すっかり日も暮れて、深夜に差し掛かる時間帯。
一人の女性がオフィスビルの屋上で星を眺めていた。
彼女の名前は牧野美弥(まきのみや)。
闇に浮かび上がるほっそりとした後ろ姿は美しい花瓶のようにも見えた。
艶やかな黒髪は星の光を浴びて一部が銀色に輝いている。
彼女は二十代前半で職場では二年目になる。
理知的な容姿と人当たりの良さで男性社員からも人気がある。
本人はそんなことにはお構い無しで、入社当初から男性社員に負けぬよう必死に成績を上げて会社に貢献してきた。
お陰で数ヶ月前に一度優秀社員として表彰された。
元々負けん気の強い性格ではあったが、最近ではその気勢もすっかり息を潜めていた。
「もう死のう……」
その美しい口元からこぼれた切ない言葉の原因は彼女の会社にあった。
美弥の就職先は大手の広告代理店だった。
大学生の就活人気ランキングでは上位であるものの、旧態依然とした業界の体質もあってブラック企業的な部分が取り沙汰される企業ではある。
しかし彼女に死を決意させた理由は他にある。
彼女の上司が先日退職したのだ。
それに伴って彼女の所属部署であった営業二課も解散。
美弥も中核となって新規事業を立ち上げようとしていた矢先の出来事だった。
しかも営業から外され、現在は彼女にとって不本意な「作業」しか回されてこない日々。
他部署の資料整理、接遇、ごみ処理、etc...
それらを手際よくこなせばこなすほど、「さすが優秀だね~」「雑用でも車内ナンバーワンですかぁ」などの不名誉な喝采を浴びせられるのだ。
「……」
一度だけ振り返り、周囲に誰もいないことを確認する。
遺書はすでに用意してある。
自分のデスクの鍵は開けたままにしてある。
明日になれば誰かが見つけることだろう。
あらん限りの不満や愚痴もそこに残してきた。
書けば書くほど虚しさと悔しさが募るばかりだった。
あとはもうこの夜空に身を投げ出すだけで――、
「もったいない! 惜しい、実に惜しい!!」
「えっ」
不意に背中から声をかけられた。
さっきここには誰も居ないと確認したはずなのに。
美弥は男を睨みつける。
人生最後の決断さえも邪魔してきたのは男。
やはり男が障害なのだ軽く絶望した。
しかし男にそんな複雑な気持ちが伝わるはずもない。
自然とイラつく気持ちが膨れ上がる。
「いや、死のうとするのは構わんのだ。好きにしてくれ。ただ、その前に……やらせてくれないか」
「はぁ?」
男の間抜けなセリフに反応した美弥の返事までおかしくなる。
自殺直前だった女に手を合わせてこの男は一体何を考えているのか。
にわかに理解しがたいといった彼女の心境を察したのか、男が言葉を続ける。
「だってキミはもうすぐ死ぬんだろう。だったら人助けだと思って頼む」
「……」
体が目当て。最低。
だがそんな言葉すら今はどうでもよく感じる。
たしかに普段から美弥はモテる。
学生時代からそうだ。
就職してからもそれは続いていた。
身長も同世代では高いほうだろう。ただし体を許した男の数は少ない。
キミにとっては大した問題ではなかろうが、美女が一人減るのは世界中の男にとって多大な損失なんだ……目の前の男はそんな事を言いながら彼女を必死で口説き落とそうとしている。
セックスするための詭弁。
まあそれでもいいか。
どうせ自分は死ぬのだ。
数秒間ほど考えてから美弥は小さなため息をついた。
「そうね。モテない男の願いを聞いてからでも遅くはないかもね」
「おおおおっ!!」
心底嬉しそうな男の叫び。やっぱり最低。
美弥はクールな表情を崩さぬまま、制服の上着をするりと脱ぎ捨てた。
上品なリボンが解けて彼女の真っ白な肌が月明かりに照らされる頃には、男は完全に美弥に見惚れていた。
「どうぞ。好きにして」
「い、いいのか……?」
「貴方から言い出したことでしょう」
ふるんっ♪
薄く笑いながら美弥が誘うようにバストを揺らすと、男がゴクリと息を呑んだ。
(これだから男は……)
美弥は軽蔑する。
大切に守ってきたつもりでもないけど、いつもは隠している極上のバストに無造作に手を伸ばす男を冷めた目で見ながら。
男の手が肌に触れ、軽い嫌悪感。
このまま名前も知らぬ男に体を許して良いのか、別に問題ない……どうでもいいことだ。
だが男の手が予想以上に優しく、ふわりと大きな手のひらで柔らかく包み込んできた。
(やだ、上手……ひううっ!)
