『 バトルファックスタジアム  ~キックボクサーVS翻弄闘技の女 』





 ここはバトルファックスタジアム。
 とある有名な大型展示場にある地下施設。
 月に数回、淫らで凄惨なバトルが繰り広げられる欲望の聖地。

 参加する女は男を圧倒することを楽しみ、男は打ち倒した女を蹂躙することを望み命を削りあう。

 観覧入場チケットは完全予約制で、成人指定。
 転売防止策が徹底的に張り巡らされた、いわば完全隔離の秘密クラブである。
 必然的に選ばれた人間しかたどり着けない場所でもある。

 一般社会のストレスを解消するため、秘密裏に作られた政府公認の享楽の檻。
 謎が多い立地であるこの場所で、今宵は一組の男女が対決することになっているのだが……。


「待ってくれ、なんだよこれは!」

 試合開始直前のリング上で一人の男性が不満を顕にしていた。
 両手を広げて抗議する彼にレフェリーが近づいていく。

「なにがあったのかね、ケンシ・コムトウ選手」
「どうもこうもあるかよ! なんであんな素人みたいな女と……」

 コムトウと呼ばれた選手は激昂しながらも対角線上で控える選手を指す。

「つまりあなたは、サーリア選手との対戦が気に入らないと?」
「ああそうさ!!」

 彼の名は木武藤健士。
 この男性、表の世界では新進気鋭のキックボクサーだった。
 対するはサーリアと名乗る女性。聞けば現在連勝中らしい。

 下馬評では木武藤の圧勝。
 オッズの倍率は開始まで非公開だが期待されていることに変わりはない。
 それもそのはず、最近の彼の活躍は凄まじく、テレビ画面で見ない日のほうが少ない。
 この会場内でも彼を知らないものは少ないだろう。
 そんな有名人がなぜここに立っているのか。

(バトルファックのバトルの部分だけを、純粋な戦いだけを求めて俺はここへ来たんだ……)

 彼は有名になりすぎたゆえに自由の利かない毎日を過ごしていた。
 格闘家としてもタレントとしても、売れ始めは大切な時期だ。
 スキャンダルなどもってのほかであり、特に女性関係は潔白でなければならない。

 さらに言及するなら、女性関係の潔癖さは自信があった。
 彼は童貞である。
 言い寄ってくる女性も多かったが、格闘技への感心のほうが高かった。

 だが世間のイメージアップと反比例して彼のストレスは跳ね上がる。
 若い彼にとって周囲からの抑圧はこの上ない苦痛だった。
 誰にも邪魔されない世界で好き放題に暴れてみたい欲求が日に日に膨らむばかり。
 そんな時、彼のもとへ一通の招待状が届いたのだった。

「地下闘技場……そんなバカバカしい組織が実在するなんて」

 しかも相手はいかがわしいプロモーター。
 試合後は凄惨な罰ゲームが待つといわれているバトルファック。
 ファックなどという不純なものに興味はない。
 だが対戦予定である相手の情報が気になる。

『十戦全勝の総合格闘家 本名・年齢・性別は秘匿 なお過去には……』

 その先を読んだ彼は戦慄する。
 対戦予定の戦歴に、かつて自分が戦う予定だった強敵が含まれていたからだ。

(あのときはたしか俺の不戦勝。
 まさか、ここでの戦いのせいで俺は勝ちを拾わされたのか……)

 戦士としてこの上ない屈辱であった。
 気づけば招待状を持つ手が震えていた。

 しかし同時にバトルファックについての嫌悪感は吹き飛んでいた。
 戦士としての直感がささやく。
 強敵を超える強敵が居るであろうこの場所に行けと。

 複雑な思いもあるが、彼の心は喜びに打ち震えていた。



 しかし彼の目の前にいる対戦者はというと……

「それで試合するの? しないの?」

 妙齢の女性だった。
 二十代の前半と言われれば信じるし、後半と言われても納得できるような不思議な雰囲気の持ち主。

 金色の髪を一つに束ねた細身の美女だった。
 パッチリとした大きくて青い瞳。ぽってりしたツヤツヤの唇。
 扇情的な白いレースをあしらったコスチュームとオープンフィンガーの赤いグローブのミスマッチが妙にそそる。

 細く長い腕はモデルのようであり、指先まで美しいラインを描く。
 逆にモデルと言われれば納得できる美貌の持ち主。
 その惜しげなく開いた胸元では豊かなバストが揺れている。
 キュッとくびれた腰から伸びる足はさらに魅力的で、見ているだけでも男の本能に響く何かがあった。

 だが彼女の女性としての魅力と格闘家としての評価は別だった。
 女体の美しさに惑わされ、男のプライドを投げ捨てるほど木武藤健士は心を乱していない。

「……俺はここに本当の戦いを求めてきた」
「そうだろうね。ケンシ・コムトウ選手」
「だったら! 公正なジャッジができるようなマッチメイクをするべきなのではないか」
「じゅうぶん公正であると認識しているが」
「本気で俺とあんな、いや失礼を承知で言うが! 男と女の体力差を無視して平等に扱うつもりなのか」
「君はご存じないかも知れないが……
 バトルファックとはそういうものだよ、ケンシ・コムトウ選手。
 もちろんバトルの部分も重要だが総合力が問われる。
 そして彼女と君の戦力差は、キミが思うよりも大きくないと我々は認識している」

 屈辱の追い打ちを受け、健士は絶句する。
 そんなレフェリーと彼のやり取りをしばらく眺めていた彼女は、つまらなそうにあくびをしてみせた。
 両手を頭の上に伸ばして、左右に状態を振る仕草は色っぽいものであったが、その仕草がまた彼の怒りを煽る。

「ねえ、あなたが本当に強かったら私がすぐにギブアップするんじゃないかな」
「なんだと……」
「とりあえず早く始めよう? お客さん待たせちゃってるし」
「くそっ! 後悔しても知らねえぞ!!」

 こうして、今夜のバトルファックスタジアムは穏やかならぬ幕開けを迎えたのだった。







 ゴングが鳴ろうとする直前まで、健士はレフェリーに食い下がった。

「一つ提案がある」
「なんだね」
「この試合はボクシングルールでやろう。戦力に差がありすぎる」

 身長は自分より多少低いが、リーチはわずかに相手が上。
 だが体重の差は10キロ近く違う。
 これがそのまま筋肉量の差だとすれば相手に勝ち目は薄いと考えられる。

 たび重なる彼の提案にため息をつくレフェリー。
 その向こう側に居る相手を見ながら、健士は事前に与えられた対戦者の情報を思い出していた。

 身重164センチ、体重は49キロ、ファイトスタイルは総合格闘技。
 投げ技、打撃、関節を決める万能型だという。

 貴嶋サリア(たかしま さりあ)などという格闘家は聞いたことがなかった。
 おそらく偽名なのだろうが、女子の格闘家としてもあのビジュアルに記憶がない。
 健士は男女問わず強敵のデータは把握している。

