■涼宮ハルヒのえっちな憂鬱■



最終章

 自称、宇宙人に作られたスカトロに興味を持つ人造人間。自称、放尿マニアの時をかける少女。自称、アナルセックス好きの少年エスパー戦隊。それぞれに自称が取れる証拠を律儀にも俺に見せ付けてくれた。三者三様の理由で、三人は涼宮ハルヒを中心に活動しているようだが、それはいい。

 だが、ひとつだけさっぱり解らないことがある。

 なぜ、俺なのだ?

 スカトロに興味がある宇宙人、放尿マニアの未来人、アナルセックス好きの超能力者がハルヒの周りをうろうろしているのは、古泉曰く、ハルヒがそれを望んだからだという。

 なら、俺は?

 なんだって俺はこんなけったいなことに巻き込まれているんだ?百パーセント純正の普通人だぞ、俺は。なぜだ?なぜだ?なぜだ?

 

・・・とまあ、深刻そうに思っては見たが、実際のところは知ったこっちゃない、というのが本音なのだ。

だいたい、なぜ俺が悩まなくてはならんのだ。全ての原因はハルヒにあるらしい。だとしたら、悩まなければならないのは俺ではなくハルヒだろう。

 それに、俺にはハルヒがみなが言うほどの特別な存在だとは、どうしても思えないのだ。いや、すごい力はあるのだろう。それは認めるのだが・・・ただの、女の子だろ?

 まあどちらにせよ、せいぜい走り回ればいいのさ。俺以外の人間がな。

 季節は本格的に夏の到来を前倒しすることを決めたに違いない。俺が汗をダラダラ流しながら教室に入ったとき、さすがのハルヒもこの熱気にだけはいかんともしがたいらしく、くたりと机によりかかってアンニュイに彼方の山並みを見物していた。

「キョン、暑いわ」

 だろうな。俺もだよ。ここで寒いなんていわれたら、それこそお前が普通の人間なのかどうかいぶかしくなってくるところだ。

「あおいでくんない?」

「他人をあおぐくらいなら、自分をあおぐわい。お前のために余分に使うエネルギーが朝っぱらからあるわけがないだろう」

 ぐんにゃりとしたハルヒは昨日の弁舌さわやかな面影もなく、

「みくるちゃんの次の衣装はなにがいい?」

 ときいてきた。

 バニー、メイドときたからな。次は・・・って、まだ次があるのかよ。

「あたりまえじゃない。だってそのほうが萌えるから」

 なにがあたりまえなのか解らん。

「ネコ耳?ナース服?それともイメージかえて女王様ルックがいいかしら?」

 俺は頭の中で朝比奈さんを次々と着替えさえ、その都度恥ずかしそうに顔を赤らめる小さな姿を想像して眩暈を感じた。くー、可愛すぎるぜ。

 真拳に悩み始めた俺を、ハルヒは眉をひそめて睨みつけて、耳の後ろに髪を払いながら、

「マヌケ面」

 と決め付けた。おいおい、話を振ったのはお前だろうが。とはいえ、たぶんその通りだろうから抗議するつもりはないが。ハルヒはセーラー服の胸元から教科書で風を送り込みながら、

「ほんと、退屈」

 といって、口を見事なへの字にした。

 

 その日一日、背後からハルヒのダウナーな空気を一身に浴びた俺は、ほとほとつかれきっていた。まったく、こいつはハイな時とローな時の差が激しすぎる。そこがハルヒらしいといえば、らしいんだがな。

 そうこうしているうちに、輻射熱でこんがり焼けそうな午後の時間をまるまる使った地獄の体育が終わり、俺たちは濡れ雑巾になった体操服を着替えて五組に戻ってきた。

 早めに体育を切り上げていた女子どもの着替えは終わっていたが、後はホームルームを残すだけとあって運動部に直行する数人は体操着のままであり、運動部とは無縁のハルヒもなぜか体操服を着ていた。

「暑いから」

 というのがその理由である。

「いいのよ。どうせ部室にいったらまた着替えるから。今週は掃除当番だし、このほうが動きやすいわ。合理的よ」

 頬杖をついた卵型の顔を外に向けたまま、ハルヒは流れる入道雲を目で追っていた。そんなハルヒを見ながら、俺は朝比奈さんのコスプレは体操着でもいいな。コスプレとは言わないか。正体は不明でも、一応は高校生をやってるんだし・・・体操着姿の朝比奈さんか、可愛いだろうな・・・

「なんか妄想してるでしょ」

 ハルヒは俺の心を読んだとしか思えない的確なツッコミを放って俺をじろりと睨みつけた。

「いいこと。あたしが部室に行くまで、みくるちゃんにエロいことしちゃだめよ」

 お前が来てからならいいのか、という言葉を飲み込んで、俺は新米の保安官に拳銃を突きつけられた西部時代の指名手配犯のようにぞんざいな仕草で両手を広げた。

 

 いつものようにノックの返事を待って部室に入る。テレーズ人形のようにちょこんと椅子に座ったメイドさんが、草原のヒマワリのような笑顔で出迎えてくれた。心が和むなあ。

 テーブルの隅では、長門がいつものようにパイプ椅子に座って本を読んでいる。もうすでになじみとなった光景だ。

「お茶いれますね。待っててください」

 そう言うと、頭のカチューシャをちょいと直して朝比奈さんは上履きをパタパタ鳴らしながらガラクタで溢れ返っているテーブルへと駆け寄った。急須にお茶っ葉を慎重な手つきで入れている。

 ハルヒがいない今のうちに、俺はどっかりと団長机に腰を下ろした。ちょっと確認をしてみたいことがあったのだ。

 パソコンのスイッチをいれ、OSの起動を待つ。ポインタから砂時計マークが消えたのを見計らって、俺はフリーソフトのビューワを立ち上げた。自分で設定したパスワードを入力すると、いつぞやハルヒが無理矢理撮った朝比奈さんのメイド画像コレクションを開いた。

 いそいそとお茶の用意をしている朝比奈さんを横目で眺めつつ、俺はその中の一枚を拡大した。

 ハルヒによって無理矢理とらされた女豹のポージング。大きくはだけた胸元から豊満な谷間がギリギリまで覗いている。左の白い丘に黒い点があった。もう一段階、拡大表示してみる。だいぶドットが荒れてきてはいたが・・・それは確かに、星型をしていた。

「なるほど・・・これか」

「何か解ったんですか?」

 机に湯のみが置かれるより前に、俺は手際よく画像を閉じていた・・・閉じたつもりだった。

「あれ、これ?」

 しまった。間に合わなかった。

「あたしの写真ですか?いつの写真ですか?見せて見せて」

「いやあ、これはその、何だ。さあ、何でしょうね。きっと何でもないでしょう。うん、そうです、何でもありません」

「嘘っぽいです」

 ええ。嘘ですから。

 朝比奈さんは楽しそうに笑うとマウスに手を伸ばし、後ろから覆いかぶさるように俺の右手を取ろうとする。させるまじ、とマウスを掴む俺。背中に柔らかい身体を押し付けてくれながら、朝比奈さんは俺の肩の上に顔を出した。甘い吐息が頬にかかる。

「あの、朝比奈さん・・・」

「見せてくださいよー」

 左手を俺の肩にかけ、右手でマウスを追いかける朝比奈さんの上半身が背中でつぶれている。

 その柔らかな、マシュマロのような二つの感触に、俺はほとほとまいりながら、顔がにやけてくるのをとめることはできなかった。

 クスクス笑いが耳朶を打ち、その余りの心地よさに俺の下の息子も元気になり・・・

「何やってんの、あんたら」

 摂氏マイナス273度くらいに冷え切った声が俺と朝比奈さんを凍りつかせた。通学鞄を肩に引っ掛けた体操服のハルヒが、まるで父親の痴漢現場を目撃したような顔で立っていた。

