終身伴侶 (本文サンプル・書き下ろし分・中盤)


※ネット上で見やすいように装丁を改変しています。
※実際の冊子の装丁は、A5サイズ本 / 25行×28文字の2段組となります。

 
 
「どうかお願いします」
ウェイデの足元に跪いた。
「覚悟はあるようだ」
「女でなくて申し訳ありません」
「何故、そう言う?」
「細君がいらっしゃったようですし、マダム・タンのことも憧れていらっしゃったので、嗜好は女性なのでしょう。自分は男ですので、申し訳ありません、と……」
「成程。お前は本当に物分かりが良くて賢いな」
「…………」
 大きな手で頭を撫でられる。
 ロウとは、撫で方が違う。
 ロウは強引で、力強く、口淫を強要する為の撫で方をした。ウェイデは「よくできました」と、動物や子供を褒めるように慈しみ、撫でる。後者のほうが、居心地が良いのは確かだった。前者は、次が欲しくなる。もっと、殴って欲しくなる。
 愛玩動物扱いされていたほうが、まだ、気が楽だ。
「……ん、……っぐ」
 ウェイデは、男でも問題ないようだ。
 そうなれば海市のすることは決まっている。
 ズボンの前立てからペニスを取り出し、咥える。これもまたロウとは感触が違うと思った。年相応。ロウのほうが固い。
「小せぇ口だな」
「……っ!」
 持ち上げられたウェイデの手に、一瞬、海市が身構えた。
「なんだ?」
「いえ、なんでもありません」
 首を横にして、もう一度咥えかけると、制止された。
「…………殴られると思ったか?」
「…………」
「ロウか?」
「いえ」
「ロウだな」
 ウェイデは勘が良い。
 海市には幾つも痣がある。髪に隠れた額や頬、シャツの襟元から覗く鎖骨。治りかけの傷が多いが、あの大きな男に、思う様、この細っこいのが力任せに殴られたなら、さぞかしつらいだろう。
「俺から言ってやろう」
「いえ、大丈夫です。これも約束の内です」
 ロウに従わなければ、日向を守ってもらえない。
 ロウの機嫌を損ねる要因は、ひとつでも少ないほうがいい。
 それに、最近は殴られることも少なくなった。違う意味で手を出されることは増えたが、海市にしてみれば、暴力のほうがまだ耐えられる。
 あぁいった行為をロウとするのは、精神的に苦痛だ。
 倫理的におかしい。
「やめるか?」
「いえ」
 海市の逡巡を、自分との行為に迷いがあるとウェイデは考えたのだろう。優しく尋ねかけてくる。
 気持ち的には、ウェイデの相手をするほうが楽だ。
 なにせ、しがらみがない。
「……ん、ぅ」
 ロウにするように、ウェイデのペニスを口にした。口中に唾液を溜め、舌に乗せ、陰茎に滑らせる。息苦しさに、口に咥えたまま少し動きが止まってしまう。
 鼻から抜ける吐息に、ウェイデは、可愛いものを愛でるように目を細める。海市のご機嫌を覗うように、そろりと手を伸ばし、海市が落ち着くまで、何度も頭を撫でて待ってくれた。
「っ、……ン」
 海市は、それに甘えて、深呼吸を繰り返す。落ち着いた頃に、ちゅぶ、ぐちゅ、と音を立てて、頬の内側に亀頭を擦りつけた。前後に唇を使う。動きが遅くても、ウェイデは怒らない。
「上手いもんだな」
 それどころか、褒めてくれる。
「ぁ、ぶ……ぅ、ぁ、ぅ、ぅう」
 目を閉じ、一心不乱に奉仕していると、ロウも、ウェイデも、大差ない。海市は男の足元に座り込み、精液で汚れるだけだ。
 それどころか、無理矢理されない分だけ、味わえる。
 男を比べる日が来るなんて思いもしなかったが、ロウよりは、ずっと優しいし、やり易い。
 がぽ、ごぽ、と喉まで使って奉仕すると、ウェイデは気持ち良さそうに身震いした。口端に泡が立つくらい、唇で扱く。口の中がいっぱいになるくらい膨張したら、じゅるじゅると音を立てて亀頭を中心に啜り上げる。
 男の喜ばせ方も、褒められ方も、怒らせ方も、全て、ロウに教えられた通りだ。
「……ぉ、っ、えぅ……」
 喉の奥にびしゃりと精液が撒き散らされる。
 喉を鳴らし、一滴も零さないように嚥下する。精液を飲む時の基本は、舌で味わうことなく一気に胃に流し込むことだ。喉越しと味さえ我慢すれば、なんとかなる。
「おいおい、飲んだのか?」