男の人差し指が乳首を弾くと、美弥の体が甘く疼き出す。
快感を味わいつつ、彼女は自分の体を呪った。
同世代の中では保守的な部類であり、操は堅いはずだと信じていた自分自身の体が性的な刺激に対して従順であったことに。
気がつけばあられもない格好で脚を開き、男を迎え入れる直前だった。
耳元で男が何かを囁いた。
ありがちな褒め言葉だったが悪い気はしなかった。
性感を高められたせいで悪意のない、好意とも取れる言葉を素直に受け入れてしまった。
美弥の体の芯が蕩けてゆく。
ズッ……
「くうううっ!」
不意打ちのように男が挿入してきた。
美弥は必死で声を噛み殺す。体内に迎え入れたペニスは硬く、遠慮なく彼女の膣をかき分けてゆく。
この期に及んで男に負けたくないという気持ちが沸き上がってきた証拠だった。
その心境の変化が意外な方面で露出した。
キュッ……
「うあああっ!」
男の下半身を美弥の長い足が絡め取ると同時に、ペニスを包み込む膣内が変化したことに彼女自身も気がついた。
(すごく、締め付けてる……と思う……)
クキュウウウッ!
「んはあああっ!!」
それまで意気揚々としていた男の体がこわばる。
数秒後、男は彼女に抱きつくようにして体の動きを止めてしまった。心なしか震えているようにも感じる。
「なぁに? 今の声」
美弥が尋ねると男は気まずそうに口元を歪ませる。
「こ、この……キミのあそこが急に……中がうねって、絞られて……」
「急に? ふぅん」
キュ……♪
「はぅあっ! それ!! あああぁ、こんな、すごく気持ちい――」
「何かしら?」
キュキュッ!!
「いぎいいいいっ! ま、またああぁぁ」
背筋をのけぞらせる男を見ながら美弥は確信した。
どうやら今の自分は膣内を自由に締め付けることができる。
今までになかった感覚。
ちょっと楽しいかも。
キュウウウウ~~~~~~~~~~!
「うあああああ、ああああああああああぁぁ~~!!」
今度はリズミカルに。
キュキュッ、キュキュッ、クニュンッ♪
「ひっ、ひいっ、ひあああ!」
最後に腰のひねりを加えたところ、男が悶絶した。
ほんの少しだけ体で文字を書くように揺さぶっただけで男はもうイく直前まで高められてしまった。
ズルリ……
彼の腰をかにばさみにしたまま体勢を入れ替える美弥。
いわゆる騎乗位。女性上位の体勢。
完全に男を組み敷いて両手で彼の肩を押さえつけた。
「ふふふ」
そのままゆっくりと腰を振りつつ、男の顔が快楽で歪むのを確認する。
美弥が悩ましげに身をくねらせると膣内の動きもヌルヌルと追従する。
やがてペニスが抜ける直前まで腰を滑らせてから膣の入り口を強く締め上げた。
男が快楽に声を漏らすタイミングで彼女が腰を沈めた。
ぱちゅんっ、ぱちゅっ、ぱちゅぱちゅっ!
