ばたばたと、騒がしい音が廊下から聞こえてくる。
何事かとが愛刀の手入れの手を止めると同時に、部屋の扉が開かれた。
「っ!!」
飛び込んできたのは、ハヤトとナツミの行動派コンビ。
「どうしたのさ二人とも。
そんなに慌てて……何かあったの?」
の問いかけに答える風はない。
息をざっと整えた二人は、全く同じタイミングで言った。
「「クリスマスパーティやろう!!」」
「……は?」
Jesus, Joy Of Man's Desiring
事の起こりは、ナツミとアヤの何気ない会話。
「そういえば、向こうの世界はもうすぐクリスマスの時期かしら」
「あ、そーいやそうだね。
あ〜あ、新しい服ほしかったのになぁ」
「ねぇねぇ、ふたりとも。
『くりすます』ってなーに??」
会話を聞いて興味をもったのか、カシスがふたりに尋ねた。
「えぇとね、クリスマスってのは……………………」
* * *
「……で、カシスに説明してるときに話を聞いてた子供達も興味を持って、パーティをすることになったと?」
話を要約するに、ハヤトとナツミが大きく頷く。
「そうなんだ。
まぁ、あんまり派手なことは出来ないけどな」
「でもみんなでいっしょに騒いだりしたら楽しいでしょ?
今あたしとハヤトでいろんな人に言って回ってるの。フラットの中ではが一番最後よ」
ちなみにトウヤとアヤは飾り付けや料理の指導をしているらしい。
「それじゃ、俺たち今度はスウォンとかアカネたちにも声を掛けに行くから!」
「も、プレゼントとかの準備したり、みんなの手伝いしたりしててね!!」
ハヤトとナツミは口々に言って、そのまま最初と同じテンションで走り去った。
ばたばたという足音が聞こえなくなる頃には、も刀を鞘に収め、手入れの道具をしまっていた。
* * *
調理場も飾り付けの場も、人手は足りているということで、はリプレに頼まれて買出しに出ていた。
「で、何で俺も手伝わないといけないんだ?」
「文句言わない。
買うもの多いから、手が足りないんだよ。
それに、私まだ文字読みきれないし」
不満を漏らすソルの言い分もそこそこに、商店街を歩き回り、着々と目的の物を買い集める。
ソルも、が文字を読めないのはわかっているため、不承不承ながらもリプレの買い物メモを読み上げている。
は、ハヤトたちと同じ時、同じ場所に現れた。
しかし、どういうわけか『召喚術によって』リィンバウムへやって来たわけではないらしい。
そのため、術の影響で文字を読むことのできるハヤトたちとは違って、はリィンバウムの文字を読めないのだ。
それなのに言葉が通じるのも、不思議なことのひとつだった。
一見するとただの少年のようにも見えるには、本当に謎が多い。
しかし、そんな彼女もフラットでは『仲間』と認められているわけだし、自分だってのことは――
そこまで考えて、その先の言葉を消し去るかのように、ソルは首を振り、離れてしまったの後を追った。
* * *
ふと、ある店の前を通りかかったとき、が動きを止めた。
ふいに視界に入った、ショーウィンドウに飾られたイヤリング。
――“あの人”に似合いそうだな……――
リィンバウムに来るときに離れ離れになってしまった仲間達が、自然に頭に浮かぶ。
自分を兄弟のように可愛がってくれた“彼女”に似合いそうな銀のイヤリングが、懐かしさと寂しさからかつての仲間の姿を呼び覚ましたのだろうか。
ばかばかしい。
もう彼らに会える確率は絶望的で、自分はこの地で新しい仲間とやっていくのだと決心しているというのに。
「――ないものねだりは、しないさ……」
口の中だけでポツリと呟くと、そのまま店の前を通り過ぎる。
しかしその呟きは、ソルの耳にも届いていた。
* * *
滅多にすることのない宴会は思いのほか盛り上がり、遅い時間まで続いていた。
子供達はとうの昔に寝室へ引っ込んでいる。
若い衆も、何人かが酒を飲み、酔っ払っていた。
はそれを横目に見るだけで、酒盛りには参加しようとはしていない。
「ん〜、〜〜。なぁにぼーっとしてるのぉ?
こっち来て一緒に飲もうよぉ!」
カシスが後ろから抱きついてくる。
「カシス……ずいぶん飲んでるね」
「そーんなことないも〜んっ♪」
「ホラ、も飲みなさ〜いっ」
いつの間にやら目の前に来ていたナツミがそう言いながら、ずいっと酒の入ったゴブレットを差し出してくる。
「いやでも、私は……」
「なによぉ、ナツミちゃんの酒が飲めないってゆーのっ?」
目が据わっているナツミ。
は恐怖を覚え、退散しようとするものの。
「だ〜めっ、逃がさないよーんっ!」
カシスに羽交い絞めにされ、身動きが取れなくなる。
「ちょっ、離せカシス!!
