『淫転の魔窟』





選択肢1・髪を撫でてやる



 この部屋から脱出、もしくは先へ進むためには、奥の扉を開く必要がある。
 その鍵となるのはオレの隣りにいるサキュバスだ。

(不本意だが……目的を果たすためだ。仕方ない)

 俺は手触りの良いノエルの髪を優しく何度も撫であげる。

「んぅー♪ ︎ヴィトさん、すきですー♪︎ もっと……なでてください……♪︎」
「簡単にすきとか言っちゃだめだ……」

 そう言いながら俺はノエルの髪を熱心に撫でている。この感触はちょっと、やみつきになる。

「きれいな髪だね」
「ありがとぉ♪」
「すきって言わなければもっと優しくしてあげるから……」

 自分でも少し意地が悪いと思う。だがノエルは仮にもサキュバスだ。
 好意的な言葉で魅了されるわけにはいかない。

「あぅー♪︎ なでなでだめです……♪ ︎すきになっちゃいます♪ ︎ノエルの髪ほめてくれてうれしいです♪︎ やさしくされたい……もっとなでなでして欲しいです……♪︎ うぅ……」

 その可愛らしい声は、こちらの警戒心を無視して染み込んでくる。

「ノエル、ずるい子だ……でも可愛いから許す」
「嬉しい……♪ もっと褒めてぇ♪」
「うん、いいよ。でもその代り、ちょっとだけ意地悪をして……心を揺らしてから、揺れが収まるまで見つめてあげる」
「そんなぁ……意地悪しないで……」
「もっともっとノエルを柔らかくして、泣きそうになる直前でぎゅーってしてあげる……」

 柔らかい髪を撫でながら俺はそんなふうに囁き続ける。
 時々彼女を抱きしめると、その抱きごこちにこちらが酔いそうになる。
 抱きしめながら頭を撫でると、彼女はさらに嬉しそうに微笑む。

「あぅぅ……♪ ︎もう心揺れちゃってます……♪ ︎みつめられるのもすきだし……ぎゅーもすきだし……ヴィトさん……ずるいです……♪︎♪︎」

 可愛い、本気でそう思い始めていた……その気持を隠すように、何度も頭を撫でてやる。
 ノエルが脱力してゆく。
 堕とすのも堕とされるのも好きなサキュバスにとって、これは最高の焦らし責めになる。

「わかってる。ずっとこうされていたいんだろ?」

 手の動きと連動して、ノエルはどんどん脱力してゆく。
 呼吸は悩ましく熱くなって、心なしか両脚がモジモジし始めている。

 このまま一時間くらい続けたら彼女はどうなるのだろう。
 そう思いながら腕の中にノエルを収め、顎の先をくいっと持ち上げてみる。

「なんで……こんなにノエルの弱点えぐって来るんですかぁ♪ ︎ほんとーに……だめ……です……♪︎ んぅーー……♪︎ ヴィトさんだいすきです……♪︎」

 たまらなく可愛い。さっきよりも断然……もっと可愛い姿が見たい。
 ノエルに対して無意識にそんな気持ちを持ち始めていた。

 可愛いから、もっとも可愛くしてあげたい。

 心の痛みすら気持ちよくなるほど優しく抉ってあげたい。

 ゆっくり心の皮を剥いて、撫で回して、力を奪って動けなくしてあげたい。

 自然と引き込まれていることに俺は気付けないでいた。
 あまりにも心地よい彼女とのやり取りが全てを麻痺させているのだ。


「好きって言わない約束だよね? 言葉に頼らなくてもノエルは魅力的だよ……」

 今度は背中も撫でてやった。
 服の上からでも判るほど、とても綺麗な背中だった。
 それを熱心に撫でると、ノエルは体をくねらせた。

「あぅぅ……♪ ︎ヴィトさんにすきにされたい……です……♪ ︎すきっていわないです……すりすりされて……♪︎♪ ︎せなかなでられて……ふわふわします……♪︎♪︎」