「……ん、ぁい」
 海市が精液を飲み干すと、ウェイデは少し嬉しそうに笑った。
「飲まなくていいんだよ、苦いだろ、吐き出せ」
「…………飲まなくていいんですか?」
「お前、飲みたいか?」
「あの人は、いつも飲ませるので……」
 そういうものだと思っていた。
 勿論、自分が飲まれる側になったら、不味いからやめておけと言うが、男を相手に、自分が飲む側に回った時は、そうしなくてはならないと思い込んでいた。だって、奉仕なのだから。相手が喜ぶことをしなくてはならない。
 これは、自分がそうしたいからそうするのではなく、相手が喜ぶからそうするだけだ。
「男のザーメンを飲むとは、卑しいメスだな」
 ロウはいつもそう言って海市を嗤った。強制的に飲ませているのに、まるで海市が好んで飲んでいるかのような言い分だった。
「お前はどういう躾を受けてんだ……」
 きょとんとする海市に、ウェイデは呆れ返る。
 子供になんてことを教えるんだ。そう思いながらも、ウェイデもまた海市に同じことをしているのだから、同じ穴のムジナだ。この生き物は、こうしてあどけない表情で穢れていくのが、とても似つかわしい。そうしたくなる男の欲求を、強く刺激する。
 ウェイデは、ロウと同じ目で海市を見る。
 そして、海市はそういう目で見られている時、自分がどうすれば良いか、ここ最近、学んだ。
 相手を待たせないように手早くシャツを脱ぎ、ベルトを外す。
「やることはできても、情緒がねぇな」
「……?」
 ウェイデは海市の脇を抱えて、膝に乗せた。
「服は男が脱がせるもんだって相場が決まってんだろ?」
「面倒なだけです。お手は煩わせません」
 ロウはそんな面倒臭いことはしない。
「そっち方面がちっとも育ってねぇな。見た目と体ばっかり、いやらしくなってどうする?」
「……性格もいやらしくなればいいんですか?」
「それを育てんのが男ってもんだ」
「…………」
「分からねぇなら、まぁ俺に任せろ。上手に育ててやる」
 ズボンの上から、海市の臀部を揉む。
 海市は、やりやすいように腰を浮かせた。すると、腕を取られ、首へ回すよう促される。
「あ、の……」
「なんだ?」
「お気になさらず」
「何がだ?」
「その、ですから、俺のことは気にせず、お好きなように」
「これでお好きなようにしてんだよ。ほら、もっとひっつけ」
「…………」
「……なんだ、まだまだ子供だな。そんなにだっこが好きか?」
 手前に引き寄せられ、ウェイデに抱かれる。
 大きな懐は好きだ。広くて、あったかくて、守ってくれて、そこにいれば安心できる、そんな気がする。
「可愛いもんだな」
 海市の頬をやわらかく抓む。
 海市が首を竦めてほんの少しはにかむと、一層喜んだ。
 ウェイデは良い。ロウの時みたいにビクつかなくて良い。
 気に入られようとしなくていいし、どうすれば悦ぶか、何をすれば笑ってくれるか、抱き締めてくれるか、優しくしてくれるか、こっちを向いてくれるか、考えなくていい。
 海市自身、そんな風に思っていたつもりはなかったが、どうやらそんな風に思っていたらしい。
 何にせよ、ロウといると考えることが沢山あり過ぎて、何も考えられなくなるのだ。頭の中がロウの為にしなくてはならないことで溢れ返り、それ一色になり、考えようとすればするほど真っ白になり、それしか考えられなくなり、永遠と自問を繰り返す。
 どうすれば、ロウが自分を見てくれるか。どうすれば、体で遊ぶことではなく、自分を見てくれるか。どうすれば、それで喜んでくれるか。考えても、ついぞ答えは出て来ない。
 それもそうだろう。
 ロウは海市に興味がないし、海市もロウに興味がない。
「上手にできるじゃねェか」
「気持ち良いですか?」
 両手の平でウェイデの陰茎を包み込み、上下に扱く。ぬち、にち、と先走りが滑って、指の隙間から零れる。
「良い手ぇしてんなぁ」
「……ありがとう、ござい、ます……」
 何をしても褒められる。こそばゆくて、落ち着かない。
 罵られたほうがまだ安心できる。
「ほら、お前も気持ち良くなっていいぞ」
「……っ」
 布越しにペニスを撫でられた。
 肉を揉まれ、ウェイデの膝で陰嚢を押される。海市は、ぐっと喉の奥に声を押し留めた。
