人間を愛した竜 (本文サンプル・えろ)


※ネット上で見やすいように装丁を改変しています。
※実際の冊子の装丁は、A5サイズ本 / 25行×28文字の2段組となります。

 
 
 屍はいつもお城の中。いつも屍だけ、お城の中。
 でも、今は違う。この男がいるから、屍だけじゃない。
 だから、ずっと一緒にいるの。だから、下界に降りたの。
 この男と二人で、止まっていた世界から前へ進む為に。
「なぁ、人間、これからどうする?」
 屍は、男に尋ねた。
「さぁ、どうするかな」
 男は、屍と手を繋ぎ、森の中を歩いていた。
 見たところ北大陸のようだが、屍は、特に場所を決めず、ここへ着陸したらしい。
「屍は、お前と一緒ならどこでもいいよ」
「私もだ」
 屍はもう竜体ではなく人の形を取っていた。
 人の形ではあっても、全てが白いことに変わりはない。重い衣装をずりずりと引き摺り、男の手をぎゅっと握り締めている。
「人はあったかいな」
「そうか?」
「屍は、誰かを贔屓にしてはいけないから、誰にも触っちゃいけなかったんだ。動物も、植物も……。だから、生きているものに初めて触った」
「もう触っていいのか?」
「そういうのはもうやめた。屍は、触れたいものに触れる。お前と一緒に、お前の触れるもの全てに触れる」
「そうか」
「でも、一番たくさん触るのは、お前だ。屍は、お前に触れたいからここにいる」
 頭を撫でて、背中に腕を回して、首に縋りついて、頬を噛んで、手を繋いで、抱き締めて。
「どうだ、人間らしいだろう? 屍は人間が好きだから、人間のことはたくさん知っている。でも、ひとつだけ分からない」
「何が分からない?」
「この世界は、歩きにくい」
 森の中を歩いているだけなのに、枝に上着を引っ掻け、足元の小石に躓く。上界では、枝葉は竜を避けるように意志を持って動き、動物は道を譲る。
「下界では、そういうことをしてはいけないんだ」
 だから屍は、歩きにくさを我慢する。
「屍はよく知っているな」
「屍が知らないことはない。でも、もう歩くのは面倒臭い」
 ふぁ、と欠伸をして地団駄を踏む。
 男は、思ったより長く保ったな、と思った。
 今までは、尻尾を地面に叩きつけるだけで何でも出来たが、ここは下界、世界の法律である竜が、おいそれと自分の都合で無茶をやってはいけない。それを自覚しているからこそ我慢してきたが、それも、ここまでのようだ。
 びだん、びだん、びだんっ! 
 子供でもしないような勢いで地面を叩いた。
「屍、尻尾は控えなさい」
「…………むぅ、これは屍のせいではなく、屍の尻尾さんが……我儘で……自由奔放で……屍には関係がなく……」
「尻尾さんには我慢してもらいなさい」
「我儘な屍は嫌いか?」
「大好きだ」
「しかばねもすきー」
 うぇへへへー。ゆるい顔で笑う屍は、至極ご満悦だ。
「こっちへおいで」
 男は、自分の外套を脱ぐと木の根元に敷いた。
 そこへ竜を座らせる。あちこちに引っかけた屍の服を、装飾品、上着、毛皮に分けて、この季節に寒くない格好になるまで、余分を剥いだ。
「これ以上脱いだら寒い」 
 いやー。首を左右に振っていやいやをする。
「また引っかけてもいいのか?」
「それもいや。でも寒いのもいや。服は邪魔だ。歩くのも飽きた。屍は寝る!」
 ぐぅ。男の上着の上で、ごろんと寝転がる。
「…………」
 男は先に進むのを諦めて、竜の隣に腰を落ち着けた。
 手間隙のかかる世界絶対の存在は、存外、上界で甘やかされてきたらしい。
 屍は、これまで、気が遠くなるような長い時間を上界で過ごしてきた。上界は、気候風土が完璧だ。そんな竜には、服の重さも、外気の冷たさも、勝手の違う習慣も負担だろう。
