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激しい集中攻撃によって打ちのめされた俺は、情けないほど息切れしつつ天井を見上げていた。

(ここまでか……いや、まだだ! こいつにだって隙は生まれるはず!)

心が折れそうな自分に言い聞かせるようなわずかな期待。

しかし近づいてきた長瀬は、余裕の微笑みをたたえながら見下すようにつぶやいた。

「なぶってあげる」



長瀬の体がゆっくりと沈む。

しゃがみ込むのかと思ったが、そうではなかった。

グリッ、グギィ……


「ぅぐあ……!」

マットに倒されたまま動けなくなった俺の腹に長瀬の膝が落ちてきた。

ニードロップのように鋭い痛みはない。
だがその代わりゆっくりと確実に膝がめりこんでゆく。

「ふっ、あ、おぶっ! やめっ、ぉぉ……」

「何その声。だらしないな~」

浴びせられた冷ややかな笑いは、悶える俺を観察しつつクスクスと笑う女悪魔のようだった。

長瀬は両手を俺の胸や肩についてバランスをとっているが、押し当てられた膝に感じる圧力が信じられないほど苦しい。

グリュッ、グギュウウ!

「や、やめっ……」



「キミ、腹筋鍛えてる? しっかり力入れてないとどこかの骨が折れちゃうかもね」

長瀬は右膝に体重をかけながらユサユサと体を揺らして俺をなぶり続ける。

断続的に呼吸が遮られ、頭がキンキンしてきた。

ちょっと息を吸い込むだけで長瀬の体重にえぐられる。

「く……そっ……」

思わず手を伸ばす。
もがき苦しみながら虚空をつかむことしか出来ない。

「ふっ」

バシン!

俺の手のひらを長瀬がめんどくさそうにはたき落とした。


「もう、エッチな手……でもまだ動かせるんだ? じゃあご褒美あげる」

突然、右膝を支点にして長瀬が体を半分ひねった。

「えいっ」

ゴリュッ……


「ぐぶううっ!」

今度は膝がめり込んだだけでなく、左膝が俺の首元に食い込んできた。


「ぐぅっ、ぐる……しぎ……ぃ!!」

いかに長瀬が女子だとはいえ、50キロからの体重がある。

非情な重さが俺のみぞおち付近と首の二点にのしかかっている。

苦しくないわけがない。

「どんな関節技が好き?」

「!!」

スルスルと近づいてきた長瀬に左の手首を掴まれた。
すでに力も入らずプルプル震えるだけの俺の左腕……それをこいつはさらにいたぶろうとしている!

「たとえばこうやってマットの下から腕を絡ませたり……」

ゆっくりと体を倒しながら彼女は自分の右腕を俺の左脇の下から差し込んできた。

(ま、まずい……! キメられるッ)

腹筋を痛めつけていた右膝が浮き上がり、呼吸が多少楽になる。

しかし今度は両胸に長瀬の全体重がのしかかってきた。
俺の上に横向きで正座するような体勢。

そこから上体を倒した彼女は、俺の左腕に抱きついているようにも見える。
実際の状況はそんな生易しいものではなかったが。

ゴリッ……

「くはっ、あぁ……!」

顔が熱い。呼吸も苦しくて首から上が充血しているのが判る。

長瀬の左膝がギロチンの刃のように俺の喉にのしかかっているようなものだ。
ジタバタして逃れたいのに両足は力が入らず踏ん張れない。

無防備な彼女の背中をタップしようとしたが、それさえ不可能。
右腕もダメだ。もう感覚が鈍い。
左手ほどでないにしてもダメージの根が深すぎる。


ギシッ、ギチッ……

「ぁが……!」

長瀬にのしかかられて顔の骨がきしむ。
歯を食いしばっても段々痛みが広がってくる。


――だがそれも一瞬で吹き飛ぶことになる。



「それっ!」

クキュッ……

長瀬の体が猫のようにうずくまった瞬間、


「あっ、あ、ぎゃあああああああああああぁぁぁぁ!!!!!」

反射的に叫ぶ俺。続いて全身が硬直した。

左の肘から先がもぎ取られたのではないかというほどの激痛。
しかもその感覚は持続して一秒ごとに巨大化していく。

「うるさいなぁ……」

反射的に跳ね上がった首を左足で抑えつける長瀬。


(痛い痛い痛い痛い!!)

決して我慢していたわけではない。
声を出したいのに喉が長瀬の膝で潰されてしまったのだ。
痛みに発狂することすら許されない現状。

長瀬は俺の左腕に、蛇のように自分の手を絡みつかせて、肘・手首・親指の関節を同時に決めてきたのだ。

関節が悲鳴をあげ、無理に拗じられた筋肉や腱もミシミシ音を立てているようだった。

「がああああっ、いだいっ! い、やあああぁぁ、あああああっ!!」」

「クスッ、いい声……本当に痛がってる……」

俺の体の上で長瀬がゆっくりと両足を伸ばす。

まるで柔道で言うところの横四方固めのような体勢。
彼女の体によって俺はマットに貼り付けにされてしまった。

(奴の左手が俺の親指を掴んでるのかっ!)

