昼下がりの街
「、今からちょっと付き合ってくれないか?」
「え……!?」
ネスティの申し出にソファでくつろいでいたは、危うく手にしていたティーカップを取り落としそうになった。
驚きに目を丸くして自分を凝視するを見て、ネスティは憮然と眉を寄せる。
「…………嫌なら別にいいんだぞ」
「い、いいいえいえ滅相もないッッ!!」
は慌ててパタパタと手を振った。
ネスティはまだどこか納得のいかないような顔をしていたが、それについて何かを言うことはなかった。
「今からだよね?
支度するから、ちょっと待ってて」
「ああ、わかった。
玄関ホールにいるからな」
そう言い残し、ネスティは深紅のマントを翻して去っていった。
背中を見送り、はガバッと身を起こして、割り当てられた部屋へと走っていった。
* * *
「それにしてもネスティ、何のつもりなんだろう……」
身支度を整える間、はぶつぶつと呟きながら、不思議そうに首をかしげた。
――ていうか。
もしかしなくてもこれって何だか……
いわゆるひとつの『でぇと』というヤツのような気がするんですがッッ……!!――
誘い方は至極淡白だが、それでも『お誘い』は『お誘い』である。
他に誰かが来るとも言っていない。……もっとも、誘い自体に驚いてしまい、すっかり動揺していたも聞かなかったのだけれど。
何を買いに行くか知らないが、口ぶりからなんとなく普段の『買出し』とは違う気がする。
「……まさか、ねぇ……?」
は頬を引きつらせて乾いた笑い声を上げたが、顔は耳まですっかり赤くなっている。
――いやいや待て待て。
安易に決め付けるのは早いよな!
他に誰かも誘ってるかもだし。
もしかしたらその人も来るのかもしれないしっ。
でもって本当にただの買出しかもしれないしッッ!
そもそも、あのカタブツメガネなネスティだし、そんなつもりがあるわけ……――
何やらひどい言葉も含まれているが、の葛藤は続く。
葛藤しながらも手はしっかり動かしていたため、大幅に時間をかけることなくきちんと出かける支度を済ませていた。
玄関ホールまで向かう短い時間の中で、延々とは悩み続けた。
* * *
「ごめん、遅くなったかな!」
ぱたぱたと駆け寄るに、ネスティは少し呆れたような顔をした。
「大丈夫だから、屋敷の中で走るな」
「あぁ、ごめんっ」
「まったく……」
は慌てて謝った。ネスティは小さくため息をつきながらも、自分だけにしかわからない程度に表情を緩めていた。
「さあ、そろそろ行くぞ」
「って……ええと、他に誰か来たりは……?」
「何のことだ?」
恐る恐るが尋ねれば、ネスティは訝しげに眉を寄せるだけ。
どうやら本当に二人だけで出かけるつもりらしい。
「う、ううん何でもない!
気にしないでっ!
さっ、行こう行こう!!」
「お、おい……っ」
取り繕うように笑いながら、はネスティの背中をぐいぐいと押した。
――……まさか、ねぇ…………――
悩むのはやめようと思いつつも、心のどこかに引っ掛かりを感じずにいられないだった。
* * *
二人並んで、商店街をのんびり歩く。
街は人ごみというほどにひしめきあっているわけでもなく、閑散としているというほどでもなかった。
適当に歩いたところで、は隣を歩くネスティに尋ねた。
「それで、何買いに行くの?」
「ん、いや……その……」
「……?」
ネスティは顔を背けて口ごもった。
はわけがわからず首を傾げる。
「……行けばわかるから」
ポツリとそれだけを口にしたネスティに、はそれ以上追及することなく笑って頷いた。
「あぁ、ここだ」
「………………はい?」
着いた先は、何故かアクセサリーショップだった。
おおよそ、ネスティからは想像もつかない場所に連れてこられ、はあっけに取られた顔をする。
ちらりと隣に立つネスティの顔をうかがえば、わずかに眉根を寄せていた。
「……ほら、入るぞ」
「わわ、ちょっと……!」
手をとって腕を引かれ、はたたらを踏んだ。
構わずにネスティは歩を進める。