(それとも、俺の知らない強敵がまだこの世界にいるということなのか……)

 相手を決して侮っているわけではなかった。
 それでも自分は現在売出し中のキックボクサー界のチャンピオンだ。
 普通に考えて負けるわけがない。

 するとレフェリーの向こう側から声が上がった。

「質問。私もそのルールに従わないとダメなのかしら」
「アンタは別に好きにすればいい。投げでも関節技でも使えばいい。これは男のプライドの問題だ」

 総合的な能力と照らし合わせて妥当な提案だと健士は考える。
 相手のサリアは筋肉質とは言えないし、むしろ華奢な体と言えよう。
 健士の拳がクリーンヒットすればガード越しでも骨が折れてしまう可能性だってあるのだから。

 だがサリアは相変わらずつまらなそうに言葉を返す。

「ふ~ん……ずいぶん紳士なのね。どうでもいいけど」
「なにぃ!!」
「むしろ言い訳を作るのに丁度いいかも。
 キックを使わないから僕は負けましたって言えば、十人に一人くらいはあなたに同情してくれるんじゃないの?」

 プルンと揺れだしそうな胸を持ち上げるように両手を前で組んだままサリアは言う。
 健士を見つめるその両目に怯えや虚勢は感じられない。
 むしろ口元には薄っすらと笑みを浮かべていた。

「ふざけるなよ。俺はアンタのためにと思って提案したんだ!」
「別にふざけてないわ。感心してたの。
 自分の負け理由をさり気なく取り繕うなんて、頭いいなーって思っただけ」

 もはやこれ以上対戦相手に情けをかける必要はないと彼は感じ始めていた。

「最後にもう一度いう。アンタは好きにすればいい。
 キックでも投げでも使え。怪我だけはしてくれるなよ。俺からの最後の温情だ」
「ありがとう、強いキックボクサーさん。
 じゃあ私からも提案。あなたも辛くなったら封印しているキックを使っていいわよ?」

 その言葉を背に受けながら、健士は努めて冷静さを呼び起こす。
 自分の中で熱くなったプライドを冷まし、試合に専念する。

 この1ラウンドで相手を倒して勝つ。
 ファイトプランを練り上げるのには、ゴングが鳴るまでの数秒間で充分だった。

 そして会場の熱気が高まりを見せる中、ついに試合開始となった。





 リング内でゆっくりと左回りに円を描く健士。
 それに対して、サリアも同じ動きで対応する。
 ちょうど二人が円を描き始めてから十秒。
 まずはお互いに様子見といったところか、と実況が切り出そうとした瞬間だった。

シュッ!

「ふんっ!」
「!?」

 サリアの呼吸を読みながら隙を窺っていた健士が鋭く一歩踏み込む。
 会場の誰もが驚く速さだった。
 さらに流れるように間合いを詰めて、右ハイキック……と見せかけての左ジャブを放った。

「きゃああっ!」

 最小限の動きで、小さく叫びながらもサリアは矢のようなジャブを回避した。
 彼女の顔の脇を吹き抜ける拳圧だけで頬を切り裂く勢いだった。

(やだ、強いじゃない……!)

 サリアは試合前の資料から、彼の性格を完全に把握していたつもりだった。
 先程、戦いの前に健士を煽ったのも計算の内だ。

 彼が自分からハンデキャップを言い出すのもある程度は予想していた。
 その上で約束を反故にできないよう言葉で彼の心に鎖をかけたのだ。

 だがこの踏み込みの速さ、純粋な戦闘力の高さまでは予想しきれていなかった。
 蹴りがこないとわかっていても右ハイの挙動がちょうどよいフェイントとなって、サリアの防御を鈍らせた。

「まだまだ!!」

 息をつかせるまもなく健士の右パンチがサリアを狙う。
 余裕のない表情で彼女はそれをかわし、距離を取ろうとする。
 だが健士の勢いが止まらない。
 あっという間にサリアはコーナーに追い詰められてしまった。

「いっとくけど、逃さねえぞ!!」
「ッ!!」

 健士は両手を広げて威嚇しながらジリジリと距離を詰める。
 そしてサリアが脱出するであろうルートに先行して拳で弾幕を張る。

 一発が重いキックボクサーのパンチをサリアはなんとか回避する。
 被弾すればただでは済まない威力だと彼女も感じていた。

「ハッ! やっぱそんなもんかよッ!」

 懸命にパンチをかいくぐる彼女に対して健士が嘲りの言葉を吐く。
 やがてパンチのうちひとつがサリアの左肩にヒットする。

ピシッ!

「痛ッ……」
「ほらな。この試合、キックを封印したって問題ない。このまま圧倒してやるぜ」

 苦痛に顔を歪めながらもサリアは懸命にガードをし続けた。
 今度は右の拳が彼女の左肩をかすめる。

 観客の目にはジリジリとサリアが追い詰められていく様子が見てとれることだろう。

(オラオラどうした! もうすぐ終わっちまうぞ女ァ!!)

 サリアが歯を食いしばる様子を優越感に浸りながら健士は眺めている。
 勝利の香りが漂ってくる展開に無意識に顔が緩む。

 だが拳の弾幕は緩めない。
 このまま自分のパンチで圧倒し尽くして、下馬評通りの勝利をおさめる。
 そしてこの生意気な女を辱めてやると考えていたのだが……



カーン!


「なっ……」

 健士の頭上で、第1ラウンド終了の知らせが高らかに鳴り響いた。
 時間配分を読み間違えたかという反省と、思った以上にサリアの粘りが驚異的だったという思いで健士が舌打ちする。

「チッ、命拾いってやつだな。アンタ運がいいぜ」

 仕留めきれなかったことに対してさらにもう一度舌打ちしてからサリアに背中を見せる。
 そんな彼をじっと見つめながらサリアがつぶやく。

「確かに、思っていたよりはすごかったけど」
「あぁ!?」
「勝てなくはない、かな?」

 振り向いた健士の目に写ったのは、絶望感などひと欠片も感じさせないサリアの表情だった。

(この女、自分の状況がわかってないのか? まあいいさ……次で終わりだ!)

 健士は自分のコーナーへと向き直し、セコンドが用意した椅子に体を預けた。





 そして第2ラウンドのゴングが鳴り響いた。
 健士が好調をキープしたままの勢いでコーナーを飛び出す。
 しかし彼が二歩目を踏み出すより早く、サリアが目前に迫っていた。

「うおっ!?」

 さすがに驚きを隠せない健士。
 先のラウンドで自分の踏み込みで相手を驚かせたのと真逆の展開だった。

「えいっ!」

 あっという間に懐に入り込まれた。
 健士は慌てて防御態勢を敷く。

「たああっ!」
「く、くそっ、こいつ!!」

 サリアが至近距離から掌底を繰り出してきた。
 健士も懸命に腕を使ってガードするが威力を殺しきれない。

ガッ、ドゥッ!

