『分け身』 第5話





 その後、気持ちを引き締めると言ったものの、レインの求愛を拒めるわけでもなく。

「はむっ、ぴちゅ、うぅ……ちゅっちゅっちゅ……おにいちゃぁん♪」
「うあ、ぁ、レイン……どうしてお前……んっ!」
「ちゅっ……なぁに、おにいちゃん」

 何度もキスをされて、甘い気持ちのまま再び唇を奪われ、愛情が深まっていく。
 心なしか彼女の様子も変化したように感じる。
 はじめはぎこちなかった俺との接触が、まるで数年間付き合ってお互いに打ち解けた恋人同士のように、自然な振る舞いに思えてきたのだ。

 丸くてクリクリした瞳の中に俺がいる。
 触れれば吸い付いてくるような肌は艶を増して、無言で俺を誘惑する。

 呼吸、距離、それに笑顔……レインには、嫌いになるものが見当たらない。

「あ、ああ……見蕩れちまった」
「へんなの。ふふふ、でもそれが普通だよ」
「どういう意味だ?」

 意味深な言葉が彼女の口から出たので、俺は尋ねた。
 すると彼女は少し考えるそぶりを見せつつ、ゆっくりと語り始めた。

「私は自分がどんな娘から分かれたのかは知らないけど、自分の役目はきっちりとわかってる」
「レインの役目?」
「うん、それはね……おにいちゃんの理想の相手になること」

 こんなに……とびきりの人懐っこい笑顔で見つめられて、平気でいられる男などいないだろう。
 しかも確実に好意を寄せてくる。だが何か違和感があることに俺は気づく。

「何故だ……それは目的じゃなくて、手段だよな?」
「あ、鋭い」

 すると彼女は小さく舌を出し、ウインクしてきた。

「おにいちゃん、私はサキュバスなの」
「改まって言われなくても、最初から知ってる」
「そっか。でもこれは知らないよね……サキュバスは一度、魔界で滅びそうになったの」

 ほんの少しだけ彼女の顔色が暗くなった。

「だから万が一の為に、人間界での写し身を繁栄させなきゃいけないの」
「それがお前の役目なのか?」
「うん。私はその『繁殖係』の一匹に過ぎないけど、役目はみんな同じだよ」

 そしてレインは、俺にギュッと抱きついてきた。
 ふわふわした胸を押し当てられ、自然に心臓がドキドキしてくる。
 暖かくて細い体をしっかりと抱きしめると、レインは嬉しそうにフフッと笑った。

「おにいちゃん、私のこと……どう思ってる?」
「どうもなにも、今日であったばかりで――うっ!」

ちゅ、うぅ……

「時間なんて関係ないでしょ」
「う、うん……」

 軽く触れるだけのキスでも、体の芯に響く。
 レインの言うとおり時間なんて関係ないといえるほど、俺はこの子を求めてる。

 最初に感じた不完全さや、おびえた様子など吹き飛んでる。
 守ってやりたいと自然に思えるほど好きになってる。

「私はおにいちゃんが大好きだよ。もうすでに、この人しかいないってくらいに」
「!!」

 鼓動が弾ける、とでも言えばいいのか。体じゃなくて、心が興奮してる。
 サキュバスとはいえ、か弱い存在であるレインに魂が震えてる。
 これが彼女達の持つ魔力のせいだとしても、抗えそうに無い……。

「予言するね。おにいちゃんはこれから、もっと私を好きになるの。
 好きになって、誰にもあげたくないなってくらいに愛しくなって、他の人に自慢したくなる」
「それは……あいつ、俺の親友みたいに、ってことか?」
「うん、そう。それでいいの。そうすると自慢された相手はどうなると思う?」
「……」

 自慢されたら羨ましくなる。相手が自分には無いものを持っているなら、尚更。
 それは数時間前の自分が証明してる。

「でもそんな……自動車や車みたいな、物じゃないんだから」
「物扱いでもいい。なんでもいい。とにかく私は、おにいちゃんの一番になりたいの!」
「レイン……!」
「お願いよぉ……私、頑張るから。おにいちゃんのために綺麗になるから」

 突然涙を浮かべ、声を震わせてレインは俺に抱きついてきた。
 何故こんなにも、完璧に俺好みなんだ。
 これじゃあ突き放せるわけが無い。

「そうか、これが狙いなんだな……お前たちサキュバスは、本気で対象を愛することで」
「うん、そうだよ。隠さない。でもおにいちゃんを騙すような事もしないから、もっと溺れて」

ぎゅう、うぅぅ……

 抱きしめられ、お返しに彼女を抱きしめながら俺は気づく。
 こうしていることが幸せすぎて、既に離れたくない。いや、離れられるわけが無いのだ。
 レインとこうして、ずっとくっついていたい……たとえ騙されていたとしても構わない。
 しかし彼女は騙していない。本気で俺を頼り、身を預けてくる。

「駄目だ、絶対に溺れちまう……こんなの、誰だって」
「ううん、私だけに溺れて。これからずっと、ずっと、ずっと……」
「ああぁ……」
「私も努力するから。いっぱい愛して」

 おそらくレインはこれから、もっともっと可愛くなる。
 さっきの予言どおり、俺好みの自慢したくなるような恋人になってくれる。

「抱いて……お望みなら、サキュバスの技で骨抜きにしてあげる♪」
「頼む。一度味わってみたいと思ってたんだ」
「うん、じゃあ……してあげるね」

 初めて俺に見せる淫らな笑みすら、魅力的でたまらない。
 ゆっくりと脚を広げ、誘惑する魔性の蜜壺にためらい無く挿入する。

ずちゅううぅぅ……

「うあっ、ああああああああああああ~~~! なんだ、これえええ!!」
「あんっ♪ 硬いよ……嬉しい」

きゅっ……

「あああっ、出るううううぅぅ!」

ビュルルルルッ、ビュクウウウ!!

 膣内は、まさに蕩けるような感触だった。
 下半身が液状化して彼女に流れ込むような、ほんの数秒間すら我慢できないうちの出来事だった。

「もっと頂戴……おちんちんの形、完全に覚えてあげるからぁ♪」
「レイン、ああっ! またイくううっ!」
「何度でも出して……いっぱい、いっぱい愛して!」

 外が明るくなるまで俺は彼女を……いや、彼女に抱かれ続けた。
 肌を合わせる度に彼女は俺の求める方向へ進化してゆく。
 手足も、髪も、顔立ちもバスとも、俺が精を放つ度に美しくなる。

 それがサキュバスだと、無言で彼女が教えてくれた。
 伝承のように、男を吸い尽くし、犯しつくして制圧する事もできるのだろう。

 だが、彼女達はそれでは役目を果たせない。
 精液の搾取など副次的な行為でしかないのだ。
 それでも魅了された男達は、彼女達が望めば喜んで全てを捧げるだろう。

 おそらくこれが種族として高度に進化した結論なのだ。
 人間同士の性交の数は減り続け、サキュバスとの混血が増えるのかもしれない。

 どんな形であれ、サキュバスは静かに増え続ける。
 それぞれの男性が身も心も委ね、満足しつつ精を与える分け身をゆっくりと熟成させながら。


(了)







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