Another Name For Life
番外編 小さな同行者
はぐれてしまった自分たちの『育ての親』を探す。
そのために、義妹と双子の弟と別れ、ロッカがゼラムを離れて数日が経過しようとしていた。
「…………」
「どうかなさいましたか、ロッカ殿」
旅の供に、といわれて連れて行くことになった少年――もしかしたら少女かもしれない――を、思わずじっと見続けてしまっていたのだろう。
フェンに尋ねられ、ロッカは自分の無意識の行動に気付いた。
「あ、あぁ……すまない。
何でもないよ」
「そうですか。
ならば良いのですが」
涼しい顔のまま、見上げていた視線を前に戻して隣を歩く子供は、はっきり言って謎だらけで。
ロッカはまた、淡い金髪に目を落とした。
フェンは人間ではない。
トリスがマグナと共に召喚したショウという人物の“使い魔”だ。
それ以外のことは、一切知らない。
彼(?)が食事をとるところも眠るところも、この数日全く見ていない。
大丈夫なのかと尋ねれば、表情を崩さずに「問題ない」と言われた。
見かけによらず戦闘力がある、というのがフェンの主のショウの弁だが、追っ手にもはぐれ召喚獣にも遭遇していない現在、それが真実なのかは判断できない。
このまま何事もなく、このおとなしい精霊と旅が続けば良いのだけれど。
そんなロッカの思考は、目の前に現れたいくつかの影に遮られた。
「はぐれ、か」
ポツリと呟くロッカの前にいるのは、蒼い毛皮を持つ獣が数体。
敵対心をむき出しにして、こちらを睨みつけている。
槍を構えようとしたロッカを、フェンがすっと手で制した。
「下がっていてください」
「え、でも」
反論しようとするロッカを見上げる翠の瞳が、次の言葉を封じさせる。
「私ひとりで充分です」
表情はいつもの通りの静かなものなのに、ロッカには不敵に笑っているようにさえ感じた。
フェンはすっと袖の中に手を入れ、ゆっくり引き抜く。
その両手には、開いた手の指先から肘くらいまでの長さの2本の棒のようなものが握られていた。
それを無造作に構えると、獣達はぐっとひるむ。
この小さな子供に、気圧されているのだ。
「命惜しくば退け。
さもなくば、容赦はせぬ」
普段ロッカと話しているときとは違う、低い声音。
獣達は尻込みしていたが、その牙と爪を剥いて、フェンに一斉に襲い掛かった。
「退けぬか……哀れな」
寂しささえ感じさせる声で呟きながら、フェンは手に握る2本の棒をヒュッと振り下ろす。
“棒”が、展開した。
否。棒と思われていたものは、扇だった。
フェンが軽く地を蹴る。
ふわりと細身の小さな身体が浮き上がり、獣達の只中へと舞い込んだ。
ロッカは、眼前の光景に呆然とした。
敵の中央に飛び込んだと思えば、舞うような動作で扇を振り、敵を次々と倒していく。
そこには、ある種の美しさがあった。
ショウの言葉が蘇る。
あれは、紛れもない事実だったのだと。
フェンが敵の群れに飛び込んでから数分も立たず、獣達は全て地に伏していた。
「す、凄いな……」
「何のことはありません」
無意識に口をついた賛辞にも、フェンは涼しい顔のままで答えた。
しかし、声は先程と比べるまでもなく格段に穏やかだ。
「フェン」
呼びかけると、扇を畳んで袖にしまっていたフェンが顔を上げた。
「――――ありがとう。
これからも、よろしく」
ロッカの言葉に、フェンは僅かにきょとんとした顔になる。
それから、ふわりと微笑んだ。
「……はい、こちらこそ」
それは、ロッカが見る初めてのフェンの笑顔だった。
UP: 04.08.15
-
Menu
-