 見るからに不機嫌そうだ。

 止まっていた朝比奈さんの時間が動いた。メイド服のスカートをぎこちなく揺らせて俺の背中から離れた朝比奈さんは、ロボット歩きで後ずさり、かくんと椅子に座り込んだ。蒼白の顔が今にも泣き出しそうになっている。

 ふん、と鼻息をふいて、ハルヒは足高く机に近寄って俺を見下ろし、

「あんた、メイド萌えだったの?」

「なんのこった」

「あんたに何かしらの萌え属性があるとは思わなかった」

「とくに特定の萌え属性はないのだが・・・」

「着替えるから」

 好きにすればいい。俺は朝比奈さんの煎れてくれた番茶を飲んでくつろぎ始めた。

「着替えるって言ってるでしょ!」

 だから何なんだ。

「出てけ!」

 ほとんど蹴飛ばされるように俺は廊下へ転がり、鼻先で荒々しくドアが閉められた。

「なんなんだ、あいつ」

 今日のハルヒは、いつもにまして機嫌が悪い。

 仕方あるまい。そんな日もあるさ。暑いしな。俺は持ったままの湯のみをリノリウムの廊下において、しばらく待つことにした。

 やがて。

「どうぞ・・・」

 朝比奈さんの小さな声がドア越しに聞こえた。本物のメイドよろしく扉を開けてくれた朝比奈さんの肩越しに、たいして面白くもなさそうに机に肘をついたハルヒの白く長い足が見えた。

 頭で揺れるウサギ耳。

 今となっては懐かしさすら感じる、バニーガール姿だ。

「この衣装、手と肩は涼しいけど、ちょっと通気性が悪いわね」

 といって、ハルヒはずるずると湯のみの茶をすすった。その横で、何事もなかったかのように長門がページをめくっている。

 バニーガールとメイドさんに囲まれたこの光景は、なかなかにシュールな光景であるといえるかもしれない。ハルヒの不機嫌さにおろおろしている朝比奈さんを見て、さあどうやってフォローを入れようか、と俺が考えていると、

「あれ、今日は仮想パーティの日でしたっけ。すみません、僕、何の準備もしていなくて」

 古泉が現れた。すまん古泉、これ以上話をややこしくするようなことを言わないでくれ。

「みくるちゃん、ここに座って」

 ハルヒが自分の前のパイプ椅子を指し示す。朝比奈さんは明らかにおどおどと、おっかなびっくりハルヒに背を向けて椅子にすわった。またエッチなことでもはじめるのかと思ったら、おもむろにハルヒは朝比奈さんの栗色の髪を手にとって三つ網に結い始めた。

 仏頂面のままで、ハルヒは朝比奈さんの髪を結ったりほどいたり、ツインテールにしたり団子にしたりして遊んでいた。

 とくに朝比奈さんに実害はなさそうだと判断した俺は、古泉に語りかけた。

「Eカードでもやるか」

「いいですね。負けませんよ」

 古泉はゲーム好きなくせに弱かった。

 隣では、長門が黙々と読書を続けている。

 いったい何の集まりなんだか、ますます解らなくなってきた。

 

 そう、その日、俺たちはなんの変哲もないSOS団的活動をして過ごした。そこには空間をゆがめる情報がどうとかいう宇宙人も未来からの訪問者も青い巨人と赤い球体もスカトロも放尿もアナルセックスもなにも関係なかった。やりたいことも取り立てて見当たらず、何をしていいのかも知らず、時の流れに身をまかすままのモラトリアムな高校生活。当たり前の世界。平凡な日常。

 あまりの何もなさに物足りなさを感じつつも、「なあに、時間ならまだまだあるさ」と自分に言い聞かせてまた漫然と明日を迎える繰り返し。

 それでも俺は十分楽しかった。無目的に部室に集まり、小間使いのようにくるくる働く朝比奈さんを眺め、仏像のように動かない長門を眺め、人畜無害な微笑みの古泉を眺め、ハイとローの間を忙しく行き来するハルヒの顔を眺めているのは、それはそれで非日常の香りがして、それは俺にとって妙に満足感を与えてくれる学校生活の一部だった。

 クラスメイトに殺されそうになったり、灰色の無人世界で暴れる化け物に出会ったり、長門の排泄を見たり朝比奈さんの放尿を見たりとかはそうそうありはしないだろうしな。

 涼宮ハルヒとその一味みたいに呼ばれるのはちょっとアレだが、いろんな意味でこんな面白い連中と一緒に入れるのは俺だけだ。なぜ俺だけなのかという疑問はこの際脇においておいて、俺はこんな時間がずっと続けばいいと思っていたのだ。

 そう思うだろ?普通。

 だが、思わなかった奴がいた。

 普通という状態を忌み嫌っている奴。

 決まっている。涼宮ハルヒだ。

 

 その夜。

 晩飯だの風呂だの明日の英語で当てられそうなところの予習だのを適当に済ませ、もう後は寝るしかない時間を時計の針が指した辺りで、俺は自室のベッドに寝転んで長門から押し付けられた本を読んでいた。

 たまには読書もいいかなと思っていたのだが、うん、これがエロい。こんな本を無表情で読んでいる長門はすごいな、だからあんなことが平気で出来るようになるんだ、と思いながら、すいすいページが進んでいった。

 ただし一夜で読みきるのは無理だったので、ちょうど睡魔が襲ってきたころ、俺はまったく抵抗することなく、電気を消して布団にもぐりこんだ。

 まどろむこと数分。

 俺は寝付きよく眠りに落ちた。

 

 頬を誰かが叩いている。

 うざい。眠い。気持ちよく眠っている俺を邪魔するな。

「・・・キョン」

 まだ目覚ましはなっていないぞ。まあ何度鳴ってもすぐに止めてしまうけどな。お袋に命じられた妹が面白半分に俺を布団から引きずりだすにはまだ余裕があるはずだ。

「起きてよ」

 いやだ。俺は寝ていたいんだ。

「起きろって言ってんでしょうが!」

 首を絞められた。

 俺はやっと目を開くと、あろうことか、そこには俺を覗き込んでいたハルヒの顔があった。

 一体全体、どうして俺の部屋にハルヒがいるんだ?

「やっと起きた?」

 俺の横で膝立ちになっているセーラー服姿のハルヒが、白い顔に不安をにじませていた。

「ここ、どこだかわかる?」

 俺の部屋に決まっているだろ・・・といいかけて周囲を見渡し、俺は愕然とした。

 本来なら見慣れた部屋の壁が見えるはずなのだが、眼前に広がっている光景は、俺たちの通う学校だった。

 校門から靴脱ぎ場までの石畳の上。明かり一つともっていない、夜の校舎が灰色の影になって俺の目の前にそびえ・・・

 違う。

 夜空じゃない。

 ただ一面に広がるくらい灰色の平面。単一色に塗りつぶされた燐光を放つ天空。月も星も雲さえもない、壁のような灰色空。

 世界が静寂と薄闇に支配されていた。

 閉鎖空間。

 俺はゆっくりと立ち上がった。寝たときに着ていた寝巻き代わりのスウェットではなく、ちゃんとブレザーの制服を着ていた。着替えた覚えはないのだが、俺は驚かなかった。驚きのキャパシティは、ここ数日で大分広くなったからな。

「目が覚めたと思ったら、いつのまにかこんな所にいて、隣であんたが伸びていたのよ。どういうこと?どうしてあたしたち学校にいるの?」

 ハルヒが珍しくか細い声で訊いてくる。いつもの強気な態度からは信じられない態度だが、俺は素直に、そんなハルヒを少し可愛いと思った。

 俺は返事代わりに自分の身体にあちこち手を触れてみた。手の甲をつねった感触も、制服の手触りも、まるで夢とは思えない。髪の毛を二本ばかり引っ張って抜いてみた。たしかに痛い。

