リィンバウムの存在そのものを脅かした戦い。
“傀儡戦争”とのちに呼ばれるその事件は、意外な結末によって幕を閉じた。
Tapestry if...
訪れた日常……?
ここは聖王都ゼラムの蒼の派閥本部。
かつては知識を求める者達の集う場所であり、静けさの象徴とでも言うべき所であった。
しかし、それも今では過去の話。
今やこの地に『静けさ』『安息』といった言葉は見当たらないのかもしれない。
「さぁ〜〜んッツ!」
「だあぁ、しつこいーッツ!!!」
中庭にて繰り広げられる光景は、もはや日常と化している。
かつての大悪魔・メルギトスと、異世界の悪魔召喚師。
ひたすらにスキンシップを取ろうと試みる前者と、それから必死で逃げる後者。
何故こうなってしまったのかという説明のためには、傀儡戦争終結時まで遡る必要がある。
* * *
「本気で言っているのか!?」
「当たり前だろ。
冗談でこんなこと言ってたまるか」
ネスティの言葉に、涼しい調子で返す。
「お前……本気であいつを仲魔に引き込むつもりか!?」
「いくら何でも無茶だよ!
それってメルギトスと誓約を結ぶって言うことだろ!?」
心配そうなショウとマグナの叫びにも、にっと笑ってみせる。
「ただ仲魔にするわけじゃない。
完全に支配下においてみせるよ。そうすれば、あいつを止めることだって出来るからね」
「そんな……失敗したらあなたはどうなるのよ!?」
「やめてください、さん!」
「大丈夫。
勝算がなくてやったりしないから」
トリスとアメルの言葉を制し、はCOMPを装備した左手をかざす。
「アーム・ターミナル起動。
特殊プログラムTYPE-β……起動!!」
声と共に、かざした左手から、ホログラムの魔法陣が浮き上がった。
* * *
「確かに成功したけど…………とんでもない副作用があったもんだよな」
「あれ以来、メルギトスすっかりになついちゃってるもんね……」
中庭の追いかけっこを見ながら、マグナとトリスが遠い目をする。
あの時起動した特殊プログラムは、悪魔を強制的に支配下に置き、仲魔にするもの。
は試作品だと言っていた。そんなものをあの土壇場で使うあたりに、彼女の性格の一端が見える。
ちなみに、そのプログラムの影響で、メルギトスは以前使っていたレイムという男の肉体そのままの姿を保っている。
姿形は召喚主のがいろいろといじれるらしい。詳しい方法などは聞いたがさっぱりわからなかった。
プログラムの影響なのか、狡猾な悪魔としての毒気も抜かれてしまっているらしく、リィンバウムを混沌に陥れようとした大悪魔の面影はどこにもない。
ただひたすらに“ご主人様”に惚れ込んで、毎日毎日懲りもせず追いかけっこの繰り返しである。
いくらがCOMPを使って仲魔にしたと言っても、彼はこの世界の悪魔。COMPに収容することが出来ないため、こうやって野放しにしているしかないというわけだ。
最初こそ気にしていなかったものの、だんだんとエスカレートしていくメルギトスの行動に、さすがのも耐えられなくなったらしい。
追いかけっこの合間に時折ちゅどーんとかいう爆発音が聞こえるのも、気のせいだと思いたかった。
しかし、どんな攻撃にもメルギトスは全く屈しない。
むしろ嬉々として追いかけてくるため、手におえないのである。
繰り広げられる鬼ごっこは、いくつかパターンがあるものの、大抵強制的に終了させられるときは……
「いいかげんにしろッツ!!」
「ネスティ!
たすけて〜〜!」
怒鳴り声と共に現れるネスティに、が飛びつく。
その様を見て、メルギトスはハンカチでも噛みしめんばかりにくやしそうな顔をする。
ネスティはを後ろにかばいながら、メルギトスをギッと睨みつけた。
「毎日毎日懲りもせず……いいかげん諦めろ、メルギトス!」
「そちらこそ、邪魔をしないでいただきたいものですね。
私はただご主人様のお傍にいたいだけじゃありませんか」
「その結果が毎度のセクハラか!?
これ以上に手を出すのはやめろ!」
「セクハラとは失敬な。
主人と使い魔のコミュニケーションですよ。
男の嫉妬はみっともないですよ、ネスティさん」
「う、うるさい!」
この口喧嘩も毎度おなじみのものである。
すっかり慣れっこになってしまったショウやバルレルは、そんな光景を傍目に見ながら呆れて茶をすすっている。
ぎゃあぎゃあと言い合いの続く中(騒いでいるのは主にネスティだけれど)、だんだんと周囲の空気が険悪になってくる。
これが最高潮に達したときの結果も、いつも決まっている。
「コマンド・オン、バベル・キャノン!!」
「だからいちいちゼルゼノン喚ぶなー!!」
「ネスのばかー!!」
ぶち切れたネスティのゼルゼノンによって、中庭から派手な音が炸裂する。
弟妹弟子の悲痛な叫びが届く日は、まだ遠そうだ。
「……またですか」
「いつものことじゃない。
放っておけば収まるよ」
窓から煙が立ち込めている中庭を見下ろしてため息をつくグラムスとは対照的に、エクスはのんびりと午後のお茶を堪能していた。