悪食 (本文サンプル・終盤)


※ネット上で見やすいように装丁を改変しています。
※実際の冊子の装丁は、A5サイズ本 / 25行×28文字の2段組となります。

 
 
「こいつ、本当に動けないんだな」
 男の一人が、ジャーファルの眷属器を手にしていた。
 誰に入れ知恵されたのか、その男達はまずジャーファルの眷属器を奪った。シンドバッドが金属器を盗まれ、身に付けていない今、眷属器も発動しない。自力で、取り戻すしかない。
「か、えせ……」
 ジャーファルは両腕を伸ばす。その腕には、ジャーファルの身を守る武器の縄痕だけが、色濃く残っている。
「もう殺しちまうか?」
「でも、こいつ男娼なんだろ? もうちょっと楽しんだほうがよくねぇか?」
 ジャーファルの頭上では、男達がだらだらと話し合っていた。
 下半身では、アホ面さらした男が必死に腰を動かしている。
 ぐちゅ、ぐぽ、と空気と精液が腹の中で混ざり合う。何人分もの精液が溢れては、また出される。入れ替わり立ち替わり、何度も犯された穴は閉じることもない。人形のように上下に揺さぶられ、力なく傷だらけの両脚が揺れる。
 痛みも感じない。その代わりに、筋肉も機能しない。後ろの穴から大量の精液を漏らしている。女みたいに濡れたそこに、また、次の男が入ってきた。前と後ろから二本差しされても、隙間できて、幾らでも大きな口を開ける。
 ジャーファルが目を醒ました時には、既にこの状態だった。
 昼過ぎに市街へ情報収集に出た。そこで、複数の男達に囲まれた。身体の自由がきかないと思ったと同時に、意識が薄れた。
 次に気が付いた時には、この通りだ。眷属器を奪われ、無様に地に這い蹲っている。どこか薄暗い場所であるのは確かで、陽の光さえ届かない。襤褸のような天幕と木造の支柱で支えられただけの、粗末な家だ。家具らしい家具もなく、煙草の吸殻と酒瓶が雑然と転がっている。隅には、死んだ犬の死体が横たわり、蠅がたかっていた。饐えた臭いが満ちたその周辺を鼠が走り回り、白い骨が見え隠れする。
「きたねぇ場所……」
 しくったなぁ。
 ジャーファルは、他人事のように冷静に事態を受け止める。
「こいつ、ビビりもしねぇ」
「……ぐっ」
 見知らぬ男が、ジャーファルの肩を蹴った。軽い体が跳ね、土壁に背中を打ち付ける。
 その衝撃で、後ろからは男の性器が抜け落ちた。
「おい、邪魔すんなよ!」
「うっせぇよ! いつまでもヤってんじゃねぇよ!」
「どうせ殺すんだからいいだろ!?」
「……なら、早くイけよ」
 ジャーファルは男の首に腕を回し、ぴたりと密着する。
 耳元で誘うように囁き、耳朶を噛む。
 あぁ、この耳、噛み千切ってやりてぇ。
「……なっ」
「さっきからだらだらだらだらヤリやがって、遅漏かテメェ」
「……は、……?」
「ちゃっちゃと腰動かせ。その粗チンで俺を満足させられるつもりか。見てみろ、俺のちんこ。萎えっぱなしじゃねぇか可哀想に。とっとと俺を気持ち良くさせろ。こっちはこれから後にも仕事がつかえてて忙しいんだ。なんでもいいから、これ以上その不細工なツラ見せんな、きもちわりぃ」
「この野郎!」
 別の男がジャーファルを殴った。
「……ぁー…………」
 だら、と鼻血が垂れた。鮮血がゆっくりと白い肌を伝い、唇に紅を引いたように赤く染める。ぽたぽたと滴るそれを、貴重な血液が勿体無いとでもいうように、ずず……と啜った。
「こいつ! 殺す!」
「ジュダルとかいう奴が言った通りなら、こいつは動けぇねはずだ! ビビんな!」
 頭に血の昇った男が、ジュダルの名前を出した。
「…………」
 やっと挑発に乗ったと、ジャーファルは目を細めて笑う。
 ジュダルが関係しているということは、こいつらに囲まれた時に、体の自由がきかなくなったのも、気を失ったのも、ジュダルの仕業だ。ここにいる男達も、ジュダルの差し金だ。だが、今、ジャーファルを殴る蹴るしている男達は、煌帝国の人間ではなく、バルバッドのスラムにいる連中だ。
 バルバッド王宮で、ジュダルとシンドバッドが出会った。それ以降、ジュダルがこの国にいることは分かっていたが、まさか、こういった形で個別に狙ってくるとは思わなかった。
「こんな優男が、あいつら殺したのかよ」
「そう言ってたから、そうなんだろ?」
「でも、あいつらを殺したのは男娼だって話だ」
「こいつがその男娼だろうが、いいから殺しちまえ!」
