黄昏の街






 世界がオレンジ色に染まる。

 西の空に夕日が輝いて、東の空の端はそろそろ紫紺に染まり始めていた。



 イオスはテラスの上から、ぼんやりとそれを眺めていた。



 かつては、壊そうとしていた街。

 それが今、自分の目の前で美しい姿を見せている。




「…………」



 風が、イオスの髪を揺らした。



「イオスさん」



 不意にかけられた声にハッと振り返ると、蒼の派閥の制服を着た少女が立っていた。
 肩よりも長い黒髪をなびかせ、笑顔を浮かべている。



……」



 呟くように名を呼ぶと、はくすくすと笑う。

「イオスさん、ボーっとしてたでしょう。
 だめですよー。軍人さんなんだから、私の気配くらい気付かなきゃ」

 たしなめるというよりは、むしろからかう感じの言葉だった。
 イオスの顔にも、自然と笑みが浮かぶ。

「そうだな、気をつけないと。
 けど、君なら後ろからふい討ちなんてしないだろ?」
「あら、わからないですよ?
 油断してると痛い目見るかも」

 悪戯っぽい笑顔のまま、はイオスの隣に並び、黄昏に染まるゼラムの街を眺めた。



「……きれい、ですよね」
「ああ」

 街ではなく、それと同じ黄昏色のの横顔を見つめながら、イオスは答えた。

 ゆっくりと視線を街へと移し、呟く。



「でも、僕は……僕たちは。
 この綺麗な街を、壊そうとしていたんだな……」

「…………」



 が顔を上げて自分を見上げているのに、イオスは気付いた。
 それに構わずに、街を眺めたまま、唇を動かす。



「だけど今は、守りたいと思ってる。
 不思議な気分だよ」



――そう。
 守りたいんだ。

 君が育った、この街を――



 敵同士なのに、この幼さの残る召喚師の少女に惹かれてしまった自分。

 想いを告げることは、未だにためらい続けているけれど。
 それならばせめて……と、誰にともなく誓った。



 イオスはのほうに向き直り、微笑んだ。

 視線が絡み合うと、は戸惑ったような表情を浮かべ、すっと顔を背ける。
 一瞬寂しさを感じたイオスだったが、わずかに俯いたの表情は照れくさそうなものだった。



「……私も……」
「?」

「私も、同じ」



 の呟いた言葉の真意がつかめず、イオスは首をかしげた。

 顔を上げたは、苦味の混じった笑顔を浮かべていた。



「私も、この街を壊したがってたって言ったら……イオスさん、どう思いますか?」

「……え……?」



 イオスは絶句した。

 よもやこのどう見ても人畜無害な外見の少女から、そんな物騒な言葉を聞くことになるとは。



 は、先程よりも宵の闇が広がりつつある空を見上げた。



「私は……“成り上がり”だったから、派閥は特に窮屈だった。
 それまでも、孤児だったからずっとひとりで暗い世界にいた。

 こんな世界はきらいだって……壊してやりたいって、思ってた。

 きっと、似た境遇のマグナとトリスに会わなかったら、私はずっとその気持ちを抱えたままだったと思う」



 強い風が、通り過ぎていく。

 の黒髪が風によって舞い、なびいた。



「今は……守りたい。
 好き勝手に壊されるのは嫌だから。

 この世界には、守りたい人たちが……大切な人たちがいるから」



 柔らかく微笑む少女は、強さよりもむしろ儚さを感じさせて。





 イオスは思わず、を引き寄せ、抱きしめた。





「…………!?

 い、イオスさんっ!?」



 驚きと戸惑いとでうわずった声で、はイオスの名を呼んだ。

 胸元を必死で押し返そうとしているに構わず、イオスは黒髪をそっとかき分けて、現れたの耳元に唇を寄せた。





「……守ろう、一緒に。

 この世界を……この街を」





 ややかすれたような囁き声と、耳朶にかすかに触れる吐息に、眩暈を起こしそうになりながらも、イオスの言葉に、はこくんと小さく頷いた。





「…………」

「……あの、イオスさん……?」



 いつまでたっても解放してくれそうにないイオスに、は恐る恐る呼びかけた。





「…………すまない……

 もう少しだけ、このままで……」



 それだけ囁いて、イオスはまた黙りこむ。

 は何かを言いたそうに口を動かし、しかし結局は何も言わずにイオスの背に腕を回した。



 黄昏の光はいつしか姿を消し、月がその姿を見せ始めていた。

 サイト1周年&5万HIT御礼企画アンケートで1位を獲得したイオス夢です。
『短い+甘というよりむしろシリアス』と、アンケートをした意味があるのか疑問が残る作品になってしまい申し訳ありませんが、フリー配布させていただきますので、どうぞお持ち帰りください。

 今回は連載ヒロインではなく、蒼の派閥に所属する召喚師にしました。
 境遇がマグナ&トリスと似ていて、彼らとは仲が良いらしいです。やはり追放同然の任務を受けたため、行動を共にしていたという設定で。
 外見的特徴は連載ヒロインの初期設定をイメージしました。髪が少し短くて、小動物じゃないやつを。(何)

 かような駄文ではありますが、感想などいただけると非常に有難いです。

UP: 05.01.22

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