スーツの下が手遅れで何が悪い (本文サンプル・書き下ろし分・中盤・えろ)


※ネット上で見やすいように装丁を改変しています。
※実際の冊子の装丁は、A5サイズ本 / 25行×28文字の2段組となります。

 
 
 二十一時の約束に間に合うよう、シツは職場を早めに出た。
 普通に歩く足取りも、勝手に早歩きになり、ともすれば走り出しそうなくらいの勢いだ。
「セカイ!」
「シツ!」
 一日ぶりの涙の再会。夕暮れ時に、往来で熱く抱き合うホモカップル。
「……みたいなことを誰がすると思う? 死んでもするか。あぁ? なんやその残念な顔は? 文句あんのか? さっさとメシ食いに行くぞ、おいこら、俺、腹減っとんねん」
「はい、分かりましたシツさん!」
 セカイのネクタイを引っ張って、シツは目当ての店に入った。
 予約していた個室に案内されると、まずノンアルコールを二つ注文する。和食もイタリアンもフレンチも中華もあって、酒の種類は豊富。食べたいものを探すのに困らない。
 ソファ席で、完全隔離部屋。間接照明でセカイの顔がちゃんと見えないのがいやだけど、狭い部屋だから接近すればいい。
「セカイ、お前、今日は飲まんの?」
「この後、戻って仕事。お前は?」
「同じく、戻る。皆は仮眠とってるから二時間は大丈夫」
 メニューを見ながら、シツは頷く。
「……シツ、上着貸せ」
「んー……」
 視線はメニューに落としたまま、もう片方の手で上着を脱ぐ。
 もだもだしていると、セカイが脱がしてくれる。首を少し持ち上げるとネクタイもゆるめてくれるし、ついでとばかりにキスもしてくる。
「……ん」
 挨拶程度のキス。軽く触れておしまい。
「お、……おぉ!?」
「んー……」
 ぐい、とセカイのネクタイを引っ張って、もう一度キスした。
 離さないように、逃がさないように、長い長いキスを交わす。唇の柔らかさを味わい、唾液を一滴も零さないように飲み込んで、舌で口腔の粘膜を舐る。
 セカイの舌を甘噛みして、角度を変える。息継ぎも面倒なくらい一所懸命セカイの後頭部を抱え込み、手前に引き寄せて、ソファに倒れ込む。
「んー、……ぅ、ん、ン」
 ちゅ、ちゅ。
「し、シツさん?」
 シツに体重をかけないよう、不安定なソファに必死に両腕をつく。
「せぁい、……ぁ、ぃー……ん、んー」
 セカイの首に頬擦りして、ちゅっちゅちゅっちゅ。
 頬擦りして、マーキングして、抱き締めて、セカイの腰に両足を回してがっちりホールド。
 いつもなら、セカイがこうする側で、シツは無表情で「外だからやめろ」と突っぱねるのが常だ。それがまぁどうしたことか、くんくん鼻を鳴らして、変態臭い仕種ではーはー言いながらセカイのにおいを嗅ぎ、セカイの腹筋に勃起不全のペニスを押しつける。
「シツ、そんなにさみしかったん?」
「十分」
「……はい?」
「十分後にドリンク持って来て下さい、って頼んどいたから、十分間は、セカイのにおい嗅ぐ」
 すぅはぁ、大きく肺を上下させ、セカイを堪能する。
 年々、セカイのにおいが好きになる。このにおいがたまんない。好き。仕事終わりのちょっと汗ばんだにおいも最高。スーツのにおいと相まって、セカイのにおいが濃くなる。
「せぁい、せぁいぃ」
「はい」
「だっこ」
「はい、だっこ」
 ぎゅうう、と、めいっぱい強く抱き締める。どろどろに蕩けた頬っぺたを、セカイが噛む。
「せぁいぃ」
 きゅ、と目を細めて、シツが嬉しそうな顔で笑う。あむあむして、ぺろぺろして、唾液まみれの顔で、セカイを舐める。噛む。抱き締める。お口が休む暇もないくらい、キスして、舐めて、噛んで、セカイの名前を呼ぶ。
 ピーピーピー。スマホのアラームが鳴った。
「……よし、終了」
 真顔に戻ったシツが、唐突に終了宣言した。テーブルに腕を伸ばして、アラームを止める。
「…………し、シツ、さん……?」
「十分終了。……邪魔、どけ」
 顔の唾液を手の甲で拭い、ネクタイを締め直し、自分の上に乗っかるセカイを蹴って押しのける。
「……その、オンオフの切り替え……激しくないですか?」
「うるさい、黙れ、席に戻れ」
「……はい」
 煽るだけ煽られて、セカイはすごすごと対面の席へ戻る。
「お待たせしましたー」
 空気を読んだように、きっかり十分で店員がドリンクを持ってきた。
「ありがとー」
「注文お伺い致します!」
「ほな、手羽先の油淋鶏、ルッコラのサラダ、ドライトマトと茄子のチーズ焼き、海老の出汁巻き、枝豆豆腐、お造り盛り合わせ、鴨の真蒸、天麩羅盛り合わせ、鯛の荒焚き、鰆の幽庵焼き、牛たたき、小鹿のパイ包み、ラムチョップ、温野菜盛り合わせ……とりあえず以上で」
「承知致しました。それでは失礼しまーす」
 注文を復唱して、店員が出て行く。
「はい、セカイ、お疲れー」
「おつかれー……です」
「なんや、元気ないな?」
 飲み物を一気飲みして、シツは首を傾げる。
「一気飲みやめて下さい。ゲロ吐きますよ?」
「そうですねー。でもノンアルですー……で、なんで敬語なん?」
「なんかさー、シツさん、あれとちゃいますか?」
「はい?」
「落差が激しい」
「公私の区別をつけていると言うてくれ」