「ぐうううっ……」

 回転の速い掌底の連打。
 ガード越しからでも伝わる痛みに健士の顔が僅かに歪む。

 それから数秒間、彼はガードに専念した。
 彼女の呼吸を読みながら反撃を開始するタイミングを窺う。

(調子に乗るなよ、全部カウンターを合わせてやるッ!!)

 反撃に備え、健士の筋肉が膨れ上がる。

「はあああああああっ!!」

 サリアの左をかわしながらの健士の右、さらに彼女の右フックをすり抜けてからの打ち下ろしの左。
 どれも鋭く重いパンチではあるのだが、

「はいっ」

パシッ!

「なっ、なに……ならばこいつで!」
「やあっ!」

パンッ!

 サリアは冷静にパンチの軌道に合わせて、手のひらで受け流していた。
 健士の手首と肘の間を手のひらで弾いてヒットポイントをずらす高等テクニック。
 これを繰り返すうちに、健士の体の軸がぶれて反撃も遅れだしてしまう。

(馬鹿な! 当たらねえッ)

 左方向へ大きく健士が体を傾けたとき、振り子運動のように反対側から勢いをつけたサリアの拳が彼の死角から飛び込んできた。

ビシィッ!

「ぐあああっ!」

 頬を張られた健士は反射的に拳を突き出すが……

「そんな苦し紛れが当たるわけ無いでしょッ!!」

ズムッ……!!

「~~~~~~~~~~~!!!!!」

 健士の世界が一瞬止まる。
 打ち終わりを狙って、がら空きになった脇腹にサリアの肘がめり込んでいた。
 呼吸が止まり、遅れてきた鈍い痛みに健士が悶絶する。

「こ……ふっ」
「動きが完全に止まったね」

 本の二秒足らずの空白。
 しかしサリアにとっては十分すぎるチャンスだった。

「まっ……」

ドムッ、ガシッ、パンパンパンパン!!

「うぶっ、おああああああ、あああっ!」

 健士は何が起こったのかわからず、ただ痛みと衝撃で目の前が真っ白になるのを感じていた。

(なんだよ、これ、いてえ、いてえええっ! うあああああ!!!)

 サリアは掌底で彼の顎をかち上げてから、鳩尾に肘を叩き込んだ。
 視界を奪ってからさらに追い打ちのボディ攻撃を繰り返し、
 またもや呼吸が詰まった彼を正面から見据え、高速往復ビンタを彼の顔にお見舞いした。

パンパンパンッ! パシッ!

「ぶ、あああぁっ……!」

 呼吸が乱れたまま左右に顔を張られた健士は、痛みよりも意識が混濁していた。

「あら、せっかくの男前が台無しね?」
「ああぁぁ……ぁ……」

 自分が何をされているのか把握できないまま脳を何度も揺さぶられ、視界も定まらなくされていくうちに恐怖が彼を覆い包む。

「ぶあああああああああああああああ!!!!!!!」

 ビンタが止んだ一瞬で、両手で頭を抱えこんで健士はうずくまる。
 同時にレフェリーがダウンを宣告した。

(何だ、何が起きたんだ……俺はダウンさせられたのか、それとも自分から……わからねえ、とにかく頭がキンキンする……)

 華奢な女性が対戦相手の男に膝をつかせた状況に、観客は大興奮している。
 そしてダウン中である健士に向かってサリアは悠然と近づいていく。

「大したことないのね、キックボクサーさん?」
「くっ、うううううう……」

 片膝を付いてかがみこみ、健士の顔を覗き込みながらサリアが乱れた髪をかきあげると、花のような香りが周囲に漂う。
 ダウン中といっても、明らかに相手に危害を加えない限り減点もされないしレフェリーも注意しない。

 バトルファック自体が劣情を誘うためのショーなのだ。
 今のサリアの囁きも会場にモニタリングされている。
 屈強な男が言葉責めをされているシーンは観客たちにとっても貴重だった。

「それでも表の世界ではチャンピオンなんでしょう? 早く立ち上がりなさい」

 余裕たっぷりにサリアが微笑みながら声をかけると、健士の肩がビクンと震えた。

(チャンピオン、そうだ……俺はチャンプ、一番強いんだ!)

 健士はぼやける視界と、まとまらない思考の中でも自分を見失わなかった。
 そして気づいたときには両足で立ち上がっていた。

「やれるか? コムトウ」
「ああ」

 レフェリーからの問いかけに、ほとんど反射的に答えていた。
 同時に闘志を宿した瞳でサリアを睨んでいた。

「まだまだ楽しませてくれそうね」

 そしてレフェリーが離れ、両手を交差させた。

「ファイッ!」

 その掛け声と同時に健士が踏み込む。
 まだ指先の感覚が戻っていない。

「シッ!」

 それでも繰り出すパンチにスピードが戻っていた。
 サリアは冷静に手のひらで健士の攻撃をさばいてゆく。

(左左右左、左左左……)

 涼し気な表情のままでサリアは健士の攻撃リズムを探っていた。
 健士もそのことを承知の上で拳の弾幕を加速させていく。

(反撃がこない……これならいける、このまま続ければこいつの防御を崩せる!)

 彼の思惑通り、しばらくはサリアが防戦一方だった。
 重さはなくても速い拳。
 対応を一手間違えれば連続でダメージを受けてしまうのは彼女も同様だ。

 健士の攻撃は素早く、鋭く、細やかだった。
 ゆえに反撃となるカウンター技を簡単に出せずにいた。

 そしてついに均衡が崩れる。

「あっ……!」

 サリアが小さく叫ぶ。
 右肘がコーナーのロープに触れたからだった。

(これはチャンスだ!!)

 健士はここぞとばかりに集中力を高める。
 サリアがコーナーから脱出しようとしているのは明白だ。
 しかも足の位置から考えて自分の左側へ彼女が逃げてくることもわかった。

「くらえええええっ!!」

 モーションを殺した左のショートフックでフェイントを入れる。
 腕を引きながら、全力で右フックを放つ健士。
 その渾身の一撃がサリアの左頬に炸裂しようという瞬間――、

ドズッ……!

「ご、ぉあ……ッ!!」

 小さく丸いサリアの左膝が、健士の右脇腹に突き刺さっていた。

「こ、こんな……」
「私がキックを使わないと思って油断してたんでしょ? バカね」

 マウスピースを口から出しそうな表情で健士は彼女を睨む。
 だが正確に肝臓の真上に膝で一撃を叩き込まれた彼には、それが精一杯の行動だった。

「ふっ!!」

 サリアは膝蹴りの直後、右フックを放つ。
 無防備な彼の顎先を握りしめた拳の先端がかすめた。

ピシッ……

「あがっ!」

 瞬間的に脳を揺さぶられ、健士の左半身が軽く麻痺を起こす。
 たまらず左膝から崩れ落ちそうになる彼を助けるように、サリアが右腕でクリンチをした。

「私の肩を貸してあげる。そのまま甘えてなさい」
「くっ……」
「もちろんレンタル料は払ってもらうわよ」
「なにを、あぶっ、おぐうううう!!」

ドスッ、ドスドスドムンッ!!