「ハルヒ、ここにいたのは俺たちだけか?」

「そうよ。ちゃんと布団で寝ていたはずなのに、なんでこんな所にいるわけ?それに空も変・・・」

「ハルヒ、古泉をみなかったか?」

「ううん。見なかった。でも、どうして?」

「いや、なんとなくだが」

 ここが例の閉鎖空間であるなら、光の巨人と古泉たちもいるはずだ。

 とりあえず、俺たちは校舎の中に入ることにした。

 電気のついていない暗い校舎というのは、不気味なものだ。俺たちは土足のままゲタ箱の列を通り抜け、無音の校舎を歩いていた。途中、一階の教室のスイッチを入れてやると瞬きながら蛍光灯がついた。味も素っ気もない人工の光だが、それだけでも俺とハルヒは、ほっとした顔を見合わせた。

 俺たちはまず宿直室へと向い、誰もいないことを確認してから職員室は、そして我らが一年五組の教室へと向かった。

 誰もいない。

 校舎を歩いている間、ハルヒは俺のブレザーの裾を摘んでいた。頼りにしてくれるなよ、俺には何の力もないんだからな。そう思いながらも、こんな状況にいながらも、なぜか自然に顔がにやけてきた。

 照れを隠すために、

「そんなに怖いなら、いっそ腕にすがりついてくれ。そっちのほうが気分が出る」

 と言ってやったのだが、ハルヒは上目遣いで、

「バカ」

 とだけいってきつい視線を俺に送ってきた。

 が、指を離そうとはしなかった。

 俺はハルヒにブレザーの裾をつままれたままで、教室に入ってみた。変わることは何もない。出てきたときのそのままだ。黒板の消し後も、画鋲の刺さったモルタルの壁も、何もかも。

「キョン、見て・・・」

 窓に駆け寄ったハルヒはそう言ったきり絶句した。その通りで、俺もまた眼下に広がる世界を見下ろした。

 そこには、見渡す限りのダークグレーの世界が広がっていた。左右百八十度、視界が届く範囲に、人間の生活を思わせる光はどこにもない。全ての家々は闇に閉ざされ、カーテン越しにでも光を漏らす窓が一つもなかった。この世から全ての人間が残らず消えてしまったかのように。

「どこなの、ここ・・・」

 俺たち以外の人間が消えたのではなく、消えたのは俺たちのほうだ。この場合、俺たちこそが誰もいない世界に紛れ込んだ闖入者になるのだろう。

「気味が悪い」

 ハルヒは再び俺の裾にしがみつき、そういった。

 

 ラジオをつけてみても、ホワイトノイズすら入らず、風の音一つしない静まり返った部屋にポットから急須に注がれる湯の音だけがこだました。茶葉を入れ替える気にもならないので、出がらしのお茶だ。入れているのは俺。ハルヒは半ば呆然と灰色の下界を眺めている。

「飲むか?」

「いらない」

 俺は自分の分の湯のみを持ってパイプ椅子を引き寄せた。一口飲んでみる。まずい。朝比奈さんの入れてくれたお茶のほうが千倍はうまいな。

「どうなってんのよ、何なのよ。さっぱり解んない。ここはどこで、なぜあたしはこんな場所に来ているのよ」

 ハルヒは窓の前にたったまま、振り返らずにいった。その後姿が、やけに細く見えた。

「おまけに、どうしてあんたと二人だけなのよ?」

 俺も聞きたい。

 ハルヒはスカートと髪をひるがえし、俺を怒ったような顔で見ると、

「探検してくる」

 といって、部室を出ようとする。腰をあげかけた俺に、

「あんたはここにいて。すぐに戻るから」

 とだけ言い残して、さっさと出て行った。

 うむ。こういうところはハルヒらしいな。状況になれてきて、少しずつ自分らしさが戻ってきたのかもしれない。どちらにせよ、ハルヒはハルヒらしいほうがいい。少なくとも、俺にとってはね。

 溌剌とした足音が遠ざかっていくのを聞きながら、一人まずいお茶を飲んでいる俺の前に、ようやく奴が現れた。

 小さな赤い光の球。最初、ピンポン玉くらいの大きさ、ついでじょじょに輪郭を広げた光は蛍のような明滅を繰り返して、最終的に人型を取った。

「古泉か?」

 人の形をしてはいても、人間には見えない。目も鼻も口もない。赤く輝く人の形。

「やあ、どうも」

 こんな状況なのに能天気な声は、確かに赤い光の中から届いてきた。

「遅かったな。もうちょっとまともな姿で登場すると思ってたが・・・」

「それも込みで、お話することがあります」

「どういうことだ?」

 俺は、最初、これは古泉のいういつもの閉鎖空間であり、すぐに助けが来るものだと思っていた。だから、安心していたのだ。しかしながら、状況は違うらしい。

 冷や汗が流れたのを、感じた。

「手間取ったのはほかでもありません」

 赤い光がいう。

「正直に言いましょう。これは異常事態です」

 赤い光がゆらめいた。

「普通の閉鎖空間なら、僕はなんなく侵入できます。しかし、今回はそうではありませんでした。こんな不完全な形態で、しかも仲間の全ての力を借り受けてやっとなんです。それも長くは持たないでしょう・・・」

「どうなってるんだ?ここにいるのはハルヒと俺だけなのか?」

 その通りです、と古泉は言い、

「つまりですね、我々の恐れていたことが、ついに現実になってしまったというわけですよ。とうとう涼宮さんは現実世界に愛想をつかしてしまい、新しい世界を創造することに決めたようです」

「・・・・・」

「おかげで、機関の上の方は恐慌状態ですよ。神を失ったこちらの世界がどうなるのか、誰にも予想がつきません。涼宮さんが慈悲深ければこのまま何もなく存続する可能性もありますが、次の瞬間に無に帰することもありえます」

「なんだってまた」

「さあて」

 赤い光が炎のようにふらふらと、

「ともかく、涼宮さんとあなたはこちらの世界から完全に消え去っています。そこはただの閉鎖空間ではありません。涼宮さんが構築した新しい時空なんです。もしかしたら、今までの閉鎖空間も全てそのための予行演習だったのかもしれません・・・今となっては、気づいたところで後の祭ですが」

 面白い冗談だな。俺には笑いどころが解らんが。

「笑い事じゃありませんよ。大マジです。そちらの世界は今までの世界より涼宮さんの望むものに近づくでしょう。彼女が何を望んでいるかまでは知りようがありませんが、さあ、どうなるんでしょうね」

「それはいいとして」

 俺はふと湧いてきた疑問を口にした。

「どうして、俺がここにいるんだ?」

「本当にお解かりでないんですか?」

 少しあきれた口調で、赤い光がこたえた。

「あなたは、涼宮さんに選ばれたんですよ。こちらの世界から、唯一、涼宮さんが一緒にいたいと思ったのが、あなたなんです・・・もう、とっくに気づいていたと思いましたが」

 いまや古泉の赤い光は、電池切れの懐中電灯並に光度が落ちていた。

「すみません。もうそろそろ限界のようです。僕の力も消え去りそうになっています」

「こんな灰色の世界で、俺はハルヒと二人で暮らさないといかんのか」

「新世界のアダムとイブですよ。産めや増やせやでいいじゃありませんか」

「・・・殴るぞ、お前」

「おそらくですが、閉ざされた空間なのは今だけで、そのうち見慣れた世界になると思いますよ。ただし、こちらとまったく同じではないでしょうが・・・今やそちらが真実で、こちらが閉鎖空間だといえます。どう違ってしまうのか解りませんが、それはまさに、神のみぞ知る、といった感じですね」

