月の光は、思い出を呼び覚ます。
ETERNAL WIND
Moon Light Memory
深夜のファナン、モーリン宅。
「……ん……」
は、ふと夢から現実へと引き戻された。
寝直そうと布団をかぶっても、なかなか寝付けない。
仕方がないので、適当な上着を羽織って静かに部屋を抜け出した。
風にでも当たろうと庭に出る。
誰もいない筈の空間には、先客がいた。
庭の木の根元に座り、幹に寄りかかる後ろ姿は、ぼんやりと空を見上げているようだった。
「――ショウさん」
小さく名を呼ぶと、ショウは少し驚いたように振り返った。
「……じゃないか。
どうしたんだ、こんな時間に?」
「それはこっちの台詞ですよ。まだ起きてたんですか?
――――って、それ……」
近づいたところで、初めてショウの手元にある物が目に入った。
小さめな深い色の瓶と、素焼きのゴブレット。
ゴブレットの中身は、瓶を見ればすぐにわかる。
「お酒……ですか?」
の指摘に、ショウは悪戯が見つかった子供のような顔をした。
「みんなには、内緒な」
特に、バルレルとアメルあたりにはさ。
そう言ってばつが悪そうに苦笑するショウの隣に、呆れたため息をつきながらも腰を下ろそうとした。
それに気づいたショウが、自身の下敷きにしていた上着を広げ、の座るスペースを作った。は一瞬ためらったが、厚意に甘えることにし、その上に座った。
隣に座るショウからはあまり酒の匂いはしない。まだそれほど飲んでいるという訳でもなさそうだ。
「いつからここにいたんですか?」
「ついさっきかな。これまだ2杯目だし」
「まだ……って、普段どのくらい飲むんですか」
「う〜ん……チューハイならふた缶ってトコかな」
ふた缶、などと懐かしい単位が出てきて、は思わずくすっと笑った。
その笑いを違う風にとらえたか、ショウが僅かに苦笑した。
「あ、もしかして多いとか思ってる?
たまにしか飲まないんだから大目に見てくれよ。あと、未成年だとか無粋なこと言うのもなしな?」
「………………え?」
が固まった。
ショウは訝しげに眉を寄せる。
「あの……今、なんて?」
「え? えーと……『たまにしか飲まないんだから大目に見てくれよ』?」
「じゃなくて、その後」
「……『未成年だとか無粋なこと言うのなしな』?」
が考え込むようなしぐさをした。
「未成年って………………ショウさん、いくつなんですか?」
「……? 18だけど、それがどうかしたか?」
「え……えぇぇぇ!?」
「わわ!!」
深夜だというのに思わず大声をあげてしまったの口を、ショウは慌てて手で塞ぐ。
そのまま暫く沈黙が続き、そろそろと手を放す。
「……、声でかい」
「す、すみません。でも、18って…………」
「オレ、これでも高3なんだけど……見えない?」
「…………20過ぎだと思ってました。てっきり年上かと」
落ち着いてるし、しっかりしてるし。
ポツリポツリと呟くと、ショウは「そうかなぁ」と首を傾げた。
「……まさか、年下だったなんて」
「は……? ってことは…………あの、失礼だとは思うけど、って」
「……今年で19です」
「あー、やっぱり……年下ではないだろうとは思ってたけど」
そう言いながらショウは頭をかく。
は苦笑しながら言った。
「よく間違えられるんですよね。マグナさんとか、きっと年下だって思ってますよ」
「だろうなぁ。何となくそんな感じする。
……そういやオレ、よく考えたらこっちで誰にも歳教えてなかったんだよな。
向こうでは真っ先に言っちゃってたから、忘れてた」
「ショウさん、しっかりしてるからきっとみんな勘違いしてますよ。
私もそうだったわけだし」
がくすくす笑うと、ショウは僅かに眉根を寄せた。
その様子には首を傾げる。
「んーとさ、それ……何とかならない?」
「それ……って?」
「敬語。それとさん付け。
オレの方が年下なら、いらないでしょ」
言われて、少し考え込む。
知り合って日が浅い相手に敬語を使うのは、の癖だ。
まして、それが年長者や格上の者であるならなおさら。
ショウも、その例に洩れなかったわけなのだが。
「てかさ、実はちょっと苦手なんだよね、敬語使われるの。
慣れてないってのもあるんだけど。
完全に癖で直せないなら別に構わないけど、もっとくだけた話し方してくれて構わないよ」
