本日の中央エルバレスタ地方の天気は、雨。
天の恵みは、デグレアの“黒の旅団”駐屯地にも等しく降り注ぎ、本日の訓練は全て中止となった。
はテントの入り口をそっと捲って、灰色の空と霞がかった駐屯地の景色を眺めていた。
「」
呼ばれて振り返ると、不思議そうな顔でこちらを見る、彼女の『保護者』が目に入った。
「なんですか、イオスさん?」
「大したことじゃないんだが、空を気にしているみたいだからね。
どうかしたのかと思って」
穏やかな声で指摘され、はしゅんと眉を寄せてから、再び空へと目を向けた。
「空が、灰色だと…………
あの世界のこと、思い出しちゃって」
はこの世界の存在ではなく、遠い異世界からやって来た。
そこは、兵器によって破壊され、異形の者たちによって荒廃したのだという。
今日のような重い色の雨雲の生み出す曇り空は、彼女の世界の空にそっくりなのだろう。
「雨なんて、どうして降るのかな」
ぽつりと、がそんなことを呟いた。
「……いつも青空ならいいのに。
雨が降ると外にも出られないし、曇り空は……」
「……」
イオスはの隣に歩み寄って、その小さな肩をぽんと優しく叩いてみせる。
「雨は、空からの恵みの水なんだよ。
雨が降らないと、川や海が干上がって、みんな死んでしまう。
だから、雨が降るのは必要なことなんだ。わかるな?」
小さな子供に話して聞かせるように諭すイオスの言葉に頷いてみせるものの、はまだどこか納得のいかないような顔をしていた。
「……それに、雨が降った時にしか見られないものだってあるんだぞ?」
「え?」
きょとんと、不思議そうな顔ではイオスを見上げた。
大きな瞳がぱちぱち瞬くのがおかしくて、イオスはふっと笑う。
「虹だよ」
「にじ……??
名前だけなら、聞いたことがあるけど……どんなものなんですか?」
「空にね、七色の橋が架かるんだ」
「……???」
イオスの言葉に、は眉を寄せて首を傾げた。
どうやら、全く想像がつかないようだ。
「じゃあ、機会があったら一緒に見てみよう」
「……はい……」
返事をしながらもうんうんと首をひねって悩み続けるの頭を、イオスはそっと撫でてやった。
* * *
機会は、意外と早く訪れた。
丸一昼夜降り注いだ雨は次の日の午後に止み、雲の隙間から太陽の光が射し始めている。
イオスはを連れて外に出て、適当な場所を探して空を見上げた。
「……ほら、あれだよ。
わかるか?」
「…………うわぁ……っ!」
イオスに倣って空を見上げた途端に、は感嘆の声を上げた。
目の前に広がる雲の残る空。
そこに、七色の光がひとすじの円弧を描いていた。
「ね、僕の言った通りだろう?」
「うんうん、ホントです!
すごいなぁ……!!」
はイオスの言葉に満面の笑顔で同意して、また空を見上げて虹を見つめた。
「雨の後に、こうやって太陽の光を背にして空を見ると、今みたいに虹が見えることがあるんだ。
雨も捨てたもんじゃないだろう?」
「うん、そう思います」
素直に頷いたに、イオスも笑顔で答えた。
そのまま、虹が消えてしまうまで、二人は並んでそこに立っていた。