それは、他愛もない会話から始まった。
Tapestry if...
mistletoe
「「『くりすます』??」」
聞きなれない単語を耳にして、マグナとトリスが揃って首を傾げた。
「なぁに、それ?」
「オレ達の世界にある、キリスト教って宗教のイベントのひとつだよ。
簡単に言えば、神様の誕生日を祝う日」
ショウが簡単にキリスト教の教義や『神様』の意味などの説明も含めて、トリス達に話して聞かせる。
ちなみに『クリスマス』は、ショウとレナードの雑談の中に偶然混じり、マグナたちが興味をもったのだ。
「……とまぁ、こんな感じかな。
もっとも、オレの国ではもっぱらパーティで騒いだりするだけのイベントだけどね」
「「「へぇ〜……」」」
「……ん?」
一人分、感嘆の声が多い気がする。
後ろから聞こえてきた声にショウが振り返ると、感心したような顔のがいた。
「へぇ〜、って、まさかクリスマスの事知らないのか?」
「うん。
メシア教のイベントなんて興味ないし」
けろっとした顔であっさり言い放つに、ショウが脱力する。
メシア教、というのは『大破壊』後にキリスト教が姿を変えた宗教で、の時代では世界の二大勢力のひとつとして知られている。
教徒以外にはあまり歓迎されていない団体のイベントについてが知らないのも、無理はない。
「でもとにかくさ、明日はその『クリスマス』なんだろ?
だったら、みんなでパーティやろうよ!」
マグナが笑顔で言った。
「おっ、いいねえ!」
それにフォルテも乗ってくる。
そのまま、どんどん賛同者が増えていく。
約2名ほど、渋い顔をしているが。
「まったく……
今がどういう状況なのか、わかっているのか?」
「どいつもこいつも、浮かれすぎだぜ」
言うまでもなく、ネスティとリューグである。
しかし、ここまで盛り上がっていては、そうそう止められるものではない。
何より、屋敷の主であるミモザとギブソンが乗り気である以上、中止には出来そうにない。
もともとこういったお祭りごとの好きなミモザが賛同しているのはともかく、ギブソンもここまでノッてくるのは珍しい。
「クリスマスケーキ、というのに興味があってね」
この上なく彼らしい理由だった。
* * *
ショウやレナードの説明を元に、料理や飾り付けが行われる。
急に決まったことなのでそこまで凝ったものは出来ないが、それでもみんなでわいわい騒ぎながら準備をするのは面白い。
フォルテがリューグと共にどこからかツリーにするための小さめな木を調達してきた。
「こんなんでどうだ?」
「うん、大きさも形も上出来だよ!
いいの見つけてきたなぁ」
「まったく、何で俺が……」
リューグはまだ納得がいかないようでぶつくさ言っていたが、義妹の有無を言わせぬ笑顔に、しぶしぶ木を運んだ。
ツリーの飾りつけは、ショウに作り方を教わったミニスとユエルがやっていた。
ちなみにショウは料理の指導のため台所におり、ここにはいない。
「う〜〜〜〜……」
ツリーのてっぺんに星を飾ろうと、ミニスが必死で手を伸ばすが、ちっとも届かない。
「ユエル、どうしようか……」
「う〜ん……」
ふたりで腕組みをして唸っていると、後ろから涼やかな声がかかる。
「貸してください」
「え? ……あ、フェン!」
ショウの使い魔の風の精霊・フェンが立っていた。
ミニスから飾りの星を受け取ると、フェンはその場にふわりと浮かび上がり、木のてっぺんに星をつけてから着地する。
「フェン、すごーい!」
ユエルが歓声をあげる。
「ねぇねぇ、フェン!