「くっ、あ、ああああ、それダメだあああ!」
腰を打つ強烈なグラインドに男が呻く。
だが肩を抑えられているので逃げられない。
何度も小気味よく美弥の細い腰が上下してたっぷり濡れた膣内が肉棒を掴まえたまま脈動する。
美弥の顔つきがいたずらっぽく微笑む度に男は悶絶させられた。
「見た目はいい感じなのに貴方って情けない顔するのね。ゾクゾクしちゃう」
たっぷりと快楽漬けにした獲物の顔を美弥の美しい指先がツツツ……となぞってゆく。
「え……あ、ちょっ――」
顎の先を指で持ち上げられ、無理やり視線を合わせられた男が困惑する。
チュル、チュッ、プチュ、ピチュ♪
さらにゆっくりと近づいてきた美しい彼女の顔が男とぴったり重なった。
「キスの味も悪くないわ。んっ……」
「んっ、んんん~~~~~~~~!!!!」
ねっとりと甘いキスから逃げ出そうとする男を美弥が逃がすはずもない。
両手でしっかりと自分の方へと顔を向け、下半身と同じように舌先をペニスに見立てて抽送する。
クチュ、クチュウッ、ニチュ、レロレロレロ……
逃げ場を潰したまま、情熱的なキスが数分間振る舞われた。
「簡単に落ちちゃうんだね。キスだけで」
「ふあぁ……」
すっかり夢見心地の男を見下しつつ、美弥は微笑む。
そして自分の膣内でヒクヒク震え続けているペニスの硬さを確かめるように、一度思い切り締め付けてみた。
「あっ、ああああ!!」
「いい反応。少し漏らしちゃったかな?」
キスの最中、わざと腰を動かさずに生殺しにしておいた。
そのせいで男はすでに涙を浮かべて快感を待ちわびているように見えた。
「……たっぷり犯してあげる」
一度腰を浮かせ、彼女は今までで一番深くペニスをくわえ込む。
そのまま太腿の内側に力を込める。
まるで騎乗するジョッキーのように彼の腰を強く締め付けたまま小刻みに体を揺らしはじめた。
トントントン……
「んあっ、あああ! なん、なんで、これっ、ひああああああ!!」
「大げさすぎるリアクション。でも悪くない気分ね」
たった2~3センチだけの上下運動。一見すると美弥は全く動いていないように見えるはずだ。それでも、
トントントン……トントントン……
「う、あっ、や、やめ……なんで、こんなあああ、あっ、ああああ!」
膣内で縛り付けた男自身を確実に絶頂させる腰使い。
震えるペニスに合わせて締め付ける場所を変えているのだから。
「今度はこうやって腰を回したらどうかしら?」
クチュ、クニュ……
締め付けはそのままに、美弥は先ほど見せたのとは違う動きで腰で文字を描く。
「うあっ、あっ、あっ、き、気持ち、いいよぉ……」
クニュ、ニュッ、クチュウ、クイッ、クニッ、クニュンッ!
最後に数回ほど腰をしゃくりあげると、男の体が大きく跳ね上がる。
「いい声もらっちゃった♪ じゃあ、そろそろ――」
それを両手で押さえつける。
男の胸に手のひらを置いて、今度はそれを支点に文字を描く。
ゆっくりと書道の筆を動かすようにして三文字、男が切ない声を上げた瞬間に彼女は体を倒して激しくキスをした。
(ピチュ、レロ……ふふ、私の中でイきなさい!)
唇を奪いながらの命令。
射精直前のペニスにとどめを刺すように前後左右に艶かしく腰を揺らすと、ついに男の我慢が弾け飛んだ。
ビュクンッ、ビュクビュクッ! ドピュッ、ピュルルルルル~~~!!
