『欲望の迷宮 ~低層階の罠~』
ここは欲望の迷宮・第5層。
まだまだお宝がたくさんあると言われる第10層までは遠い。
それなのに俺は――、
「あーぁ、下級淫魔に負けるわけないって息巻いてたのになぁ~」
「くそっ、どうなってやがるんだ!」
目の前に居るのはサキュバス。
それも大して強くないはずのレッサーサキュバスのはずだ。
こんな奴相手に攻めあぐねている。自分でも何故だかわからない。
「ちょっとだけ残念かも?」
はぁぁと息を吐いてから指先で前髪を払い、微笑むサキュバス。
肩より少し短いくらいの黒髪がふわりと揺れる。
ただそれだけなのに、視線で追いかけてしまうのだ。
いつの間に魅了術をかけられたのかもわからない。
トラップを踏んだ覚えはない。密かに解毒や解呪を試みても効果がない。
気持ちだけが焦り続ける。
「じっとしてろよ。今、楽にしてやる」
「ふふっ、まだ動けるんだね? いいよ、相手してあげる」
剣を杖にして立ち上がると、身構えることもなく、サキュバスは2メートル程度下がった。
まずはあの笑みを消してやろうと振りかぶり、息を止めて一気に距離を詰める。
「やああああああああああああああああああ!!」
打ち下ろし、なぎ払い、鋭く突く。
しかし当たらない。
「その声しびれちゃうなぁ~」
「ほざけ!」
剣を振り回しながら俺は密かにやつをある区画へと誘導していた。
前にここへ来た冒険者が仕掛けていたであろう、魔物だけに作用する簡易結界を見つけたのだ。
そこへやつが足を踏み入れればチャンスが生まれる。
「おっと!」
サキュバスの表情が変わる。
だが視線はそらさない。
地面が淡く光ったのも感じている。
結界が作動した!
あとは俺の一振りがやつを切り裂けば――、
ザンッ!
「なっ!」
「はい残念でしたー。ギリギリ届かない距離だね?」
捉えたはずが残像だった……馬鹿な!
サキュバスにこんな芸当ができるわけがない。
「お前、下級淫魔じゃないだろう?」
流石に剣を振りすぎた。
時間稼ぎのつもりで俺はサキュバスに問いかける。
「そんなことないよー。本当に下級だよ、ボク」
おどけた様子でサキュバスが尻尾と羽を動かしてみせる。
しかしやつは全く呼吸が乱れていない。
それどころか、こちらに向かって無防備に近づいてきた。
「くそっ!」
やっとの思いで剣を構えるより早く、俺の目の前にその顔が現れた。
「ひとつ考えられるとしたら、キミがもう負けちゃってるってことかな」
ふぅ~~~……
そして軽く俺に息を吹きかけてきた。
甘い香りがした。
「やめろ……!」
「ふふふ、じつはさっきの結界ね……知ってたんだ」
「なにっ!?」
「あれにね、引っかかってあげるとニンゲンはみんな頑張って斬りかかってくるんだよ。当たらないのにね? くすくす♪」
剣を捨て、俺は拳で殴りかかった。
だがサキュバスはそのパンチをやんわりと手のひらで受け止めた。
「馬鹿な……」
「知らないうちに拒否してるんだよ。頭じゃなくて体がボクを傷つけたくないって」
そしてぎゅっと拳を握りしめられると、手首から肩までの力が一気に抜け落ちた。
脱力した俺の腕をサキュバスが解放する。
「なぜ、なぜなんだ!」
「ふふふ……まだわからないの?」
そう言いながらサキュバスが俺の上半身を抱きしめ、少しだけ宙に浮いてみせた。
俺がつま先立ちで地面に接するギリギリの高さでの浮遊。
「うああああああああああ~~~~~~~~!!」
「こういうこと♪ どう? ボクに腕を掴まれただけでずいぶん気持ちよさそうだけど」
抱きしめられた俺は、悔しいがそのとおりの心境だった。
目の前には整ったサキュバスの顔と、甘い香り……それに抱きしめられた部分だけでなく、間近に感じる体温が妖しく俺を包み込んでいるのだ。
十数秒間そのままの状態を維持され、俺は完全に脱力させられてしまった。
地面に下ろされた俺は、そのままヘナヘナと座り込んでしまう。
「じゃあ気持ちいいかどうか、おちんちんに聞いてみようね」
サキュバスは俺を見下ろしたまま、そっと肩を押してきた。
ドサッ……
「ぐ、あぁ……!」
抵抗もできず背中を地面についてしまう。
大の字に転がった俺にサキュバスが何かの術をかけた。
「やめ、ろぉ……!」
「服を脱いでもらっただけだよ? ふふふふ」
そして動けない俺の脚の間に膝を付き、こちらを見つめながら手のひらで股間を撫でてきた。
次の瞬間、俺の上半身がビクンと波打つ。
手のひらに収められた俺のペニスに、サキュバスが顔を近づけてきて、そのまま……
チュル、ジュププププ……
「ああっ、あああああーーーーーーーーーーーーっ!!!」
「んちゅ……きもちいい?」
手で握られただけでも射精しそうだったのに、その射精を快感で上書きされ、封じ込まれたみたいだった。
声も出せずにガクガクと震えることしかできない。
きもちいい、きもちいい! きもちいいいいい!!
蕩けきった口の中でもてあそばれていると、全身がサキュバスに犯されてるのと同じように感じる。
やつはそのままゆっくりと何度も顔を動かし、俺に快楽を刷り込んできた。
「もっとよくしてあげるから、甘いおつゆ、ちょうだい?」
俺ではなく、ペニスに話しかけているようだった。
そして悔しいことに俺の股間は従順すぎた。
「優しく撫でるよぉ……いいこいいこ♪」
白く細い指が、ピンク色の爪が敏感なカリ首を削るようになぞってくる。
その度に続々した快感が背筋を這い回り、くすぶって俺を狂わせた。
ドプドプドプ……
我慢汁じゃない。もう俺は、射精していた。
「ふふふ、ご褒美あげる。ちゅるるる……」
その溢れ出した白濁をサキュバスが美味しそうに舐めあげる。
視覚までも魅了された俺は再び射精してしまう。
それを何度か繰り返されると、俺はもう認めるしかなかった。
「ねっ? わかったでしょう。キミの体はメロメロなの。だから今から心を奪ってあげる」
「何をするつもりだ……!」
「怖がらないで。そんなに時間かからないよ。だって……」
ぎゅううっ♪
「あああああぁぁっ!!」
「ほら、ね? 体はもう負けちゃってるんだよ。だから素直になってほしいな」
それは本当に、優しい包容だった。
サキュバスのフェロモンやテクニックなど全く感じない、ただ優しく抱きつかれただけなのに……俺の体全体が脱力してしまった。
「これでまた心が少し溶けちゃったね?」
ニッコリ笑いながらサキュバスが言う。
たっぷり搾り取られたはずのペニスが硬さを取り戻していた。
「俺をどうするつもりだ……」
「そうだなぁ、もう少しおつゆをだしたら、尻尾や翼も使って、もっといっぱいすごいことしよう?」
サキュバスが口にした「すごいこと」が知りたくてたまらない。
心からそれを願った瞬間、俺の体に鮮やかな淫紋が浮かび上がるのだった。
(了)