『魅惑の診療所』
自分の手首に絡みつく帯状の物体を振りほどけぬまま、男は暗闇で唸り続けていた。
「クソッ! な、なんだこれ……力を入れてもちぎれない!」
見た目は半透明のゼリーのようで、指で触れると厭らしく粘ついてくる。
しかも時間の経過とともに男の自由を奪っていく厄介な代物だった。
男はすでに左足と右腕を動かす時に尋常ではない力を込める必要があった。
抵抗すれば彼の体温は上がり、物体の効果が早まる仕組み。
そして物体の表面の粘つきが失われていくと同時に、確実に硬化していく。
両手と両足を緩く縛られたまま、男の動きが次第に鈍くなっていく。
「当然です。蜘蛛の糸はとても丈夫なんです。鉄よりも強固で、しかも伸び縮みするのですから」
「く、蜘蛛の糸……!?」
「それがこんなに束になっていたら……人間の力では解くことなど出来ませんわ?」
不意に、男の傍に魅惑的な体型の女性が現れる。
闇の中から霧のように浮かび上がり、正面から男を抱きしめる。
(な、なんだ……この感触、すごい……!)
張り出したバストが男の胸で形を変える。柔らかく、しっとりと吸い付きながら男を魅了する。
胸だけでなく、長くふわりとした髪の毛が男を惑わす。
絹糸のような髪が鼻先を掠め、甘い香りで彼を包み込む。
細くてすべすべした肌が絶え間なく男を惑わす。
与えられる全ての感触が申し分ない。
気がつけば男は仰向けに押し倒されていた。
着ていたはずの服もない。女性の色香に溶かされてしまったように。
手足に絡みついた粘液も凝固し、もはや動かせそうにない。
「今から何をされるか、楽しみですよね? ゆっくり解説しましょうか」
「ひっ!」
それは思わず男の口からでは悲鳴だった。
眼の前の美しい女の背中から飛び出した六本の腕……その異形に驚いたのだ。
現れた腕は、紫がかった艶を放ち、先端に尖った爪が男を狙っている。
爪の先はどこか湿っているようにも見えた。
女性は、男の驚いた様子に構わず両手で彼の頬を挟み込み口づけをした。
唾液を流し込み、貪るようなキスを繰り返しながら、自分の右肩の後ろからゆっくりと腕を忍ばせてゆく。
そして彼の首筋に、見えない角度から爪を食い込ませた。
「痛ッ!」
否、実際には痛みなど無いのだ。
「まず第一の針……手足の筋肉をじわじわと弛緩させます。指先は未だ動きますか?」
「くっ、ううぅ……!」
「抗うつもりですか。可愛い……」
反射的に体を震わせた彼をいたわるように、女性は優しく口付ける。
その甘さが麻酔のように彼に染み渡り、痛みを麻痺させる。
「あぁ、なんだ……これは……」
「でも皮膚の感覚は残っているでしょう。そこが重要なのです」
そうささやきながら、女性は彼の頬を挟んでいた両手をゆっくりと下げてゆく。
指先で彼の首を、肩を、鎖骨をくすぐり、乳首まで弄ぶ。
「さあどうかしら?」
「う、うううぅぅ!」
「気持ちよさそう……でも、もう動けませんね? では第二の針……」
右の脇腹に何かが突き刺さった感覚があった。
ほんの一瞬だけ、男は呻く。しかし痛みはなかった。
ただ第一の針と同じく、第二の針と呼ばれるモノから注入された毒液は、確実に彼の体を蝕んでゆくく。
「あ、ああぁ、な、何を……!?」
「この毒は性感を飛躍的に高めます。これは即効性が強く……ほら、この通り」
シュッ、シュッ……クニュッ……
「うはあああっ!」
羽根が舞うような手つきで、すっかり勃起していたペニスを軽く撫でられて男は喘いだ。
ほんの少しかすっただけなのに、まるで熟練の娼婦に激しくフェラされているような感覚。
もしも手足の自由さえ利けばすぐにでもかがみ込んでしまいそうな状況だった。
「効いてますね。では続けて第三、第四の針を……」
