宇佐見菫子 × 陽炎座 × プランクトンの踊り場
『ウバタマの楽園の少女の終わりに』

文責:海沢海綿
表紙:菊壱モンジ(from 1569)
本文協力:鵜飼かいゆ(from Alya)

B6 コールドフォイル+疑似エンボス仕様 160頁 1,000円
一〇月一二日 科学世紀のカフェテラス
楽-27 ゐた・せくすありあにて頒布予定





 里の道に出来た人だかりの中で、上白沢慧音は眉間に皺を寄せて、目の前に出来たそれを見上げていた。
 人里の街道、博麗神社へと通じる大通り。その真ん中に、灰色の柱が一本だけ斜めに傾げながら立っていた。途切れた電線に絡まった薄汚れた碍子が、熟し過ぎた果実のように風の中で揺れている。その姿を、慧音は不吉だと思った。
「先生、あれ何?」
 寺子屋に通う子供の一人が柱を指さして、そう訊ねた。けれど、慧音自身もそれが何なのか知る由もなかったから。ただ、沈黙だけが唇から漏れている。里の人が集まって、唐突に現れたその不可解なオブジェを見上げている。
「電柱って云ってたな」
 ぼそりと呟かれた声が聞こえる。視線だけで振り向くと、そこには白練色の髪をした友人が包みを小脇に抱えながら、団子の串をくわえて立っていた。
「妹紅」
「慧音も知ってるだろ? 外の世界から女の子が来た話」
「ああ、華扇殿から聞いてはいたが」
「そいつとやり合った時に同じようなのを投げつけてきてね」
「これを、か?」
「まぁ、変な力使う奴だったからな」
「だとしても、だ」
 見上げた柱。
 空を穿つような体躯。三間以上はある、姿を見つめながら、慧音は眉をひそめていた。


……









蘭状の塔に私は立っている
夕暮れの町を見ながら立っている
幾重にも咲いた花弁が歌っている
紫色の空へと仰ぎながら歌っている
私はその歌を聞いている
もう子供は帰る時間だと歌っている
もう子供でいる時間は終わりだと歌っている

世界はもう夕暮れだ
いずれは夜になるだろう
いずれは朝が来るだろう
そして そこに私の寄る辺はない
蘭状の塔に私は立っている
死んだ線路を見つめながら立っている




 影が、ぬうと手元を覆う。
 見上げると、そこには少女が、先ほど横に座っていた少女が立っていた。
 さやと金木犀の匂いが鼻を擽った。視線が余り定まっていない彼女は、覗き込むように菫子の目を見つめながら、尚も続ける。
「神様はいるんですよ」
 そして、足元に散らばった一冊のノートを指さした。
 そこに記されたもの。
 神経質そうな文字で書かれた言葉は、細か過ぎて何を書いているのか全く判別出来なかった。
 途中途中に挟まれている、子供が書いた様な落書き。それが、何を意味しているのか。遠巻きに見て、二人の人間なのは分かる。
 一人は、背中に何か輪を背負っているようで。
 一人は、奇異な帽子を被っている子供のようで。
「神様なんです」
 ほそと言う。
「私の神様。幼い頃からずっと一緒にいるんです。その神様達は、元々諏訪にいる神様で。私巫女なんです。いいえ、私も神様なんです。神様達の力を得た神様なんです。そうだから、私は此処にいるようでいないんです。私は神様だから。奇跡を起こす事が出来るんです。奇跡を人は信じないのです。でも、これは仕方がないのです。信仰が欠けているのです。神様は蛙の神様と蛇の神様です。祟りの神様と戦の神様なのです。それこそが信仰なのです。全ては厭川から始まった話なのです。私が神様なのです。全ての代行なのです」
 ああ。
 菫子はぼんやりと思った。
 もう、この人の頭はいけなくなってしまっている。




  • 死電区間
  • 蘭状の
  • 雑踏の中の檻の中
  • 昼間は私の国じゃない


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