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番外編 怪文書?
それは、イオスが川辺で謎の少女を拾った日の話。
「しばらくはお前が面倒を見てくれ、イオス」
「はっ」
「……で、だ。
報告書はきちんと提出すること。いいな」
「………………は?」
突然言われた言葉に、イオスは思わず間の抜けた声を出してしまう。
「報告書……って、何のですか」
「決まっているだろう。
あの娘の行動その他についてだ」
「監視の報告……というわけですか?」
眉根を寄せるイオスに、ルヴァイドはにっと口の端を持ち上げて笑う。
「まぁそう難しく考えるな。
日誌程度の感覚でいい」
「はぁ……」
とりあえず返事はしたものの、イオスは内心かなり困惑していた。
日誌、といわれても一体何を書けばいいのやら。
首をかしげながらテントを出て行くイオスの後ろ姿に、ルヴァイドがにやりと笑っていたことは、誰も知らない。
* * *
「なんか最近、隊長の様子が変じゃないか?」
「そうですねえ」
「話し掛けても上の空だし……どうしたんだろう??」
ほどなくして、兵士達の間で、そんな声が囁かれるようになる。
「……ん?
隊長、何か落としましたよ」
イオスの落とした数枚の羊皮紙を、兵士のひとりが拾い上げる。
しかし、イオスはそれに気づくでもなくぶつぶつと何かを呟きながら立ち去ってしまった。どうやら完全に考え事に集中してしまっているらしい。
「どうしたんですか?」
「何だそれ、何が書いてあるんだ?」
「えーと……」
他の兵士が覗き込んでくる中、羊皮紙を拾った兵士がそのうちの1枚を読み上げる。
「『●●の節 ×の月 ▲日
今日包帯を替えたら、傷口が随分と塞がっていた。
あれだけの怪我がもうここまで治ってしまったらしい。
意外と生命力が強いようだ。
でも、まだまだ精神面では回復していないのだろう。
早く元気に動き回る姿が見たい。
一刻も早く、治ってほしいものだ』
……なんだこりゃ?」
「日記か何かか? それ、けっこう前だな、日付。
こっちは……?
『●●の節 ×の月 ■日
今日はいつもの時間になっても目を覚まさない。
額を触ってみると少し熱い。
どうやら風邪を引いたようだ。
看病していたら、僕の手にしがみついて離れようとしなかった。
風邪のせいで人肌が恋しいのかもしれない。
とにかく今日は温かくして寝かせよう』
……隊長、最近ペットでも飼いはじめたのか?」
「なんかよくわかんなくなってきましたね……
あと1枚ありますよ。
『●●の節 ×の月 △日
石に躓いて転んでいた。
慌てて駆け寄ろうとしたら、自分で起き上がっていた。しかも泣いていなかった。
つよい子に成長しつつあるようだ。感動した』
……これ育児日記ですか? 隊長……」
「「「………………」」」
読み上げた内容からは、日記か何かのようであること以外、全く想像がつかない。
三人の兵士が揃って首を傾げて唸る。
と。
とてとてという足音に気づき、三人は振り返った。
そこには、おろおろと今にも泣きそうになっている少女。
長い黒髪に、余りまくった両手足の袖と裾をこれでもかと言うほど折り返した旅団の服を着ている。
「あれ? この子、最近よく隊長についてってる子だよな?」
「ひとりでいるなんて珍しいですねえ」
「チビちゃん、どうしたんだ?」
兵士のひとりが声をかけると、少女はびくっと肩をすくめ、潤んでいた目がさらにはっきりと涙目に変わる。
「わわ、どうしたってんだよ!?」
「お前の顔が怖かったんじゃないか?」
「イオス隊長を探してるんですか?」
丁寧な口調の兵士がしゃがみこみ、少女に優しく話し掛ける。
イオスの名を聞き、少女はこくこくと頷いた。
「でしたら、あちらの方へ歩いていかれましたよ」
笑顔を浮かべ、兵士がそう言うと、少女はぱぁっと顔を明るくし、ぺこっとお辞儀をして、またとてとてと駆けていった。
離れていったところで、少女がズボンの裾を踏んづけてべちゃっという音を立ててこける。
「「「!?」」」
兵士三人が慌てて駆け寄ろうとしたら、少女はよろよろ起き上がり、服についた砂埃をぱたぱたと落とし、ふたたび教えられた方へ向かっていった。
「なんつーか、危なっかしい子だな」
「でもなんか、かわいいですよね。ああやって隊長になついてるところとか」
なんだか微笑ましい光景に、兵士達は顔をほころばせた。
「………………」
「ん、どうした?」
難しい顔をして立ち尽くす、イオスの羊皮紙を拾った兵士。
同僚の言葉に、彼は手の中の羊皮紙を眺めて、呟いた。
「この内容…………
もしかして、あの子の観察日記か何かか……?」
「「…………」」
ペットか何かについてのような。
または、我が子の育児日記のような、そんな内容。
自分たちの上司は、何でこんなモンを書いたのか。
兵士達は、渋い顔で首を傾げるしかなかった。
* * *
「あ、あれ!?
ない、ないッツ!!」
イオスは自身のテントに戻って初めて、手にしていた羊皮紙の数が足りないことに気づいた。
なくなっているのは全て、日記然となってしまい自分で没にした報告書。
あれを誰かに見られたら。
恥ずかしいなんてものじゃ済まない。
「どこ行ったんだーーーッツ!?」
小動物の飼い主の叫びが、黒の旅団駐屯地にこだました。