「その落差に着いていくのに必死で、セカイさんは……」
「つらいとか言うたらぶち殺すぞ」
「幸せです」
「よし」
「……でもなー、なんかなー……あの一瞬がまるで夢のようで……あんなに可愛いのに、時間切れになった瞬間、いつもの可愛いシツさんに戻るしさぁ……あれ? 結局どっちも可愛い? ほな、問題ない?」
「あー……ないない」
「でもなー、もうちょっと引きずって欲しいって言うか、こう、後ろ髪ひかれる感覚っていうか、お前、自制心強すぎひん?」
「…………昼間」
「はい
「お前のこと考えて、それだけで、イった」
「…………」
「前も後ろも、どこも触ってないのに、お前のこと考えただけで、気持ち良くなった」
「…………」
「今朝は、ぎりぎりまで、今日着るスーツとネクタイについて悩んだ」
「…………」
「そんで、今日は朝から、この恰好」
 ネクタイを解いて、シャツの釦を三つばかり外す。鎖骨の下まで見えるようにテーブルに身を乗り出し、両手で、襟元を大きく寛げる。
「ぅ、わ……」
 セカイが感極まった声を出した。
 セピアがかったピンク色のシースルーレースだ。肩紐のリボンレースが少しずれて、鎖骨に引っかかっている。ふわふわシフォンのベビードールは、胸元の大きなピアスを申し訳程度に覆い隠し、薄く透けて見せる。胸の下にあるリボンは固結びになっていて、丁度、乳首にすれて気持ち良さそうだ。
「固結びのとこ、痛い。……早く結び直して」
 ほら、とセカイに見せつける。
 いざ、セカイが指を伸ばすと、肌に触れるかどうかの寸前で、ふい、とシツは後ろへ引いた。
「続きは、料理、持って来てからな」
 ぺろりと唇を舐めた。
「お前、まだ固結びしかできひんの?」
 セカイは冷静を装った。
 シツの分際で、ドSを挑発するとは良い度胸だ。今すぐケツに突っ込んで欲しいくせに、よくもまぁ、そんな強気な態度に出られたものだ。後で後悔させてやる。
「お待たせしましたー」
 店員が料理を運んでくる。
 シツは襟元をきっちり隠して、店員と笑顔で応対する。
 シツは、社会人になってからというもの、人当たりだけは無駄に良くなった。大学生の頃もそれなりに社交性を身につけたと思っていたが、今は、手当たり次第、誰にでも尻尾を振るので、セカイは気が気でない。
「セカイ、ほら」
「あぁ、おぉきに」
 シツに箸を渡されて、受け取る。
「いただきまーす」
「いただきます」
「……っと、その前に……」
 箸を置くと、シツはにこりとセカイに笑顔を向けた。
「どないした?」
「ザーメン、頂戴。丸一日分溜まってるやろ?」
「…………」
 うちの嫁、時々、想定外に淫乱でびっくりする。
「大丈夫。すぐにセカイが射精できるように仕込んできたから」
 ジジ……とズボンのジッパーを下げる。
 そこから現れたのは、ベビードールと上下セットになった可愛い下着。セカイの大好きな可愛い下着。セピアピンクの紐ぱんつ。黒スーツの隙間から、ふわふわピンクが溢れ出る。
 男の夢が、スーツという現実の隙間から零れている。やわらかくて、指触りの良いレースとリボンが、あのスーツの中にめいっぱい詰まっている。
 股間にはスリットが入って、ぎりぎりペニスはしまえるけれど、大きなピアスやブジー、ハーネスが邪魔をして、ぽろんとこぼれ出る。後ろはTバックで、ゆるゆるアナルも丸見え。ストッパーの底に引っ張られて、なけなしの布地が伸びている。
「着て来たよ」
「…………はい」
「可愛い?」
「はい」
「これ、セカイに内緒で買ってん」
「ありがとうございます」
「さっきから鼻押さえてるけど、鼻血出そう?」
「はい」
「今日、このカッコで、職場の椅子でオナってん。おかげで、スーツの裏地、全滅。いっぱい濡らしてしもうた。トイレに行って拭いてんけど、シミできた」
 セカイによく見えるように腰をずらす。ベルトをゆるめ、ズボンを少しだけ下げた。
「職場の椅子が柔らかめやから、折角、前立腺も肥大して、お外に出てるのに、あんまり気持ち良くなられへんかってん。……けど、セカイのこと考えてたら、きゅ、ってなってな? 気持ち良かったん」
 ソファの上で股を広げて、にゅち、にちゅ、と硬度のないペニスを扱く。カウパーがだらだら溢れているのに、射精欲求は存在しない。ずっと、だらしなく漏らしている。
 朝から常時こんな調子で、下着は何度もびしょびしょになった。どれだけ濡れたか教えてあげる為に、今日はナプキンも、おむつもしなかった。
「どう? セカイ?」
「やらしいにおい、します」
「ここ、食べたい? それとも、こっち……ン、ぁ……で、きもち、よ、ぅ、ぁ……ああ」
 ペニスを片手で持ちあげて、その向こうをセカイに見せる。
 ギーシュが、てらてらと腸液と先走りで濡れていた。その奥のストッパーを掴んで、強引に引きずり出す。ぬるん、と抜け出たストッパーをテーブルに置くと、隣にあるノンアルビールの大ジョッキよりも大きかった。







 以下、同人誌のみの公開です。



2012/10/04 スーツの下が手遅れで何が悪い (本文サンプル・書き下ろし分・中盤・えろ) 公開