『堕ちた剣』







「がああああっ!!」

ガシャアアアッ……

 右手で握っていた聖剣が硬い床に落ちる。

 またこの感覚……もう何度目かわからない。
 頭の中を魔力で焼きつくされたみたいで、手足から力が抜け落ちてゆく。


「フフ、頑張るね。ではもう一度受けてみなさい?」

 目の前で腰に手を当てたまま女は言う。
 最初は構えていた細身の剣も今ではすっかり鞘に納められたままだ。

 真っ黒な髪に真紅の瞳。闇を纏ったような衣装の隙間から覗く青白い肌。
 こいつがこのフロアのボスである上級淫魔に違いない。





 対峙した時から嫌な予感はしていた。
 力と力のぶつかり合いなら負ける気はしないが、腕の立つ魔道士との戦いのように気が抜けない相手。

 何号か斬り結んでみて、実力を測り終えたつもりで勝負に出た俺を待ち構えていたのは魅了の魔法だった。


「素敵な時間をあげるわ。ほら……淫魅了(チャーム)!」

「くっ……!!」

 一度目、なんとか気力で跳ね返す。

 二度目、視界がほんのりと赤く染まる。でもまだ動ける。


 淫魔は俺との距離を保ちながら魅了の魔法を連発してきた。
 今思えばその時に気づくべきだったのだ。ただ闇雲に連射してきたわけではないということに……

 三度目、利き腕が軽くしびれてきた。

 四度目、体中に倦怠感が広がってきた。

 奴の瞳の色がピンクに変化する時、魅了の術が展開されているとようやく気づく。
 俺はそれ以降はタイミングを図って目を見ないようにしていた。

 そのつもりだった……。

 そして魅了の魔法が十回を超えた辺りで、淫魔は逃げまわるのをやめた。


「はぁ、はぁ、もうおしまいか。それとも観念したのか」

「フフフ」

 不敵に笑う淫魔に向かって素早く駆け寄って一撃を放つ。

 相手の肩にヒット。確かな手応えあり。

 それなのに、


「どうしたの? 私はそこにいないよ」

「!!!」

 振り向くとそこには無傷の淫魔がいた。

 そして俺の方に手を伸ばし、倒れこむようにして床へと組み伏せてくる。


「き、貴様! 離せええええええっ!!」

 背中を強打したおかげで反応が遅れる。

 しかしそれ以上に強烈な力で手首をひねられ、頭の上に持って行かれた。
 屈辱的な姿勢だ。


「ここは私の支配する空間なのに、まさか勝つつもりでいたの? 信じられない……」

 呆れたような、そして余裕の表情で淫魔が笑った。

(なんて力だ……!)

 それほど力を込めてる様子もない涼し気な視線。
 だがこちらは手首をひねられて身動きがとれない。

「ふふふ、どうしたの? 全然返せないじゃない。ねえ……」

スッ……

「なっ」


「その表情はそそるねぇ……レロ、クチュ♪」

 不意に顔を寄せてきた淫魔が唇を合わせてきた。
 同時にひねられた手首から急激に力が抜けだした。

「んっ、んんんんんんん!!」

 俺がもがいてもビクともしなかった。
 重なりあった体の部分、唇や手首、それに上半身がどんどん脱力してゆく。

(吸われてるッ! これはやばい、早く離脱、しな……ぃと……)

 ジタバタする俺の足に何かが絡みつく。
 淫魔の尻尾がじわじわと俺の右足を滑り、股間に割り込んできた。

シュル、チュルルルッ♪

「うあああっ!」

 ヌルヌルしてひんやりした何かにペニスが包み込まれたのを感じて体を跳ね上げる。

 そのタイミングを待っていたように、少しだけ生じた床と俺の背中の隙間に淫魔の翼が差し込まれた。

(何だこの感触、気持ちい、あああぁぁ~~~!!)

 叫び声を噛み殺すのが精一杯なほど心地よい肌触りだった。
 敵に施された魅了の術が心身ともに俺を蝕んできた。

 全身を淫魔の翼に包み込まれ、見えない位置でペニスもなぶられている。

 それ以前に脱力した上半身は彼女に抱かれ、数秒前からキスで好き放題弄ばれている現状……


じゅるッ……

「思った通り♪ 屈辱と絶望と快感が交じり合って最高の味付けになってる」

 更に十秒以上俺を抱いていた淫魔がゆっくりと体を起こした。
 対面状態で背中を翼に持ち上げられ、俺はブルブルと震えながらピンク色に染まる瞳を見つめていた。

「まだ正気を保っているみたいだね。でもいつまで持つかな?」

 淫魔の体がゆらりと低く沈んだように見えた。




(続く)










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