そう言って、にっこり笑ったショウを見て、自然との顔も綻んだ。
「じゃあ……善処します」
「うん、よろしく。今すぐじゃなくても別にいいし」
ショウは小さく笑って、ゴブレットの中身をちびりと口にした。
「……で、どうしてこんな時間にこんな場所でお酒なんて……」
「ん? あー……これはまぁ、癖みたいなもんだな。習慣ていうか。
2週間にいっぺんくらい飲んでたから、たまに飲まないと落ち着かなくて」
「……そんなに頻繁に飲んでるんですか?」
にジト眼で見られるが、ショウは慌てもせずにため息をひとつつくだけだった。
「……師匠の晩酌に付き合わされてさ。そのくらいのペースで」
「師匠?」
「うん、師匠。“タオ”のね」
ショウの行使する“タオ”という術については、何度か話に聞いていたし、実際に使っているところも見かけていた。
それを独学でなく師と呼ぶ存在から学んでいたのだというのは、よく考えれば当たり前なことなのだけれど、師匠の存在を始めて耳にし、初めて実感したというのもまた奇妙な感覚だ。
「ものすごく強引な人でさぁ。
夏休みまるまる修行と称して中国の山奥まで引っ張ってかれて、そのままサバイバル生活させられた時は本当にどうしようかと思ったよ」
「……なんか、すごそうな人ですね」
「『タオとは自然を司る“五行”の技。自然を感じ一体化することが出来るようになって初めて本来の力を得るものだ』とかって口癖みたいに言ってたけど……
その度にいろんな所に引っ張り回されるオレの身にもなって欲しいもんだよ」
言っていることは確かに素晴らしいし的を得ているとは思うけれど。
重いため息をつくショウからは、冗談抜きに苦労がうかがえる。
「具体的にはどんな修行をしたんですか? その、中国の山奥で」
「……ものすごい勢いの滝に打たれたり、ガンガン燃えてる火の上歩かされたり。
他にも、樹海の中に置き去りにされたり、断崖絶壁に縄で簀巻きにされてぶら下げられたり、あとそれから……」
「……ごめんなさい。私が悪かったです」
何だか、聞いてはいけない話を聞いてしまったような気がする。
は心の底から謝罪した。
「ホント、メチャクチャなことばっかりしてる人だったよ。
オレ当時まだ中学生だよ? 信じらんないって、マジで」
「……全部やって無事だったショウさんもすごいと思うけど……」
「死にかけたら符術で回復されるんだよ。
生殺しをリアルに体験したよ……はは……」
遠い目をしながら、ショウはぐいっと酒をあおる。
空になったゴブレットに、無造作に瓶の中身を注いだ。
「あんまり飲みすぎたら駄目ですよ」
「わかってるって。加減くらいできるよ」
言ってから、ショウはふと何か思いついたような顔をした。
「も飲む?」
「え……!?」
冗談めかしてそう言ってみせると、が固まった。
額にかなり嫌な汗が浮かんでいるのが見てとれる。
そしてすぐにぶんぶんとかぶりを振った。
「えええ、遠慮しますッッ!」
「……んな力いっぱい言わんでも。もしかしなくても飲めない?」
は力なく頷いた。
「すみません……でも勘弁してください」
「いいっていいって。強要する気はないから。
知り合いにもそういう人いたし。うちはみんな強かったけど」
「そうなんですか?」
「ガキの頃から、こっそりお神酒飲んだりしてたから」
「…………」
に呆れたような目つきで見られ、ショウはばつが悪そうに笑った。
「……くすっ」
「?」
不意に零れた笑い声に、ショウは首を傾げる。
「あぁ、ごめんなさい。
ちょっと意外だったものだから、つい」
「意外って、何が?」
「ショウさん、真面目な人だと思ってたから。
冗談言ったり、悪戯してたりとか、何だか意外だなって」
「そうかな? これでも小さい頃は結構な問題児だったんだけど」
そんなことを言って笑うショウの姿は、本当に意外なものだった。
出会ってから今まで、そつが無く真面目な面ばかりを見てきたから。
こうやって、今みたいに打ち解けてくれるのは嬉しい。
だから、飲むのに付き合うことは出来ないけど……
――お月見くらいなら、たまには付き合いますよ――
UP: 04.05.05
更新: 06.04.24
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