 すっかり力が抜けちたノエルを抱きしめる。
 可愛い。なすがままの彼女を思い切り抱きしめてみた。

「ぎゅーってされるのは好き?」
「だいすきですぅ♪」
「柔らかくて折れそうだ。でも、もっとしてほしい?」
「はい、もっと……もっとすきにして♪」

 恍惚とした表情のノエルを見ているうちに自分まで同じくらいドキドキしていると気づいた。
 ゆっくりゆっくりと背中を撫でる。
 同時に彼女を抱きしめ、頭も撫でる。
 目の前に形に良い彼女の耳が見えたので、そっと息を吹きかけてみると……、

「ぁぅ……ちからぬけて……我慢できないです……♪ ︎強くぎゅってされるの、ほんとなんかみたされます♪ ︎もっとしてください……♪︎ なでなできもちぃ……♪ ︎あたまもせなかもなでられて……変な声でちゃう……♪ ︎おみみはまって……まってくださいぃ……♪︎♪︎」

 心を溶かされたように彼女は懇願してくる。
 それがまた可愛らしくて、どうしても虐めてみたくなる。

「待たないよ。耳、震えてる……声出しちゃダメだから」
「んんんっ♪︎がまん……んぁあ♪」
「ちゃんと口を結んで我慢して、ほらぁ、ふうぅ~~……ちょっと感じすぎ? それとも演技か……もう一度するよ。ふうぅ~」
「︎演技じゃ……ひゃうぅ♪︎♪」

 叩けば響く感じ方をするノエルに対して、いつの間にか自分でも驚くほど積極的に振る舞っていた。

「ノエルは感じやすいんだね。疑ってしまったお詫びに、暫く耳を責めてあげる。もちろん抱きしめながら」
「︎抱かれながらだと……ちからぬけて……おみみもっときもちよくなるぅ……♪︎♪︎ ぞくぞくしちゃうぅ……♪︎」

 頬を上気させ、すっかり汗だくになったノエルをさらに責め立てる。

「ヴィトさんの言葉がすごいささるし、すごいすき♪ 勝手に、ちからぬけてくる……」
「どうされたい?」
「めちゃくちゃに……なりたいです……♪︎♪」︎
「じゃあ、戻れなくしてあげようか……」
「もうだいぶもどりたくないです……♪︎」

 そう言ってから、ノエルは遠慮がちに両腕を俺の首に回してきた。
 密着感が高まって、柔らかいバストが二人の間で形を変える。

「んぅ♪ ︎ヴィトさんありがとうございます♪︎♪ ︎きもちいいです……♪ ︎ちからぬけちゃう……♪」

 うっとりした表情で見上げてくるノエルの髪を優しく指の間に通す。
 絹糸のような手触りが心地よい。

「︎髪の毛すかれるのきもちよくてすきです♪ ︎でも笑顔っていうか蕩けた顔になっちゃうので……あんまり見ないでください……あぅ♪︎」

 見るなと言われたので、逆に凝視してみると、彼女は恥ずかしそうに顔を伏せた。
 だがその蕩けた顔はとても魅力的で、もっと骨抜きにしてやりたくなる。

「だめ……ほんとに蕩けた顔しちゃってて……はずかしいからだめです……♪」
「わがまま言うんだ?」
「︎うぅ……♪︎ ノエル、わがままなんかじゃないですよぅー……♪︎ でもなでなで止めちゃだめです……♪︎んぅ♪︎」

 優しく頭を撫で続けると、彼女は面白いように喘ぎ続けた。
 その姿を見ているだけで多少のわがままなど気にならなくなる。

「その顔、じっと見てあげる。頭の中が蕩けて、だらしなく緩んだ顔を見ながら髪を撫でてあげる。」
「えへへ♪ ︎なでなですきぃ♪ ︎でもお顔はだめです……♪ ︎恥ずかしくてぞくぞくしちゃう……♪︎ んん♪」
「ノエルは、自分の道連れに相手も快楽に堕とそうとしてくる……」