とびきり熱い飛沫が彼女の中にほとばしる。
美弥も言葉には出さなかったが、軽く同時絶頂してしまった。
しかも射精は一度では収まらず、数回に分けて男は絶頂した。
男が震えるリズムに合わせて膣内を締め上げると、硬さを保ったままのペニスが苦しげに痙攣する。
その度に小さく呻く男を観察しながら、美弥は満足気に微笑むのだった。
「なんか……死ぬのが馬鹿らしくなっちゃったな」
目の前で幸せそうに横たわっている男を見ながらため息を吐く。
自殺を阻止されたという事実について悔しさも何も感じなかった。
それよりも彼女が考えていたのは、
(寒くないのかしら。この人)
他愛ないことだった。
そんな自分に気づいて美弥はクスッと笑った。もちろん男には見えない角度で。
「一応もお礼を言っておくわ。じゃあね、バイバイ」
美弥が手を振ると彼も肘から上だけを動かしてヒラヒラと手を振り返してきた。
すっかり骨抜きにされた体のはずなのに。
「でもなんでこんな遅い時間にここにいたのかしら?」
ぼんやりと頭に浮かんだ疑問に対してあまり深く考えず、彼女は自分のアパートへと帰った。
――翌日。
「今日から配属された加藤さんです」
いつものように朝礼の時間になり、美弥はあくびを噛み殺す。
机の中の遺書は出社直後に処分した。
見慣れない男性社員が課長に連れられてやってきて、全員に紹介される。
欠員の出ていた営業二課の中途採用ということだった。
美弥も含めた数名に部署の復活が伝えられたが、
「あっ」
紹介された男は美弥には見覚えのある顔だった。
彼女が漏らした小さな声を聞いて課長が訝しげな表情をする。
「もしかして知り合い?」
「……いいえ」
「そうですか。加藤さんは主任待遇で当社にお迎えしました。彼はライバルのN社で営業として活躍して――」
得意気に話す課長の話は、まったく彼女の頭に入ってこなかった。
どうやら目の前の男が直属の上司になるらしい。
そのことだけは漠然と美弥は理解した。
短い紹介が終わり美弥は彼と二人で資料室へと向かう。
今日は社内の配置や荷物整理、現状の把握に務めるらしい。
道中の案内をしながら、人の気配がなくなったところで美弥が切り出した。
「もしかして貴方、昨日屋上に来たのは――」
チュッ……
そこまで彼女が口にすると男は美弥の唇を塞いできた。
「んっ――」
チュル、ピチャ……
突然のことに美弥は大いに慌てたが、ここには誰もいない。
ゆっくりと彼の舌先に絡みついて、口の中を舐め回す……
昨夜と同じ味がした。
「よろしく。前任者からキミは大変優秀だと聞いてるよ。そんな人とチームを組めて僕は幸せ者だ」
「……こちらこそよろしくお願いします。加藤主任」
少し恍惚感を伴う表情で美弥は男を見つめ返す。
それは彼への好意ではあったが恋愛感情とは少し違う不思議な感覚。
彼女が昨日までの失っていた感情が湧き上がっていた。
その日から美弥は今までとは違う仕事を一気に任された。
加藤はわずか数時間で状況を把握した上で、業務に関するほとんどの権限を彼女に与えてくれたのだ。
同行営業で得意先周りをすると彼は必ず美弥を先方に推してくれた。
営業力の相乗効果で彼女の仕事の量が増える。
時々失敗して、美弥が自分ひとりで解決できない案件だと察すると、全力で加藤も対応してくれた。
どうやら信頼できる上司のようだ、と美弥が彼を認め始めたある日のこと……
午後九時を回った時刻に客先を出た二人。
社に戻る道中、一緒に食事でもしようかという流れになった。
「牧野さん悪い。今日は遅くなっちゃったね……おや、こんなところに見たことのないラブホが!!」
美弥は助手席で窓の外を見てため息を吐く。
百戦錬磨の営業である加藤ならこの地区がとりわけ有名なラブホ街であることを知らぬはずがない。
「嘘つき。とぼけちゃって……ホテルの名前まで知ってたくせに。ぜ~~~ったい知ってましたよね?」
「いやいや、全然知らなかった! ははははは……で、どうする?」
自分をしっかり見つめてくる彼の、あの日と同じ悪意のない笑顔に美弥のほうが折れた。
もうここから先は時間外労働。でも決して悪い気分じゃない。
「いいですよ主任。お望み通り、いっぱい犯しちゃいますから」
「ぅわ、お手柔らかにね。今夜はちょっと疲れ――」
言い訳がましい口を封じるように、美弥は人差し指で彼の額を突いて言葉を遮る。
「今日も情けない声で鳴いてくださいね。言い訳はその後で聞いてあげますから」
あれ以来彼女は自殺することなど考えなくなった。
その代わり死ぬのはもう少し彼を性的にいじめ抜いてからにしようと考えるようになったらしい。
(了)