 美女に抱きしめられたまま健士が嗚咽を漏らす。
 サリアはクリンチの体勢で正面から左の連打を彼の腹筋に叩き込み、じわじわとリングの中央へと押し戻していった。

「やめっ、おごっ、ぶっ!」
「もう少し踊りましょう? ふふふふ」

 無情なボディ打ちが十秒程度続いた後でサリアの右腕が健士を解放した。
 そのまま健士はリング中央に両膝を付いてしまう。

(つ、つええ……何だこの女、この俺が一方的に……)

 レフェリーが駆け寄り、ダウンの宣告を始めようとした時だった。

「どいてちょうだい」

 ぐいっとレフェリーを押しのけ、サリアは健士の両脇に腕を通して立ち上がらせた。
 すっかりフラフラになった彼の胸を小突いて反対側のコーナーへと押し込む。

「さっきまでいっぱい殴ってくれたわよね。ちゃんとお返ししなくちゃいけないと思うの」
「はぁ、はぁ、あぁ、く、来るなああああッ!」

 だがサリアは彼の言葉を無視して、トップロープに彼の腕を絡ませてしまう。
 両腕に拗じられるような痛みを感じながら、健士はコーナーへ磔にされてしまった。

(やばい、この体勢……なぶり殺しにされちまう!)

 恐怖で顔をひきつらせ、もがき苦しむ健士。
 先程の連打によってスタミナをごっそり奪われていることもあり、自分の力ではこの拘束を解けそうにない。
 絶望感に怯える彼の顎を、サリアは人差し指だけで、くいっと自分の方へ持ち上げた。

「そんなに怖がらなくてもいいよ、一枚ずつむしり取ってあげるから」
「俺に何を、する気だ……」
「このラウンドの終わりまで弄んであげる……」

 そう言いながらサリアは右腕を後ろに引き絞る。
 明らかに威力の高い大きなパンチが来る。

「やめっ……」

ズドッ!

「腹筋が緩んでるわよ?」
「~~~~~~~~~っ!!」

 突き上げるようなボディへのアッパーだった。
 抵抗できない状態での攻撃は、来るとわかっていても恐怖だ。

ドスドスドスドスッ!

「がっ、あっ、がああっ、まっ……!」

 彼女のパンチはそれほど重くはないが、角度がきつい。
 健士の内蔵をえぐり取るようなキレの良いパンチが数発繰り返される。

「自分からキックを使わないなんて言い出すあなたは、片翼をもがれた鳥みたいなもの。
 だから私が残っている翼も動かなくしてあげる」

 サリアの言葉に健士は戦慄した。
 彼女のボディ攻撃はその後も続いた。
 もはや両腕を動かすことすらできなくなりつつある……

(この女、俺のスタミナを、ぐふっ! 完全に、奪い取る、搾りッ! ぐああああ、取るつもりなのかアアアァァァァ!!)

 痛みと恐怖でガクガク震えだす健士。
 その顔を両手で挟み込み、サリアが顔を寄せてつぶやく。

「いい声で鳴くのねチャンピオンさん」
「う、ぐううっ……」
「これは報酬代わりよ。
 もっとたっぷり悶えてね……ちゅううううぅぅぅ♪」
「ッ!?」

 突然やってきたキスに健士は戸惑い、会場からはざわめきと冷やかしの声が上がった。

 敵とは言え美形のサリアである。
 キスされたという事実が彼の意識を惑わす。
 残念なことに、健士は女性に対しての経験が圧倒的に少ないのだ。

「ムグッ!!」
「興奮してるんだ? かわいい」

チュッチュッチュ……

「あふ、あっ、やぁ……」
「ふふっ、隙だらけのチャンピオンさん。恥ずかしいね」

チュッチュッチュッチュッチュ……

 さらに何度もキスをされた健士は、次第に頭の中がぼんやりしてしまう。
 恍惚感に似た感覚が彼を包み込む。
 その様子を見ながらペロリと舌で唇を舐めてから、サリアが腰を落とす。

「麻酔は充分みたいね。じゃあ本気でいくわよ」

ドンッ、ドム、ドスッ、ゴブッ、ドムンッ……

「がっ、ああっ、あっ!」

 コーナーポストをギシギシ揺らしながらサリアの拳が小気味よく埋め込まれていく。
 公開処刑に似たサリアの連打に観客から再び歓声が沸き上がる。

 痛めつけられている健士の姿は大画面に映され、さらなる興奮を煽った。
 だが健士はまだ試合をあきらめていなかった。

「ハァ、ハァ、くそ……負けねえ……ぞ」
「すごい。心が折れていないのね」

 絶望的な状況で殴られて、なお闘志を持ち続ける健士を見てサリアは手を休める。
 握っていた拳を開き、手のひらを上に向けてその指先に彼の顎を乗せた。

「あ……」

 健士は自分の視線が固定されたことに気づく。
 はじめに意識したのは彼女の唇だった。

 つややかでプルプルした感触と甘い香り……
 あの唇に呼吸を奪われた直後、無数のパンチが降り注いできたのだ。

(俺は、この女に勝てないのか……)

 心が萎えかけるが、胸の隙間を埋めるように得体の知れない感覚が湧き上がってくる。

(なんだ……?)

 見えなくてもわかる。
 何故か興奮しているのだ。
 股間がむず痒い。おそらく自分は勃起している……

(馬鹿な、これは……そうだ! 聴いたことがある、
 男は本能的に危機感を覚えると勃起することがあるって……
 だからこれは、俺がこの女に対している感情ではないッ)

 必死で自分に言い聞かせる。それでも興奮が収まらない。
 目の前の女を見ているだけでペニスが痛くなるほど膨れ上がるのを認めたくなかった。

「クスクス……なぁに、これ?」
「ああっ! さわるなあああああ!!」

 嗜虐的な笑みを浮かべる美女は、ゆっくりともう片方の手を彼の股間へと滑り込ませていた。

クニュッ。

「うううっ!」
「試合中だよ? エッチなこと考えるなんて最低」
「ち、ちがうんだ! これは、ああああーーーーーーーーー」」

シュッシュッシュッシュ……

「んあっ、ああああああああ! な、にを……ッ!?」

 悶える彼を見つめながらサリアは目を細め、手を動かし続ける。

「あなたは強い人だよね、チャンピオンさん」
「うあっ、な、なに……!」」
「その心がなかなか折れてくれないから、
 私の手の中で気持ちよくして溶かしちゃおうかなーって思っているのよ」

 健士はその言葉を聞いて焦る。
 まさに今、男の弱点を握り込まれた状態なのだ。
 このまま握りつぶされてはたまらない。

 それ以上にサリアの扇情的な言葉遣いに胸がどきどきしてしまった。
 もはや言葉責めと呼べるそれは、彼のペニスをますます固くすることに貢献した。

クニュリ……

「ああああああああああ!!」
「すごい勃起してる……ふふふふふ」

 サリアの指先が蛇のようにペニスへ絡みついたまま少しだけ動いた。
 ちょうど舌先でぺろりと健士の敏感な部分をなめあげるように。

「うぁっ!!」
「くすくす……どうする? どうされたい?」

 余裕たっぷりの対戦相手を見上げながら健士は内申歯ぎしりをする。
 こんなところで無様に負けたくないといった表情で睨み返す。

 だが彼は気づかないふりをしていた。
 敗北を諦めたくない気持ちと同様にこの先の展開を望む自分がいることに。

(再起不能にされる前にギブアップすべきなのか? しかしこんな状況では……いやっ、違う!! くそおおおぉぉ!!)

