「ネスティ!!」
「――ッ!?」
名を呼ばれたと思えば、横からの衝撃。
驚いてそちらを向けば、一瞬前まで自分がいた場所に立つ少女が、野盗の短剣に頬を傷つけられる光景が目の前に広がった。
そこで初めて、ネスティは彼女が自分を庇うために突き飛ばしたのだと理解した。
その野盗を一刀のもとに倒し、はネスティへ駆け寄る。
「大丈夫?」
「あ、あぁ……すまない」
気にしなくていいと、何事もなかったかのように彼女は笑う。
そしてすぐに踵を返して、敵へ向かって駆けていった。
* * *
野盗を退治し終え、今はそれぞれが各々に割り当てられた部屋で休んでいる。
ネスティは先程の礼を改めて言おうと、の部屋の前に立っていた。
やや躊躇ってから、扉をノックする。
「どうぞー、開いてるよ」
中から返ってきたのは了承の返事。ネスティが扉を開けると、部屋の主は床に道具を広げながら剣の手入れをしていた。
「あれ? どうしたの、ネスティ?」
先程の礼を言おうと口を開いたネスティは、振り返り首をかしげたの顔を見て、その隣に片膝をつき、床に座る彼女と視線の高さを合わせた。
先程野盗によって付けられた傷は、手当ての形跡さえなく放置されている。
「手当て……していないのか? 召喚術は?」
問われて、はきょとんとネスティを見つめた。
「そんなの、勿体無いでしょ。この程度でわざわざリプシー呼ぶのも悪いし。
単なるかすり傷なんだから、放っといても治るよ」
しかしそんなの両肩を、ネスティはがしっと掴む。
「君はバカかっ!? 跡が残ったらどうするんだ!」
「や、でもさ。このくらいなら……」
「なんともないと言い切れるのか!? 君は女性なんだから、もっと自分を大事にしろ!」
ネスティはなんだか段々腹立たしくなってきた。
日ごろのの彼女自身に対する無頓着ぶりは嫌と言うほど理解していたが、よもや顔についた傷さえ放置しているなどとは思いもよらなかった。
これでは、彼女を案じて申し訳なく思っていた自分の方がバカみたいではないか。
想いを寄せる少女に庇われ、傷を負わせてしまったことに対する憤りは、そのまま彼女の無謀さに対する怒りへと変わっていく。
「お、落ち着いてネスティ」
「これが落ち着いていられるか!」
恐る恐るといった風のの言葉さえ、ネスティはぴしゃりと遮った。
そしておもむろに立ち上がり、扉へ向かって足を運ぶ。
「救急箱を取ってくる。君はこの部屋でおとなしくしていろ」
「え、ちょっと……!?」
慌てたの声がした直後、がくんっと後ろに引っ張られた。
寸でのところでなんとかひっくり返らずに済んだが、一瞬息が詰まったのは事実だった。
後ろを睨めば、心底困った顔のが、ネスティのマントをぎゅっと掴んでいる。
「待ってお願い。救急箱はダメ、目立つ。」
「は……?」
苦い声には切実さがこれでもかという程詰まっている。
訝しみながら眉を寄せるネスティに、はマントを掴む手にさらに力を込める。
「救急箱持ってるネスティ見かけたら、きっとまたトリスとかアメルに心配かけるから!
だからそんな大げさなの持ってこなくていいって!」
懇願するの顔は、半ば蒼い。
そういえば彼女の無頓着ぶりについて面と向かって怒るのは、自分だけでなく彼女になついている妹弟子と聖女のコンビも同様だったと、ネスティは思い出した。
「ホントたいしたことないんだって、こんなの。
かすっただけなんだし、舐めときゃ治るし」
へらりと笑ってみせるが、の表情はどこか引き攣っている。
あの少女二人にばれるのがよほど嫌なのだろう。
ネスティは小さくため息をついた。
「……わかった」
呟けば、の顔がぱぁっと明るくなる。
膝立ちのまま、ほっと胸をなでおろしていた。
ネスティはそんなの正面に向き合うように、同じく床に膝をつく。
きょとんと自分を見つめるの両肩に、先程とは違いそっと手を置いて。
頬の傷口に、唇を寄せた。
「……な……っ!?」
慌てて身を離そうとしたを制止するように反対側の頬に手を添えて、そのまま舌を這わせる。
薄甘い血の味が、かすかに口内に広がった。
唇に、手に触れる彼女の顔は、明らかに熱くなってゆく。
そっと顔を離してみれば、案の定、は耳まで真っ赤に染まっていた。
「いっ、いきなり……何を……」
ここまで狼狽する彼女の姿というのも珍しい。普段狼狽させられているのは自分の方なだけに、尚更。
ネスティはくすりと笑みを浮かべてみせる。
「舐めておけば、治るんだろう?」
少しばかり意地の悪さも含めて言ってやれば、は先程の自分の発言を思い出してか、ばつが悪そうに目をそらした。
「そ、それは……確かに、そう言ったけど……
でも何も、ネスティがやらなくても……」
ぼそぼそと呟くを抱きしめて、ネスティは耳元で囁いた。
「僕の為についてしまった傷だ。
だったら、僕が責任を取るのは当然じゃないか?」
腕の中で、の身体が強張る。
「ネスティ、それって……あの……」
僅かに身体を離せば、困惑した顔でが見上げてきた。
「なんかそれ……告白みたいに聞こえるんだけど」
ネスティはそっと微笑んで、額に唇を落とした。
「――そう、とってくれて構わないよ」
は目を見開いて、それからはにかんで笑った。
ぽすんと、今度は自分からネスティの腕の中に納まってくる。
「好きだ、」
抱きしめながら囁けば、背中におずおずと腕が回された。
「――私も、好きだよ」
* * *
数日後。
「……また君は……」
呆れ顔のネスティの視線の先には、左腕にざっくりと痛々しい傷をつけた。
「だいじょーぶだよ。スッパリ切れてるし見た目ほど深くないし、それに利き腕じゃないし」
あっけらかんとした口調のは、全く反省というものが感じられない。
ネスティの中で何かが切れた。
過去最高の怒りを露わにした顔を見て、さすがのもひきつる。
「今日という今日は許さないからな。アメル! ちょっと来てくれ!!」
「うわぁ待って! アメル呼ぶのは反則ッ!!」