しゃらん、と入り口の扉に取り付けられたいくつかの金属の筒が涼しげな音を立てる。あれはなんという名だっただろう、とはぼんやり考えた。
「いらっしゃいませ」
年かさの女性店員が挨拶をした。
ネスティはの手を離し、店員に何かを話しかける。
「あぁ……かしこまりました。少々お待ちください」
店員は笑顔を浮かべ、奥へ下がっていった。
は店に飾られている品を眺めた。
宝石と貴金属で飾られた豪奢な品から、木や金属に複雑な細工を凝らして仕上げられた品、比較的簡素な品など、さまざまなものが並べられている。
「こういうの、好きなのか?」
不意に後ろから声をかけられ振り返ると、いつの間にやってきたのか、ネスティがすぐ近くに立っていた。
「うん、割と。
つけてる所はあんまり想像できないけど、きれいだから眺めてるだけで楽しいし」
ほら、これとか渋くてカッコよくない? と、細工の施された銀の腕輪を指さす。
何気ない会話のやり取りをしながら、内心ではどぎまぎしていた。
どんな目的で、ネスティは自分をこの店に連れてきたのだろう。
まさか理由もないのにプレゼント、なんてわけでもないだろうし。
期待はするだけ無駄だとわかっていても、やはり気になってしまう。
「お待たせいたしました」
奥から戻ってきた店員は、ひとつのアクセサリーの箱を手にしていた。
ネスティがそちらの方へ歩いていき、店員に金を支払う。
代金を受け取った店員は、慣れた手つきで簡単に包装をし、袋に入れた品をネスティに手渡した。
「ありがとうございました。
またお越しくださいませ」
丁寧に決まり文句を口にして頭を下げる店員に、も反射的に頭を下げ返す。
「行くぞ」
それだけ言って、ネスティは店の扉へと向かう。
は慌ててネスティの背中を追った。
扉を開いたとき、また涼やかな音がした。
* * *
導きの庭園まで歩いて、「少し休もう」というネスティの言葉に従い、二人は並んでベンチに腰掛けた。
「何買ったの?」
「ミモザ先輩に頼まれて……ネックレスをな。
注文していたものが届いたとかで、取りに行くのを頼まれたんだ」
「ふぅん。
……で、何で私も連れてったの?」
相槌を打ちつつ、ずっと疑問に思っていたことを尋ねると、ネスティはわずかに困ったような顔になる。
「……嫌、だったか……?」
「え? 違うよ。
単純に気になっただけ」
慌てて手をパタパタと振ると、ネスティの表情が少し安心したようになったような気がした。
「それで、何で?」
なおも尋ねると、ネスティはばつが悪そうに顔を背けた。
「……ああいう店に、僕一人で入るのは……さすがにな」
ポツリと呟くネスティは、髪の間から見え隠れする頬や耳が赤く染まっていた。
それを見て、は思わずくすくすと笑ってしまう。
「わ、笑うなっ」
「ご、ごめ……だってさぁ……」
小突かれながらも、笑いはおさまらない。
きっと、ミモザにおつかいを言い渡されたときも渋っていたのだろうとかいうことが容易に想像できてしまう。
「それで、この後は?」
「特に何もないが……高価なものを持っているんだから、早く帰るべきだろう」
至極常識的なネスティの答えに、は納得しつつもどこか不満を感じた。
「そうだね、ちょっと残念」
「何がだ?」
何かを含んだようなの一言に、ネスティは首を傾げる。
は隣に座っているネスティの顔を見上げて、悪戯っぽく笑った。
「もう少し、ここで一緒にのんびりして行ったりするのもいいかなって思ったから」
「え……!?」
ネスティはきょとんとした顔になり、一拍置いて真っ赤になる。
「な、何を……ッ」
「……なんてね。冗談だよ」
「ッ……!!」
からかうような口調でそういうと、ネスティはを怒鳴った。
しかしはけらけらと笑うばかり。
――たまにはちょっとからかうぐらい、いいよね――
本人に言ってしまえばさらに怒られそうな言葉を、心の中だけで呟いた。
パッとは立ち上がって、ネスティに手を差し出した。
「さ、帰ろう?」
ネスティはまだ納得がいかないような顔をしていたが、差し出された手をとり、立ち上がった。
そろそろ、太陽は西に傾いている。
風が、庭園を通り過ぎた。