「ゆるふわお姉さんの誕生日』
「あら、こんにちはショータくん!」
「こ、こんにちは!」
マンションで隣に住んでる綺麗なお姉さんが僕は好きだった。
お姉さんの名前は藍子さんと言う。
歳は僕より少し上で、優しくて綺麗な人だった。
藍子さんはいつも笑顔で挨拶してくれる。
それに大体いつも決まった時間に外へ出かけるみたい。
お散歩が趣味みたいで小さなカメラをいつも持ち歩いてるって前に話してくれた。
たまにだけど、お出かけの時間帯を狙って僕も外に出る。
お姉さんに会える確率が高いから。
運よく今日もこうやってお話することができた。
「もうすぐお誕生日なんだよ、私」
「えっ、そうなんですか……」
「うん。今度の土曜日なんだけどね。ショータくんもお祝いしてくれるかなぁ?」
「はいっ!」
「ふふ、本当に? 嬉しいなぁ~」
お姉さんの柔らかい笑顔に思わず見とれてしまう。
この時僕は誕生日に何かプレゼントしようと心に決めた。
◆
――そして誕生日。僕はいつもより早く起きた。
緊張しながら藍子さんの家のチャイムに指を伸ばす。
ピンポーン
「はぁい……あら、ショータくん。どうしたのかな?」
「こ、これ! 誕生日、だから」
僕はお姉さんにリボンがかかった封筒を差し出した。
なんだかすごくドキドキする。
「覚えててくれたんだ。嬉しい!」
差し出した僕の手を愛子さんの両手がふんわりと包み込む。
(うわぁ……)
それはとてもあたたかで、優しくて、僕の頭の中が真っ白になるほどの心地良さだった。
大好きなお姉さんが喜んでくれてる。
ただそれだけでこんなに嬉しいなんて。
「何をくれたのかな。開けてもいい?」
僕は黙って頷いた。恥ずかしくて顔をあげられないまま。
スルスルとリボンが解ける音がした。
「ふふっ、こういうの好きだよ。ありがとうショータくん」
その言葉にもう一度僕は嬉しくなる。
一生懸命考えた「なんでもするチケット」をお姉さんに手渡すことができたのだから。
◆
その日の夜はなかなか寝付くことができなかったけど、気が付くと次の日になっていた。
まだ眠い僕をお母さんが起こしてくれた。僕あてにお客さんが来てると言われた。
パジャマのまま玄関に向かうと、そこにお姉さんが立っていた。
「おはようショータくん。まだ寝てたんだ……ごめんね」
「いえっ! あっ、おは、おはようございます……すぐに着替えてきます!」
「うふふふ」
慌てて背を向けた僕を見て藍子さんが笑った。
お客さんが誰なのか教えてくれなかったお母さんを少し睨んでから僕は急いで身繕いをした。
「もし良かったら私とデートしよ? このチケット、今日使ってもいいでしょ」
「ええええっ」
突然の申し出にびっくりした。
同時に後ろで聞いてたお母さんの視線を感じて、僕は全身が真っ赤になったような気持ちになる。
そんな僕の手を引いて、藍子さんは一緒に散歩してきますと言いながらお母さんにお辞儀をした。
僕は家を出てからのことをあんまり覚えてない。
幸せすぎて何も思い出せないといったほうがいいかも。
近所をお散歩して、それからおしゃれな喫茶店で美味しい紅茶をごちそうになった。
歩いてる途中でベンチに隣同士になって座りながら写真を撮ったりもした。
そしてマンションに帰ってきた。
「今日はありがとうショータくん」
「あ、あのっ、僕の方こそ……楽しかったです」
「ふふふ、良かった。じゃあお別れする前にお母さんにも挨拶させてね……あっ!!」
愛子さんが僕のうちのチャイムに指を伸ばそうとしたので、思わずその手を強く握った。
「どうしたの?」
「えっと、あの……まだいっしょにいたい、です……」
うつむいたまま、僕はその言葉をようやく絞り出した。
藍子さんの手を握ったまま、心臓がバクバク言ってる。
「このチケット、まだ有効だよね?」
お姉さんは僕の手を握り返しながらそう言った。
「はい……」
「じゃあ私の部屋に来て? もう少しだけお話しようね」
◆
僕のうちの隣、お姉さんの部屋はとても広く感じた。
「ここはね、事務所が借り上げてる女子寮なの」
「どういうことですか?」
「私、こう見えてもアイドルしてるんだ。ふふ、驚いてくれるかなぁ?」
突然の言葉に僕は固まった。
「びっくりしちゃうよね? こんなにボーっとしてる私がアイドルとか」
「……ぜんぜん驚かないです」
「えっ?」
「だってお姉さん、キレイだもん……優しくて可愛くて、それから、えっと……うああっ!」
言葉に詰まったところで僕はお姉さんに抱きしめられた。
「ありがとうショータくん。そんなふうに言われたの初めてよ?」
ぎゅううううっと、更に強く抱きしめられる。
ふわふわした藍子さんの髪が僕の耳や頬をくすぐってる。
自分の中で抑えきれない感情が膨らんできて、僕もお姉さんの体にキュッとしがみついた。
「だ、大好きっ……お姉さんのこと、ずっと前から」
思っていても口に出せなかった言葉を伝えたことで、気持ちが溶けていくのを感じた。
「くすっ、言わせちゃった♪」
「あっ、迷惑……ですよね」
少しだけ顔を上げるとお姉さんと目が合った。
そして微笑みながら首を横に振るのが見えた。
「女の子が、大好きな男の子に対して……どういうことをするか知ってる?」
今度は僕が首を横に振る。
すると藍子さんは少しだけ目を細めてから、いつもより低い声でそっと囁いてきた。
「今から教えてあげる……」
(続くかな)