風邪を引いた。
この時期に動けなくなるのは公私に渡り支障が出る。
なんとかならんかなぁ……とため息をつく。
一人ぼっちの部屋の天井に、いくつかのため息が出来上がった頃、そいつは現れた。
「お困りのようね」
「キミは誰だ?」
聞くまでも無かったが、聞かずにはいられない。そんな心境。
僕を真横で見つめている紫色の瞳。白い肌と、ピンク色のツヤツヤした唇。
それに上質なニット服を着た体のラインは、申し分ないほど魅力的な曲線を描いていた。
とにかく、この部屋に似つかわしくない美女(たぶん少しだけ年上)だ。そして、尻尾。
「お察しの通りよ。ご主人様」
「心の中を読めるのかい。だが悪魔を雇った覚えは無い」
「淫魔よ。間違えないで。ロブスターと牛ヒレ肉くらいの違いがあるわ」
「不法侵入者という点では違いは無い。出て行ってくれないか」
「あら、もう誓約まで済んでるのにそんな事言っちゃうの?」
自称淫魔は、右手の甲を僕に見せ付ける。
何か複雑な模様が、赤いペンキで書かれているように見えた。
彼女はそれが成約した成約の証だといい、そのための手続きを僕が果たしたという。
具体的には「ため息を吐いた後、その温度が消えないうちに次のため息を4回以上吐き出す」ということらしい。
「やれやれ、そんな器用な真似をしていたのか僕は」
「落ち込まないで。出会いに感謝しましょう」
どこからか取り出した大き目のワイングラスに注がれた液体に、彼女は口をつけた。
僕の分は手を伸ばせば届く距離に置かれている。琥珀色よりの真紅の液体、とでも表現しておこう。
現在の自分に起こっている事柄、これはもはや夢の領域なので、僕は腹をくくった。
上半身を起こしてワイングラスを手に取る。淫魔は嬉しそうな顔をした。
「それで、なにが希望なんだい?」
「あなたを治すわ。今回はそれだけでいい」
お互いに液体を飲み干すと、不思議な事に本当に誓約が済んだのだと実感した。
僕の気持ちが固まったと言い換えても良い。
同時に彼女は、遠慮がちに布団をめくり挙げ、僕の下半身に指先を伸ばす。
「勃たないよ」
「問題ないわ」
不思議と寒さは感じない。まるで空気が遮断されているようだ。
熱っぽい僕の体から、すぐに不自然な発熱が引く。そして股間にモノがむくむくと膨らみだす。
淫魔はゆっくりした動作で肉棒をしごき上げ、適当な硬さになったところで口づけをした。
「うっ……あ、熱いッ!」
思わず身体が反応してしまうほど甘美な口付けだった。
先端をしゃぶられ、舌先が這う。綺麗な、ピンク色の舌がヌメヌメと裏筋をくすぐる。
「嘘だろ、これじゃあいつも以上に……ッ」
「今のあなたは、こういう時じゃないと頂けないレア食材だから、私も気合が入ってるみたい。
そろそろ頂くわね。は~むっ……」
女は口を大きく開け、ペニスを深々と飲み込んだ。
とろとろの唾液をまぶされ、性感をむき出しにされたまま蹂躙されている。それなのに僕は――、
(気持ちいい! 気持ちいいよおおぉぉ! 体、動かないのに全身が溶けるみたいな……)
喉の奥で抱かれているような錯覚に陥る。
ゆっくりと上下する美女の頭にそっと手を当てる。
彼女の右手が僕の手のひらをふんわり掴み、口元からフフッと小さく笑みがこぼれた瞬間、
ビュルルッ、ビュッ、ビュッ!
「うああっ、ああああああ~~~~~!!」
小さな叫びと共に、僕自身が吸い出された。
魂の一部を吸われた気がした……だがそれは不快なものではなく、欠けた魂の一部は彼女の与えてくれた快楽に置き換えられる。
呼吸を乱す僕の頭を抱きしめる淫魔。
ふわふわの巨乳が頬に張り付くようで、これもまた心地よかった。
射精後のケアをしっかりとした後、淫魔は手首にはめていたシュシュのような装飾品を外した。
「治療完了ね。明日から年末までもう少しだけ頑張って」
ぐったりと布団に横たわる僕に軽くキスをしてから、彼女は霧のようにこの部屋から消え去った。
それら全てが夢であると、僕は受け入れていた。
――次の日。
夕べの発熱などどこ吹く風と言った様子で、僕は全快していた。
「素晴らしい気分だ。朝を迎えるだけで、こんなに嬉しくなれるなんて。んっ、なんだこれ?」
僕の手首に見慣れないものが装着されていた。
記憶に無い。それなのにどこか懐かしい気持ち。
レースでできた黒と白の、花びらを思わせるような刺繍があるシュシュだった……。
(了)