ここより向こうへ連れていけ (小説本文サンプル・中盤)


※ネット上で見やすいように装丁を改変しています。
※実際の冊子の装丁は、A5サイズ本 / 25行×28文字の2段組となります。

 
 
 これまでのヤオは、他人と摩擦を起こしたり、他人の考えや行動が気になることがなかった。
 そう考えると、両親や祖父母の言った言葉も分からなくもない。感情の起伏が乏しい上に、他人に無関心。競争心も野望もない。何を考えているか分からない。
 だって、自分以外の自分は自分じゃないんだから、それで当然だろう? 他人の為に感情を大きく動かしてどうするんだ。自分のことでも何でもないのに。
 他人事なのに。無関係なのに。
「お前には関係ない」
 なのに、声にしてそう言われた時に、どうして傷ついたんだろう。
 ジェンにしてみれば、ヤオだって他人なのだから、ヤオの考えや行動なんて気にならないし、気にも止めなくて当然だ。自分だって、声にこそ出さずに今までそう思ってきたくせに、他人から言われて傷つくなんて……馬鹿げている。
「ボン、若いのに可哀想になぁ」
「この顔で殺ししかやって来なかったってのは、生きる世界を間違えたな」
「……っ、うぅ」
 男の下で、ヤオがくぐもった声を上げる。
 ぐらぐらと視界が揺れるのは、殴られたせいだ。頭から流れた血が、世界を赤く染める。荒い呼吸は、噛まされた猿轡と、鼻血が渇いて鼻に詰まったせいだ。後ろ手に縛られた両手は血流が止まりそうで、色が変わっている。
 何故、ジェンを抜いて一人で仕事をしようなんて思ったのかは分からない。ただ、必要とされていないなら、もうジェンは抜きにして、一人で生きたほうが楽だと思ったのかもしれない。
 仲介屋に依頼された仕事は、ヤオ一人で片づけることができた。ほら、やっぱりジェンがいなくても一人でできるんだと、そう思った。依頼通り、二人ばかり殺して、さぁ帰ろう、と思った。そして、気がつけばこうだ。
 後のことは、ヤオをこうして組み敷く男達が交わす会話で、なんとなく理解した。
 最初にヤオが殺した二人は、この男達の依頼だった。この男達が、どこかの組織を通じて依頼した殺人が、更に下請けに流され、仲介屋に回り、ヤオが受けた。そして二人を殺した。殺した途端、ヤオとそう年の変わらない男が数人雪崩れ込んできて、ヤオを拉致した。ヤオを狙ったわけではない。誰でもいいから、見せしめに殺す必要があったらしい。
 どこかの(バン)と幣が抗争していて、殺し屋に彼らの仲間が殺された。その殺し屋が誰か分からないから、敵対する幣に系列する組織の殺し屋を一人か二人殺してやれ、ということらしい。
 それに運悪く引っかかったのがヤオだ。
 手足を落とされ、口と目を縫われ、耳と鼻を潰され、歯を抜かれる。ダルマになったら、後は死ぬまで殴る蹴るされる玩具か、体中の皮を剥がされるか、どこかに売られるかだ。死んだらドブか排水溝、海に井戸に町の片隅へ……捨てる場所は幾らでもある。
「おい、眼は潰すなよ。そいつはその眼がいい。高く売れる」
 年嵩の男が、部下に命令する。
「…………」
 ヤオはぼんやりした思考で、そんな会話を聞いていた。
 何の面白味もない人間だが、体は健康だから、パーツや臓器を売るには最適だ。なのに、男達は味見だと言って、ヤオを輪姦し始めた。ヤオは綺麗でもなく、可愛いわけでもなく、年端もいかぬ少年少女というわけでもない。
 目つきが気に入らないと言われた。視線が挑発的だと殴られた。真っ黒の眼球でじっと男を見るのは誘っているからだと言いがかりをつけられた。
 ぐち、と下腹部から、肉と体液の擦れる音がする。痛みに眉根を寄せる。後ろは切れてずたずたで、血が溢れている。
 そんな場所へ、男達は入れ替わり立ち替わり、出し入れする。ヤオの体は上へ下へと好き勝手に扱われ、休む暇もない。
 こういうことを好む男が存在することは知っていたし、相手を選ばない人種が存在することも知っていた。けれども、その対象に自分がなるとは思っていなかった。
 よっぽど性欲解消の相手に困ってるんだな、とか、商品を売る前に検品しないといけないのか、こいつらも大変な仕事だな、とか、そんな風にさえ思った。
 いつ終わるのかな、とそればかりを考える。
 腹の中が気持ち悪い。中に出された精液が溢れて、次の性器が押し込まれると漏れ出る。太腿にまとわりつく体液が、漏らしたようで不愉快だ。
「……?」
 強い力で、ぐ、と足を割り開かれた。ちく、とした痛みに、直視することを避けていた下肢へと視線を向ける。丁度、注射針から、シリンジの中身がヤオの中に入れられるところだった。