 冷徹で公平で情け深くあるはずの竜
 屍は、世界における絶対の法律を徹底するでもなく、尻尾で地面を叩きさえすれば、全て思うが侭だと思っている。
 実際にはその通りなのだが、それでも上界で寂しそうな顔をして縋ってくるから、どんな竜かと思えば……。
「可愛いな」
 めろめろだ。
 屍はうとうとしだして、猫みたいに伸びたり丸まったりする。猫が竜の親戚かは分からないが、仕種がよく似ている。
「屍、眠ったか?」
「まだ起きてるよ」
 もぞもぞと芋虫のように這って、男の膝に頭を乗せる。
 白い髪を指先で払ってやると、屍はきゅうと目を細めた。
 今の時期、この北大陸は気候も安定している。屋外で昼寝をしても風邪は引かないだろう。少し眠らせてやることにする。
「……竜は風邪を引くのか?」
「引かない、多分」
 引いたことがないから分からない。
 竜はいつも、何もしない。ただ、存在するだけだった。
「風邪は引かないほうがいい」
「そうか?」
「あぁ。私は、お前が上界にいた時と同じように、万事恙無しの顔で笑ってくれているのが良い」
「お前と一緒なら、いつでも笑っていられるぞ」
 だって、好きな人が目の前にいる。
 それ以上の幸せが他にあるだろうか。自分の生きてきた世界を捨てて、ここにいるのだ。それを選ぶほどに、この男が好きなのだ。ならば、いつでも笑っていられる。
「下界に連れてきたのはこの私だ」
「屍が選んでついて来た」
「幸せにしてやる」
 初めはただ上界に赴き、竜と対峙する程度で、それ以上の期待は抱いていなかった。ところが今回の結果を見てみれば、それを上回るどころか、上々過ぎる。
 これからの生活は大変だろう。
 楽しみでならない。
 まず、この竜を守らなければ。
 世界の法律を、人間の男が守るとか守らないとか言える話ではないだろうが、連れてきた責任は最後まで持つ。
 飼い犬や飼い猫と一緒だ。揺り籠からベッドまで。
 少し違うかもしれないが、何はともあれ、竜を養い、旅を続けるなら金を稼がないといけない。男はこう見えて、金を持っているが、贅沢をさせてやるなら、多く稼いで困ることはない。
 動くのが面倒だと言うならば、城を買おう。まずは、歩いて数十歩で足が痛いと弱音を吐いた竜が、いつも笑っていられるようにしてやらなくてはならない。それが、男の幸せだ。
「屍、お前……何が食べたい?」
「お前の好きなお菓子!」
「菓子か……街に着いたら買ってあげよう。じゃあ、次は住処だ。どこに住みたい? この辺りは住み心地が良いし、もう少し行けばもっと良い国もある」
「お前がいるところに住みたい!」
「何をしたい?」
「お前と色んなことをしたい」
「空を飛びたいか? お前が飛ぶ姿を見たら、人間どもは、世界の終わりだと大恐慌に陥るから隠れて飛べよ」
「がんばる!」
「何が欲しい?」
「お前!」
「竜だから何でも持っているだろう?」
「お前以外いらない」
「どんな毎日を送りたい?」
「お前と同じ!」
 男は、屍さえいればそれでいい。
 屍もこの男さえいれば、それがいい。
「……なぁ、人間」
「うん?」
「ここはなんだか暑いし……おなかがすいた」
 屍は体温調節が下手なのか、下界の気候に慣れていないのか、はふ……と、切なげな溜め息を吐く。
「そりゃ暑いだろう」
 暑い暑いと言いながら、竜はずっと男に抱きついていた。
 男は、身を傾け、屍と唇を重ねる。屍は、真っ白の眼をきょとんとさせた。馬鹿みたいに開いた唇に舌を潜り込ませると、ぐにぐにと食感を確かめるように、屍が牙を立てる。口腔を蹂躙する他人の粘膜を、不思議そうに味わっている。
「食い千切るなよ」
「ぁぐ」