「ま、待っ……んあああ!」
「いいえ、休ませはしませんから」
今度は明確に針を刺された感覚があり、またもや男は呻く。
ただし相変わらず痛みはない。
そのかわりに視界が明滅し、妙な浮遊感に襲われた。
「あ、あふっ、う、ううぅぅ!」
「すぐに意識が朦朧として、私が与える快感以外を受け入れなくなります……と、もう喋ることも難しいですか」
直接頭の中に響く女性の声に驚きつつも、男は今まで以上の恍惚感に溺れかけていた。
全裸になった彼女が複数現れて、自分を左右から抱きしめているようにも感じた。
「素敵でしょう? かなり強く刺激されているのに、それが全て快楽に変換されるのですから」
実際は、彼の両方の乳首が女性によって弄ばれ、ペニスは先端を握りつぶされるようにこね回されていた。
我慢汁が大量に滲み出し、淫らな音が響き渡っている。
しかし彼にとってその全てが至福の悦楽だった。
「貴方はこの感覚に慣れてもらう必要がありますから、今日はここまで……この先は、うふふふふ」
不意に彼女は男への手を緩め、男を抱き起こす。
そして脇の下から手を通してぴったりと折り重なるようにして自らの身体を預けた。
「う、うううっ!?」
「抱きしめたまま、体を擦り合わせてみましょうか」
鼻と鼻が触れ合う距離で、女性の整った顔立ちに男は心を奪われる。
それを知ってか、女性が僅かに顔を前に出して唇を重ねてきた。
軽く触れ合うだけのキスだが、今の彼を興奮させるには十分すぎた。
彼女はさらに自分と彼の手のひらを重ね、指を絡ませて一体感を醸し出す。
先程の口付けと同様に男は恍惚感を味わうことになる。
肌が擦れるたびに下半身は躍動し、美脚を求めるように男は体をよじらせる。
(うあっ、ああああああああ、気持ちよすぎるッ!)
その様子がおかしいのか、彼女はクスッと笑ってから男の足を絡め取るようにして膝の裏に足先を差し込む。
大の字にされたままさらに密着感が高まり、女性上位のまま手足を拘束されて男は快感に喘ぎ続けた。
すべすべした女性の肌に全身を愛撫され、ペニスは自分と彼女の腹の間で挟み込まれ、悶絶してている。
「もう天国ですか?」
「うあ、あああぁ、イくっ、イっちまうううううう!」
「はい、どうぞ」
女性は男を見つめたまま、軽くい腰を浮かせてから、くねくねと下腹部を波打たせた。
妖しくうねる断続的な刺激に、男は耐えきれずに絶頂してしまう。
ビュルルルルッ、ビュクウウウ!
挿入されないまま、女体に抱かれた男は盛大に爆ぜた。
密着した状態で快感をなじませるように、彼女はさらに男の全身を強く抱きしめる。
しかし全身に快楽が染み渡るのを待たず、男に向かって女性が囁く。
「まずは一発……では次に、このまま振動させてみましょう」
体を預けたまま、爆ぜたペニスを焦らすように女性が腰を左右にくねらせる。
白濁を出しきらないうちに次の刺激を与えられ、声を枯らして男が喚く。
感度を上げられた男にとって、それは膣内で蹂躙されるのと同様の快感を生み出す。
数分も経たないうちに男は二度目の絶頂に至る。
「私達の間でペニスが震えてる……これで二発。まだ硬いままですね?」
ヒクヒク震え続けるペニスを見つめ、そっと指先でこね回してから包み込むす。
男は苦しげに呻いているが、彼の分身は掴まれたまま嬉しそうに跳ね上がった。
満足げにその表情を見つめながら、女性はゆっくりと状態を起こす。
「まだまだ時間はたっぷりありますから、三発目はここに出しましょうか……」
ゆらりと身を起こし、彼女は膝立ちになる。
上品な動作で、亀頭を摘んで膣口に押し当てた。
悶える彼を見て興奮したのか、少しだけ息が弾んでいた。
そして上気した表情で口をつぐみ、一気に腰を落とす。
じゅぷううううっ!
