「シュウくんの修行」 イラスト・なめジョン氏
「あああああっ! がああああああ、くそっ、くそおおおお!!」
シュウがどんなにもがいてみても状況が変わる事はなかった。
ミズキの左足に顔を押しつぶされ、右腕がじわじわと痛めつけられてゆく。
「どうしたの? もうおしまいかしら」
もはや一刻の猶予もない。
シュウは右腕を支配する痛みをこらえながらまだ自由が利く左手に気を送る。
(この技は使いたくなかったけど、ミズキさんの脚を……握り潰す!)
彼は左手の三本指、親指・中指・人差し指に力を集中させ、猛禽類の爪のような形を作った。
武神剛拳・奥義の一つである「鷹爪撃」の構え。
シュウは太くて青々とした孟宗竹を素手で引き裂き、へし折ることさえ出来るのだ。
「い、くぞ……武神剛け……んんんんん~~~んうううっ~~~~!?」
「えいっ! 怒っちゃイヤよ」
「あああああっ!!」
シュウが覚悟を決めた瞬間、ミズキが右腕を解放した。
そして流れるような動きで今度は彼の頭を抱きこみつつ、左手首と肘の関節を太ももで押さえ込む。
「ふぅ~、あぶないあぶない♪」
力なくダラリと垂れた右腕をチラリと見てからミズキがつぶやく。
自分の身に迫る危険を仙女は的確に感じ取った。
敵の気が充実する直前に出鼻をくじく。
これこそが女神柔拳の極意である。
ミズキは自分の網にかかった獲物の両手の自由を一つずつ奪っていく。
脚に力をこめて、ゆっくりと彼の左手を締め付けてゆく……
「あぎゃあああああああっ!!」
肉厚の太ももが、捻りこまれた左手をしつこく何度も締め付ける。
シュウの顔面をバストで圧迫しながら呼吸を奪うミズキ。
ポキポキと乾いた音が時々聞こえてくるたびにシュウは首を振って拘束から逃れようとした。
先ほどまで痛めつけられていた右腕に力を入れてみても、ただ空しく痙攣するのみ。
このままでは反撃の糸口すらつかめそうにない。
全く身動きが出来ずに小さく悶えるシュウの悲痛な叫びは、ミズキの胸の中でかき消された。
「うぐっ、ああああぁ……っ!!」
ドサッ
突然、ミズキが締め技を解除して立ち上がった。
糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちそうになったシュウが、なんとか気力を振り絞って立ち上がる。
しかしその目には消耗の色がうかがえた。
さらに両腕の感覚がない。
まともに構えることすら難しい状態。
「ふふっ、次はどうしようかな……」
ミズキは肩で息をする彼をじっと見つめながら、ゆっくりと死角へと回りこむ。
健気にもシュウは少し足を引きずるようにしつつも戦闘体制を崩さない。
半周ほど回ったところでミズキが構えなおす。
「少し離れた間合いから虐めてあげる」
そして左手を軽く引いて、こぶしを握る。
(ま、また……来る……!)
パチンッ
「っ!!」
震える腕に喝を入れてシュウが身構えた途端、閃光のようなミズキのジャブが彼の右手を弾いた。
しかも次は右、左、と規則正しくミズキのパンチが襲い掛かってくる。
「うあああああっ、ああああ!!」
激痛にこらえつつ、シュウは放たれた拳を避けようとしたのだが、ミズキの打撃がことごとくガードにヒットする。
「これが女神母殺拳・乱打突よ! うまくかわさないと急所に入っちゃうから」
軽やかに舞うような動きなのに打撃が重い。速い、かわせない!
ミズキはおそらく彼の腕の一点だけを狙って打ち込んでいる。
このままでは痛みが蓄積して痺れに変わってくるのも時間の問題。
(手が出せない……息継ぎの合間に反撃したいのに、それすらわからない!)