 肉を噛み、唾液を啜り、べろりと舐める。男の首筋に頭をなすりつけ、ごろごろ喉を鳴らす。両手で男を抱え込み、両脚を絡ませ、べったり引っつく。好きが溢れ過ぎて、上手に唇を重ねられない。口周りを唾液でべたべたにして、男の頬を舐めている。まるで獣だ。
「これが美味しそう」
 薄い青と紫が混じった不思議な色の目玉。
 男の眼球をべろりと舐める。
「食ってみるか?」
「いらない。屍を見る時に片方だと、屍が不満足だ」
 屍を見つめる時は、両方の目玉で見つめて。
 片方だけなんて物足りない。
「人間、……屍は、交尾がしたい」
 男にしな垂れかかり、熱い息を漏らす。
「あぁ、それでお前さっきから熱いのか」
「屍は、オスでもメスでもないが、穴はあるぞ。使うか? 人の男は、突っ込むほうが好きだろう?」
「あぁ」
「さぁどうぞ!」
 諸手を広げて、男を歓迎する。名もない森で、外套一枚に寝そべる。寝心地の悪い場所でも、特別な一夜が用意されていなくても、野宿からの初夜であっても、屍はちっとも不満じゃない。男がしたいことは全てさせてあげる。その為に、屍はここにいる。男の願いを叶えてあげることが、屍の幸せだ。
「さぁ、何をどうする? 屍はなんでもできるぞ! 何せ、竜様だからな!」
「……お前、やり方って知ってるのか?」
「知らない。金と銀が、そういう俗物みたいな行為は穢れるからやっちゃいけません、って言ってた」
「…………」
「でも、屍もさすがに無駄に長生きはしていないから、耳年増だ。穴に突っ込むくらいは知ってる。さぁ、突っ込め!」
「…………」
「どうぞ突っ込め!」
「…………」
 男は、据え膳は頂戴するほうだ。
 遠慮なく、突っ込んだ。
「痛い痛い痛い!! お前、可愛い屍になんてことするんだ! 痛い!」
「…………」
 耳元で叫ばれた。牙で噛みつかれた。尻尾でぶん殴られた。鉤爪で背中を引っ掻かれた。
 最初は痛いと予告して、舐めて、ほぐして、どろどろにして、辛抱に辛抱を重ねて、忍耐の限界に挑戦して、長い時間をかけて蕩かしてやってから突っ込んだのに、全力で拒否された。
「お前なぁ、なんでもできるって言ったくせに……」
「こんなに痛いって聞いてない」
「最初は痛い。その内、良くな……」
「人間、おしっこ」
「…………」
「今のが痛くて、おしっこが漏れる」
「……竜は、ションベンするのか?」
「するよ。しなくても良いけど、したほうが人間っぽいだろう? だから人間、飲んで」
 男の頭を押さえ込み、陰茎を口に押しつける。
「お前、ちんこあるんだな」
「繁殖はできないけどな」
 もぐ、と男が陰茎の先を頬張ると、屍は強引に奥まで押し込んだ。勃起していない竜の陰茎は、それでも成人男子よりも大きく、男の喉をごりごりと抉る。
「それ、いじょ……挿れるなよ……私が死ぬ」
「それは困る」
 にまにまと口端を歪めて笑い、男の頭を撫でてやる。
 いい子いい子。
 屍の為だけに生きている男。
 なんでもしてくれる素敵な男。
「……ふぁ、ぁ」
 男の口の中に排尿する。男は眉一つ歪めず、飲んでくれる。
 根元まで、ぐいぐい押しつけた。
「人間、これ……気持ち良い……」
「……っ」
 喉を鳴らして、男は飲み干す。
「これ、好きぃ」
 気に入った。放尿し終わった後に、男が残尿をきれいに啜ってくれるのも気に入った。飲み終わった後に、陰茎をきれいに舐めてくれるのも気に入った。会陰まで滴り落ちた小便を犬みたいに舌で清めてくれるのも気に入った。
「私も気に入った」
「屍は、初めておしっこしたけど、これなら、毎日してもいい」
「……初めて?」
 男は舌なめずりして、内腿を甘噛みする。
 屍は、ひくんと足を跳ねさせた。
