『ぱふぱふ小屋』
有名なRPGにも登場する「ぱふぱふ」という言葉をご存知だろうか。
あくまでも創作、フィクションであり実在するはずがない。だからこそ妄想し、過剰に興奮するのだ。
だが公衆の面前で、そのような表現を目にした時、想像力が豊かな紳士である諸兄は何を思うだろうか。
この雑記はそうした危機に直面した一人の男の物語である。
■
夏から秋へ変わる途中、暑さが和らぐ週末のイベント会場にて。
彼は奇異な看板を目にした。
「ぱ、ぱふぱふ……小屋? なんじゃこりゃああああああ!?」
もちろん彼は紳士である。
街なかで大声を出したり、人前で興奮する様子を顕にすることはない。
ただただ心の中で葛藤しているだけだ。
しかし、彼だけでなくその会場に居た複数の男性または女性も同じ思いでその看板があるブースを見つめていた。
「……」
「……!」
「……っ!?」
自然な衝動だった。誰よりも早く、先を急ぐようにブースへ駆け寄っていく。
一人、また一人とその看板の下へと人が吸い寄せられていく。
看板には桃色のカーテンがあり、人が進むに連れてその幕がめくれる頻度が高まってゆく。
幕の向こうに居たのは複数の美少女と、軽くその十倍を超える人数の男性たちだった。
とりあえず目についた可愛らしい女性の前に彼は並んだ。
待ち時間が無いのは幸運だった。
「いらっしゃいませー!」
「店!?」
「いいえ、単なるVRイベントですから」
「なるほど……」
仮想現実と聞いて意気消沈したのは事実だが、目の前の女性が可愛らしいことに変わりはない。
わかりやすく言うならチアガールのコス……黄色いカチューシャ、耳より少し長い茶色の髪、ノースリーブの赤いタンクトップとミニスカート。
タンクトップの丈は短く、白い腕はもちろん、腰のクビレとおへそも見える。思わず触りたくなるほど尊い。
ぱふぱふという言葉から連想するように、胸もそれなりに大きい……そして形も、良い。
「もしかして、いけないこととか妄想しちゃいました?」
「いや、断じて!」
「そうですよねー。えへへ♪」
そんな会話をしながら、彼女が手渡してくれたのは真っ黒なゴーグルだった。
それをかぶると殺風景だった会場が華やかなリゾートホテルの一室に変化した。
彼女の衣装や顔立ちはほとんど変化がないが、何処か神々しさが増している。
「ぱふぱふについての説明が必要ですか?」
「頼もうかな……」
「はい、では簡単に。ぱふぱふというのはリラックスしてもらうことですー」
彼女はニッコリと微笑むと、可愛らしい仕草で自分の後ろにある背もたれ付きの椅子へ彼を座らせた。
視線が下がった彼は、無意識にミニスカートの中を一瞥する。
(ちゃんとスパッツを履いてる、か。残念……いや、そうでもないか)
タンクトップにミニスカ、そしてパンチラを期待するのは男の性であるが、逆に隠されているのも悪くはないと彼は感じていた。
白い肌を覆うことで、より美しさを際立たせるという効果もある。
このブースの、衣装を監修したものは間違いなく脚フェチなのだ。
彼の勝手な思い込みは無視して、眼の前の女性の説明は進んでいく。
「キャストによってやりかたはいろいろなのですが、私の場合は……こうです。えいっ!」
「っ!?」
彼は驚きを隠せなかった。
突然彼女が正面から彼の膝に跨ったのだ。
柔らかなヒップの感触を膝に感じる。そして白い手のひらが彼の顔を優しく挟み込んだ。
「お顔をマッサージしながらぁ……」
指先がくねくねと動き出すのを感じる。思わず小さな声が彼の口からこぼれた。
顔の、側頭部のツボを刺激されたせいなのか、はたまた興奮のせいなのかは彼にもわからなかった。
顧客である彼をじっと見つめ、微笑みながら女性はその動きを続ける。
「いい香りを味わってもらうだけなんです。健全ですよね?」
そう言われてみると、何処か怪しげな南国の香りが漂ってくる。これもVRの効果だろうか。
彼をマッサージしながら、女性は少しずつ腰を浮かせてゆく。
目線の高さが変化して、次第に彼女を見上げるようになる。
「ほら、ぱふぱふ♪ ぱふぱふ♪」
彼に覆いかぶさるような姿勢は変えずに、彼女は完全に膝を伸ばした。
しっかりとフロアに両足をつけて、力の加減を変えながらマッサージを続ける。
「ぱふぱふ♪ ぱふぱふ♪ ぱふぱふ♪ ぱふぱふ……」
指先の動きは精妙を極めており、始めは困惑していた男に変化をもたらす。
次第に男は寡黙になり、マッサージでほぐされた顔がうっとりと蕩けてゆく……。
女性が僅かに前かがみになる。すると、タンクトップの下で豊かな胸がゆらゆらと揺れた。
自然にその光景を目に焼き付けられ、男の背中がビクンと跳ね上がる。
「おにいさん、リラックスできてるみたいですね? でもさらに、ぱふぱふ♪ ぱふぱふ♪」
顔へのマッサージを継続しつつ、女性は左右に体を揺らした。
男の目の前でバストが揺れるのだが、それを凝視することに何故か罪悪感を覚えた。
(この人は、一生懸命マッサージしてくれてるだけじゃないか……それなのに俺は……!)
劣情を抑える彼を嘲笑うように、彼女の髪から弾けた淡い柑橘系の香りが鼻孔をくすぐる。
触覚、嗅覚、視覚、そして聴覚……感覚の大半を支配されたまま、数分間が経過した。
ピピピピ……
「はい、おわりです。お疲れ様でしたー」
タイマーの電子音に男は救われた気がした。
ゴーグルが外されて、大きくため息を吐いた。
このまま続けられていたら、おそらく彼は……、
「いかがでしたか? また利用してもらえそうですかぁ?」
「する、絶対する……」
「やったー♪ ありがとうございます」
既に手遅れだった。
たっぷりとぱふぱふの魅力を味わった男性は、半分以上がリピーターになるという。
キャストの女性は、彼の様子を見て喜びながらポイントカードを作って手渡した。
「来週から本格稼働となりますので、代金は無料でーす!」
「そうなんだ……なんだか悪いなぁ」
「では、またのご来店をお待ちしております。できればまた私を指名してくださいね♪」
(了)