『壁際にて ~特別棟~』




 ある日の学園。屋上。

「何をするつもりだー」
「どうも先輩! 一緒に日向ぼっこでもしようかと思ってお誘いしただけです」
「うそつけー! どうせひどいことするんだろー」

 俺は今、覚悟を試されている。
 学年がふたつも上の先輩に催眠術をかけようとしているのだから。

 しかもこの先輩、猜疑心が強すぎて本当の自分を出さない。なかなか出さない。
 だが他の先輩から、そういう性格の人にこそかかりやすい術を教えてもらった。

 とりあえず、先輩はベストポジションにいる。
 日陰の壁際に居るので隣へ移動してみた。

「うっ、ずるいぞー 間合いを詰めるな……」
「そんなに嫌わないでくださいよ」
「見つめるなー あっちいけー」

 この通り見事に嫌われている。
 本当にこの術が効くのだろうか? ダメ元で俺はポケットから小道具を取り出した。

「なんだそれはー?」
「先輩に見てもらおうと思って。ほら、こういう謎道具好きですよね?」
「あぅ! やめろぉ……私の性格を見透かすのはやめろー」

 荒っぽい拒絶反応とは真逆で、先輩は興味津々といった様子で、器具の先端を見つめ始める。
 器具と言っても、古典的な振り子に過ぎないのだが……。

「先輩、今から勝負しましょ。先輩は催眠術とか、そういうのは信じないタイプですよね」
「当然だろー 絶対落ちないからな、私は……」
「落ちないんですよね?」

 それから何度か同じような質問をして、同じ返事を返してもらう。
 答えは全て肯定させる。
 だが少しずつ質問を変えていくのが難しいところだ。

「私は、私はー……」
「落ちないんですよね」
「そうだー 絶対落ちないぞー……」
「でもこういうの好きですよね?」
「好き」

 やっとここへ誘導できた。いざ、勝負!

「好きなんですよね?」
「すき!」
「僕のことは嫌いじゃないですよね?」
「好き、好きなの……あれ、なにこれ、好き」

 自分の意図した答えと違う内容を口走ったのに気づいて、慌てた先輩が口を塞ぐ。

「もう逃しませんよ。先輩は僕が好きなんですね?」
「違うの、好きッ! なんで、なんで私っ、好きしか言えない!?」

「いいんですよ先輩は僕が好きなんですから」
「好き!」
「好きと言ってる自分も好きでしょ?」
「すきっ、好きいいぃぃ! あ、ああっ!」
「僕も大好きです、先輩」

 そして僕は彼女を優しく抱きしめた。

「す、きぃ……♪」

 僕の腕の中で、先輩が可愛く呟く。
 さらにいつの間にか彼女の腕は、僕の背中をギュッと抱きしめていた。
 そのあと追加で二百回ほど、可愛らしい口から「好き」を言わせることに成功した。



「忘れろ……今のは忘れろー!」
「はい。わかりました」
「私がお前のことを好きは筈がないだろー! その笑顔が気に入らんぞー!」

 苦々しい表情で彼女が言う。
 先輩のプライドが、たった数分間であっても僕に屈したことを拒んでいるのだろう。

「でも先輩、好きって言ってくれましたけど?」
「だから私は……好き。えっ、な、ななっ!」
「ありがとうございます」
「恥ずかしい、何だこの感情は!」

 戸惑う先輩はとてもかわいい。前から可愛いと思っていたけど、今日は格別だ。
 僕は質問には答えずにこやかに彼女を見守った。

「ああっ、見るな! こっちをみ、見ないで……」
「見ます。大好きですから」
「こんな私でもいいのか? 好きしか言えなくなった私でも……」

 僕が笑顔でうなずくと、先輩は逃げるように屋上をあとにするのだった。





「ふん、チョロイもんだな」

 階段を降りながら彼女は笑っていた。

「馬鹿め。落ちたのはお前だー! ふへへへへへ!!」

 どこまでが演技で、どこからが本気なのか。

 可愛い後輩の前で先輩の威厳を取り戻すことができるのか。

 それはまた次のお話。



(了)











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