ダメンズメーカー政務官 （本文サンプル）※ネット上で見やすいように装丁を改変しています。 ※実際の冊子の装丁は、A5サイズ本 / 25行×28文字の2段組となります。 薄暗い闇の中に、ほのかに月明りと星が輝く。切り立った断崖が影をつくり、ジャーファルの体を闇色に包み込む。さっきまで自分が立っていた場所は遥か高みにあり、随分と上のほうから落とされたな、という印象だけが強かった。 「…………」 地面に寝転がったまま、ジャーファルは何度か瞼を瞬いた。 受け身はとったが、眷属器を使う程でもなく、眷属器を頼りに体を支えて、下まで落ちた。最後の着地で足元がぐらつき、転んでしまった以外は計算通りだ。 「服が、汚れた……」 シンにもらった服なのに。 シンから与えられた服なのに。 シンから授けられた役職に相応しい官服なのに……。 くだらないことで汚してしまった。 「…………眠い」 地面とは言えども、体を横にしたのは数日ぶりで、ひどく眠気を誘われる。恐らく、シンドバッドを探すという大義名分がなければ、この場で、眠ってしまっていただろう。 よく眠れる性質ではないし、何日も眠らずとも生きていけるように訓練されている。だが、たまに、気を失うような眠気に襲われるのが困る。 あの感覚は病みつきだ。死んだような気持ちになれる。何も考えなくていい。脳味噌を働かせなくてもいい気持ち良さ。 幼い頃は、いっそ死んでしまって、自我を放棄してしまえば楽になると思っていた。そんなジャーファルの考えが、シンドバッドによって根底から覆された。 誰かの胸に抱かれて眠る気持ち良さ。他人の体温の心地良さ。鼻先をくすぐる、大切な人のにおいの素晴らしさ。心臓の音が聞こえる距離。情事の後のけだるさ。 全て、シンドバッドに教えられた。 そうして、泥のように眠る心地良さを教えられてしまった。 「…………舐め腐った真似しやがって……」 ジャーファルは立ち上がると、ぱん、と官服の泥を払った。 ぶっ、と口の中に入った泥唾を地面に唾棄する。 頭の中にはシンドリアの地図が叩き込んである。おおよその位置関係や方角も把握しているし、どこにどういった自然洞穴があるかも覚えている。王国建立時、自然要塞に成り得るこの南海の孤島を選んだのは、そういった理由もある。 灌漑や開拓の為に、ジャーファルも地質調査には何度も同行した。この断崖の奥には、洞穴的な場所が存在する。海の向こうに繋がるような深い洞穴で、風が通る。湿気たにおいがまとわりつく。べたつく海風にまぎれて、遠くで波音が聞こえる。海が真近くにあるのではない。洞穴の穴を幾つも通って、音が反響しているのだ。 その波音にまぎれて、ぐぅぅ、ぐぉ、ぅう……と、よく聞き馴染んだ音がかすかに鼓膜を打った。ジャーファルは迷うことなく、洞穴の中を進んだ。 「見つけ、た……」 かなりの時間をかけて奥まで進み、シンドバッドを発見した。薄暗く、全容までは把握できないが、じっと目を凝らすと、シンドバッドだとすぐに分かった。 「……ぐぅ、ぅぅ……ぐぅ……」 「酒臭……」 傍まで寄ると、酒のにおいがした。思わず、官服の袖で口と鼻を覆う。 これは、怪我をして身動きが取れないとか、誰かに見張られていて逃げられないとか、そう言った状況ではない。単に、泥酔して、爆睡中なだけだ。 「…………」 ジャーファルは無言でシンドバッドを蹴った。 「ぐふっ……」 高いびきの途中で、シンは唸る。 「起きなさい、シンドバッド」 「おぉ……おぉぉお、鳩尾っ、鳩尾にかつてない衝撃が……酒が、さけ、が……出戻ってくる……飲んだ、酒が、っ……おしっこも、おしっこも漏れる……」 「王の威厳がなくなりますので、粗相はお控え下さい」 「…………ん、その声は……？」 ここに至って、ようやくシンドバッドはジャーファルの存在に気付いた。 「おはようございます」 「おぉ！ ジャーファル君！」 硬い地面の上で、シンドバッドの体が跳ねた。 「……？ 早く起きて下さい。変な格好でぐねぐねしない」 気味の悪い動きをする王に、眉根を寄せる。 「ジャーファル君！ これを見給え！」 びちっ、と王が跳ねた。まるで、海面から飛び跳ねた海老のように胴体を丸めて、跳ねる。 よくよくジャーファルが目を凝らすと、王は、亀甲縛りにされていた。 ジャーファルはそっと視線を横に流して直視しないようにした。深呼吸を数回繰り返し、今一度、意を決して、ちらりと王を見た。やはり、亀甲縛りされた王が、海老のようにびっちびっちと地面で跳ねていた。 「さぁジャーファル君。この緊縛を解き、今すぐ君の王を自由にしたまえ！」 「……はぁ」 やだなぁ、なんでうちの王様はこんなに汚れキャラなんだろう……残念だなぁ、練紅炎くらいの威厳を持ち合わせていたら、もうちょっと変わるのになぁ。なのにどうして、それでもこの人がこんなに良いんだろう、どうして、この人じゃないと駄目なんだろう。まぁいい、何はともあれこの人が無事で良かった。 そんなことを考えているとは億尾にも出さず、ジャーファルは肩で溜息をつくと、シンドバッドの背後に回った。眷属器の切っ先を縄に食い込ませ、ぶつ、ぶつ……っ、と切っていく。 「おぉ、ありがとう、助かった！」 「いえ。……それよりシン、何故こんな場所に？」 見つかったことにホっとしたのも束の間、ジャーファルは次のことを考えた。 「うむ、城を脱走し、例の豪農貴族の家に出向いて、個人的に酒を融通してもらおうとしたのだが、アニス嬢に勧められるまま、しこたま酒を呑んで油断したところを、殴られた」 強張った腕をバキバキ鳴らし、殴られた後頭部を撫でさする。 「あぁ。本当ですね、大きなたんこぶができている」 長い髪を分けて、ジャーファルがそれを確かめた。 「ジャーファル君、痛い」 「すみません。……ほら、もう大丈夫ですよ。ジャーファルがおまじないをしてあげますからね」 「うん？」 「シンの痛いの痛いの飛んでいけ」 ふぅ、と優しく息を吹きかけた。 「ぉ、ぉぉ……」 ぞくぞくくるような吐息に、シンドバッドは背筋を震わせる。 「御無事で何よりです」 シンドバッドの肩に手を掛け、そっと寄り添う。シンドバッドのぬくもりを確かめるように、白い指先で首筋を辿る。 「ジャーファル……」 シンドバッドが後ろを振り返ると、「はい」と健気に微笑むジャーファルがいる。無意識で男を誘うような仕種だ。シンドリアの政務官は恐ろしい。 「ジャーファル、おいで……」 「私は背中を押されて、ここに突き落とされたんですよ」 その気になったシンドバッドを押しのけるようにして、ジャーファルは思考を巡らせた。 以下、同人誌のみの公開です。 2012/12/12 ダメンズメーカー政務官 （本文サンプル） 公開 |