好き好き大好き愛してるの何が悪い (本文サンプル・書き下ろし分・中盤)


※ネット上で見やすいように装丁を改変しています。
※実際の冊子の装丁は、A5サイズ本 / 25行×28文字の2段組となります。

 
 
 次に目が醒めた時には、異世界だった。
 まず、ガレオン船の上だった。船は洋上にあり、当然の如く、三百六十度を海に囲まれている。遥か遠くに陸地があり、灯台と城が見えた。
 ぽん! と船上から花火が上がる。周りで歓声が上がり、それを皮切りに、楽団が何やら陽気な音楽を奏で始めた。船の乗客は皆、中世貴族のドレスや衣服を身に着けていて、音楽に合わせて踊り出す。
 シツは、王子様の格好をしていた。まるでディズニー映画かハリウッドの中世騎士物語でも出て来そうな豪華な衣装だ。
「…………」
 夢ってすげー……と思った。
「ちょ、シツ、シツ……」
 呼ばれて振り返ると、近衛兵の格好をしたいーちが立っていた。
「お前……何してんの?」
「いや、そらこっちのセリフやで」
 夢にしては妙にリアルだ。
 二人とも、呑気にお互いの格好を笑う。
「それではここで、王子様とお妃様のダンスでございます!」
 二人の背後で、執事の格好をしたレイが声高らかに宣言する。
 シツといーちが、ぎょっとしてレイを見た。
「いや、せやかて、そうしろって台本に……」
 レイの手には、台本が握られていた。
「台本?」
 シツがその台本を覗き込む。
 台本には、船上での結婚式、王子様と異国の姫が愛を誓い合うシーン、と書かれている。台本の表紙には『人魚姫』と題されてあった。
「……配役、配役は?」
 ページをくると、配役一覧がある。
 王子様シツ、王子様の執事レイ、近衛兵いーち、海の魔女兼異国の姫に通人、その手下とーり、と書かれてあった。
「異国の姫のおなーりー!」
 とーりがお姫様の手を引いて登場した。
 真っ黒のドレスに身を包んだ通人だ。
「……ちょっと待て、人魚姫ってどういう話やったっけ?」
 いーちが首を傾げる。
「確か……王子様を好きになった人魚姫が、海の魔女に頼んで、人間の姿にしてもらって、その代わりに声を失う。海の魔女は王子様を手に入れようと、自分も人間のお姫様になって人魚姫の邪魔をする。そんでもって、人魚姫は、王子様から好きと言ってもらわなければ海の泡になって消えてしまう。……とかいう話やったような」
「本によって色々あるからな。まぁ大体そんな感じやろ」
「……つまり、今、俺の目の前におるあのつーさんは……」
「海の魔女!!」
 いーちは通人を指差した。
「配役には幾らか文句を申し上げたいところですが、夢なので言うても詮無いですし……まぁ、許してさしあげましょ」
 通人は、夢の中でも扇子を片手に優雅だ。
「ところで本物の人魚姫は?」
 シツはぐるりと周囲を探す。
 この配役でいくなら、人魚姫は……。
「死にたい、まさかのこの展開は死にたい。なんでこんなことになっとんねん。夢やったら夢らしくせめて俺が王子様でシツをお姫様にせぇや。なんで俺が、こんなふわっふわのドレス着とんねんな。ないわー……ほんまないわー堪忍してぇや」
 船の片隅で、頭を抱えているドSがいた。
「せ……」
 セカイの傍に走りかけて、シツは自分の体が動かないことに気付いた。それどころか、セカイではなく通人の手を取り、その手の甲に唇まで落としている。
 どういうことだ。
 体の自由がきかない。
「このシーンは……異国の姫に化けた海の魔女と、王子様の結婚式やから、つまりシツが通人に愛の告白をして……物語は強制的にその通りに進み……」
「セカイは人魚姫やから、……海の泡になる?」
 レイといーちが顔を見合わせる。
「回避!! それは絶対回避!!」
 通人の腰を抱きながら、シツが叫ぶ。
 言動が全く一致していない。
「あ! セカイ君が! 今! 正に! 海の藻屑に!!」
 とーりが前方を指差す。
 船首では、セカイが船から上半身を乗り出していた。
「死ぬ、俺は死ぬ、女装した状態でシツが他の男相手にタチするの見るぐらいなら俺が死んでその後で怨霊になってシツもついでに呪い殺して海の底でらぶらぶいちゃいちゃする」
 ぼそぼそと追い詰められた表情で呟いている。
「な、なんか、ネクラ……っぽい」
 自分の彼氏の粘着がましい発言に、シツは及び腰だ。
「と、兎に角シツ! セカイが死なへんようにするには……、えぇと、えぇー……っと、れーさん、どないしたらえぇっ!?」
「台本によると、王子様が真実の愛に気付き、人魚姫に告白、とある。シツ、告白しろ」
 いーちに言われて、レイが台本を読み上げる。
「え……いや」
 シツは即拒否した。
 全員が見ている前で告白?
 それは何の罰ゲームだ?
 友人が四人もいる。その上、ストーリー演出の為に用意されたモブが百人以上いる。何が悲しくて、こんな公衆の面前で告白をしなければならないのか。
 何も悪いことをしていないのに、まるで罰ゲームだ。
「死ぬ、俺はもう死ぬ。自分の恥と俺の命を天秤にかけられて一瞬でいやって言われた俺はもう死ぬ。死ぬしかない。先立つ不孝をお許しくださいお父様とお父様……」
「ほら! セカイがなんか頭おかしくなってるから!」
「シツ! 早く!」
「あぁ! 今にも飛び込みそうに!」
「あそーれ! シツ君のーちょっといいとこ見てみたいー!」
 最後の通人は、明らかに楽しんでいる。
「…………」 
 ここでセカイが死ぬか、シツが告白してセカイを助けるか。
 シツは顔を上げ、真っ直ぐ船首へと進んだ。
 体の半分以上を海面へ投げ出したセカイに手を伸ばし、求婚するように片膝を着く。
「セカイ」
「ふぁい?」
「愛してる」
 これはそういう夢だ。
 夢だから恥ずかしくない。
 どうせ夢だから。
 強制的な夢だから。
 言わなくちゃセカイが死んじゃうから。
 死んじゃったらどうせシツも生きていけないから。
 ただ、言っただけだ。
「愛してる」
 シツがセカイの手を握った瞬間、脳内に『人魚姫クリア!』という文字が浮かび上がり、勝利のファンファーレが鳴り響いた。







 以下、同人誌のみの公開です。



2013/10/18 好き好き大好き愛してるの何が悪い (本文サンプル・書き下ろし分・中盤) 公開