「……!!」
「暴れんじゃねぇ!」
「……ぅ、ぐっ」
 拳で殴打される。鼻血が出たことよりも、シリンジの中身のほうが気がかりだった。薬の類なら最悪だし、注射針の使い回しでもしていろ、感染症が怖い。
 べたべたと体中に手指が這い回る。背が高いことと年齢がネックだが、手足が細いこと、真っ黒の髪と眼、肌がいたんでいないのは値段が上がる。後ろが処女だったのも、今まで薬を使った形跡がないのも、金額が跳ね上がる条件になる。強情そうだが、諦めも早そうだ。薬を使えば、コントロールは容易だ。そんな風に、ヤオを値踏みしている。
「おい、そろそろ取れ」
「……ぅ、ぁ」
 男の指示で、猿轡が取られる。
 だらりと血混じりの唾液を零して、ヤオは小さく声を上げた。
「よし、やれ」
「ぅあ、ぁっ、ア……」
 中に押し入ってきた性器が、乱暴に内側を犯した。ぞわり、と寒気が背筋を這い上がる。腸壁を這い回る感覚が、さっきよりも鋭い。熱くて、痛くて、苦しい。叫ぶよりも、腹の奥から呻きが漏れる。
 気持ち悪い。熱い。気持ち悪い。頭が痛い。飲み込めない唾液が零れて、それが肌を伝うと虫が這うような感覚に襲われる。涙が溢れて、床の上で必死にもがいた。
「なか、やめっ、……いやだっ、何だよ、っ……これっ」
「やっと泣きが入りやがった」
 拉致られても、一度も泣きも喚きも命乞いもせず淡々としていたガキが、こうなって初めて泣き言をほざいた。そのサマに男達は気をよくする。
「ひっ、ぅ……ぅう、ぁ、あ」
 全身の血が沸騰したみたいだ。呂律が回らない。手指が震えて、脳の神経回路が焼き切れそうになる。
「うわ、全部の穴からダダ漏れ」
「きったね。おい、交代しろ」
「面倒臭ぇから、そのままやれよ。中、どろどろ。けど狭い」
「お前と穴兄弟とか最悪だな。……ま、いいか」
「……っ!」
 激しい痛みがヤオを襲った。
 悲鳴も上げずに脱力して、時折、脊椎反射で脚が跳ねる。腹の奥を突かれると、空気を吐き出すのにつられて、小さな喘ぎが漏れる。
 薄い胸を上下させて、酸素を追い求めた。痛みに貧血を起こして、意識が遠のく。酸素が欲しい、呼吸がしたい。死ぬ。
 はく、と唇を動かすと、誰かの唇が重なってきた。生ぬるい感触に嫌悪を覚えるが、それを振り払う気力もない。
 あぁ、そう言えば、キスされたら、ちゃんと舌を絡めないとダメだっけ……。
「ん、ぁ……」
「こいつ、舌からめてきやがった」
「……んン、ぅ」
 だって、ジェンがそう言ってたから。
 こういう時は、こうするものだ。人を殺す方法も、他人の言葉で傷つくことも、キスの時は応えなくてはならないことも、ジェンに教えられたのだから。
 ヤオは優秀で、ミスがなくて、淡々として、落ち着いていて、人を殺しても動じない性格だから、これはこういうものだから、ジェンに教えられたから、その通りにする。
 言われた通りにしていたのに、ヤオの唇から男が離れた。重い体が、ヤオに圧し掛かってくる。
「……?」
 倒れた男を胸の内に抱くようにして、ヤオは首を傾げた。
 頭上に、暗い翳がかかった。滲んだ視線を上げると、ジェンがいた。いつも通りの無表情で、ヤオを見下ろしている。
 ジェンは、ヤオが抱き抱えている男の襟首を掴み、床に引きずり倒すと、眉間に一発撃ち込んだ。
 放心したヤオを尻目に、ジェンは床に転がる注射器を手にした。針を抜いたそれを自分のズボンの後ろに仕舞い込む。
 こればかりは、ヤオにも何がどうなっているか把握できなかった。何か喋ろうにも、喉から声が出ない。
 腕を持ち上げて体を支え、両足で立ち上がり、「何もない、大丈夫だ」と言おうとしても、両手足を床に投げ出したまま、指一本動かすことできない。
 さっきまで舌なんか使っていたくせに、ジェンの顔を見た瞬間、全身から力が抜けた。
 ジェンのジャケットが頭に投げつけられる。腕を動かすこともできずにいると、服を着せられ、まるで荷物を担ぐように肩に担がれた。土嚢のように扱われ、部屋から運び出される。
 意識を手放す最後にヤオが見たのは、死体で溢れた部屋だった。全員、頭か心臓に一発で死んでいる。ヤオを犯していた男達は、全員、局部を撃たれていた。
 ジェンは何も言わないし、怒りもしないし、責めもしない。ただ小さく溜息を吐く。それだけだった。







 以下、同人誌のみの公開です。



2013/02/26 ここより向こうへ連れていけ (小説本文サンプル・中盤) 公開