『年に一度のはずだった約束』
都心から自動車で約八時間。
渋滞もなく、真っ直ぐな道路を法定速度で走る。
「思ったより早く着いちまったな……」
まだ夜明け前だった。最後の料金所を過ぎて一息つく。
今年も終りが近づいていると実感した。
道中で大雪に見舞われることもなく無難に帰省することができた。
喧騒とは全く縁がなさそうな田舎。いや、秘境といって良い地域。
初めてクルマで来た時はコンビニすら見つけるのが難しかったと記憶している。
「お世話になります」
車中で二時間ほど仮眠を取り、コンビニで食事をしてから目的地へ到着した。
親しき仲にも礼儀あり。きちんと挨拶せねば。
一段落して通された部屋に寝転がる。
布団とテレビと木枠の窓。うん、やはりド田舎だ。
何の気無しにぼんやりと天井の隅を眺めていた。
「まあ、なんていうか……暇だよね」
かろうじてスマホの電波は拾えるので問題ない。
ニュースを読んでいると階段を駆け上がってくる音が聞こえた。
「おかえり! おにいちゃん!!」
従姉妹の美優紀だった。
今年で二十歳を迎えたはずだが、相変わらず黒髪ショートボブなので女子高生時代の面影が消えない。むしろ女子高生のままで通せるのではないだろうか。手足はスラリとしていて美少女と言えないこともない。
「うおっ、お? なんでお前がここに……」
「今日帰ってくるってばあちゃんに聞いたから!」
こちらに着いてから挨拶に行く予定だから内緒にしといてくれと言ったのに、口が軽いなばあちゃん。田舎だから仕方ないか。
それにしてもこの年になっておにいちゃん呼ばわりされるのは面映いが、美優紀はやめろと言って素直に聞くような性格ではない。
ただ、まあ……きれいになってやがる。まずいな。
あれやこれやと近況を話し合う。
さっきまでの退屈な時間より千倍マシだ。
しかし、美優紀は不意に俺が聞かれたくないことを切り出してきた。
「一年前の約束、忘れてないよね?」
「あれか……」
とぼけるわけにも行かず、言葉を濁すので精一杯だった。
二十歳になったら付き合ってほしいと言われたのだ。
忘れるわけがない。
「きれいなカノジョさんできた?」
首を横に振る。嘘はつけない。
「じゃあフリーってことだよね!」
首を縦に振るわけにも行かないのでじっとしてる。
ここでの行動ひとつで今後の展開が変わってきてしまうだろう。
エロゲの選択肢みたいなものだ。
付き合うと言えば彼女は喜ぶかもしれないが、間違いなく遠距離恋愛だ。
俺か美優紀のどちらかが、心が折れて終わる確率が高い。
(一度経験してるから嫌なんだよなぁ……あれ)
以前、元カノとそういう関係だったのだ。
頑張ろうと思ったけど俺のほうが無理だったのを思い出す。
美優紀にそんな思いをさせたくはない。
「あのな、年末年始はおとなしく過ごしたいんだ」
「なにそれ?」
きょとんとした顔で俺を見つめている。
グイグイくるタイプの美優紀は想定外の言葉に弱い。
「ふぅん、じゃあ他のこと話そっか」
「そうしてもらえると助かる」
「じゃあさー……」
こちらの意図を察してくれたのか、とりあえずその話題から離れてくれた。
それにしても要所要所でかわいいなこいつ……
絶対に俺の目を見てそらさないし、こっちが恥ずかしくなる。
この従姉妹は優しい。
案外、俺とうまくいくのかもしれないな。
「私とおにいちゃんってさ」
「うん?」
「半年ずれてるけど、織姫と彦星みたいでいいと思わない?」
距離が離れていると言っても千キロ以内だ。
七夕に例えるなんて恐れ多い。
「うーん、ずいぶんと大げさな比喩だと思うけど」
「そんなことないよ。会いたかったんだからね……」
美優紀がススッと近づいてきて、俺の隣に座る。
コツンと俺の肩におでこをぶつけてきた。
やわらかそうな黒髪が触れる。
「おにいちゃん……」
この距離は反則だろう。
せっかく俺のほうからソーシャルディスタンスを保っていたのに、こいつの斬り込みのせいで全部無意味になった。
さらに何も言わずに美優紀が目をつむった。
素直に可愛いと思える。泣きぼくろあったんだな……
確かめるように顔を近づけると、急にパチっと目が開いた。
「して……」
ささやくような色っぽさに、俺はあっさり負けた。
リクエストに応える。唇の柔らかさがたまらなくて、自分から彼女を求めてしまう。
もう一度、また一度……いつの間にか美優紀を抱きしめていた。細身でありながらしっかりと柔らかさを感じさせる彼女を大切に感じる。黄色の縦セタの下にあるバストは予想以上に大きいのではないだろうか。いろいろなことを考えてしまう。
やがて長いキスが終わり、気持ちが落ち着くはずだった。
(うっ……!)