 彼にとって不幸なことに、先程からのサリアの技巧に快感を覚え始めていた……
 自分でするオナニーとは比べ物にならないほどの快感が彼の全身を駆け巡っていた。

 美しいサリアの指がまとわりついてきた瞬間は、まるで柔らかい布で全身をくるまれたような感覚だった。
 そして優しく包まれたまま何度も扱き上げられるたびに、腰がガクガク震えそうになるのだ。

(こ、こいつの手が動くたびに情けない声を上げちまいそうになる……逃げなきゃ、どうする? 時間を稼がなきゃ……)

 誘惑を振り払うように健士は大声で叫ぶ。

「やめろっ! まさかこんなところで俺を嫐る気なのか」
「そうよ」
「恥ずかしくないのか!?」
「そりゃあ、恥ずかしいでしょうね。もちろんあなたが、だけど」
「な……」
「おしゃべりはこれくらいにしましょ? 悔しかったら私の指技、こらえてみなさい」

 無情な宣告と同時に魔性の指先が再び蠢き始めた。
 人差し指と中指で、サリアは亀頭をロックしている。

「うああああああああああっ!!」

 サリアの手首がペニスをこね回すと健士は声を上げる。
 その様子が会場内に伝わると、観客たちがまたはしゃぎだす。

「ねえ、みんながあなたの顔を見てるわよ?」
「が、画面が……くそっ、やめろっ、こんなの……ぅあっ! 卑怯だぞッ」
「あぁん、いい声だわ。素敵」

クチュクチュクチュクチュッ♪

「ああああああああああーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 男の感じやすい部分をあぶり出すような手コキに、健士は情けない声を出さざるを得ない。
 手元を見ずにサリアはずっと彼の顔を見つめている。
 そして巧みに絞り出した我慢汁を指先に絡め、塗り拡げる。

「口では反抗してる割には体は喜んでるみたいだけど?」
「そんなことはないっ!!」
「ふぅん、そうかしら。じゃあ……」

 サリアは一瞬だけペニスを離し、持ち方を変える。
 何度も同じ動きを繰り返すうちに、サリアは健士の弱点を完全に把握した。

「はぁ、うぁ、今度は何をするつもりだ……」
「素直にしてあげる。
 心の底から喜ばせてあげるわ」

 薬指と親指で作った輪の中にペニスを通してから、ゆっくりと焦らすように上下させる。
 根本からカリ首、仮首から睾丸までを逆手でねぶり、しごきあげる。

ヌリュ、ヌリュ、ヌリュン、ヌチュウウウ!!

「ふあっ、あふあああっ!」
「やだ、エッチ。でも裏筋をこうすると、もっと気持ちいいかもね?」

カリカリカリカリ……

 裏筋部分へ到達した時に、サリアは小指の爪で彼をくすぐっていく。
 健士の体にはそのたびに甘い痺れが湧き上がる。
 気を緩めたら思わず快楽に屈しそうになってしまうほどに。

「こんなにビクビクしちゃって、素直になってきたね」
「ちがうっ、ちがうちがうちがううううう!!」
「あなたの弱点はカリ首の手前。
 ほぉら、やさしくカリカリしてあげるわ」
「あ、あっ、ああああっ!!」

 予告した通りの場所を規則正しく責めるサリアの指先。
 その動きにつられるように、健士は自分から腰を持ち上げて快感を求め始めていた。

「ああっ、出るッ……やめ、ぁ、がああああああ!!」
「そろそろ終わりみたい。
 とりあえず一度目の射精、導いてあげる」

 シュッシュッシュッシュ、シュッシュッシュ♪

 シュッシュッシュ、シュッシュッシュ♪ 

 シュッシュッシュ、シュッシュッシュ♪

 シュッシュッシュ、シュッシュ……

 つぶやきのあとでサリアは指先を集め、亀頭だけをシュルシュルと撫で始める。
 一瞬熱く感じたものの、すぐに快感の波状攻撃であると健士は感じた。

「お、俺はああああああああああ! くそっ、くそおおおお!!」

 もがいても無駄だった。
 優しい刺激が絶え間なく、幾重にも重なって健士を追い詰めていく。

「我慢しても無駄。これでフィニッシュよ」

 ピシッ!

「痛ッ、あ、あああああ! いっ、イくうううううううううううーーーーーーーーーーー!!」

びゅるっ、びゅぷるるるるるるる~~~!!

 サリアの中指が健士の感じやすい場所を軽く弾いた。

 次の瞬間、堤防が決壊するように我慢していた精液が溢れ出す。

 指先一本で美女が男を敗北に導いた決定的な瞬間だった。


「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!」」

 射精と同時にこの日一番の歓声が会場内にわき上がった。
 サリアの目の前で盛大に吹き出した白濁を観客が見ることはできなかったが、屈強な男が美女によって性的に蹂躙される様子は十分に伝わったようだ。

「ふふっ、こっちを向きなさい」
「あ……」
「ずいぶん気持ちよさそうだったわね? チャンピオンさん」

きゅううう……チュクチュクチュクチュク

「あ、あ、ああっ、だめだ、またっ!!」

 射精したばかりのペニスがサリアの手によって握られて、優しく揺さぶられる。

「残ってる分をいただくわね」
「で、でるううぅぅぅっ!」

ビクビクビクッ!

「うあ……ぁぁ!」

 健士は顎の先をサリアに掴まれ、視線をそらすことも許されない状態のまま、さらにもう一度精液をサリアの手のひらに捧げてしまうのだった。






 先のラウンドの終わりまで、時間いっぱいサリアに弄ばれた健士は、肉体よりも精神的に追い詰められていた。

「なんだよ……なんだってんだよ……!」

 不毛な自問自答だと彼自身も認識している。
 それでも問いかけずにいられなかった。

 自分がキックボクシング界のホープであること、男が女に負けるなどありえないということ、性的な部分でサリアに蹂躙されたこと。一番許せないのは最後の部分だ。

(俺はあの女に穢された……絶対に許さない!)