 古泉はもとのピンポン球に戻りつつあった。人間の形が崩れ、燃え尽きた恒星のように収縮していく。

「俺たちはもうそっちには戻れないのか?」

「涼宮さんが望めば・・・あるいは。望みは薄いですが。僕としましては、あなたや涼宮さんともう少し付き合ってみたかったのですが・・・SOS団での活動は楽しかったですよ。・・・ああ、そうそう、大事なことを忘れていました」

 忘れるな。

「朝比奈さんと長門さんからの伝言を言付かっています」

 完全に消えうせる前に、古泉はいった。

「朝比奈さんからは謝って欲しいと言われました。『ごめんなさい。わたしのせいです』と。長門さんからは『パソコンの電源を入れるように』です」

 ろうそくの火が消えていくかのように、赤い光はいよいよ消えていく。

「・・・あなたの童貞が・・・世界を・・・」

 最後はあっさりしたものだった。

 古泉は、消えた。

 俺は朝比奈さんの伝言とやらに頭をひねった。なぜ謝る。朝比奈さんが何をしたというんだ。

 考えるのは後にして、俺はもう一つの伝言に従ってパソコンのスイッチを押した。ハードディスクがシーク音をたてながらディスプレイにOSのロゴマークを浮かび上がらせ・・・なかった。

 ものの数秒で立ち上がるはずのOSがいつまでたっても表示されず、モニタは真っ暗なまま。

 白いカーソルだけが左端で点滅していた。そのカーソルがお供なく動き、素っ気なく文字をつむぎ始めた。

 

YUKI.N>見えてる?

 

 しばしほうけた後、俺はキーボードを引き寄せた。指を滑らせる。

 

『ああ』

YUKI.N>そっちの時空間とはまだ完全に連結を立たれていない。でも時間の問題。すぐに閉じられる。そうなれば最後。

『どうすりゃいい?』

YUKI.N>どうにもならない。こちらの世界の異常な情報噴出は完全に消えた。情報統合思念体は失望している。これで進化の可能性は失われた。

 

 カーソルが瞬いた。どこかためらう気配を感じさせて、次の文字が流れる。

 

YUKI.N>あなたに賭ける。

『何をだよ』

YUKI.N>もう一度こちらへ回帰することを我々は望んでいる。涼宮ハルヒは重要な観察対象。もう二度と宇宙に生まれないかもしれない貴重な存在。わたしという個体もあなたには戻ってきてほしいと思っている。

 

 文字が薄れてきた。

 

YUKI.N>見て欲しいものも、たくさんある。

 

 カーソルがやけにゆっくりと文字を生んだ。

 

YUKI.N>また図書館に

 

 ディスプレイが暗転しようとしていた。とっさに明度をあげてみても無駄。最後に長門の打ち出した文字が短く

 

YUKI.N>加藤鷹

 

 アクセスランプが明滅し、ディスプレイには見慣れたOSのデスクトップ表示。パソコンの冷却ファンが立てるうなりだけが、この世の音の全てだった。

「どうしろってんだよ、長門、古泉」

 俺は腹の底からこみ上げるため息をついて、何気なく、本当に何気なく窓の外を見上げた。

 

 青い光が、窓の枠内を埋め尽くしていた。

 

 中庭に直立する光の巨人。間近で見るそれはほとんど青い壁だった。

 言葉を失って立ち尽くしていると、ハルヒが飛び込んできた。

「キョン!なんか出た!」

 窓際に立ち尽くす俺の背中にぶつかるようにして止まったハルヒは、俺のとなりにぴったりとくっついて並ぶと、

「なにアレ?やたらでっかいけど、怪物?蜃気楼じゃないわよね」

 興奮した口調だった。先程までの悄然とした様子が嘘のようだ。不安など感じていないように目を輝かせているその姿は、いつものハルヒそのものだった。

「宇宙人かな?それとも、古代人類が開発した超兵器が現代に蘇ったとか?」

 青い壁が身じろぎする。高層ビルを蹂躙していく光景が脳裏でフラッシュバックして、俺はとっさにハルヒの手をとると部屋から飛び出していた。

「な、ちょっと、なに?」

 転がるように廊下に出る。と、同時に轟音が大気を震動させ、俺はハルヒを廊下に押し倒して覆いかぶさっていた。びりびりと部室棟が揺れる。硬く重たいものが地面に激突する衝撃と音が廊下を伝わって俺に届いた。その度合いからして、巨人の攻撃目標になったのは部室棟ではない。たぶん、向いの校舎だ。

 俺はハルヒの手を握って起こし、走り出した。意外にもハルヒはおとなしくついてくる。

 汗ばんでいるのは、俺の手のひらだろうか?それともハルヒの手のひらだろうか・

 古びた部室棟の中は埃の匂いすらしない。階段目指して俺は全力で走った。その間に、二回目の破壊音を聞く。

 ハルヒの体温を手のひらに感じながら階段を駆け下り、中庭を横切ってスロープからグラウンドへ出た。横目でうかがったハルヒの顔は、俺の気の迷いなのかどうなのか、なぜか少し嬉しがっているようにみえる。まるでクリスマスの朝、枕元に事前に希望していた通りのプレゼントが置かれていることを発見した子供のように。

 校舎からとりあえずの距離をとるまで走り続ける。振り仰いでみると、巨人の大きさがさらによく分かった。

 二百メートルトラックの真ん中まで進んで、俺たちは脚を止めた。薄暗いモノトーンのキャンバスに、そこだけが冗談のように青い巨人の巨大な人型が浮かび上がっている。

「あれさ」

 興奮で上気した頬で、ハルヒがいった。

「襲ってくると思う?あたしには邪悪なもんだとは思えないんだけど。そんな気がするのよね」

「わからん」

 答えながら俺は考えていた。最初に俺を閉鎖空間へと導いた古泉は説明した。『神人』の破壊活動をほったらかしにしていれば、やがて世界が置き換わってしまう、と。この灰色世界が今までいた現実世界に取って代わってしまい、そうして・・・

 どうなってしまうと言うのだろう?

 さっきの古泉によると、新しい世界がハルヒによって創造されるのだということらしい。そこには、俺の知っている朝比奈さんや長門はいるのだろうか?それか、目の前にいる『神人』が自在に闊歩し、スカトロマニアや放尿マニアやアナルセックスマニアが普通にそこらをブラブラしているような、非日常的な風景が常識として迎え入れられるような世界になるのか。

 考え込む俺の耳元でハルヒが朗らかに言った。

「なんなんだろ、ホント。この変な世界も、あの巨人も」

 ハルヒ、これは全て、お前が生み出したものらしいぜ。それより俺が聞きたいのは、なぜ俺を巻き込んだのかということだ。アダムとイブだと?ばかばかしい。そんなベタな展開を俺は認めない。認めてたまるか。

「元の世界に戻りたいとは思わないか?」

 俺はいった。

「え?」

 輝いていたハルヒの目が曇ったようにみえた。灰色の世界でも際立つ白い顔が俺に向く。

「一生こんなところにいるわけにもいかないだろ?腹が減っても飯喰う場所がなさそうだぜ。店も開いていないだろうしな」

「んー、なんかね、不思議なんだけど、全然気にならないのよね。なんとかなるような気がするのよ。自分でも納得できない。でもどうしてだろ、今、ちょっと楽しいな」

「SOS団はどうするんだ。お前が作った団体だろう。ほったらかしかよ」

「いいのよ、もう、だってほら、あたし自身、いま、とっても面白そうな体験をしているし・・・」

 小声で、ハルヒはいった。

「それに、あんたがいるし・・・」

「俺は戻りたい」

 巨人は校舎の解体作業の手を休めていた。

「こんな状況におかれて、やっと、発見したよ。俺はなんだかんだいいながら、今までの暮らしがけっこう好きだったんだな。古泉や長門や朝比奈さんや、アホの谷口や、消えちまった朝倉をそこに含めてもいい」