痛みの源流となっている部位に目をやると、俺の左腕は見事にロックされていた。
スリーパーホールドをかけるように左の肘や手首が傷めつけられている。

「ほら、もっともっと曲がるかな~?」

クキッ

「あああああああああああああああぁぁぁっ!!!」

非情なまでの長瀬の追い打ち。

さっきまで顔面付近に全体重をかけられていた痛みも忘れ、俺は必死でもがく。
一秒でも早く左腕を抜き取らなければ本当に破壊されてしまう。


「フフッ、そんな中途半端じゃ逃げられないよ?」

全力で悶える俺に対して、軽く体を揺さぶるだけでやすやすと抑えこむ長瀬。
長い両足の先を交差させて、その間に俺の右腕を挟み込んで固定している。

(うご……かせないっ!)

上半身を完全に押さえ込まれたまま悪魔の様な関節技はさらに変化してゆく。

長瀬は体を小さく左右に揺らしながら、更に深く深く自分の腕を絡ませてくる。

「そろそろギブアップする?」

ギッ……


「うぎゃああああああああぁぁぁぁ!」

細い腕に少し力がこもるだけで俺は悲鳴をあげてしまう。
それでも痛みを感じる場所を探るかのように長瀬は何度も技をかけたり外したりしてくる。

(お、俺の手はまだつながっているのか……!)

左手の親指が変な方向に曲がり、手首も砕けそうなほど痛む。
それ以上にヤバいのは肘だ。
何度もクイクイと反動をつけて長瀬は肘を逆方向にねじ曲げようとしている。

「あっ、があ、うあっ、あああっ、はなせえええええ!!!!!」」

「了解」

するとなんの未練もなさそうにロックされていた左腕が解放された。

「えっ……」

目の前で起こったことが理解できずに呆けた顔で長瀬を見つめる。
だがそんな時間も長くは続かなかった。

俺の左右の腕を封じていた彼女の体がくるりと回転する。
そして体を密着させながら両足を俺の左足に絡めてきた。

「今度は右腕だから。それと左足も……」

長瀬の右手が俺の右手首を掴み、親指を内側へと捻りあげた。

「ぐううっ、はな……んお、ごおぅぅぅ!」

そのまま自らの左手を俺の後頭部へ回し、抱きしめるようにしながら左耳の脇で手首を決める。
変形肩固め……俺は自分の右腕で自分の首を絞めているような姿勢を強要されていた。

「右手と左足を押さえられてるからどうしようもないでしょ? フフフフフ……」

長瀬の言うとおりだった。
せめて左手が自由に動かせればがら空きの彼女の右脇腹を殴ることができるのだが、もはや左腕は死んでいる。

しかも俺の左足に絡みついたやつの両足のせいでマットを蹴ることも出来ない。
唯一動きそうなのは右足だけなのだが……それも弱々しい抵抗を見せるにとどまっている。

「がああ、うっ、あああぁぁ!」

体を左右に振って逃れようとしても無駄だった。
顔の向きも固定されている上に呼吸困難で力が入らない。

「キミの体、まるで雑巾みたいだね?」

片方の耳が潰されたままで長瀬の声が聞こえた。
その間もずっと右腕は絞り上げられ、悲鳴をあげさせられている。

グイグイと容赦なく手首を引っ張られ、体が変な方向に曲がろうとするのを彼女の両足が妨害する。
まさに俺の体を使った雑巾絞りのような技だった。

「このまま落としてあげる」

「がふっ!!」

次の瞬間、長瀬の腕からひときわ強い力を感じた。

(何かが……今、切れたような……)

グキッという鈍い音がしてから、俺の右腕が解放された。
同時に体の中で確実に何かが途切れた。
もはや痛みすらまともに感じることが出来ない。

「最後は抱きしめてあげるよ」

「ぁがっ……!」

あっという間に上半身を起こされ、視界が真っ暗になる。

下を向かされたまま長瀬の細い腕が俺の喉を締め付けてきた。

(フロントチョーク……こんなにあっさりと)

普段なら絶対にかからない技。
しかも相手は俺よりも体重の軽い女。

それなのにもう俺は……!

「おやすみ♪」

ほんの少しだけ長瀬が脇を締めた。

甘酸っぱい彼女の香りを感じながら、俺は静かに意識を手放した……。











「結局こんなものかぁ……」

ピクリとも動かなくなった彼を見て、長瀬は小さくため息を吐いた。

これで格闘系の部活は全て彼女の軍門に降ったことになる。

レスリングも柔道も、ボクシングも総合もやはり学生レベルでは物足りない。

自分の手で失神させた男の体をつま先でゴロンとひっくり返してから、彼女はその場を後にした。



(了)