 童貞であることに引け目を感じたことはないが、何故か今はそれが恨めしい。
 ここがバトルファックの場であることを差し引いても屈辱的だ。

「次のラウンドでぶっ倒してやる!!」

 ラウンド開始前に立ち上がり、対角線上にいる相手を睨んで拳を合わせた。

「ふふっ」

 グローブ同士をぶつけてバシバシ音を立てる健士を見て、サリアは余裕たっぷりに微笑むだけだった。
 彼女にしてみればすでに全てが終わっているのだ。
 あとはどのように料理するかを悩む段階に来ていた。

 そして第3ラウンド開始のゴングが鳴り響いた。

「おりゃああああああああ!!」

 それは意外性のある攻撃だった。
 コーナーから飛び出した健士は、サリアの間合い遠くからキックを放ったのだから。

(こうなりゃ恥も外聞もない。倒して勝つのみだ!)

 ボクシングルールでやるといい出した自分を否定するような行為に会場内はブーイングの嵐となり、実況者も思わず叫びだすほど騒然となった。
 だが目をみはる猛攻に、すぐに会場のブーイングは声援に変化した。

「やるじゃねえか兄ちゃん! 早く倒せー」
「俺はお前に賭けてるんだ。勝ってもらわなきゃ困る」
「健士サーン! 頑張って!!」

 時々耳に届く声援を胸に、健士はようやく全開でサリアを責めることができるようになった。
 スタミナ切れなど全く感じさせないキックとパンチをサリアは慎重に回避してゆく。

「いい傾向だわ。でもね……」

ガシッ!

「捕まえたわ」

 左ジャブのあとのキックを軽々とキャッチしたサリアは、そのまま脚にまとわりつくようにしながら身を寄せた。

「頑張ってる男の子にはご褒美をあげないとね?」

ちゅ……

「うああああああああっ!」

 健士の手足から瞬時に力が抜け落ちる。
 今まで張り詰めていた緊張が、たった一度のキスで切断されてしまう。

「えいっ」

 ぱしっという音とともに健士が崩れ落ちる。
 サリアの足払いによってマットに背をつけることになり、しかも彼女が馬乗りになる。
 もがいて逃れようとする彼の手を、サリアが掴んでマットに打ち付けた。

「くそっ、はな……」
「今更あがいても見苦しいだけよ」

 ゆっくり近づいてくるサリアの顔を見ながら、健士は恐怖と興奮が入り混じった何かを感じ続けていた。

(あのくちびるのせいで、俺は……くそっ、くそおお!!)

 悔しそうな顔をする健士の両頬を、肘と手首の間で包み込むようにしながら、サリアは一気に顔を落とす!

ちゅちゅちゅっ……♪

 角度を変えたキスの嵐。
 その回数が十を超えてから、サリアは少し顔を離して健士の表情を確認する。

「もう虜になっちゃった? まだ本気じゃないのに」
「うっ、く……」

 闘志は残しているが呼吸は激しく乱れ、サリアを見る彼は恍惚とした表情になりかけている。

「復習しようね? チャンピオンさん」

ちゅうう……

 さらにもう一度サリアが熱いキスをすると、健士はますます脱力していった。

(嘘だろ、こんなことが……女に、俺が犯されるなんて! そしてそれを――)

ちゅっ!

(気持ちいいと、思ってしまうなんて……)

ドサリ……

 反撃しようとしていた彼の片腕が完全に脱力してマットへ沈んだ。

 本能的に芽生えた焦燥感ですらサリアのキスでかき消されてしまう。
 彼は意識していなかったが、サリアが近づくだけで彼の体は自然と興奮を覚える状態にされていた。

 ぐったりと横たわる彼の目を見つめながら、ゆらりとサリアが立ち上がる。

「カウントしてあげて?」

 彼女の言葉にハッとしたレフェリーが健士にダウンを宣告した。

ワン、ツー、スリー……

(カウント、ずいぶん遠くに聞こえる……でも俺は、立たなきゃいけないんだ!)

 サリアに骨抜きにされた肉体を必死におこそうとするが、彼の手足はなかなかいうことを聞かなかった。

「うあああああああああああああああああっ!!」

 ようやくカウントが9になった時に健士は立ち上がった。
 ほとんど気力だけの奇跡的な復活。

 そしてレフェリーの手が交差して試合が再開された。

 ファイティングポースを取る健士に向かって、なんの警戒も示さずにサリアが踏み込んでくる。

「わかったでしょう?
 私に弱点を植え付けられちゃったあなたに、もう勝ち目はないわよ
「なぜだ……」
「うん?」
「なぜそんなにズカズカと俺の間合いに……ッ!」

ブォンッ!

 完璧な不意打ちだった。
 健士がキックを出せる状況ではないとサリアもわかっていたはずだ。

 さすがに驚いたサリアは一歩下がる。それを追いかける健士。

(いけるっ!)

 蹴り足を戻してスイッチ。
 もっと速く蹴りたいのに、疲労のせいか速度が遅い。

(くそっ、もっと速く動け俺の体!)

 ようやく反対側の足で、もう一度蹴りを放つが、

「えいっ!」

ゴキイイィィ!

 彼の蹴りを難なくキャッチしたサリアがドラゴンスクリューで切り替えした。
 観客の歓声をよそに健士は違和感を覚えていた。

(い、今の動きに全くついていけなかった……そんなに速くなかったのに!)

 このラウンドになってからすべての判断がワンテンポ遅れる。
 それがどれだけ致命的なことか。

 おかげでサリアのスピードを健士は追い越せずにいた。
 解けない疑問が彼の口からつぶやきを生じさせる。

「……俺に何をした」

 負け惜しみとも取られかねない発言だが、サリアは平然と返す。

「女の唇に毒が塗ってあるなんて、アタリマエのことだと思わないの?」
「!!」

 健士は戦慄する。
 知らぬ間に毒を盛られていたことに、サリアの今の一言で気付かされた。

(そうか、だからあんなに執拗なキスを……)

 今更それを抗議しても仕方のないことだった。
 歯噛みする健士に向かってサリアが両手を広げてみせた。

「怖がらずにおいでなさい、ボウヤ。可愛がってあげるから」
「く、くそおおおおおおおおおお!!」

 そこから先、健士は我を忘れてサリアへ向かっていった。
 がむしゃらなパンチやキックを何度も叩き込む。
 しかしそれらは全てあっさりかわされてしまった。

「さっきよりも遅くなってるわ」
「ハァハァハァハァッ! こ、このおおおお!!」
「自分では気づけないでしょうね。うふふふふ」

 華麗な舞を踊るようにサリアは攻撃を避け続ける。
 その舞が軽やかであればあるほど健士の胸に絶望感が去来する。

 そんな時、サリアが健士から2メートルほど距離をとった。

「ねえねえ、ボクシングルールでも私になら勝てると思っていた。そうでしょう?」
「当たり前だ! 俺は、キックボクシングのチャンピオンだからな」
「クスッ、わかってないなぁ~」

 するとこの試合で初めてサリアが健士に向かって構えた。
 キックボクサーを思わせるような軽快なステップとともに。

「シッ!」
「な、なにっ!」

 この試合で初めて見せるサリアの蹴りは、健士も惚れ惚れするほど美しかった。
 まるで教科書どおりのムエタイ式のキック。
 しかも的確に今の健士がかわせない場所へ叩き込んでくる。

ガッ、バシッ、ビシイッ!