今度はこれ、あそこの上のほうにつけてくれない?」
「はい、承知しましたミニス殿」
そんな調子で、着々とツリーは完成に向かいつつあった。
* * *
ネスティは書斎で本に向かい、ぱらぱらとページをめくるが、内容のほうは頭に入ってこない。
「はぁ……」
「どしたー、おっもいため息ついちゃって」
振り返るとそこにはがいた。
「別に、何でも……」
「ウソだね。ネスティの『別に』は、アテになんないよ。
どーせ、パーティのことでしょ。浮かれすぎだとかさ」
図星をつかれ、言葉に詰まる。
しかしすぐに観念した顔で本を閉じる。
は、ネスティの隣にある椅子に腰掛けた。
「今がどういう状況なのか、先輩達だってわかっているはずなのに……」
「わかっているはず『だから』じゃないかな?
これからどんどん、デグレアとの戦いは激しくなっていくだろうからね。
次はいつこんな風に騒げるかなんて、わかんないし」
「なるほど……まぁ、今更やめさせるわけにもいかないしな。
ところで、君は準備の手伝いをしに行かないのか?」
ネスティの問いに、が一瞬動きを止める。
「……?」
「なんでもない。
ちょっと休憩がてらネスティの様子見に来ただけだよ」
そう言いながらも、の笑顔はどこか引きつっているような気がする。
その理由はすぐにわかった。
「あーっ、やっぱりここにいた!」
「げ、来た!!」
書斎の扉をばんっと開け、現れたのはトリスとアメル、そしてミモザ。
「ほら、逃げちゃ駄目っ! せっかくパーティやるんだから、それなりの格好しないとねっ♪」
「えええ遠慮するって言ってるじゃんかー!」
「駄目ですよ! ほらさん!!」
「ちょ……ネスティお助けー!!」
トリスとアメルに両脇をがっちり固められたがネスティに助けを求める。
が。
「んふふ〜、邪魔したら……わかってるわよね?」
「……すまん。
健闘を祈る」
にやりと笑うミモザに、あさっての方を向いて頬に冷や汗を一筋流すネスティ。
「うわーん、裏切り者ーッツ!!!」
3人に運ばれていくの叫び声が、書斎に響き渡った。
* * *
「「メリークリスマースっ!!」」
日が落ちた頃に、パーティが始まった。
みんな普段の格好ではなく、パーティらしく小洒落た服装だ。
『たまには気分を変えて』というミモザの案だ。
当の本人は、自室にいるのか会場になっている応接室には姿がない。
「いーやーだぁーー!!」
「なんだ??」
廊下へ出る扉の向こう側から、のものと思しき切羽詰った叫び声が聞こえてくる。
ショウが訝しんで廊下の様子を見ようと扉を開けたとき。
「「……あ。」」
そこにいたのは、トリスとアメルに押さえつけられている。
いつものような(くたびれた)格好ではなく、落ち着いたデザインの黒いドレスを着ている。
ショウとが固まっている隙に、アメルとトリスはを部屋の中に押し込んだ。
普段が普段だけに、注目度も高い。
「あら、似合うじゃない!」
「ホントだぜ。それに、普段は目立たないけどこうしてみると意外といいカラダ……」
どごすっ!