「男の相手は好きだが、どうにも声だけはなぁ……。その点、お前はそれも弁えていて、よく出来たメスだ」
 ウェイデは、ロウのように声を出せとは言わない。
 声が聞けなくても良いらしい。それどころか、嫌いらしい。
 ロウとウェイデに大差はないが、こればかりは大きな違いだ。
 ロウは兎に角、海市に声を出させたがる。好き嫌いの問題なのだろうが、ロウは、海市の声だけは褒めてくれた。歌声だけは、いつまでもよく聴いてくれた。
「何をしているんですか?」
「おぉ、ロウ」
「……っ!?」
 背後からロウの声が聞こえる。
 それと同時に、後ろ髪を引っ張られた。
 力任せに引き摺り倒され、ウェイデの膝から転がり落ちる。絨毯に頬が擦れて、火傷のように皮膚が熱くなった。起き上がろうとすると、髪を掴んで上体を起こされ、腹を蹴られた。
「……っ、ぐ!」
 腹を押さえた海市の手の上から、更に、鳩尾に靴先がめり込む。骨盤を踏みつけられ、横向きにされると、足が振り下ろされた。何度も、何度も、吐くまで、内臓を抉られた。
「……げっ、ぇ、えぇ……っ」
 食べたばかりの夕食を吐き戻す。
 未消化の料理が胃液と混ざり、ヘドロ状になっている。
「……ぅ、ぶ、ぅ、うぅっ……」
 頭を踏まれ、顔面からゲロの海に突っ伏す。
 がっ、ご、っ……と、骨が鈍い音を立てた。背中を蹴られ、太腿を蹴られ、コメカミを蹴られ、肩を踏みつけられる。がり、ごり、と骨が床と擦れた。
「……はっ、……ひゅ、っ……」
 ひゅーひゅーと肺が鳴る。
 鼻血が、ぼたぼたと吐瀉物の上に落ちる。
「汚すな」
「え……ぁ、っ」
「残さず食え」
「あ……ぅ、ぅうぶ、ぅ、ぉ、ぉえ、え……っ」
 がふがふと自分の吐いた汚物を啜る。
「今日はやけによく鳴くな。勿体ぶって俺には聞かせないくせに」
「……は、っ、ひゅ……っ」 
 前髪を鷲掴みされ、喉が仰け反る。
 額が切れたのかして、片側の目が見えない。血で真っ赤だ。
「言い訳はあるか?」
「……なに……わるい、です……か?」
 血と吐瀉物にまみれた唇で尋ねた。
 海市には、自分がここまでされるような、悪いことをした自覚がない。何も悪いことをしていないという自信さえある。
 ロウを怒らせることはしていない。何が悪いのか分からない。
 これは、海市とウェイデだけで構成された関係のはずだ。
「あ、なたに……関係が……な……っぎ、ああぁ!!」
 力任せに陰茎を踏まれた。
 ごり、と嫌な音がする。
「ふん」
 海市が勃起していなかったことで、ロウの暴力は少しナリを潜めたが、機嫌は治らない。
「……は、っ…………ひ……ぃっ」
 気の遠くなる痛みだ。
 凝固した体は竦み上がり、次の瞬間、弛緩して小便が漏れる。腰が抜けた。じょぼじょぼと絨毯を濡らし、水溜まりを作る。悲鳴も上げられず、息を吸い込むばかりで吐き出せない。
「股のゆるいメスはいらん」
「……っ、……っあ」
「お前の弟と、二人そろって野垂れ死ね」
「……ま、って……」
 背を向けるロウに、慌てて追い縋った。
 何が原因で機嫌を損ねたのかは分からない。だが、謝らなければ……と、思った。
「そんなに見捨てられたいか」
「すみ……っま、せ…………み、ま、せんっ……!」
「とりあえず謝罪しておけばいいと思っているな、その顔は」
「ち、が……ほんと、に……すみません……」
 実際のところ、ロウが何にそんなに怒っているのか分かっていなかった。でも謝らないと見捨てられてしまうから謝った。
「ここに置き去りにされたいか」
「……ぃ、や……だ!! ごめんなさい! すみません!!」
 ロウの足元に縋りつく。
 鬱陶しい、と蹴られる。顎下に靴がめりこみ、ぐらりと脳味噌が揺れた。昏倒して、床に倒れ込む。
 ウェイデは助けない。じっと二人を見守っている。
「……っ、ぉ……ごめ、ぁさ……ぃ、だ、って……」
 そのほうが、皆が助かると思って。
 海市がこうしても誰も困らないし、悪いことはひとつもない。得することばかりだ。
 ロウだって、ウェイデの協力があったほうが良いに決まってる。
「それを本気で言っているなら、まともな貞操観念ではないな」