「あがああっ!」

 キック三発目を左足の太ももに浴びて健士が呻く。

「女の蹴りでもけっこう痛いでしょ?」

 健士が痛めつけられた足を気にして防御しているのを見て、サリアは構えを解いて微笑んだ。
 まるで自分のほうが健士よりも上だと言わんばかりに。


「さて、と……そろそろ決めてあげるわ」
「くっ!!」

 大技が来ると思った健士が身構えるより前に、サリアが鋭く踏み込んできた!

「受け止めなさい。脚刀・五段落とし」

 サリアが健士に放ったのは五段蹴りだった。左足を軸に上下に打ち分けた後で、反対側の足でも相手を蹴り上げる双龍脚をミックスさせたような技。

 それはキックボクサーの目を持ってしても見きれない動きだった。

「うっ、あっ、がっ! なっ、ああああぁぁ……!!」
「全弾ヒットしちゃったね。ふふふっ♪」

 蹴り終わったあとでサリアが楽しそうに笑った。
 彼女の着地と同時に健士が崩れ落ちる。

「まだ倒れちゃダメなのに」

 もはや立ち上がることができない健士の足首をガッシリ掴むサリア。
 自らも身をかがめ、マットに転がされた健士に絡みつきながら脚4の字固めへと移行する。

ギチイイィィッ。

「うぎゃああああああああああああああああああ!!!」
「このとおり、私は投げも打撃も関節技も使うからね」

 固めた部分に痛みが走るように、ギシギシと健士の膝から下を痛めつけるサリア。
 そのサディスティックな表情は笑みを含んでいた。

「あなたは打撃だけでしょう?
 その時点でかなり不利だと思うんだ」

 それから二分近く、彼の足を痛めつけてからサリアが技を解く。
 もはやこの試合中は健士が満足に蹴りを放つことはできないと判断したのだろう。

 満身創痍の彼を見てもレフェリーは試合を止めなかった。
 ダウンは申告制なのだ。
 やがてロープにすがりつきながらも健士は立ち上がった。

「あなた、その様子だとここのランキング情報をあまり真面目に見てこなかったのね」
「え……」
「今あなたの目の前にいる対戦相手は、ここのランキング一位なんだよ♪」

 どういうことだ、と聞こうとして健士は思いとどまる。
 確かに相手は連勝中と聴いていた。
 試合前のレフェリーも、マッチングに問題はないと言っていた。

「だからといって、俺が遅れを取るわけが……」

ビシイイッ!

「うあああああああああああああああ!!」

 思わず棒立ちになってしまった健士を戒めるようなサリアのローキックが炸裂する。
 無防備なところに強烈な蹴りを受ければ、当然その場に転がされてしまう。

ギュリッ!

「ぐあっ!」

 そんな彼の腹をサリアは右足で踏みつけた。

「ここのチャンピオンは色々あって空位だから、実質私がここで最強なのに勝てると思って挑んでくるなんてね。ちょっと危機感が足りないんじゃないかなぁ? うふふふふ」

ドウッ!

 サリアはそのまま彼の腹に膝を落とした。そして声すら出せずに悶絶する健士の下半身に手をかけ、股間を隠していたパンツを剥ぎ取ってリング外へと放り投げる。

「犯してあげる」

シュルルル……

 会場内にどよめきが起きる。
 サリアも下半身にまとっていた水着を脱ぎ去ったからだ。

「格闘技で負けて、男としても負けてしまえばこの上ない屈辱じゃないかしら?」

 嘲笑をたっぷり含んだサリアの声が降り注いでくる。
 さっきまでの彼なら怒りに身を任せて立ち上がっていたに違いない。
 しかし健士は別のことを考えていた。

(きれいだ……これがオンナの……)

 まぎれもなくうっとりした様子で彼はサリアを見つめていた。

 眩しいライトを背にして突きつけられた女性器。
 サリアの秘所は陰毛がなく、ツルツルしていた。
 それが童貞の健士には神々しく見えてしまったのかも知れない。





「「サーリア! サーリア! サーリア!」」

 会場内の割れんばかりの歓声で、ようやく健士は我に返った。
 目の前にいるのは下半身を露出したサリア。
 その裸体を見て一瞬でも綺麗だと思ってしまった自分を、健士は激しく責めた。

 しかし彼の思惑に関係なく、サリアはしっかり膨らみきったペニスに手を添える。

クイッ……

「うあっ!」
「準備はいいかしら?」

 ペニスの先端からはすでに透明な雫が滲んでいた。
 それを見てサリアが笑う。

「お客さんが見たいって。あなたが私に処刑されるところをね」
「な、なっ! やめろっ、やめてくれ……」
「却下よ。もちろん観衆のリクエストには応えるわ。ここはそういう場所ですもの」

 屹立したペニスをサリアはなんのためらいもなく自らの秘裂へと誘う。

ヌチュリ……

「うああああっ!」

 健士が思わず声を出してしまうほど、その場所は暖かくぬめっていた。

(これから俺は、このオンナに犯されるのか……)

 ヌルヌルした神秘の泉を前に、健士は不安定な気持ちになる。
 軽い恐怖と絶望、試合中であることの恥ずかしさ、そして初めての性交による快感を求める心……。

「頼む、俺は……お、オンナと交わったことなんて!」
「そんなの最初から気づいてるわ。童貞クン♪」

 恥を覚悟で懇願した健士を一蹴するサリア。
 切れ長の瞳の中に情欲を燃やしながら、彼女はぺろりと自らの唇を舐める。
 その仕草が色っぽくて淫らで、健士はゴクリとつばを飲んだ。

「とびきり恥ずかしくて、気持ちいい思い出にしてあげる。
 私と交わったことで一生のオカズにできるくらいにね!」
「まっ……うあ、あっ、あああああああああーーーーーーーーーーーーー!!」

ズチュウウウウウウウウウッ!!

 サリアは彼の願いを無視して一気に腰を落とした。腰を斜めに傾けながらの挿入のせいで、健士のペニスは膣内で微妙にねじられることになる。

「48の処刑体位のひとつ・女体閂(にょたいかんぬき)」

 それは松葉くずしという体位の変形技のようで、二人は深く結合した。
 蕩けきった膣肉が健士を多い包むと同時に、サリアは彼の上体を引き起こす。

「ああああああああーーーーーーーーーーーーっ!!」
「気持ちいい?
 この体勢って騎乗位よりも屈辱的だよね」

 あまりの快感に健士は叫ぶしかなかった。

ぎゅうううっ!