 冒険者としてはあるまじきことだが、できればノエルと一緒に堕ちたい……そう思った瞬間の出来事だった。

「私、全然相手のことを一緒におとそうとしてないです……でも今はヴィトさんといっしょにおちたい……です♪︎♪︎ぎゅぅ……♪︎」
「なっ!!」

 瞬間的に、俺の体から力が抜け落ちた。
 完全に不意打ちだった。
 今、この瞬間までノエルのほうから俺に抱きついてきたことはなかったのだから。

「えへへ、気持ちよかったですかぁ?」
「気絶してた……そっちから、ぎゅぅするのは……反則……ぅ……ああああああああ!」

「もーっとぎゅうってするから……ノエルのこともっとなでて……♪︎ぎゅぅぅうう♪︎ヴィトさんすきですよ……♪︎ちぅ♪︎」

 そして今度はキス……目の前が桃色に染まる。
 意識が溶ける、上書きされて、ノエルのことが好きになっていく……!

(ノエル、手強すぎる……堕としたつもりが、チャームかけられてた……)

 もはや自分の意志とは無関係に、俺の手が彼女の髪を撫でる。
 サラサラの心地よさは健在で、意識が溶けかかった俺にとってはそれもまた危険な責め苦だった。

「すきすきすき♪ ぎゅうぅぅ~~~」
「あああっ!」

 そしてノエルもまたそれが心地よいらしくて、俺にすがりついてくる。

(ぐうっ、こっちがなでなですると、ぎゅう~っって返されて……ヤバい、理性が剥ぎ取られて全然回復が追いつかない!)

 しっかりと俺の背中に手を回し、ふにふにした頬を胸板に擦り付けてくる。
 彼女と触れ合っている部分から、自分自身が蕩けて流れ出ていくように感じてしまう!

「えへへ、もういっかい、ちゅ♪ ちゅっちゅっちゅ、ぅ~~♪」

 最上級のチョコみたいに甘いキス……小さな花びらみたいな唇が俺の呼吸を奪い、弄ぶ。
 それが心地よすぎて、全く抵抗できない。

(しかも今、チュッて何度もされ……好きと言わせないようにしてたのに、こっちから言ってしまいそう……もう一度気絶しないと!)

「ぎゅううぅぅ~~~! ノエルのこと、もっとほめてください♪ いいこいいこして喜ばせて~」

 彼女の言われるままに頭を撫でて、お礼に抱きしめられ、キスされる。
 何度も繰り返されるうちに、すっかり俺は彼女の虜になってしまった。

「駄目、おち、る……ぅ……!」
「ノエル、おちてますよー♪ ︎ヴィトさんきもちよすぎて……♪ ︎えへへ♪ ︎またノエルのこときもちよくしてくださいね♪ ︎ぎゅぅぅううう♪ ︎すーき♪︎♪︎♪︎」

 彼女に抱かれるたびに心臓が大きく跳ね上がる。
 体だけじゃなくて、心を思い切り抱きしめられているから逃げられない……。
 この上なく甘い声が耳の中で何度も響き合って、目の前はピンク色になって、ノエルの事以外何も考えられないまま、俺は静かに意識を手放した……。







 気がついた時には、俺はまたこの場所へ戻ってきていた。
 自分の足で戻ってきたわけではない証拠に、装備品のうち一つだけが無くなっていた。
 それは道具屋で購入できるポーション……魔力補充のための水薬。
 金額もたいしたことないので損害のうちに入らないのだが、道具入れの空いたスペースに小さな手紙が埋め込まれていた。

『帰りの魔力が足りないので、一つ貰いますね。大好きです。チュッ♪』

 手紙には心当たりがある。相手が誰なのかもわかる。

 一見すると何も盗まれていない俺だったが、冒険者として大切なものを喪失していた。

 迷宮の主を、邪悪な淫魔を討伐するという闘志や使命感が今はない。
 その一方で厄介なものを敵から植え付けられていたのだった。

「また行こう……彼女に会うために」

 道具屋でポーションを一つ補充してから、俺は再び迷宮内へと足を踏み入れた。

 淫転の悪魔は、既に俺の中に住み着いている――。





『淫転の魔窟』(了)










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