「・・・なに言ってんの?」

「俺は連中ともう一度会いたい。まだ、話すことがいっぱい残っている気がするんだ」

 ハルヒは少しうつむき加減に、

「会えるわよ、きっと。この世界だって、いつまでも闇に包まれているわけじゃない。あたしには解るの。明日になったら、太陽だって昇ってくるわ」

「そうじゃない。この世界でのことじゃないんだ。俺は、元の世界のあいつらに会いたいんだ」

「意味わかんない」

 ハルヒは口を尖らせて俺を見上げていた。せっかくのプレゼントを取り上げられた子供のような、怒りと悲哀が混じった微妙な表情だ。

「あんたは、つまんない世界にうんざりしてたんじゃないの?特別なことが何も起こらない、普通の世界なんて、もっと面白いことが起きて欲しいと思わなかったの?」

「思っていたとも」

 巨人が歩きだした。崩れ落ちることなく残っていた校舎の残骸をけり倒して中庭を進んでくる。渡り廊下に手刀をかまし、部室棟にも巨大なパンチを入れる。吹き飛んでいく俺たちの学校。俺たちの部室。




 ハルヒの頭の後ろに、その巨人とは別の方角にも青い壁が立ち上がってくるのが見えた。一つ、二つ、三つ・・・巨人たちはどんどん、その数を増やしていく。

 俺に出来ることはなんだんだ?

 俺は決意して、そして言った。

「あのな、ハルヒ。俺はここ数日で、かなり面白い目にあってたんだ。お前は知らないだろうけど、いろんな奴らが実はお前を気にしている。世界はお前を中心に動いていたと言ってもいい。みんな、お前を特別な存在だと考えていて、実際そのように行動していた。お前が知らないだけど、世界は確実に、面白い方向に進んでいたんだよ」

 俺はハルヒの肩をつかもうとして、まだ手を握り締めたままだったことに気づいた。ハルヒは、じっと俺を見つめている。

 その顔には、改めてみると年相応の線の柔らかさが浮き彫りになっている。長門はいった、「進化の可能性」と。朝比奈さんによると「時間の歪み」で、古泉にいたっては「神」扱いだ。では、俺にとってはどうなのか。涼宮ハルヒの存在を、俺はどう認識しているのか?

 ハルヒはハルヒであって、ハルヒでしかない。なんてトートロジーでごまかすつもりはない。ないが、決定的な回答を、俺は持ち合わせてなどいない。

・・・すまん、これもごまかしだな。

俺にとって、ハルヒはただのクラスメイトじゃない。

 もちろん、「進化の可能性」でも「時間の歪み」でも「神」でもない。あるはずがない。

 巨人が振り向いた。グラウンドへと、顔も目もないのに、俺は確かな視線を感じた。歩き出す、その一歩は何メートルあるのか、緩慢な歩みの割りに俺たちに近づく姿が巨大さをましてくる。

 思い出せ。

 朝比奈さんはなんといったか。その予言を。それから長門が最後に俺に伝えたメッセージ。古泉の別れ際の言葉・・・

「チョコボール向井って、知ってます?」

>加藤鷹

「・・・あなたの童貞が、世界を・・・」

 俺たちが今置かれている状況。

 なんてベタなんだ。ベタすぎるぜ。

 朝比奈さん、長門、古泉。

 そんなアホっぽい展開を、俺は認めたくない。絶対にない。

 俺の理性がそう主張する。だいたい、ハルヒがどう思っている?俺は、どう思っている?

 ハルヒが世界の運命をにぎっている?俺の運命は握られていると思うが。

 あいつはな、多分に変なところがあるが、ただの女だ。

 

「あんたとなら・・・」

 

 俺となら、なんだ。

 ええい、わかった。そういうことか。

 

 俺はハルヒの手を振り解いて、セーラー服の肩をつかんで振り向かせた。

「なによ・・・」

「俺、実は、ポニーテール萌えなんだ」

「はあ?」

「いつだったかの、お前のポニーテールは、そりゃもう、反則なまでに似合ってたぞ」

「バカじゃないの?」

 




 黒い目が俺を拒否するように見る。抗議の声をあげかけたハルヒに、俺は強引に唇を重ねた。こういう時は目を閉じるのが作法なので、俺はそれに従った。ゆえにハルヒがどんな顔をしているのかは知らない。

 驚きに目を見開いているのか、俺に合わせて目を閉じているのか、今にもぶん殴ろうと手を振りかざしているのか、俺に知るすべはない。だが、俺は殴られてもいいような気分だった。賭けてもいい。誰がハルヒにこうしたって、今の俺のような気持ちになるさ。俺はハルヒの肩にかけた手に力を込める。しばらく放したくないね。

 最初、硬かったハルヒの体が、次第に柔らかくなった。抵抗はなかった。それどころか・・・少しずつ・・・俺に身体をまかせてきたように思う。

 俺は、ハルヒの唇の柔らかさを感じていた。

 考えてみれば、これが俺のファーストキスだ。小学校の頃、世の中にキスという男女間でする行為があるとしったが、その時から、俺はいつ、誰とキスすることになるんだろうと思っていた。夢想していた。

 俺の初めてのキスの相手は、涼宮ハルヒだった。

 気が強くて、変態で、行動的で、直情的で、それでいて可愛くて、素直で。

 ハルヒは、嘘をつかないんだ。思ったことを、ストレートに伝えてくる。あいつの瞳を見ていたら、そりゃ、吸い込まれそうになる。思えば高校に入ってから、なんだかんだいってハルヒのいうことを訊いていたのは、いやいやなんかじゃなかった。

 俺は、ハルヒの役にたちたかったんだ。

 この、素直なくせに、ひねくれものの可愛い女を。

「ん・・・」

 ハルヒが、俺を求めてきたのが解った。

 俺の心臓もはじけそうになる。ドキドキと鼓動しているのが、密着しているハルヒにも伝わっているはずだ。

 心臓の音が聞こえる。これは、俺の音だけじゃない。ハルヒの音も聞こえてきている。密着した、柔らかい胸の向こう側で、ハルヒもドキドキしているんだ。

 そう思うと、俺はハルヒが愛おしくて仕方なくなった。

 唇の感触を感じながら・・・俺は・・・ゆっくりと・・・ハルヒの口の中に・・・舌を入れた。

 生まれて初めて入る異性の口の中は、暖かくてぬらりとしていた。

 ハルヒの舌が、そこにあった。俺の舌先が触れると、びくんと動く。

 いいのか?やりすぎてないか、俺。ハルヒ、怒っていないか・・・

 そう思った時。

 ハルヒの舌が、動いた。

 俺の舌に、絡み付いてくる。

 ハルヒが舌を動かしていた。俺を求めてきている。俺は夢中になって、ハルヒの舌をすい続けた。

 ハルヒの唾液が、俺の口内に入り込んでくる。暖かくてネバネバしていて、それでいて、愛情を感じさせる味だった。俺は気づいた。ハルヒが、自分から、自分の唾液を俺の口内へと流し込んでいるのだ。舌を動かしながら、とめどなくハルヒの唾液があふれ入ってきた。