 抱き上げた彼の脇に腕を通し、サリアがさらに深く体を密着させた。
 いわゆる対面座位と呼んで良い状況だが圧倒的に主導権はサリアにある。

「目の前に女の体があるのに何もできないし反撃もできない……」
「あああっ、やめてくれええええ!!」
「これで中出しなんてしようものなら、末代までの恥だよね?」

ニッチュ、ニッチュ、ニッチュ、ニッチュ……

 淫らな水音が響くが、これは全て彼女の腰振りによるものだった。
 健士はまだ手足に力が入らず、自分から動くこともできない。
 事前に打撃や関節技で徹底的に痛めつけられた健士は、サリアの性技を甘んじて受けきるしか道がないのだ。

(これが、セックス……いや、ありえない、こんな、こんなきもちいいなんてええッ!)
 あまりにも甘美な刺激。
 抗うこともできない快楽の渦は童貞の彼にとって過酷な試練だった。

「そして私はあなたがじっくり崩れていくところを見られちゃう……」

 余裕たっぷりの相手を健士は見上げる。
 目線の高さは少しだけ彼女のほうが上……それだけでも健士にとって充分に屈辱的なはずなのに、それ以上にサリアと肌を合わせていることが心地よくてたまらなかった。

(近くで見るとこんなに、きれいなのかこの人……)

 思わず魅了されかけて思いとどまる。
 目の前にいるのは、憎しみはないが今は自分の対戦相手。

 格闘技で遅れを取ったのは事実だが、男として負けを認め続けるわけには行かない。
 せめてこの状況から抜け出せればと思って健士はロープに手を伸ばすが、

「無駄よ」

くちゅうううううううううっ!

「あああああああああああ!!」

 サリアが軽く腰を捻っただけで、彼の決意は瓦解した。

(きもちよすぎる、こんな、からだがアメみたいにとろけちまう……!)

 ロープへ伸ばしたはずの自分の手が無意識に彼女に触れていた。
 柔らかな女体に身を預ける時間が長引くほど、戦う気力が薄まっていく。

フニュッ。

 サリアは彼の手を握り、自らの胸へ導いた。

「うあっ、やわらかいよおぉぉ……」

 形の良いお椀型のバストが彼の手の中で形を変える。
 その弾力が新たな刺激を生み出し、健士の手のひらを通じて彼のペニスへ快感として伝わってゆく。

「ね? あなたの肉体はすでに私の虜だもの」
「ちが、う……」
「ふふっ、まだ抗うの?
 あとはゆっくりココロを堕落させるだけなのに」

 そう言いながらサリアは彼の方に手をかけた。
 そして上体を浮かせ、ペニスが抜けるギリギリまで腰を持ち上げる。

「ああっ、抜ける……これで」
「ふふっ、抜けないわよ?
 それにあなたに選択権はないの」

どちゅううううううううううっ!

「んはあああああああああああああ!!」

 亀頭だけくわえられた状態から一気に膣奥へとダイブ。
 サリアはのけぞる彼を見て鈴のように笑う。

「じゃあそろそろイかせてあげる」

 快感でブルブル震えだす彼の方にもう一度手をかけるサリア。

「や、やめて……」
「ダメよ」

 そしてまたさっきと同じように一気に膣奥へ彼を誘う、思い切り抱きしめる

ヌチュヌチュヌチュヌチュ……

「あああああああああああああーーーーーーーーー!!」

 その動作を4回繰り返した後、サリアは全身を彼に預け、思い切り抱きついたまま囁いた。

「イって。童貞クン♪」

びゅくっ、びゅるるるるるるる~~~~~~~~!!

 甘い声でサリアが囁いたのをきっかけに、とうとう健士は我慢しきれなくなってしまう。
 壊れた蛇口のようにペニスは射精を続け、あっという間に三度も精を放つ。


「いい射精ね。このまま何度も精を放って、私に骨抜きにされちゃいなさい」

 もはや健士は口を開けたまま快感に咽び泣くだけになっていた。
 だがそれでもサリアは彼に抱きついたまま小刻みに腰を振り続ける。

「女体閂の結合は解いてあげないわ。
 さあ、もう一度吐き出しなさい? そのうち優しく気絶させてあげる」

 抱きしめられているうちに健士の中でサリアのイメージが変わっていった。

(サリア、サリアさまああああぁぁぁぁ!)

 自分から精を捧げたくなるような、めくるめく快感を与えてくれる女神。
 健士にとって、サリアが崇拝する存在に昇華された瞬間だった。

「いい子ね。もっと可愛がってあげるね♪」

 ゆらゆらと腰を回転させながら、限界の先にある射精へとサリアは導こうとしている。
 今夜、一人のキックボクサーが敗北した。

 連勝中のバトルファッカーがまた記録を伸ばした。

 サリアと健士の一方的なバトルファックに会場内では歓声が沸き上がり、慌ててトイレへ駆け込む観客が激増してしまうのだった。








■あとがき



 会場内が興奮のるつぼと化している中、リングよりかなり離れた席で一人の男が手元の酒瓶をフロアに落とし、わなないていた。

「あのサリアって女、なぜジェイルアーツ(監獄闘技)を……ッ!」

 彼は脱獄囚であり、この国の機関で拘束され続けていた重要人物だった。
 そして近日中に拘束施設の責任者に、性的な処刑をされることが確定していた。

 ジェイルアーツというのは彼が収監されていた監獄の責任者たちが習得する性技であり、48の殺人技とも呼ばれている。
 どれも男を枯れ果てさせることに特化した門外不出のテクニックなのだ。

 試合の途中までは他の観客同様に興奮していた彼だったが、大画面に映されたサリアを見てからある種の疑念が生まれた。

 そのせいもあって冷静に試合を見つめていたのだが、最後の大技を見た瞬間、疑念が確信へ変わった。

「あ、あああ! やはり間違いない、あれは……サラ……院長……
 サリアっていうのは偽名だ!」

 この会場内で唯一人、正確にサリアの正体を見抜いた人物が彼だった。

 画面の中にいる女と偶然目があったせいで、彼は今まで動けなくなっていた。
 美貌に隠された氷のような狂気は、拷問を生業とする施設の責任者特有のものだった。
「なんで、やっとの思いで逃げ出した先にサラ院長がいるんだ……」

 相手が誰だか判明した以上、急いでこの場から離れなければならない。
 男は落とした酒瓶もそのままに、誰にも気付かれぬよう出口を目指す。
 人目を気にしながら外を目指して小走りに先を急ぐ。

「くそっ、できるだけ遠くへ、ウグゥオオッ!?」

 しかし会場を出た直後、彼は何者かに取り押さえられてしまう。





 ここはバトルファックスタジアム。
 月に数回、淫らで凄惨なバトルが繰り広げられる欲望の聖地。

 選ばれた人間しかたどり着けない場所なのだ。





『 バトルファックスタジアム  ~キックボクサーVS翻弄闘技の女 』  (了)










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