木洩れ日の下で
ネスティが2年の歳月を経て“聖なる大樹”から帰還して、はやくも3日が経過していた。
「こらーっ、ネスティ!」
家を出て森を散策していたネスティが後方から突如かけられた声に振り返ると、怒った顔のが走ってくるのが見えた。
「まだ本調子じゃないんでしょ?
むやみに歩き回ったりしたらダメじゃない」
「いや、だが……」
たじろぐネスティに、はさらに詰め寄る。
「だが、じゃないの!
不用意にひとりで外うろついて、倒れたりとかしたらどうするのさ!」
確かについ最近まで長い眠りについてはいたが、別に病気でふせっていたという訳ではない。
少し過保護すぎやしないかと、文句のひとつでも言おうとして口を開きかけ、そこでふと、ネスティは3日前の出来事を思い出した。
* * *
「、あの戦いが終わってからずっと泣いてばっかりで……
長いこと、抜け殻みたいになってたんだ」
ネスティが還ってきた日、はネスティに抱きついて泣き続けた。
泣き疲れて眠ってしまったを部屋に休ませてから、マグナがポツリと呟いた。
「ちゃんと笑えるようになるまで、半年かかった。
それでも、時々“大樹”の根元に行って、泣いたりしてたみたいだし」
あのが、そこまで病んでしまっていたなんて。
しかも、自分のせいで。
罪悪感か、ネスティの胸がちくりと痛んだ。
そんなネスティに気づいたのか、マグナが
微笑った。
「ネスが帰ってきてくれて、本当に良かった。
俺たち誰も、本当の意味でを元気にすること、出来なかったから」
心底嬉しそうに、ホッとしたように話すマグナの表情は、自分の知らない2年間の成長を感じさせた。
相変わらずどこか幼さの残る顔は、そういえばもう肉体的な年齢だけ言えば自分より年上なのだということを、うっかり忘れさせてしまうけれど。
「だからさ、これからはネスが……………………」
* * *
「…………ティ、ネスティ?」
「!?」
いつの間にやら意識を過去へと飛ばしてしまっていたネスティは、の呼びかけに我に返り、ぎょっとした。
ズイッと吐息がかかりそうなほど近くに顔を寄せられていたことに気づき、かぁっと頬を染めて身を引いた。
今さら照れる間柄でもないのだが、突然だということもあるし、やはりどこか気恥ずかしさは抜けない。
はネスティの動きにきょとんとなり、それからむぅと頬を膨らませる。
「私の話、聞いてた?」
「え?
あ、いや……すまない」
心底申し訳なさそうに謝罪すると、はやれやれといった調子でため息をつく。
それから、にっこりと笑った。
「閉じこもってばかりなのは確かに良くないし、私も一緒に行くならもし何かあっても大丈夫だろ、って言ったの。
だから、付き合うよ。どこ行くの?」
「どこっていうか……外の空気が吸いたくなって、歩いていただけなんだが」
「そか。
じゃ、一緒に散歩しよ。
今日は天気もいいし、きっと気持ちいいよ」
そう言って、はネスティの手をとり、歩き出した。
ネスティは一瞬あっけに取られたが、引かれるままに、の隣を歩いた。
心配し、世話を焼いてくれる温かさに、自然と笑顔が浮かんだ。
* * *
歩いていった先は、“大樹”の根元だった。
「さ、到着っと」
がすとんと根元に腰を下ろし、太い根に背を預けたので、ネスティもそれに倣って隣に座った。
軽く肩が触れると、は少し驚いたようにネスティを見上げ、それからふっと笑った。
「……どうかしたか?」
「あー、えっと……」
不審に思い尋ねてみると、は照れくさそうに頬をかいた。
「いつも、ここに来る時はひとりだったから。
ネスティ、ちゃんといるんだなって思って」
笑ってそんなことを言うの姿に、マグナの言葉が思い起こされる。
ネスティはに手を伸ばし、抱き寄せた。
「え、ちょっ……ネスティ?」
突然のことに訝しんで呼びかけるを、ぎゅっと抱きしめる。
耳元で、低く小さく、呟いた。
「…………すまなかった」
が、ゆれる瞳でネスティを見上げた。
「……何で謝るの」
「だって僕は……君を……っ」
ネスティの言葉は最後まで出ることなく、途切れた。
が人差し指をネスティの唇に触れさせている。
「いいから。
謝らないで。
……あんたはちゃんと帰ってきてくれた。
それだけで、私は満足してるんだから」
微笑んで、ネスティの背に腕を回す。
「だから、謝らなくていい。
そのかわり…………そばにいてくれるかな」
肩に顔を埋めるの表情はネスティには見えないが、髪の隙間からのぞいている耳が赤く染まっていて、ネスティは表情を緩めた。
「ああ」
短くそれだけ答え、そっと頭を撫でると、は顔を上げた。
瞳からひとしずく、涙が零れた。
「……あ……ご、ごめんっ。
ほっとしたら……つい……
何かもう、ここんとこ涙腺……弱くて……ッッ」
本人の意思を無視してぽろぽろと零れ落ちる涙を、ネスティは唇で拭う。
軽く舌が触れ、は目を見開いて真っ赤になった。
2年も経ったはずなのに、まったく変化のない反応に、ネスティはくすくすと小さく笑う。
はムッとした顔でネスティを軽く睨んだ。
「わ、笑うことないじゃんっ」
「あ、いや。すまない。
そういう所、ちっとも変わってないんだな」
2年前、想いが通じあって恋人と呼べる間柄になった頃も、は頬へのキスひとつですぐに真っ赤になっていた。
「変わるわけ、ないじゃん…………」
ふてくされたように、は呟いた。
「私にこんなことするの、ネスティくらいしかいないじゃない。
なのに、昔と変わるわけないでしょうが……」
バツが悪そうに目をそらして唇を尖らすは、なんだか以前よりも子供っぽくなったような気がする。
心配してくれる姿も。
パッと花が咲いたような笑顔も。
こうやって拗ねる姿も、昔と変わっていないけれど。
どこかやつれた感のある身体や、時折見せるはかない表情が、空白の2年を思い知らされる。
「――」
名を呼ばれ、未だふてくされたままでちろりとネスティを見たは、その真剣な表情に、つられて真顔になる。
ネスティは、の耳元に唇を寄せ、囁いた。
「――――――――――――今度こそ……――――――――」
は目を見開き、そして、微笑んで頷いた。
誓いの証のように、唇が重ねられた。
――今度こそ……幸せに、なろう――
願う未来への時は、ゆっくりと動き始めた。