赤い靴履いてた男の娘が異人さんに連れられてイっちゃう話 (本文サンプル・書き下ろし分・文頭)


※ネット上で見やすいように装丁を改変しています。
※実際の冊子の装丁は、A5サイズ本 / 25行×28文字の2段組となります。

 
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 九歳までに、窃盗を覚えた。九歳半で善意の人を騙して、金を稼ぐ方法を覚えた。十歳で、ヤク中の女の人に逆レイプされて、一万円を握らされた。十一歳で、初めて人を半殺しにした。十一歳一か月でお礼参りをされて、半殺しの目に遭わされた。十二歳で、ヤクザの使い走りになった。十三歳で、一瞬、薬に走った。バッドトリップだったので、一回でやめた。十四歳の時、両親が失踪した。十四歳と二か月で運び屋を始めた。十六歳までに、十三回、警察のお世話になったが、上手く立ち回って、どれも前科はつかなかった。十七歳で、十九歳の姉の妊娠が発覚した。それからすぐに赤い靴を履いた男の娘になった。
 御覧の通り、ツァイフの人生には一度も学校という単語が出てこない。学校に類推する他の単語、例えば、友達、受験、勉強、試験、恋愛、放課後、クラブ活動、そういったものも皆無。それが、ツァイフの人生だった。

「……でさぁ、今度、俺とツレで、ソールってクラブでパーティーするんだよ。来ない?」
「え、でもあそこヤバくない? エピタフの傘下でしょ?」
「ね、エピタフって、何?」
「やだ、知らないの? だっさ。……ほら、マフィアだよ、マフィア」
「じゃ、そのクラブも危なくない?」
「俺、エピタフのボスと友達だから、全然、大丈夫」
「こいつ、スゲーんだぜ、他にもビフレストのラードゥガとか、荒神組とか、グァンハン幇のシアとか、それと対立する光譜っていう組織のトップとも繋がりあるんだぜ」
「まぁ、アイツらなんか所詮ゴミだよ、ゴミ。利用価値があるから、使ってやるだけだよ」
「だよねー、アイツらヤバいよね、マジ底辺って感じ」
 教室の真ん中で、大きな笑い声が響く。クラスで一番目立つ派手なグループの、いつもの馬鹿騒ぎだ。
「…………」
 ツァイフは、教科書を、トン、と机の上でそろえて鞄の中にしまった。腕時計で時間を確認して席を立ち、教室を出る。
「……ね、今、教室出て行ったあの人ってさ、アタシらより四つくらい年上なんでしょ?」
「ほんと? じゃあ……もう、二十二か、二十三歳くらいなの?」
「留年してんのかよ、だっせ」
「ううん、なんかさ、今まで働いてて、学校に行けなかったんだって」
「貧乏じゃん。よく、うちみたいな私大に通えてるね。お金かかるのに」
「だから、付き合い悪いじゃん。あの人、新歓コンパも参加してなかったでしょ? 飲みもパーティーにも来ないし」
「来られても困るよ。ノリ悪そうだし」
「大学もたまに休んでるよな」
「病弱じゃね? 顔色悪いし」
「見た目派手だし、着てる物とか時計とか靴、凄く高そう……ていうかあれ、高いよ」
「じゃあ、お金持ちなの?」
「どうでもいいじゃん。どうせ便所メシするタイプだろ。それよりどうする? パーティー来る?」
 話題は、ツァイフのことから、遊びのことに切り替わる。
「……はぁ」
 廊下で溜息をついて、ツァイフは歩き出した。
 大学の構内を、一人で歩く。すれ違う学生達は皆、数人で行動しているのが多い。ツァイフ以外にも、単独で行動している生徒もいるが、必ず、どこかに自分の世界を持っている。バイト先や趣味の世界、クラブ活動、どこかに自分の居場所がある人が多い。必ずしもその姿が幸せとは限らないが、ツァイフからしてみれば、学生生活を何の衒いもなく謳歌している彼らが、純粋に羨ましかった。
「馴染めねぇ……」
 そう、馴染めなかった。勉強をしに来ているので、馴染む必要はないと思うが、慣れる必要はある。
 それに、少しだけ憧れもあった。ゼミの課題について討論するとか、友達を作って学食で一緒に食事を摂るだとか、ケンカをするとか……。幼稚園から高校生までの『生徒』という存在である期間に経験する通過儀礼的なものを、ツァイフは必要としていた。
 子供には子供の、学生には学生の、大人には大人の、常識。社会に出て、普通に生活する人間が過ごしていたであろう雰囲気。その小規模な縮図である学校というものに、ツァイフ通っていなかった。
 ツァイフは、ラードゥガの元を離れて独立した痕、家庭教師を頼んで勉強をした。弟達にこそ私立の学校へ行かせたが、自分はそこまでする時間的余裕も、精神的余裕もなかった。
 そのせいか、弟達を学校に通わせるまで、微々たる金銭を支払えば、徹底的に栄養管理された給食という食いっぱぐれのない高度なシステムさえ知らなかったほどだ。
 今、こうして裏の世界から足を洗い、ラードゥガと暮らすようになって、初めて、自分の人生を歩んでいる。憧れの、一般人になる為に。
「……てぇか、今、グァンハン幇は解体したし……、荒神組はもう灰角組に吸収されたし……異人さんのビフレストは俺が潰したし、光譜だって、お前のことなんか知らねぇよ」
 調子に乗って、嘘八百を並べ立てていたあの男子学生。光譜のボスをしていた頃のツァイフなら、両隣にいた双子の部下が、「お前は馬鹿か? 誰に向かって口を聞いている」と鼻で笑って、彼を蹴り殺していただろう。そして、ツァイフが、もうそれくらいでやめとけよ、と窘める。そういう世界で生きていた。
 その世界に未練があるわけでなし、あの男子学生の言を、逐一、正すようなこともしない。自慢げに内部事情を口に出すつもりもない。クラブやパーティーに出て、昔の顔見知りに見つかるのも困るので、そういう所へは行かないようにしている。だから、飲み会も断っている。それで余計に、ノリの悪い暗い奴だと思われる。
 学生らしさを学ぶなら、一般人らしさを学ぶなら、それこそ、そういう生活をしてみるべきなのに、できない。
「はぁ……」
 生きるって、難しい。
 ポケットから携帯電話を取り出して、電話をかける。
「……あ、もしもしラードゥガ? そう、俺……今から帰るから、うん、大丈夫、一人で帰れる。じゃあな……ばっ、電話でちゅーなんか誰がするかこの馬鹿! 愛してる、じゃあな」
 キスの代わりにそう言って、電話を切った。前後左右を見渡し、誰にも見られていないことを確認して、家路を急ぐ。
「俺には、異人さんがいるもんなぁ」
 そう、大学だけが全てじゃない。だから、ちょっと普通から外れたこの人生も、悪くない。
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 以下、同人誌のみの公開です。



2011/10/03 赤い靴履いてた男の娘が異人さんに連れられてイっちゃう話 (本文サンプル・書き下ろし分・文頭) 公開