分・後半) 公開