『つまらなそうなにしてるけど実は忙しかった彼女』
気まずい。隣りに座ってる彼女が喋らない。
今日から休みが始まったというのに、俺と彼女の間には数分前からどんよりとした空気が、つまりは沈黙が横たわっている。
「つむぎ、元気ないな」
「なんで?」
「いや……退屈すぎてキレ始める頃かと心配になったのさ。なんかテレビでもつけようか?」
「はぁ~、もしかしてボクが苛立ってるように見えたの?
ぜんぜん違うよー。もうちょっとしっかり観察してくれないと」
そう言い放つと、つむぎはぷくっと頬を膨らませた。
彼女はバイト先の後輩。肩のあたりまで伸びた黒髪がきれいな女の子だ。
あれこれ教えてるうちに真面目なところが好きになったので、思い切って告白してみたらすんなりオッケーがもらえた。
付き合い始めて一ヶ月が経つけど、プライベートでは自分のことをボクと呼ぶのには驚かされた。
「こう見えても繊細なんだよボクは。色々悩みだってある」
交際相手の部屋へ勝手に悩みを持ち込まれても困るので、それとなく尋ねてみる。
「たとえば? うーん、そうだなぁ……悩みがないことが悩みかもね!」
「悩んでいないのと同じでは……」
「ちがうちがう! こういうのは言葉にするのは面倒だよね。
確かにあんまり悩みらしくないけど」
すると突然つむぎはいったん俯いてから、もう一度俺の方を向いて顔を突き出してきた。
「んっ……」
目を閉じて呼吸を止めているように見えるし、恥ずかしそうにしてるようにも見えた。
キスをせがまれてるのはわかる。
早くしてと言われているような気もする……なぜかこっちまでドキドキしてきたぞ。
誘われるままにそっと唇を重ねてみる。
すごく柔らかかった。
「チュプ、ちゅっ……ちゅ……ふふ、もう一回♪」
「っ!?」
意外なことに彼女の方から舌を入れてきた。さすがに焦る。
もっと軽い、イタズラみたいなものと考えていたからだ。
そう言えばこれってオレたちのファーストキスでは――
「キミと触れ合うのは楽しいよ……だから、ちゅっ、ちゅう、うぅぅ……♪」
薄く目を開けながらつむぎが笑った。それだけで一気に興奮が高まる。
真っ黒でつややかな髪も、唐突な性格も、少し癖のある喋り方も含めて彼女のことが好きなんだと実感する。
「どうしたの? 目がトロ~ンってしてるけど」
俺が夢中になっていることに気づいたのだろう。
つむぎのほうからゆっくり俺の首に腕を回して、ギュッと抱きついてきた。
控えめなサイズの胸がしっかりと俺に押し当てられて、また少しだけ焦る。
「キスだけでイっちゃうのかな……ふふふ」
首に回されていた腕が解けて、代わりにそっと伸びてきた手のひらが俺の背中をさする。
それからゆっくり腰へ……さらにズボンの中へと滑り込んできた。
「ッ!! んうううううぅぅぅ!?」
彼女の小さな手がそのままの勢いでペニスを捉え、二本指でカリ首をクニュクニュとひねり上げた瞬間、
ビクビクビクビクッ!
俺の下半身が溶け出した。彼女の手のひらに射精してしまったのだ。
つむぎはじっと動かず、何も言わずにすべてを受け止めてくれた。
やがて俺の衝動が収まる頃、静かに手を引き抜いてベッドの傍にあったティッシュで指先を切れに拭き取った。
「最後のはオマケだよ。感謝の気持ち」
「感謝って言われても……何に対して?」
「にぶいなぁセンパイ。
いつもそばにいてくれてありがとう。
まさか夏休みまでボクに付き合ってもらえるとは思ってなかったよ」
まるで小悪魔のように振る舞う彼女にさっきまでとは違った意味でドキドキしてしまう。
つくづく俺はまだ彼女のことを知らないんだと思い知らされた。
こんなに刺激的で、こんなにも繊細で……しかも優しいだなんて。
「退屈そうにしてたんじゃなくて、整理していただけなんだ。
むしろ頭の中はすごく忙しくてね」
「全然そんなふうには見えなかったぞ……!?」
「だからもっと観察力を磨いてよね!」
つむぎが俺に向かって、ピッと指を立ててウィンクをしてきた。
機嫌が悪そうな様子ではないので改めてホッとする。
「これからの時間をキミとどうやって過ごそうかなぁ……
でもこれって贅沢な悩みだよね。ふふっ♪」
今度は俺の方から隣りにある背中を抱きしめてみる。
つむぎの細い体をすっぽり包み込んでみてわかったことがある。
どうやら胸がドキドキしていたのは俺だけではなかったようだ
なにかに安心した俺は、腕の中の彼女を少し強めに抱きしめるのだった。
『つまらなそうなにしてるけど実は忙しかった彼女』(了)
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