「うん。竜は、食べることも、眠ることも、排泄することも、何もしなくても存在できる。でも、お前にあげたいから、これからは毎日してあげる」
 食って、寝て、排泄をして、まるで人間みたい。
 道楽だ。この男と同じ生活をするという最高の贅沢だ。
「でも、人間……そこは痛いからダメ」
 あわよくばケツに指を挿れようとする男の肩に噛みつく。
「……痛い」
「ん、っ……ぁ、ぷ」
 じゅるる。血の溢れる肩を舐め啜る。
 この男は、皮膚も美味なら血液も美味だ。きっと、汗も、精液も、排泄物も、肉も、全てが美味しいに違いない。
 想像しただけで、ぞわぞわする。
 なんだろう、これ……ぞわぞわして、落ち着かない。
「人間……屍はなんだか落ち着かない」
「あぁ」
 男は頷きながら、くすくすと笑っている。
「何が楽しい?」
 男が笑ってくれると、屍はそれだけで頬がゆるむ。
「お前が可愛くて生きているのが楽しい」
「……ン、っ」
 男の手が、陰茎に触れる。
 ぬるぬるしている。
「勃起した竜のちんこっていうのは、こういう形か」
「……?」
「人とは違うな」
 人間より長くて、先端は台形で尖り気味。雁首と亀頭の段差は少なく、根元のほうが太い。色は白く、生肉のような薄桃色がかろうじて見えるくらい。陰嚢は二つだが、男の手の平に乗らない大きさで、重い。だらだらと透明の先走りを漏らし続け、人の指が二本は入る尿道が、ずっと、ぱくぱくしていた。
「……に、にんげ……そこ、いじるの……っ」
「あ?」
「そこ、だめ」
「…………あぁ」
 面白さのあまり、具に観察して弄くりまくっていたら、竜があっという間に陥落していた。
 ぷるぷる震えて、男の下で物欲しそうに喉を鳴らしている。ぎこちなく腰を揺らして、うずうず、もぞもぞしている。
「ひゃ、あ……っ!」
 陰茎を撫で、会陰を親指で押してやると、悲鳴を上げた。
 面白い。陰茎がびくびくと痙攣している。魚が跳ねるみたいだ。人間とは違う動きをして、時々、どばっ……と精液を噴き出す。尿道口が大きいから、一度に溢れる量もすごい。男の両手は勿論、地面に敷いた外套や、地面にまで沁み込み、液溜まりができていた。
「ひっ……ひっ、ぃ、ひっ……」
「毎回これだと、ベッドに黴が生えそうだ」
 尿道口に指を押し当てる。堰き止めようにも、小便のように溢れさせるから、切りがない。今は屋外だから問題ないけれども、これが屋内の寝台の上だったら大変だ。毎日こんなことになっていたら、湿気て、あっという間に黴だらけになる。
「か、かび……?」
「そう、黴。お前のせいで、部屋中が獣臭くなって、シミだらけになって、黴が生える」
「いたい、なか、ぐりぐりしたら……そこ、中、ゆび、挿れたら、だめ、人間、だめ……そこ、入れるとこじゃないぃ」
「これ、剥いていいか?」
 訴えを無視して、皮を巻き込むように上下に扱く。
 包茎のままの陰茎も可愛いが、ちゃんと剥いてやって、大人にしてやりたい。そうして、ここだけ立派にしてやって、一度も使う機会を与えてやらない。
「いたい、いたい、そこ、ひっぱ、た、ぁ……いたい」
「ここ、ちゃんと掃除しなさい」
「あ、ぁ、あっ……ぁ、ぅ、あぅ、う、うあ、あ」
「汚れが溜まっている」
「た、たのしいか……っ?」
 この男が笑顔なら屍はとっても幸せだが、不思議とどうしてか、今は、この男がとっても幸せそうなのがこわい。
 にこにこ笑顔で、陰茎の皮を剥き、恥垢を食べている。
「楽しい。とっても楽しいよ」
「よ、よかった……屍は、お前が、楽しいなら……っ、ひっ、ひ、引っ張るのは……っ」
「どうした? 幸せじゃないのか?」
「しやわせ……し、しや、あせ……だけ、どっ」