「……っ!」
 ごっ、と頭を踏まれる。
「す、み…………っせ……」
 海市はロウの足にしがみつき、ひたすら頭を下げた。
 ここまで来て、見捨てられたら死んでしまう。
「そうして殊勝に頭を下げているが、お前、こんな状況でなければ、俺ではなくウェイ大叔を選ぶだろう?」
「そん、……なことは……」
 ない。
 それはない。
 だって、ウェイデは海市の声をいやがる。
 ロウは好いてくれる。
「いや、です……ごめ、んなさいっ、ごめんなさいっ……もう、しませんから……見、捨てっ……な、で……!」
「今日ほど、お前の声を煩わしいと思ったことはない」
 こんな時でも、海市の悲壮な声色は、ロウに後ろ髪を引かせる。
 ウェイデにはあんな風に甘えて、ロウにはそんな素振りもみせないくせに、ここぞという時にだけ、その声で甘えてくる。
「まぁ怒ってやるなよ」
 ようやくウェイデが口を挟んだ。
「ウェイ大叔、あなたが他人の物に興味を示されるとは珍しいですね。……えらくこれを気に入られたようですが」
「おう、気に入った。初恋の女に似てる。お前、いらないなら、俺がもら……」
「差し上げません」
「えらくご執心だな。……ロウよ、まさかお前、メンツを潰されたとか思ってねぇだろうな?」
「思ってませんよ。女一人寝取られたくらいであなたと争うのは馬鹿げている」
「なら、それを許してやれ。近い内に、うちのファンと、お前の弟を一緒に遊ばせてやってくれと頼まれただけだ」
「その礼に、これがあなたの上に乗ったんですか?」
「あぁ」
「…………」
 信じていない、そんな顔だ。
「兎に角、お前が怒るのは筋違いってもんだ。海市が、おねだりひとつ言えないのは、お前が、上手にそいつを甘やかしてやれていないだけだ。怒る前に、可愛がり方を考え直せ」
「これは玩具と同じです。壊すことはあれども、可愛がることはない」
「はっはっは、お前達は本当に面白いな」
 そう言い張るロウに、ウェイデは朗らかに笑った。
「私には、あなたが面白がる点が理解しかねます」
「まぁそうだろうな。だが、気付いたらその内、面白くなるさ。玩具にはお気に入りもあるし、執着も生まれる。……海市のほうも、そっち方面はちっとも育ってない。精々二人して精進しろ」
「……?」
 鼻血面できょとんとする海市に、ウェイデはまた微笑む。
 世話の焼ける子供達だ。
「二人とも自覚なしか? まぁ、自覚したところで、それだけ暴力ばっかりなら自覚しないほうがいいかもなぁ」
「ウェイ大叔、何を自覚しろと?」
「何もかもだ。もうちょっと目の前にあるもんを大事にしな。俺の嫁さんみたいに、亡くなってからだと大事にしてやれねぇぞ。……なぁ、今夜は泊まってくんだろう?」
「えぇ、世話になります」
 海市一人のことで、ウェイデとロウの信頼関係が崩れることはない。その程度でぎくしゃくするような、ぬるい付き合いではない。中国黒社会独特の義侠心というものは、生半可ではない。
「海市、服を着ろ」
「…………」
 一瞬、迷った。
 ウェイデとの約束は、まだ果たされていない。海市の願いを叶えてもらう為に、海市はウェイデと寝なくてはならない。その逡巡がロウにも伝わったのか、ロウがじろりと睨みつける。
「安心しろ、約束は守ってやる」
 ウェイデに言われて、海市はようやっと服を着た。
「何の約束だ?」
「個人的、な……約束です。あな、た、ご迷惑、かけま……せん」
 ぼそぼそと小さな声で答える。
 口の中を切って、大きく開くことができない。
「お前が頼りないから、俺に頼るってよ」
「……海市!」
「な、……でも、……な、ぃで……す」
 ボタンを留める手が動かしにくい。海市は、ぺろりと手の平を舐めた。ウェイデのザーメンが残っていたらしい。
「お前……!!」
「……は、い?」
 なんだろう?
 なんでそんなに怒っているんだろう。
 今度は何で怒らせてしまったんだろう。
「いいから来い!」
「……!」
 襟首を掴まれ、引っ立てられる。
 よろけて、足元がおぼつかない。







 以下、同人誌のみの公開です。



2012/10/18 終身伴侶 (本文サンプル・書き下ろし分・中盤) 公開