 男達は口々に言い合い、その合間にも、ジャーファルを殴る、蹴る。
「あいつら……?」
 ジャーファルは耳ざとくその言葉を聞き逃さなかった。
「お前が殺した奴らだよ!」
「…………」
 どいつのことだ。殺し過ぎて、誰が誰か分からない。今更、一人や二人殺したところで、いちいち、覚えていない。
「売春窟で殺した四人だ!」
「……あぁ」
 あれか……、とようやく合点がいった。こいつらは、ちんこ噛み千切って殺した男達の仲間だ。
 面倒だ、とっととこいつらも殺して、シンの元へ戻りたい。ジュダルが動いているなら、シンにも何かしら仕掛けているかもしれない。こんなどうでもいい奴らの相手をしている暇はない。
「おい、テメェ! 余裕こいてんじゃねぇぞ!」
「気が済むまで殴ればいい。さっさとしろ」
 理由なき私刑は恐怖だが、理由が明白な私刑は恐怖ではない。
 殴られるのは不本意だが、殺されることはないだろう。こいつら、さっきから、殺す殺すと大きなことを言う割に、お前がやれよ、いや、お前がやれよと、誰一人としてジャーファルに手を下さない。殺す度胸もない癖に、一時の義侠心に駆られている。日頃の鬱憤を晴らす為の八つ当たりと同じだ。とりあえず、手近に殴れる物体があるから、仲間の敵討ちと称して、ストレスを発散する。
「鬱陶しい。早くしろよ」
「……んだと!?」
 ジャーファルの挑発に、男は簡単に激昂する。
「だから、早くやれっつってんだよ、本気で人殺しできるならな」
「てめぇ!」
「……っ!!」
 拳がジャーファルの顔面を襲う。
 眷属器を奪われ、動き事もままならないジャーファルは殴られるがままだ。
「俺が殺してやる」
 男の一人がそう言って、ジャーファルの眷属器を手にした。
 刃を握り、鼻血に汚れるジャーファルの首元に添わせる。
「…………」
 ジャーファルは男を見下すように顎を上げ、首元を斬りやすいようにしてやった。
「お前の血が付いたこれで、お前の仲間を一人ずつおびき出して、殺してやる……あの髪の長い男もな」
「……!」
「やっと顔色が変わったなぁ!」
 男が下卑た表情で笑った。
「…………」
 ジャーファルはすぐに感情のない顔に戻した。だが、ほんの一瞬、怯んだのも事実だ。
「お前を助けてやる代わりに、あの男に死ねと言ったらどうなるかなぁ?」
「や、め……」
「あぁ? 聞こえねぇなぁ?」
「やめろ!」
 前のめりになって、男に食って掛かる。
 ぶつっ……と首に刃が食い込んだ。
「はは! 目の色変わりやがった! ほら! もっと必死になってお願いしてみろよ?」
「やめろ! てめぇ! ふざけんな! シンに手ぇ出してみろ! ぶち殺してやる!!」
 狂犬のように歯を剥き出しにして、口汚く吼える。
 唾を飛ばし、口角が切れそうなほど大きな口を開けて、男に噛みつく。
「痛ってぇ!」
「……っ!」
 力任せに、靴底で蹴られる。
 ぶしゅ、と、今度は鼻血が噴いて出た。
「まぁまぁ、そう怒るなよ? な? 今から、これをお前の大事なシンとかに送り届けてやるから、ちょっと待ってろ?」
 にやにやと優しい口調で、別の男がジャーファルの眼前に眷属器をひけらかす。
「か、えせ……」
 ジャーファルは必死に前へ手を伸ばした。
「おっと……」
 男はその腕を潜り抜け、後ろへと引く。
 ジャーファルの腕は空しくも宙を掻く。
「……返、せ……返せ!!」
「はいはい」
「うっせぇ! 返せ! それは俺のだ!!」
「さっきまでの余裕はどこいっちゃったのかなー?」
「返せ!!」
 あれがなければ、この脚は動かない。
 あれを使って、脚を動かしている。
 あれがなければ、役立たずだ。
 俺は道具なのに、シンの邪魔をしてしまう。
 役立たずの俺が、シンを傷つける理由になってしまう。
「かえ、せ……っ」
 ずず、と両手を地面について、男に追い縋る。腕の力だけでは到底、前に進む距離は微々たるもので、動かない両脚を蛇のように引きずる。
 その間も、ゆるんだ後ろからどろどろと男の精液を垂らして、まるで、粘液を撒き散らして地面を這いずるメス蛇のようだと笑われる。ぬめったなめくじのように、無様な姿だと頭を踏まれ、嗤われた。
「返せっ!」
 それは俺のだ。
 口の中に入った砂を吐き出し、ジャーファルは男の足指を噛み千切った。







 以下、同人誌のみの公開です。



2012/12/12 悪食 (本文サンプル・終盤) 公開