ナツミもやめろー!!」
じたばたと暴れるが、一向に振りほどけない。
そうこうしているうちに、ナツミはの頭を押さえつけ、口に酒のビンを直接押し込み、中身を流しこむ。
ビンが空になると同時に、カシスとナツミはから離れる。
離されたは、そのまま後ろにひっくり返った。
「うわぁ、ー!?」
ハヤトが焦って駆け寄る。
見ると、は真っ赤な顔で完全に目を回していた。
「一気飲みは急性アルコール中毒の危険があるから危ないのに、よりによってビン1本分か……」
ハヤトの後ろにいたトウヤが、呆れたようにため息をつく。
「とりあえず、これ以上あの二人の被害にあわないように、どこかに避難させたほうが良くないか?」
ちらりと横目で、今度はターゲットをガゼルに変更したナツミとカシスを見ながら、キールが言った。
「そうですわね。
ソル、中庭にでもさんを連れて行って、涼ませてあげたらどうかしら?」
「って、何で俺なんだ?」
クラレットの言葉に、ソルが首を傾げる。
そんなソルにすすすと近寄ったアヤが、彼にだけ聞こえるくらいの声で耳元でぼそりと言った。
「――そのポケットの中身、渡したいんでしょう?
だったら、チャンスじゃないですか」
「……!?
どうしてそれ……ッッ!?」
ソルの言葉は最後まで言い切ることが出来なかった。
有無を言わせぬアヤとクラレットの笑顔に気圧される。
「…………わかった。行ってくる」
ソルは諦めたように一つ大きくため息をついた後、を抱えあげて部屋を出て行った。
「まったく、素直じゃないな、ソルは」
後姿を見送り、扉が閉められた後、トウヤがポツリと呟く。
「これで、少しはうまくいくといいんだけどね」
ふ、とキールが僅かに微笑んだ。
* * *
中庭に辿り着き、抱えてきたをそっと根元に座らせると、ソルもその隣に腰掛けた。
「……ん……」
「気がついたか?」
は焦点の定まらない目を暫し泳がせていたが、やがて隣に座るソルに気付く。
「あれ……ソル?
私どうしたんだっけ……」
「ナツミたちに無理やり酒を一瓶飲まされたんだ。覚えてないか?」
「…………あぁ、そういや……」
は倒れる直前自分の身に降りかかった災難を思い出し、げんなりする。
「気分はどうだ?」
「……くらくらして気持ち悪い……」
そう言って、樹に身体をもたせかける。
「だから嫌だったのに……」
「酒、駄目なのか?」
「駄目なんてもんじゃないよ。コップ一杯でもやっとって感じ」
「って、めちゃめちゃヤバイじゃないかそれ!?」
の答えにソルが顔を青くする。
しかし、駄目だと言う割には話し方なども比較的しっかりしている。
その事は疑問に思った。
「大丈夫だよ。くらくらして動けなくなるだけ。
しばらく休めばよくなるから……たぶん。」
「たぶんかよ。」
ツッコむソルに、あははと力なく笑う。
そのまましばらく、おとなしく夜風に当たっていた。
沈黙を破ったのは、ソルだった。
「あの……、これ……」
「……私に?」
綺麗にラッピングされた小さな箱を差し出される。
は一瞬戸惑ったような表情を浮かべたが、照れ笑いを浮かべてそれを受け取る。
「ありがと。開けていい?」
ソルが頷いたのを確認して、おぼつかない手でラッピングを解いていく。
「……これ……!?」
そこにあるのは、昼間商店街で見かけた、銀のイヤリング。
「昼間、見てたみたいだから……
欲しかったんじゃないかと思って……」
そっぽを向いて、耳まで赤く染めたソルの様子が、なんだかおかしかった。
「……っははは……!」
「何がおかしい」
思わず声をあげて笑うに、ソルがむっとしたような抗議の声をあげる。
「あぁ、ごめんごめん。
違うんだ。
私が欲しかったんじゃなくてさ、昔の仲間に……私の姉さんみたいだった人に、似合いそうだなと思って見てただけだったんだよ。
でも、もう会えないし……」
「そ……そうなのか?」
ソルは、一瞬頭の中が真っ白になった気がした。
ただ単に買えないから無理だということだと思っていた、あのときの呟きの本当の意味をようやく理解した。彼女の言う『ないものねだり』は、仲間に会えないことだったなんて。
「それにさ、私にはきっと似合わないよ。
こういう女の子らしいのは」
手をパタパタ振る。
肩くらいまでの髪は無造作に首の後ろで束ねるだけ。
凛とした表情と、話し方。
それらは、常にを少年のように見せていた。
本人も、それを自覚していたし、直そうともしていない。
そんな彼女にとって、アクセサリーなどとことん縁のないもので。
つけた姿など、想像さえ出来ない。
「……そうでも、ないと思うけどな。俺は」
「え?」
きょとんと目を丸くするの手の中に収まっている箱から、ソルはイヤリングを片方取り出して、の左側の耳元へと持っていく。
「……ちゃんと、似合ってる」
「ソ、ソルっ!?」
はすっかり動揺してしまっていた。
髪や耳に掠めるように触れるソルの指先が、くすぐったい。
なにより、こんなに近い距離に顔があっては、落ち着くものも落ち着かない。
おたおたするの様子を見て、ソルがふっと笑った。
そしてそのままの左耳にイヤリングをつける。
「は、自分にもう少し自信持ってもいいと思うぞ」
そしてまたあらぬ方を向いてしまう。
「……少なくとも俺は、は綺麗だって、思ってるから」
「……え??」
「――な、なんでもない!」
呟かれた言葉を聞き返そうとするの言葉をさえぎるようにソルが言う。
しかし。
「……そう言ってもらえると、うれしいよ。
ありがとう、ソル」
「……っ!?」
ソルが驚いた顔で振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたがいた。
「イヤリング、大切にするね」
右側の耳にもイヤリングを着けたが、ソルの肩にもたれかかった。
心地よい重みに、ソルも笑顔を浮かべた。