好き好き大好き愛してるの何が悪い (本文サンプル・書き下ろし分・序盤)


※ネット上で見やすいように装丁を改変しています。
※実際の冊子の装丁は、A5サイズ本 / 25行×28文字の2段組となります。

 
 
 「シツさん、ちょっと……」
「あ?」
 冷凍庫のアイスを漁っていると、セカイに手招きされた。
 意味もなく「怒られるかもしれない」と瞬時に察し、シツは見なかったフリをした。そそくさとバニラアイスを咥え、右手にオレンジの棒アイス、左手にチョコクランチを握り締める。
「アイスは一日二個!」
「…………」
「二個です! 明日一個にしますか!?」
「…………」
 渋々、オレンジを冷凍庫に戻した。
 セカイが見ていない時に隠れて食おう。
「シツさん、こっち来なさい。ちょっとお話があります」
「お説教やったら聞かん」
「お説教とちゃうからこっち来なさい」
「はーい」
 リビングのラグに正座する。
 同じように、セカイがシツの正面に正座した。
 バニラアイスが溶けそうなので、半分齧って、半分セカイに上げた。
「ひひゅしゃん、ひぁあら、わわひは……」
「喋ってから食えや」
「ひゃい」
 セカイは、棒アイスを咥えたまま頷く。
「…………やっぱり寄越せ」
 セカイの口にあると、アイスも美味しそうに見える。
 だってセカイの涎がついてる。セカイにあげるの勿体無い。ぐちゅぐちゅとセカイの口の中でアイスの棒を出し入れして、それからシツは自分の口に含み直した。
「…………え、なんで俺、今、口内を犯されたん?」
「うるさい、えぇから黙って話の続きせぇや」
 残りのアイスを齧り、シツは続きを促す。
「……はい。では、あの、今から私は重要な話をします」
「んぁー……」
 てろんと垂れるアイスを、フェラするように舐め上げる。
「えろいことしてないで、ちゃんと俺の話を聞いてあげて」
「らじゃ」
 あっという間に食べきった棒アイスの柄を噛む。
「昨日、いーちさんからメールがあったと思います」
「おー……そいや、あったな」
 高校の同級生からメールがあった。
 人山為一之介(ひとやまいいちのすけ)。ひと昔のお武家様のように大仰な名前だが、一般人で、いーちと仇名で呼ばれている。同級生というよりは、親友に近い。
 そのいーちが、セカイとシツ、その他三名の友達に一括でメールを送っていた。海水浴に行こう、というお誘いだ。合計で六名になるが、その誰しもが、セカイとシツが付き合っていることを知っている。勝手知ったる友人達だ。
 折しも今は七月下旬。旅行予定は八月上旬。絶好の海水浴日和だ。白い砂浜、青い海、真っ赤な太陽、ビキニ女子、キャンプ場での一夜、花火、バーベキュー……そしてあわよくば彼女を作り、いーちは脱童貞。そこまで思い描いているらしい。
「てぇか、いーちの奴、まだ脱童貞狙っててんな」
「ランヤと同棲してるのにな」
「な」
 セカイとシツはお互いに顔を見合わせた。
 男と同棲しているのに、いーちはまだ脱童貞を夢見ているらしい。彼は高校生の頃から歪みなくそれだけを希望に生きている。多分、徒労に終わるだろうと本人以外は気付いている。
「……というわけで、シツさん、私は海水浴に……」
「却下」
「水着でばーべきゅ……」
「溺れ死なすぞ」
「夏の浜辺でシツさんといちゃい……」
「笑わせんな」
「話は最後まで聞い……」
「いや」
「なんでやねんな……」
「無理」
「無理とちゃうって」
「無理なもんは無理」
「ほら! でも! その前にこれ見て!! ちょう楽しそう!」
 セカイは隠し持っていた旅行ガイドの本をシツの前に並べた。
 特選! この夏のキャンプと海水浴場!! 
 そう銘打たれた雑誌だ。
 一瞬、シツがそちらに目をやった瞬間、追い込むようにノートパソコンの画面を広げ、海水浴場の記事を見せる。スマホのネット画面を立ち上げ、海水浴場の現在の様子を見せる。
 必死だ。
 海水浴をプレゼンするのに必死だ。
「いやです」
「……なんでっ!?」
 こんなにプレゼン頑張ってるのにっ!?
「…………」
 ジト目でセカイを睨む。
「なんで、なんでなんでっ!」
 行きたい、行きたい。
 海水浴、行きたい! お泊りキャンプしたい! 花火したい! バーベキューしたい! シツと行きたい!
「駄々捏ねんな」
「行ってくれたら、えっちサービスするから」
「……ぐっ」
「行こ?」
「…………」
「おねがい」
「やっぱりあかん、無理」
「なんでっ!?」
「無理なもんは無理!!」
「なんでっ!? なんでそんなにいやっ!? 何がいや!? 理由、せめて理由教えて!! 俺と海水浴いや!?」
「……っ!!」
 たまりかねて、シツは自分のシャツをめくり上げた。
 細腰も、臍も、腹筋も、肋骨も、乳首も、全部丸見えだ。
「なに、誘ってんの?」
「違う! これ! 見ろ!!」
「……?」
 なぁに? と可愛らしくセカイが首を傾げる。
「これ! ……っ、こんなんあるのに! 海なんか行けるか!!」
「……あぁ」
「あぁ、とちゃうわボケ!」
 意味分かってんのか。
 乳首にピアスぶっ刺さってんだぞ。
 それだけではない。腕、腹、背中、首、肩、鎖骨、内腿……などなど、あちこちに痕跡がある。歯型やキスマークならまだ可愛いが、縛られた痕もある。
「……こんなん見られたら、俺、終わる……」