「あっ、あああああああああああああああああ!!」
「うふふ、ごめんなさい。ちょっと刺激が強すぎますね」
膣内を思い切り締め付けたままでの強制挿入は、夢心地であるにもかかわらずに男の嬌声を誘発した。
童貞の男子が経験のある女子に膣内、膣口で皮を全て剥かれてから抱かれるような感覚。
喪失感に似た極めて強い刺激を男は味わっていた。
「あ……が、あああぁ!」
「どう? 暖かいですか?」
だらしなく口を開き、限界まで目を開いた表情で男は体を震わせている。
そんな彼を見つめながら、女性はゆらゆらと腰を振る。
ヌルヌルの膣内でペニスを弄ばれる感覚に、男はさらに悶えさせられた。
強すぎる刺激に指先まで痺れきってしまったようで、すっかり女性のなすがままにされている。
「ここからは優しくしますね。じわじわと搾ってあげますわ」
くにゅ……くにゅん……くにゅ、くちゅ……
再び上体を倒し、彼に覆いかぶさるようにして優しく囁く。
バストは窮屈そうに押し潰されているが、細い腰は絶え間なくゆらゆらと左右に動き続けている。
「じれったいですか? それとも気持ちいい?」
「あ、あああぁぁ!」
「もしかして……激しいのがお好みかしら」
たんっ、たんっ、たんっ! ぱちゅっ、ずぷっ、ずぷっ、ずぷううっ!
「んひっ、あっ、ふああああ!」
「何をされても感じちゃうのね。じゃあ、両方お好みということで交互に……うふふふふ」
女性は彼を抱きしめたまま、左右に腰を揺らしたり、上下に激しく腰を打ち付ける。
ヌルついているとは言え、彼女の膣内の締め付けは強烈だった。
それが絶え間なく自分を喜ばせにかかってくるのだ。
しかも逃げ場はなく、常に彼女を見上げていることで視線もそらせずに見惚れるしかなかった。
淫らなリズムは規則正しく彼に快感を刻み、やがて深い絶頂へと導いてゆく。
「ぐあっ、あっ、ああっ、ああああ!」
「イきます? イっちゃいますか?」
「いぎっ、い、いいいい!」
「クスッ♪」
悶える彼を抱きながら、妖しい微笑みが彼女の顔に浮かぶ。
そして大きく息を吸ってから下腹部に力を込め、膣内のペニスをさらに締め上げた。
ビュルッ、ビュルルルルル!!
「~~~~~~~~~~!!!!」
うまく声も出せないまま、女性に抱かれながら男が爆ぜる。
急激な膣内の圧力を感じる間もなく、ペニスが先に彼女に屈してしまったのだ。
「はい、三発目……ずいぶん早いのね。もう一度復習しておきましょうか」
ビクビク痙攣する体ではあったがペニスは彼女を求め、萎える様子を見せない。
男の体に打ち込まれた毒の効果でそうなっているのだ。
もはや彼に自由はなかった。
時間制限いっぱいまで、彼女は優しく微笑みながら男の体をなぶり続ける……。
◆
「すごかったよ……拘束されるところなんて本当に動けない気がして」
両目をすっぽりと覆う黒いゴーグルを外しながら男は言う。
店員である女性はそれを笑顔で受け取り、代わりに冷えたタオルを差し出す。
「でも安全だったでしょう?」
「ああ、心なしか体もスッキリしたし、また寄らせて貰うよ」
「ありがとうございます」
代金とタオルを女性に渡し、男は店の扉を開けて出ていく。
ここは繁華街に新規オープンした「アラクネ」というVRエステ。
噂を聞きつけて、今日も多くの人達が仮想体験を求めてやってくる……。
(了)