「呂律が回っていないが、大丈夫か?」
「かわ、のびて……もと、もどらなくなる……」
「変わった味だ」
 包皮の隙間に溜まった恥垢を、くちゃくちゃと咀嚼する。
「ぃた、っ、い……そこ、ぃたい……っ」
「暴れるな」
「ずるずるしたら、だめぇ」
 歯で皮を噛み、引っ張る。指先で抓んで、引っ張る。引っ張って伸ばした皮を、唇に咥えて、ずるずると啜る。
「どこまでデカくなるんだ?」
 これを咥えたら、確実に顎が外れる。
 男は、先端こそ口に咥えたが、それ以上は思い止まった。竜の陰茎は男の両手に余る大きさだ。屍もバランスが取れないのか、股の間が落ち着かないのか、必死になって男の太腿に陰茎をなすりつけている。
「ひっ……ぎゅ、ぃ、 いぃ……ぃ、ぎ……っ」
 獣じみた声だ。
 切羽詰まっている。
「後ろは、次に持ち越しだ」
「……ぃ、ぎ……ぃっ」
 顔を歪めたかと思うと、どぼっ、と射精した。
「…………」
 男は驚いて手を止める。
 皮を剥いていただけなのに、射精した。頭から精液を浴びせかけられ、男は、眼球にまで垂れてくるそれに目を瞬いた。
「ひっ……ン、ひ、は、ひっ……ひっ……」
「まだ出るのか?」
 カクカクと腰を揺らして、男の手の中で上下させている。
 どぶ、どぼ……と間欠的に、バケツをひっくり返したような精液が溢れた。あちこちに跳ね返り、男の顔や服に染み込む。
 発情期の家畜の世話をしている気持ちだ。繁殖前の幼い家畜に手を貸してやって、射精の方法を教える。次はメスと交わる方法を調教すべきだが、この竜が仕込まれるのはオスに犯される方法だ。
「まぁ、今日は好きなだけ出してくれ」
 胡坐を掻き、喘ぐ竜を眺めながら右手を貸してやった。



 *



「なぁ人間、屍はアレが気に入った。もう一回やって」
「夜まで待ちなさい」
「今やって、屍はアレが好き」
「落ち着いたらいつでもしてあげるから、今は我慢しなさい」
「今やりたい。なぁ、やって?」
「上目遣いで、腕に縋りついて、可愛く小首を傾げてもダメだ」
「あぅ」
「噛んでもダメ」
「やってぇ」
「尻尾を出さない」
 びだんびだん、尻尾で地面を叩く。
「尻尾は我慢しなさい」
「やってくれないならここから動かない」
「なら、こうだ」
「お、おぉおぉ」
 ひょいと土嚢のように担がれる。
「動かないなら、運んであげよう」
「なぁ、人間…………お前の肩に……」
「ちんこ押しつけて自慰をしてみろ、二度と射精できないように、その畸形ちんこに貞操帯を着けるぞ」
「…………」
「よし」
 男は屍を担いで、歩き出す。
 もう少しで街に到着するというのに、この竜は、朝、目が醒めた瞬間から、陰茎を気持ち良くしろと男にねだりっぱなし。あまりにもうるさいので、川で体を洗ってやるついでにもう一度抜いてやったのに、更にもう一度、もう二度、もう三度……と延々とねだり続ける。
「あれは、気持ち良い、屍は気に入った」
 にこにこと無垢な笑顔で、抜いてくれとお願いしてくる。
 多分、意味が分かっていない。人間だと一人でする行為であって、それを見られることは、どちらかというと恥ずかしい行為だということが、理解できていない。
 初めて覚えた自慰と射精に、ダダハマりしている。
「……この、ド淫乱……」
「屍、お前のおっきい手でごしごししてもらうの好き」
「…………」
「お前の手、傷がいっぱいあって、ガサガサしてて、引っ掛かるのが好き。背中がぞわぞわする」
 男の耳元で囁きながら、男の肩に陰茎を押しつける。もう既に盛っているのかして、勃起していた。
「朝、きれいにしたところなのに、もう汚してるのか」
「ごめんね?」