 しっかりと定着してしまったボディピアス。
 これが一番厄介だ。
 セカイの好きな琥珀の宝石が肉に食い込んでいる。ゲージも拡張され、ピアスのバーベルを抜いても向こう側が見えるような穴になってしまった。 
 その上、右と左で大きさが異なる。セカイが左手で右の乳首ばっかり弄るから、右のほうが大きい。ピアスのゲージも、右だけどんどん大きくされて、目に見えて色も形も大きさも違う。
 触らなくても、いつもちょっとだけ勃ち上がっていて、シャツに擦れる。そのせいで赤く腫れて、ぽってりしていた。シャツ一枚だと目立つので、シツはいつも上に何か羽織るか、二枚重ね着をしなくてはならない。
 日常生活でさえその存在が気になって仕方ないのに、海水浴場などという不特定多数の目につく場所では、到底、裸になれない。友人になんて、絶対に見せられない。
「これがある限り、無理です」
「見せればいいと思う」
「俺に人生終われって言うんか」
「うん」
「…………」
「いや、まぁ、それは本気やけども今は置いといて……まぁ、穴を開けた俺が言うのも何ですが、……それ、外せばよくね?」
「…………」
「外したら、ピアス穴もそんなに目立たんやろ? そんで、色濃い目のシャツかパーカー着たまま海に入ったらええやん」
「外してえぇのん?」
「いや、できることなら外して欲しくないけど、どうしても恥ずかしいって言うなら……」
「俺、セカイ以外にこんなかっこ見られたくない」
 そそ、と恥じらい、シツはシャツを下ろす。
「今回は外して下さい、俺が許可します」
「……っしゃー!!」
 男前な雄叫びと共に拳を握り、シツは早速ピアスのバーベルをゆるめた。本当のことを言うと、シツも、いーちからメールをもらって海水浴に行きたかったのだ。
「……俺、今の今までシツさんのそんな野太い男声聞いたことなかったんですけど、何ですかそれは……かっこいい」
「うるさいだまれ」
「はい」
「……っ、ン」
 貫通したバーベルが、肉から抜ける感触。
 ずるずると動くその動きは、セカイが腹の中で肉を割ってシツを犯す感触に似ている。気持ち良い。なんとも言えぬ感触に、悩ましげな息を吐き、バーベルを抜き去った。こんなことで体温が上がる体になってしまった。それがたまらない。精神的にクる。
「……シツ」
「勝手にやる気出すなボケ」
 圧し掛かって来るセカイの腹に蹴りを入れて、さっさとシャツを戻す。
「えー……もー……この雰囲気やったら、いつもエログロゲロに突入やないですかぁ、俺、空気読み違ったー?」
「違ってる。ほなセカイ、ここで提案です」
「はい」
「海水浴に行きたいっていうお前のお願いを聞いてんから、俺のお願いも聞いてくれるよな?」
「うん。……何?」
「今日から旅行の日まで、えっち禁止。縛り禁止。それに類推する全ての行為禁止。後、旅行中は必要以上にべたべたしない。旅行先でもえっち禁止……そんで最後に……」
「ま、まだあんの?」
「俺と海で追いかけっこしたくないの?」
「したいです」
 自分の乳首に刺さっていたピアスを舐めるシツに、セカイはごくんと唾を飲み込む。
「ほな、最後のお願いもちゃんと聞いてや?」
「はい」
「旅行終わるまでオナ禁しろ」
「…………」
「さっき言った通り、俺とヤんのも、俺の口使うのも、俺の体使うのも、俺をオカズに自分ですんのも、お前が俺に内緒で撮り溜めてると思ってる俺とのハメ撮り動画とか画像でオナんのも禁止、全面禁止、禁欲しろ」
「…………」
「なんや、絶句して。まさか俺がハメ撮り動画に気付いてへんと思ったんか?」
「…………シツさん」
「なんや?」
「旅行まで後二週間あります」
「そうですね」
「二週間と言えば十四日ですよ!?」
「さようですね」
「むりむりむりむりむり!!」
「なんべん無理言うねん」
 あまりの言いようにシツはちょっと笑ってしまった。
 なんか可愛い。
「いやもうほんま無理やって! ちょ、おま! 笑ってんと! 俺に二週間も禁欲とか無理やって!? 知ってるやろ!?」
「俺がやって、って言ったら、やって」
「頑張って十日やでっ!? 前に十日やったことあったけど、あん時、お前ヤバかったやろ!? 死ぬでっ!?」
 セカイではなく、シツが死ぬ。
 つまり、オナ禁開けのセカイにやり殺されるということ。
「シツ、お前の為や。お前の為に俺に禁欲生活はやめさせとけ」
「えぇからやれ」
「……で、でもな?」
「せや、言い忘れてた。お前のパーカーに五分袖のやつあったよな? あれ、海で着るから貸して」
 ほら、それはつまりこういうこと。
 ほんの二週間我慢すれば、夏の海辺で彼パーカーを着たシツが見られるよ。しかもちょっと水に濡れてキラキラしているよ。
「ぱっ……」
「ぱ? なに? セカイ?」
「パーカーでもパトカーでも持ってけ!!」
「やったー、ありがとー!」
「ちくしょぉおおお!!!!」
「ちゃぁんと我慢したら、一緒に海で遊ぼなぁ?」
「絶対に我慢する! せやから絶対に行くぞ!!」
「はぁい」
 よし、これで二週間くらいは人間らしい生活を送れる。
 遠い夏の海辺に思いを馳せるセカイを尻目に、シツは一人ほくそ笑んだ。







 以下、同人誌のみの公開です。



2013/10/18 好き好き大好き愛してるの何が悪い (本文サンプル・書き下ろし分・序盤) 公開