1・序幕


 夕暮れが過ぎた夜の入り口とも言える時間帯。
 薄暗い空間に漂う妖しげな香りの中、一組の男女が着衣のまま交わっている。

 しかし仲睦まじく、恋人の逢引き……と言った雰囲気ではない。
 男は女の胸を愛撫しながらも慎重に瞳の奥を窺い、女はその男からの刺激をやすやすと受け入れていた。

 異常に美しい女だった。

 夜の闇をそのまま流したようなつややかな黒髪と、競泳水着のようなぴったりとしたボディスーツから溢れる純白の肌。

 年の頃は二十歳前といった様子だが、年齢にふさわしくない妖艶さを身にまとっている。

 長い手足はしっかりと男の体にまとわりつき、動きを封じ込めているように見えた。

 それはむしろ決闘と呼ぶにふさわしかった。

 女の細い指がペニスに巻き付き、優しくそっとなで上げる。カリ首をくすぐるように刺激された男の顔が快楽に歪んだ。



「ぐあっ、あああああぁぁ~~~~~~~~~!!」

 ビュクッ、ビュクンッ!!

 刺激を与えられた男の精が爆ぜた。優しく何度か触れられただけで、彼は先程から数回の射精を強いられていた。
 対抗する手段もわからぬままその体が大きく跳ね上がる。

 飛び散った精液を女は指先ですくい取り、口元へ運ぶ。長い舌の先がうっとりとした様子でそれらを味わう。

「あ、が……あぁぁ」

 淫らな精液採取の様子を目の当たりにして、切ない震えが男を包み込む。

 二度目の余波、さらに暴れようとする男を女は両腕で軽々と抱き寄せる。

「ほほほほほほ! 愉快愉快……」

 再びそのしなやかな指先に拘束されてしまう男の象徴。

 抱き寄せられた腕の中、何度も叫んでいる男は隆々とした筋肉をまとった屈強なる者。


 彼は「忍」と呼ばれる職業の末裔だった。

 飛行機が飛び、ビルが建ち並ぶ現代では「探偵」という名で活動を続けているが、その働きが世に賞賛されることはない。

 常に闇の任務を請負、生業とするもの。そんな彼は今夜、任務としてこの場所へ潜入していた。

 しかしようやく目標にたどり着いた瞬間、忍びとしての終わりを迎えようとしていた。


(お、俺には足りなかった……)

 男は思う。歯噛みして悔しがる。
 不足していたのは自らの修練ではなく、このターゲットに対する認識。

 一直線にこの場所へたどり着いてしまったことへの疑惑。

 しかし今となっては遅すぎた。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」


「よもや助かろうなどとは思うまい? さあ存分に快楽に溺れるが良いわ」

 男はとっくに観念していた。
 体術ではこの拘束を、桃色の鎖を断ち切れない。

 策を練ろうにも材料がない。最後の手段に出るしかなかった。


「くっ」

 体内に隠し持っていた最後の道具、その小さなボタンを震える親指で押した。

 ピイイイイイイイィィィィ!!


「ん、今の音は……?」

 女が瞬時に反応する。常人では聞き取れない、訓練したものにしか聞こえない音域。

 その次の瞬間、彼らから少し離れた場所で小さな羽音がしたのを男は感じ取った。



「あれは鳥の羽ばたき……まさか!!」

「へへへ……ここまでたどり着いた俺がただでやられると思うか」

 困惑する女の様子を満足気に眺めつつ、男は唇の端を吊り上げる。

 最後に一矢報いた、という満足感がじわりと広がってくる。


「ええい、この期に及んで一体何を!」

 そう、女の言うとおり最後の抵抗にすぎない。

 彼自身ではターゲットを駆逐することはできない、出来なかったという証拠が夜空を羽ばたいてゆく。



「ふふふ、お前が女帝気取りでいられるのも今だけだ。すぐに俺なんかよりよっぽど優秀な――ッ」


 グチュルッ……



 その先の言葉を彼は紡ぐことができなかった。

 ヌルリとした蛇のようなものが男の言葉を遮った。


「お、ぐうぅぅ、ええぇ、お、おううぅぅ!!」

 がっちりと両手を封じられたままの強制キス。

 異様に長い女の舌先が、男の口内を念入りになぶってから喉の奥へと進む。

 そして喉の奥にたどり着いた「先端」から、無防備な粘膜に淫毒が直接吹きかけられた。


(ああぁぁ……)

 男は脱力した。

 女はガクンと折れそうになる男の体を難なく受け止めながら、さらに淫毒を彼の体内に流し込む。



「チュ、ル……ふふふふ、もう喋る必要などない。そなたは悶え狂うのみ」

 ドサリ。

 女が緩みきった彼の体を投げ出すと、糸が切れた人形のように膝から前のめりに崩れ落ちた。


「うあ、ああぁぁっ!」

 ビュルッ……

 男は小刻みに体を震わせながら不規則に射精を繰り返す。

 自ら仕掛けた毒に侵された男が体をよじらせ、快楽にじわじわと支配されていく様子を女は楽しそうに眺めている。



(さ……すけ、あとを………)

 薄れ行く意識のまま、掠れた声で男はそう口にした。

 一時間も経たぬうちに、男はすべてを忘れた。






「なかなか味わい深い男だったが、もう壊れてしまったか。いくら肉体を鍛えても心は無垢なまま。なんとも脆いものよ……」

 従順な下僕に成り下がった男の股間を足の先で優しく踏みにじると、力なく白い液体が漏れだす。

 それでも硬さだけは変えずにペニスは女への忠誠を誓い続ける。


「確か、さすけ……といっていたな。その者がここまでやってくるのかどうか、今から楽しみじゃ」

 女はいきり立ったままのペニスにまたがって、もはや風前の灯である男に最期の愉悦を与えてやるのだった。







(つづく)










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