「可愛く謝れば、全て許されると思ってはいけない」
「許してくれないの?」
「許すけどね」
「人間、怒っちゃやぁだ。にこにこして?」
「…………」
「おねがい。屍は、お前の笑っている顔が見たい」
「…………」
「我慢するから。……屍の為に笑って?」
「…………分かった」
 ぺろぺろと耳を舐められて、こそばくて笑ってしまう。
 男が笑うと、屍はにこにこして真っ白な両腕を男の首に回す。
「人間、だっこ」
「もうしてるぞ?」
「もっとちゃんと」
「これでいいか?」
「うん、満足」
 男は、屍を片腕に座るように乗せ、もう片方の手で、支えてやった。ふわふわと軽い竜をしっかりと抱き寄せる。
「この状態で竜に戻るなよ」
「戻る時はひと言、断りを入れてやる」
「そうしてくれ」
 男は、竜の頭を、外套で覆い隠す。
「どうした?」
「街に入るから、少し隠れていろ」
「はぁい」
 屍は聞き分け良く、男の腕の中で小さくなる。
「いい子だ」
 男は、他の通行人や馬車に紛れて、街の門を潜った。
 大きな城下街だ。高台に、この辺り治める領主の城が見える。屍がいた城には遠く及ばないが、この近辺では最大規模だ。領地に比例して街も大きく、物資や人材が充実している。
「なぁ人間、この街は大きいほう? 小さいほう?」
 キョロキョロと首を巡らせる。
 竜は何でも知っているはずなのに、まるで無知を振る舞う。
「下界のことは知らないのか?」
「知っているけれど、細かいことまでは見ちゃダメって言われてるの」
「何故?」
「屍は、すぐに下界へ降りちゃうような子だから」
 金色も銀色も、屍が下界に興味を持たないようにしていた。
 それが、屍の為だから。
「帰りたいか?」
「実家は捨てました!」
「なんだそれは」
「お嫁様をもろうたからには、旦那も実家を捨てて、新しい家族という所帯を持つべきだ!」
「もしかして、私が嫁様で……」
「屍が旦那様だ」
 大事に大事にするからね。
 一生かけて、幸せにするからね。
 愛して愛して、めいっぱい愛してあげるからね。
 真っ白の腕で、男を抱き締める。
「良い一生になりそうだ。でもね、屍、腕は隠してくれるかな?それから、道行く人に手を振って愛敬を振り撒く必要はないよ」
 男は、屍に着せている上着をしっかりと掛け直した。
 街の人間が珍しそうに屍を覗き込み、屍は律儀にそれに応えている。屍をぽかんと見上げる子供にさえ、手を振っている。
 この竜は、少々、危機感が足りない。おつむが足りないのかもしれない。人間ごときに竜が傷つけられることはないだろうし、それによって死ぬこともないだろう。
 竜は、自らに課された運命さえ順守すれば、不老不死だ。そんなことが分かっていても、竜に災厄が降りかかるようなことがあってはいけない。
「何より、私が見せたくないんだ」
 宝物は、誰にも見せたくない。
「その独占欲、嫌いではない」
 きゅ、と男の腕の中で、身を縮こまらせた。屍は背丈があるので、小さくなろうにもそれほど小さくならないのが可愛い。
「もう少し行けば仕立て屋があるから、そこで服を作ろう」
 窮屈かもしれないが、人間様の服を着せておけば少しは目立たなくなるだろう。
「服を買ってくれるのか?」
「あぁ」
「ありがとう」
 屍が笑う。この笑顔の為になら、なんだってできる。この笑顔が手に入るなら、それで屍が笑うなら安いものだ。
「あぁ、そうか。これが貢ぐ男の気分か」
「人間? 何が面白い?」
「いや、破産する日は近そうだな、と」
「大丈夫だぞ。お前が破産しても、屍が稼いで食わしてやるからな」
「三行半を叩きつけてくれたほうがまだ落ち着ける」