 お返しに、俺も、ハルヒの口内に唾液を送り込み始めた。ハルヒは抵抗しなかった。むしろ積極的に、俺の唾液を受け入れ始めた。

「ん・・・んん・・・」

 ハルヒの声がいとおしい。ぬらぬらと蠢く舌と舌の間で、俺たち二人の唾液が混ざり合い、もはやどちらの唾液か解らなくなっていた。

 どれほど長い時間、ハルヒとキスを続けていただろうか。どちらからということなく、自然に、俺たち二人は唇を離した。

 ハルヒの口元は、あふれ出た唾液でいっぱいだった。

 じっとハルヒの顔を見つめる俺に気づいて、ハルヒは恥ずかしそうにうつむくと、口元の唾液をぬぐった。

 巨人たちの発する青い光がハルヒを照らしていた。その姿は、神々しいまでに美しかった。

「もう一度・・・」

 小さな声で、ハルヒがいった。

「もう一度、いって」

 なんのことだ?とは言わなかった。俺は、ハルヒの肩を持ち、その瞳をじっと見つめて、よく聞こえるように、ハルヒの心の奥底に届くように、いった。

「いつだったかの、お前のポニーテールは、そりゃもう、反則なまでに似合ってたぞ」

「本当?」

「嘘ついてどうする」

「・・・嬉しい」

 そういうと、ハルヒは俺に再びキスをした。今度のキスは、先程のような濃密なキスではなく、唇と唇の先がちょっと触れるだけの、バードキスだった。

「・・・よかった」

 ハルヒは、俺の肩を持って、はっきりと俺の瞳を見つめて言った。

「何がよかったんだ?」

 俺がそう聞くと、ハルヒは目を輝かせて・・・いつものハルヒの瞳だ・・・いった。

「あんたとのキス。すごく気持ちよかった。今までの人生で、一番気持ちよかった」

 そして、次のことを言った。

「実はね、今の、あたしのファーストキスなんだ」

「そうなのか?」

「そうよ」

 意外だった。そういえば、中学時代は男をとっかえひっかえだったとは聞いたが、まともに付き合った相手はいなかったといっていたな・・・なぜか俺は、嬉しくなった。

「俺もだ」

「あんたはいいのよ。当然だから」

 なにが当然なんだ。

「ねぇ、キョン」

 そういうと、ハルヒは俺を押し倒した。おれは地面の上に倒れこむ。吸い込まれそうな真っ暗な空の真ん中に、今まで出一番嬉しそうな、ハルヒの顔が青い光に照らされてみえる。

 ハルヒはちょうど俺の上に馬乗りになるかたちで俺を見下ろしていた。

 頬が上気しているのがわかる。

「さっきのキス、ものすごく気持ちよかった。オナニーなんかより、もっともっと気持ちよかった。あたし・・・キスしながら・・・たぶん、いっちゃったよ」

 そういうと、ハルヒは身体をぺたりと俺に合わせてきた。ハルヒの豊かな胸が、俺の体に密着して、ハルヒの体温が伝わってくる。

「ねぇ、キョン」

 そういうと、ハルヒはまた俺の唇に唇を重ねてきた。一度目よりは軽く、二度目よりは重い、キス。

「あたしね」

 ハルヒが俺の首に手を回してきた。光に照らされて、汗が輝いていた。

「処女なんだ」

 そして、またキス。

 俺も童貞だよ、とはいわなかった。いうべきではないと思ったからだ。言わなくてもわかるだろうし、俺の気持ちは伝わっていることだろう。

「あんたはスカトロマニアでも放尿マニアでもアナルマニアでも獣姦マニアでもないけど・・・」

 何度目のキスだろうか、ハルヒはうっとりとした顔でキスをしながら、そう語りかけてきた。

「あたしをあげる」

 ハルヒはそういうと、俺の首の後ろに回した手を支点にして、俺とぐるっと身体を入れ替えた。今度は、ハルヒが下になり、ちょうど俺がハルヒに馬乗りになった形になる。

 俺は光に照らされたハルヒの胸を、制服の上から触った。

「あ・・・」

 ハルヒが、可愛い声をあげる。もう一度、触る。そのたびごとに、ハルヒはあえぎ声をあげた。制服の上からでも、ハルヒの乳首が立っているのが解った。

「脱がせて」

 ハルヒがいった。俺は素直にその言葉に従った。

 女の服を脱がすのは初めての経験だったので、なかなかに手間取った。そのたびごとに、ハルヒが「ここはこうするのよ」と手ほどきをしてくれた。ハルヒの手伝いもあり、しばらくすると、ハルヒは生まれたままの姿になって俺の下に横たわっていた。

 ドキドキしながら、俺はハルヒの裸を見た。それは完璧なプロポーションだった。乳首は凛として上向いており、腰のあたりはきゅっと引き締まっている。さすが、抜群の運動神経を誇っているだけはあるな、と、俺はしばらく感心していた。

「あたしの裸ばかりみてないで、あんたも脱いでよ」

 口調は強かったが、表情は恥ずかしそうだった。

「あたしばっかり見られていて、不公平じゃない」

 ハルヒの背中には、脱ぎ捨てられた服をしいてあった。背中が汚れないようにするためだ。

 俺もいそいそと服を脱ぎ、ハルヒの背中においてやった。全部脱いだのを確認すると、ハルヒは

「きて」

 といった。俺は、ハルヒの素肌に俺の素肌を重ね合わせる。肌と肌が密着するのは、今までとは比べ物にならないほどの快感だった。

「キョン・・・これだけでも気持ちいいよ」

 抱きしめられただけであえぎ声をあげているハルヒは、頬を上気させながらそういった。

 その声を聞いているだけで俺は興奮がおさまらなくなり、自分の息子が固く硬くなっているのがわかった。俺のものは、ちょうどハルヒの太ももの上にのしかかっていた。ハルヒは、

「あたってるわよ」

 といいながら、ゆっくりと、俺のモノをその手で握り締めた。

「あ」

 情けない声をあげたのは、俺のほうだった。ハルヒの手のひらは柔らかく、その手に握り締められただけで、恥ずかしい話だが、我慢できなくなって、俺は出してしまったのだ。

「すまない」

 といいながらも、もはや自分の意思でとめることはできない。どくんどくんと、俺のザーメンがハルヒの手のひらの中に放出されていく。

「へへー」

 ひとしきり射精が終わった後、ハルヒは嬉しそうに笑った。

「キョン、いったわね」

 そう言いながら、俺のザーメンをいっぱいにしたままの手のひらで、先程放出したばかりの俺のものをしごき始めた。

 ちょうど俺のザーメンがローション代わりとなり、ハルヒの手の柔らかさとあいまって、ぬるぬるとこすられるたびに、いつもは射精してすぐに柔らかくなる俺のものが、すぐに再び固くなり始めた。

「キョン・・・キョン・・・」

 俺のをこすっている間に、ハルヒも興奮してきたようだ。息があらくなり、吹き出る汗もとまらなくなっている。

「すっごく硬くなっているよ。それに、ぬるぬるしてる」

 このままこすられていたら、それだけでまたいってしまいそうだ。

「ハルヒ・・・もう」

 俺がそういうと、ハルヒは解ったというような顔をして、俺のものから手を離した。

 硬くなったままのものが、ちょうどハルヒの太ももと太ももの間に挟まれる形となった。ハルヒは俺のザーメン交じりの手を自らの顔の前にもってくると、しげしげと眺めた。

「キョンのザーメン、すごい匂いがするね」

「嫌か?」

「ううん。嫌じゃないわ」

 そう言うと、ハルヒは可愛い口元から舌を出し、自らの手に付着した俺のザーメンを舐め取り始めた。

「・・・これが、キョンの味・・・」

 手のひらをくまなく舐め取っていく。俺のザーメンが、ハルヒの中に入っていく。俺はなぜか、申し訳ない気分になった。

「ハルヒ、そこまでしてくれなくてもいいんだぜ」

「違うよ」

 ハルヒは手をすぼめると、流れ落ちる俺のザーメンを口元に流し込み始めた。

「あたしが、やりたいの。キョンのザーメン、一滴残らず、欲しいの」

 そして、言葉どおり、最後の一滴まで、手のひらについた俺のザーメンをハルヒは飲みほした。

 その間にも、太ももをぎゅっとせばめて俺のものを刺激することを忘れていはいなかった。

「いいよ」

 口元を俺のザーメンでどろどろにしたままのハルヒは、笑顔でいった。

「キョン、あたしの中に・・・」

 そう言って、腰を浮かせる。足をまげて、俺のものが入りやすくする。

「ハルヒ・・・」

 そう言って、俺は左手で自分のものを掴むと、まずは先端をハルヒの入り口にこすり付けた。

「は・・・はぁっ」

 とたんに、ハルヒがびくっと動き、目を閉じた。

「すごい気持ちいい・・・これだけで、なんでこんなに気持ちいいの?」

 左手で顔を隠すような仕草をする。感じた顔を見せるのは、SOS団団長としての誇りが許さないのだろうか?