相手に反撃させることなく高速の打撃を何度も食らわせるミズキの前にシュウは防戦一方とならざるをえない。
「シュウくん、本当はもっと強いんだよね? 私にはわかるわ」
「っ!!」
いたわるような彼女の優しい声に、シュウは心を奪われそうになる。
しかし絶え間なく彼の腕にやってくる痛みのおかげで、なんとか意識を保つことができた。
「いつもみたいに武神剛拳の力が出し切れなくて焦っているのでしょう。それもわかるわ」
シュウは言葉を失った。ミズキのいうとおり、降り注ぐ拳の力もさることながら、自らの手足が思うように動かなくて苦戦しているのだ。
攻めも守りもワンテンポ遅れてしまうもどかしさ。
その理由が何なのか理解する暇もなく彼女の猛攻を受け続けている。
「ここはね、別名『桃源郷』と呼ばれているの。仙人が食べる果実は一般の人間にとっては少し刺激が強すぎるのよ。私たち仙女はゆっくりと時間をかけてここで過ごしてきたけど、あなたはまだ三日……」
ミズキの長い脚が空中でピタリと止まる。
そして次の瞬間、信じられない速さでシュウの肩、わき腹、ふとももをしたたかに打ちつけた。
「ぐあああああああああっ!!」
どふっ……
思わず後方に吹っ飛ぶ彼の体を、柔らかな何かが支えてくれた。
「騒がしいな……」
痛みをこらえてシュウは声の主を探した。
視線の先にいたのはミズキと同じような服を着たもう一人の美女だった。
(まさか……新手の仙女!? くそっ、敵が増えた……)
しかし彼は身構えることが出来ない。半身不随になったように体がいうことを聞いてくれないのだ。
それほどまでにミズキの三段蹴りは重く、シュウの体の芯にダメージを与えた。
「ヒスイ、ちょうど良かった……彼に教えてあげて?」
ギシッイイィィ!
「があああっ…………!!」
ほんの一瞬の出来事。ヒスイと呼ばれた女性に気を取られた隙に、シュウの首にミズキのほっそりした腕が絡みついていた。
「あっ、うぶ……うぅぅ……お、おおお!」
苦しげにうめく少年の首元にグイグイ入り込んで締め上げていく美女の腕。
両手には力が入らず振りほどくことも出来ないシュウにとっては地獄の苦しみだった。
しかもミズキは獲物が気絶せぬよう手加減を加えている。
こうなってはじわじわと体力を奪われてゆくしかない……
やがて力が弱まったシュウの体を、仙女が無理やり反り返らせた。
「シュウくん、あなたには仙人の力を一気に吹き込んであげる。どうなっちゃうのかしらね」
ミズキは彼の顔をヒスイのほうへと向けた。
そして軽く目配せをすると、ヒスイも軽く頷いてみせた。
「……承知した」
その短い言葉のあと、ヒスイはシュウの唇を奪った。
「!!!!!!」
背後から首を締め付けられたままの強制キスにシュウは一瞬で心を奪われてしまう。
ピチャピチャと音を立てながら、ヒスイは少年の口の中を犯しつくす。
舌先が絡み、もつれ合う。
女性に対する抵抗力など皆無に等しい彼にとって、それは刺激が強すぎた。
ミズキの苛烈な攻撃による痛みなどどこかへ吹き飛んでしまう代わりに、仙女・ヒスイによって吹き込まれた熱い吐息が彼の体中を駆け巡る。
すぐに顔も真っ赤になり、シュウは完全に脱力させられてしまった。
やがて、ヒスイが彼の唇を解放した。たっぷりと絡みついた唾液が銀色の糸をつむぐ。
「彼のお味はいかが?」
シュウの首を締め上げたままミズキがヒスイに尋ねた。
「……敗北の味がする。でもまだ完全に堕ちてはいないようだ」
「そう。まだまだ楽しめそうね」
ヒスイの答えを聞いたミズキは淫らに微笑んで見せた。
仙女たちの悪戯はまだ始まったばかりだった……。
(第一部 了)
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