 竜に生活依存して食わしてもらう人間というのも、それはそれで愉快だが、もしそんなことになれば、金色と銀色の竜が、上界から同時に攻め込んできて下界は滅亡する。あの二匹は、下界のどの小姑よりも恐ろしい。
「着いたぞ」
 仕立て屋へ入ると、男は竜を下ろした。
 男は、かつてこの街に長居したことがあり、この仕立て屋を利用したこともあった。
 「おや、久しぶりだね」
 仕立て屋もまた男の顔を覚えていて、話は円滑に進んだ。
 老いた仕立て屋は、人の形をした真っ白な屍を見ても驚かず、「こりゃすごい、上界にお住まいか」と冗談めかして朗らかに笑った。屍は、「そうだよ。昔住んでた」と笑顔で答えた。どうやら、本物の竜だとは思っていないらしい。
 仕立て屋は孫を愛でるようにうんうんと頷き、服選びに入った。採寸して、デザインと装飾を選び、服地や釦を合わせる。これから寒さが増すので、上着は厚手の布地を使い、それでいて軽くて動きやすくて窮屈でないものにする。釦のひとつにまで細工があって、上等のものを誂える。色は、屍の好きな色で、しかし、白にしてしまうと悪目立ちするので、白以外を。
「いや、白で毛皮つきなんかも可愛いかもしれないな」
「この男、さっきから独り言が多い」
「ぶつぶつ言うとりますな」
 竜と仕立て屋が、顔を見合わせて肩を竦めた。
「要するに、何を着ても可愛い。ということは、服と合わせて靴も新調すべきだが、靴なんて履き慣れないものを履かせるのも可哀想だし……しかし、ずっと抱き上げているわけにもいかないし、靴がないと足が守れないわけで……」
「靴でしたら、靴屋の亭主を呼んで参りますぞ。先程まで、暇だと嘆いておりましたからな」
「そうしてくれ。あぁ、それから、ズボンも丈夫で柔らかい生地で作ることにする。装飾性ばかり気にしていたら実用性がなくなってしまう。金は惜しまない。コレが欲しいという物で誂えてくれ。……屍、どんなものが欲しい?」
「面倒な紐や釦は少ないほうがいい。でも、毎日、お前が全部着せてくれるなら、お前の好きにしていい」
「なら、私の好きにする」
 屍の同意を得て、男は好き放題することにした。
 あれこれと細かい注文を付けて、仕立て屋を唸らせる。久々に腕が鳴りますなぁと仕立て屋は朗らかに笑う。男は、出来上がった服を着た屍を想像して、心の中で拳を握り締める。屍はそれを見てにこにこしているが、意味は分かっていない。
「屍、留守番はできるか?」
「できるよ」
 仕立て屋に採寸を任せている間、男は、王立職業斡旋組合に行くことにした。
 上界へ行く前は、組合からの仕事でよく金儲けをさせてもらったし、過去の経歴からも良い仕事を斡旋してもらえるだろう。手持ちに不足はないが、もう少し余裕が欲しい。いつの世も、衣食住には元手が必要だ。
「最近どこも物騒だよ」
 仕立て屋が忠告をくれた。
「ありがとう。帰ってきたら詳しく教えてくれ」
「あぁ、構わんとも」
 仕立て屋は、竜にとっておきの甘い茶を出している。
 首元から巻き尺を当てられても、屍はカップを離さず、座ったまま立とうともしない。しかし、暖かくて良い場所に落ち着いたのか、多少の窮屈は我慢できるようで、とてもご機嫌だ。
「大人しくしていろ」
 にこにこと笑う屍に、ちゅ、と口付けて男は戸口へ立つ。
 唇が甘い。
「いってらっしゃい」
 仕立て屋と談笑する新妻。
 笑顔で働いてこいと見送られて、それで幸せを感じる夫。
「なぁ、人間、帰ったらアレやって」
「…………帰ったらな」
 帰ったら、可愛い嫁とベッドに雪崩れ込む。
 さぁその為にも、可愛い竜の為に金稼ぎだ。







 以下、同人誌のみの公開です。



2014/03/09 人間を愛した竜 (本文サンプル・えろ) 公開