 俺はふたたび、俺のものをハルヒの入り口にこすりつけた。ハルヒは十分以上に濡れていたので、ぬらぬらとよくすべる。ハルヒのびらびらの感触を楽しむのも忘れなかったが、やはりハルヒが一番感じるのは、女性器の上にある小さな小さなクリトリスのようだった。

 俺の尿道の割れ目で、ハルヒのクリトリスを挟んでみる。

「すご・・・すご・・・」

 ハルヒは嬉しそうなあえぎ声をあげると、びくんと身体を奮わせた。

「はぁ・・・またいっちゃった・・・」

 素直に、自分がいったことを告白するハルヒ。そんな姿がたまらなくいとおしい。

 俺はぐるぐると円を描くように、ハルヒに俺のものをこすりつけていった。そのたびごとに、ハルヒはどろどろの愛液を噴出しながら、俺の身体に身体をこすり付けてくる。

「そろそろ・・・」

「うん」

 ハルヒは、少し緊張したかのような表情を浮かべた。唾を飲み込む。

「入れて」

 その言葉を合図にして、俺はハルヒの中に入った。

 よく濡れていたせいもあり、何の抵抗もなく、ハルヒの身体は俺を飲み込む。

 四方八方、360度、すべての方向から、俺のものはハルヒの中で締め付けられていた。最初は、入った勢いで締められたのだが、しばらく後から、今度はハルヒの意志で中が蠢きはじめた。

「痛いか?」

 ハルヒが何も言わなかったので、俺は聞いてみた。するとハルヒは少しだけ眉を動かし、

「最初、ほんのちょっとだけ痛かったけど・・・今は大丈夫・・・どう?」

 その言葉と同時に、また、俺のモノがハルヒに締め付けられた。

 

 俺の童貞は、ハルヒによって捨てられ、ハルヒの処女は、俺によって捨てられた。

 俺の始めての相手はハルヒであり、ハルヒの始めての相手は、俺だった。

 

 ハルヒの中にいる嬉しさのあまり、俺はそう伝えた。

「なにバカなこといってんのよ」

 快感に身を貫かれながら、ハルヒはそういった。そう言いながら、ハルヒはどことなく、嬉しそうだった。

「あたしの始めての相手は、あんたなんだからね」

 そう言って、腰を押し付けてくる。ぎゅうっと、抱きしめられ、俺のものが更に深く、ハルヒの身体の奥深くに突き刺さった。

「はぁぁぁぁ、気持ちいい・・・」

 この時、まだ俺は、そんなに動いていなかった。ハルヒの膣の中は締め付けがつよく、またよく濡れて中がひだひだしているので、包まれているだけで気持ちよかったからだ。少しでも動かしたら、すぐにいっていまうかもしれない。

「あたしの中に、出してもいいよ」

 俺の考えがわかったのか、ハルヒは笑顔でいった。

「キョン、あたしね、今までの人生の中で一番、今が気持ちいいの。とろけてるの。あたし、今のためにSOS団を作ったのかもしれない。気持ちいいの」

 何度も何度も、その言葉を繰り返す。

「気持ちいいの。とっても気持ちいいの。身体を裏側から擦られて、頭の奥がじんじんなっちゃうくらい、気持ちいいの。すっごく気持ちいいの」

 ぎゅぅっと身体を押し付け、首に回した手で俺に更に強く抱きついてくる。

「だからね。あたしはとっても気持ちいいんだから、あたしのことは気にしないで、あんたはあたしの身体で気持ちよくなっていいよ」

 そういって、締め付ける。ぬらぬらとした膣が、まるで生きているかのようだ。

「あたしの身体、自由に使っていいよ。めちゃくちゃにしていいよ」

 そして、キスをしてきた。

「キョン・・・」

 その言葉を合図にして、俺は、激しく動き始めた。今、手の中にいるのがハルヒだということを、一瞬忘れた。

 今、俺の手の中にあるのは、俺を気持ちよくさせてくれる穴だ。

 俺は動きはじめる。あらあらしく動きはじめた。快感をむさぼり取るため、強く強く押し付ける。

「あ、あ、あ、あ」

 ハルヒの喘ぎ声が大きくなったのを訊いて、俺は、今突っ込んでいる穴が、生身のハルヒであることに気づいた。

 気づいたが、動きをやめることはない。むしろ、ハルヒだと気づいた今の方が、快感だけを求めていた先程よりも、何倍も気持ちよかった。

 そして、それはハルヒも同様のようであった。

「すごい、すごい、すごい」

 口からよだれが流れているのにも、ハルヒは気づいていないのだろう。快感だけがハルヒを支配していた。

「あ、あ、さっきのが限界じゃなかったんだ。気持ちいいのって、もっともっと、先があったんだ・・・」

 俺の動きにあわせて、ハルヒも腰を動かし始めた。

 もはや、俺がハルヒをついているのか、ハルヒが俺を吸っているのか解らなくなった。

 一つだけ解っているのは、俺もハルヒも二人とも気持ちよく、二人が溶けて混ざっているような感覚だということだけだ。

「ハルヒ・・・出そうだ」

「我慢しないで、出して!あたしに!」

 そして俺はハルヒの中に大量の・・・

 

 その瞬間、俺は不意に無重力下に置かれ、反転し、左半身を嫌と言うほどの衝撃が襲って目を開き、見慣れた天井を目にして固まった。

 

 そこは部屋。

 俺の部屋。

 首をひねればそこはベッドで、俺は床に直接寝転がっている自分を発見した。

 着ているものは当然スウェットの上下。乱れた布団が半分以上もベッドからずり下がり、そして俺は手を後ろについてバカみたいに半口を開けているという寸法だ。

 思考能力が復活するまでけっこうな時間がかかった。

 半分無意識の状態で立ち上がった俺は、カーテンを開けて窓の外をうかがい、ぽつぽつと光る幾ばくかの星や道を照らす街灯、ちらちらとついている住宅の明かりを確認してから、部屋の中央をぐるぐる円を描いて歩きまわった。

 夢か?夢なのか?

 見知った女と二人だけの世界に紛れ込んだあげくにキスまでしてしまい、挙句の果てに初体験までしてしまうという、フロイト先生も爆笑しそうな、そんなわかりやすい夢を俺は見ていたのか。

 ぐあ、今すぐ首つりてぇ!

 俺はぐったりとベッドに着席し、頭を抱えた。夢だったとすると、俺はいまだかつてないリアルなもんを見たことになる。汗ばんだ右手。それに唇に残る暖かくて湿った感触。そして・・・

 もしや、ここはすでに元の世界ではないとか?ハルヒによって創造された新世界なのか。だったとして、俺にそんなことを確かめるすべはあるのか?