「ぐげがっ!!」
ケイナがを褒めつつフォルテを裏拳で沈める。
(一言多いよ……)
全員の思考が一致した。
* * *
「ふぅ……」
パーティ会場の熱気から離れるために、は中庭に出ていた。
庭の木にもご丁寧に飾り付けがされていた。
それをさらに術を使ってライトアップしており、中庭は幻想的な雰囲気をかもし出している。
そんな木のひとつにもたれかかり、いつもより幾分か見えにくくなっている星空をぼんやり眺めていた。
「――こんなところにいたのか」
声を掛けられそちらに目をやると、青の派閥の制服ではなく、黒を基調とした服装のネスティ。
の隣に、同じように木にもたれかかる。
「なに、抜け出してきちゃったの?」
「君も同じだろ?」
「まぁね。暑かったから」
ふと、は違和感を感じた。
一見、いつも通りのやり取りのはずなのに、どこかがおかしい。
はすぐに原因に気付いた。
「……なんでさっきから目ぇそらすの??」
「そ、それは……その……」
ネスティが、自分から微妙に視線をそらしているのだ。
「ねぇ、なんで??」
上目使いで尋ねると目を合わせようとしないネスティ。
単純に、照れくさいだけなのだ。
のドレスは、露出度が高いわけではない。
むしろどちらかというと低い方だ。
しかしその代わりに体のラインが強調されるつくりのため、目を向けづらい。
加えて、髪をきちんとセットし、化粧まで施されたからは、普段からは想像も出来ないほど女らしさを感じる。
「……その格好……」
「これ? またトリス達にやられたんだけど……やっぱり変かな?」
「いや、似合ってる」
そらされていた視線が、自然とまっすぐになっていた。
うそのない言葉に、の顔が綻ぶ。
「へへ、ありがと」
その笑顔も、いつもよりも綺麗に見えて。
「」
「なに?」
自分を見上げるに、自然と引きつけられて。
唇が、重なる。
「…………!?」
突然の出来事に、は目を見開く。
ネスティが顔を離してからも、そのままぼうっとしていた。
「……すまない」
「……どうして、謝るの?」
ふいに謝罪の言葉を述べるネスティに、尋ねる。
「どうしてって……だって突然あんなことを……」
言いながら、口元を手で覆い、かぁっと顔を赤く染める。
無意識のうちに、身体が動いていたとしか言いようがない。
どうしてあんなことをしてしまったんだろう。
俯いて押し黙るネスティ。
「――あのさ。
あれ、見える?」
空を仰ぐようにしたが指しているのは、二人の頭上の枝の一角。
「宿り木、か?」
「そうそう」
は、枝の宿り木を見つめたまま、言葉を紡ぐ。
「――クリスマスにはね、宿り木の飾られてる下では、実のなっている間は誰とでもキスしていいんだって」
「……ショウがそんなことを言っていたのか?」
「ううん、レナードさん」
「…………」
ネスティの脳裏に、『してやったり』といった表情を浮かべるレナードが浮かんだ。
彼はにそんなことを話してどうするつもりだったのだろう。
もしかしたらもっと余計なことを吹き込まれているかもしれない。
「でね。
宿り木って言うのは魔力を持つ樹だって、聞いたことがあるんだ。
――もしかしたら、ネスティもその魔力にやられちゃったのかもよ?」
そう言ってがくすくす笑う。
「それじゃあまるで、誰でも良かったみたいな言い方じゃないか」
憮然とした顔でネスティがぼやく。
「そんなつもりじゃないよ。
仕掛けてやろうと思ってたら先にやられてびっくりしたってだけさね」
「じゃあどういう………………って…………え……?」
さらりと言われたの爆弾発言に驚く間もなく、ネスティはぐいっと腕を引っ張られて。
先程と同じ、柔らかい感触。
「お、おいっ!?」
「仕返し♪」
真っ赤になったネスティに、はにかっといつものように笑う。
ネスティに何かを言われる前に、くるりときびすを返し、屋敷の入り口へと向かう。
2、3歩進んだところで立ち止まり、振り返った。
そこに浮かぶ表情は、いつもの悪戯っ子のような笑顔ではない。
頬を紅潮させ、真剣な眼差しでまっすぐにネスティを見つめている。
「――私は、誰にでもするわけじゃないからね。
ネスティだから、だって事……覚えておいてね」
それだけを言い残し、その場から走り去ってしまった。
「…………」
取り残されたネスティは、の行動と残された言葉に、ただ呆然とするしかなかった。
それでも、心のどこかに、確かに温かさを感じる。
最初は反対していたクリスマスパーティ。
いざ行われてみれば、とんでもないプレゼントが待っていた。
異世界の風習も、たまには悪くない。
ネスティはふっ、と頬を緩め、自分も屋敷へ戻るべく、足を進めた。