 ない。

 あるのかもしれないが、思いつかない。というか、何も考えたくない。自分の脳みそがあんな夢を見せたなどと認めるくらいなら、世界がぶっ壊れたと祝えたほうがだんだんとマシに思えてきた。

 目覚まし時計を持ち上げて現時刻を確認。午前二時十三分。

・・・寝よう。

俺は布団を頭までかぶり、冴え渡った脳髄に睡眠を要求した。

 

一睡も出来なかったけどな。

 そんなわけで俺は今、這うようにして今日も不元気に登校している。正直、ツライ。休みたい。

 来て欲しいときに来なかった睡魔のやろうが、今頃俺の頭の上を旋回している。授業中、ちゃんと起きていられるかどうか、かなり疑問だ。まあ、無理だろうな。

 校舎が見えてきた時、俺は不覚にも立ち止まってしみじみと古ぼけた四階建てを眺めてしまった。汗だらけになった生徒たちが巣穴に向かうアリの行列のように吸い込まれていく玄関も、部室棟も、渡り廊下もちゃんとそのままだ。

 俺は脚を引きずり、よたよたと階段を上がって懐かしむべき一年五組の教室へと向かった。

 開けっ放しの戸口から三歩歩いたところでまた立ち止まった。

 窓際、一番後ろの席に、ハルヒはすでに座っていた。何だろうね、あれ。頬杖をつき、外を見ているハルヒの後頭部がよく見える。




 後ろでくくった黒髪がちょんまげみたいに突き出していた。ポニーテールには無理がある。それ、ただくくっただけじゃないか。

「よう、元気か」

 俺は机に鞄を置いた。

「元気じゃないわね。昨日、悪夢を見たから」

 ハルヒは平坦な口調で応える。それは奇遇なことがあったもんだ。

「おかげで全然寝れやしなかったのよ。今日ほど休もうと思った日はないわね」

「そうかい」

 硬い椅子にどっかと腰を下ろし、俺はハルヒの顔をうかがった。耳の上から垂れる髪が横顔を覆っていて、表情が解りにくい。ただ、まあ、あんまり上機嫌ではなさそうだ。少なくとも、顔の面だけは。

「ハルヒ」

「なによ?」

 窓の外から視線を外さないハルヒに、俺はいってやった。

「似合ってるぞ」

 その言葉にハルヒは微動だにしなかったが、頬が紅く染まったのを、俺は見逃さなかった。

 




エピローグ

 

 その後のことを、少しだけ語ろう。

 ハルヒはその昼にはあっさり髪をほどいて、元のストレートヘアに戻してしまった。飽きたのだろう。また髪が伸びた頃に、遠まわしにすすめてみようと、俺は思っている。

 

 古泉とは休み時間に廊下でであった。

「あなたには感謝すべきなんでしょうね」

 爽やかな笑顔でいう。

「世界は何も変わらず、涼宮さんもここにいる。僕のアルバイトもしばらく終わりそうにありません。いやいや、あなたは本当によくやってくれましたよ。まあ、この世界が昨日の晩に出来たばかりという可能性も否定できないわけですが。とにかく、あなとあと涼宮さんにまた会えて、光栄です」

 長い付き合いになるかもしれませんね、といいつつ、古泉は俺に手を振った。

「ではまた放課後に」

 

 昼休みに顔を出した部室では、長門がいつもの情景で本を読んでいた。

「あなたと涼宮ハルヒは二時間三十分、この世界から消えていた」

 第一声がそれである。そしてそれだけだった。そ知らぬ顔で文字を朗読し続ける長門に、

「教えてくれ、お前みたいな奴は、お前のほかにどれだけ地球にいるんだ?」

「けっこう」

「なあ、また朝倉みたいなのに俺は襲われたりするのかな」

「大丈夫」

 この時だけは長門は顔を上げ、俺を見つめた。

「あたしがさせない」

 

 放課後の部室にいた朝比奈さんは珍しくメイド服を着ておらず、セーラー服姿で、俺を目にするや全身でぶつかってきた。

「よかった・・・また会えて・・・」

 俺の胸に顔をうずめて、朝比奈さんは泣きじゃくった。

「もう二度と・・・こっちに・・・戻ってこないかと・・・思っ・・・」

 背中に手を回そうとした俺の動きを感じたのか、朝比奈さんは両手を俺の胸にあてて突っ張った。

「だめ、だめです。こんなとこ涼宮さんに見られたら、また同じ穴の二の舞です」

「意味解らないですよ、それ」

 俺は笑いながら、ふと思いついたことをいった。

 俺は自分の心臓の上を指差して、

「そういえば朝比奈さん、胸のここんとこに星型のホクロがありますよね?」

 目じりを指でぬぐっていた朝比奈さんは、くるりと背を向けて襟ぐりを広げて胸元を覗き込み、面白いようにみるみる耳を紅く染めた。

「どっ!どうして知ってるんですか!あたしも今まで星の形なんて気づかなかったのに!いいいい、いつ見たんですか!」

 首まで赤くした朝比奈さんは、幼児のように両手で俺をぽかすかと殴りつけた。

「なーにやってんの、あんたら」

 いつの間にやらきていたハルヒが、あきれたようにいった。握りこぶしを停止させた朝比奈さんが、また顔面蒼白になる。

「みくるちゃーん、メイド服もそろそろ飽きたでしょう。さあ、着替えの時間よ」

 一瞬にして間合いを詰めたハルヒは、いともたやすく硬直中の朝比奈さんを捉え、

「いっ、きゃ、なっ、やっ、やめ・・・」

 悲鳴をあげる朝比奈さんの制服を脱がせにかかるのだった。

「暴れないの。今度は女王様よ、女王様。みくるちゃんのその虫も殺せないようなイメージとのギャップが、また更なる萌えを生み出すのよ!」

「せめてドアは閉じてぇ!」

 ものすごく見物していたかったが、俺は失礼して部室を辞し、扉を閉めて合掌した。

 ああ、長門なら、最初から最後までいつもの通り、テーブルで本を読んでいた。

 


 その後。

 ハルヒ指揮のもと、市内の「変態探索パトロール」も鋭意継続中で、本日は記念すべきその第二回目である。

 例によってせっかくの休みを一日潰してあてどもなくそこらをウロウロするという企画なのだが、どういう偶然だろう、朝比奈さんと長門と古泉が直前になって、それぞれ外せない重要な用事ができたと言い出し、というわけで、俺は今、駅前の改札口で一人、ハルヒを待っている。

 俺は腕時計に目をやった。

 集合時間までにはあと三十分もある。SOS団には遅刻の有無に関わらず罰金という定めがあるからな。今日の参加者は二人だけだから、楽しみだ。

 時計から目をあげると、すぐに遠くから歩いてくる見覚えのある私服姿が目に入った。よもや俺が先に来ているとは夢にも思わなかったのか、ぎくりとしたように立ち止まり、また憤然と歩き始めた。

 眉根を寄せるしかめっ面のゆえんが、参加率の低さを嘆いたものなのか、俺に遅れをとった不覚を嘆いたものなのかは解らない。後でゆっくりと聞いてやろう。ハルヒのおごりの喫茶店で。

 その際に、俺は色々なことを話してやりたいと思う。SOS団の今後の活動方針について、朝比奈さんへのコスプレ衣装の希望、クラスでは俺以外の奴とも会話してやれ、フロイトの夢判断をどう思うか、などなど。

 しかしまあ、結局のところ。

 最初に話すことは決まっているのだ。

 そう、まず・・・

スカトロに興味のある宇宙人と、
 放尿マニアの未来人と、
 アナルセックス好きの超能力者について話してやろうと、
 俺は思っている。







おわり











■おまけ■

「涼宮ハルヒの憂鬱」のイメージようつべ

You Tubeの画像です。音が出ます。原作アニメのオープニングテ−マ「冒険でしょでしょ?」のフルコーラスバージョンをBGMにした、番組のイメージ映像です。原作の名場面がてんこ盛りですので、ぜひとも楽しんでいただければと♪4分21秒あります。





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