思わず声が出そうになる。
美優紀の手がいつの間にか俺の股間に触れていたからだ。
「あはっ、ここは相変わらずだね」
遠慮がちに俺のズボンの隙間へ手を差し込み、美優紀がニタっと笑う。
ペニスが細い指先でしっかりと握り込まれていた。
短いストロークでしごかれ、すぐにクチュクチュという音が漏れ出す。
狭い部屋だ。勝手に反響する。
(こいつの手、やばい……!)
先端を撫でられ、指の先で引っかかれた。痛みはない。
むしろ快感でジンジンと痺れだすようだった。
美優紀が傍で見上げてくるのが恥ずかしくて、心地よくてたまらない。
「そんなに私の手が好きなんだ? よしよし♪」
言葉通りに俺を優しく責めてくる。
だけど愛情たっぷりだから拒めない。
去年もこういう場面があって、その時の俺は危うく彼女の虜になりかけたのだ。
(あ、あああ、なんで、そこばかり!)
ツツツ、と指先でなぞられるたびに背筋が震える。
手コキの天才――それが俺のつけた美優紀の二つ名だ。
「あう、うううっ!」
「ふふふ、かわいいなぁ♪ あっ、そろそろみたいだね?」
「み、みゆきぃ……」
「うんうん、いいよ。もっと気持ちよくなろっ?」
にっこり微笑みながら手の速さを調節してくる。
シュルシュルと柔らかく撫でられていたかと思うと、力強く絞り出すような動きに変化した。そしてまた優しい刺激に切り替えられ、勝手に俺の口が快感で開いていく。
こんなことを繰り返されては我慢などできるはずもない。
「でるっ、出ちまう!」
背筋がビクビク震えだす。
我慢しなきゃいけないのに。初日からこんな、淫らな関係で過ごしたくないのに。
美優紀とは純粋な繋がりでいたいのに、既に彼女が成人したことや俺に好意を持ってくれてることが思考をかすませる。
「おにいちゃん、一年分の思いを私の手に出して!」
そう言いながら美優紀がペニスの先端を揉み込んできた瞬間、
ビクビクッ、ビュクッ、ビュクウウッ!!
「んああああああ~~~~~~っ!!」
必死で声を殺しながら彼女にすがりついた。
俺の我慢など紙切れのように簡単に吹き飛んでしまった。
何度も痙攣する俺を見ながら、美優紀は満足そうに微笑む。
ニュルニュルになった手でさらに亀頭を責められ、俺は悶絶した。
十分以上かけて精液を搾り尽くした美優紀に、俺は思い切って聞いてみる事にした。
「お前、気にならないのかよ」
「何が?」
俺が尋ねると、美優紀はさっきと同じようにキョトンとした顔をしていた。
(早漏なのが恥ずかしくて仕方ないんだ!)
悔しそうに歯を食いしばる俺を見て、美優紀は何かを感じたらしい。
「おちんちんのこと?」
「うん……」
それからたどたどしく事情を話した。
性的なことなので言葉を選ぶ。
早い男はだめだと、かつて俺は元カノから言われたことがある。
それが今も尾を引いてトラウマになっていたのだ。
「おにいちゃん、そんなの気にしてたの?」
「そんなのってお前……」
実際、彼女にとっては些末な事かもしれないが、俺にとっては女性と付き合うのをためらう程度には大問題なのだ。
「俺は美優紀を幸せにできる男じゃないのかもしれない」
「なんでそうなるかなぁ~」
戸惑い続ける俺を彼女がギュウ~っと抱きしめてくれた。
「いいじゃんべつに。私はおにいちゃんに会えて嬉しいんだからさ!」
「えっ」
「ずっと一緒にいたいけど、おにいちゃんは年明けには帰っちゃうでしょう。
だから今だけはいっぱい愛してあげる!
昔の悪い女のことなんて忘れちゃいなよ」
屈託のない笑顔で彼女は言う。
(お、お前……俺がどれだけ我慢していると思ってるんだ!)
やばい、今度こそ本気になってしまいそうだ。
去年も一昨年も我慢してきたのに、今年はダメかもしれない。
織姫や彦星みたいな関係じゃ足りない。
毎日こいつの顔を見ていたい。
そんな思いがムクムクと膨らんでくる。
このまま美優紀を連れて帰りたい……いや、だめだ。
そんなことを口にしたら最後、喜んで着いてきそうだ。
間違いなく下にいるばあちゃん達を喜ばせてしまうことだろう。
「……結婚はまだ駄目だ!」
「なっ、何言ってるのおにいちゃん! いきなりプロポーズしないでよっ」
思わず口走った俺の言葉が美優紀に突き刺さったらしい。
りんごみたいに真っ赤になった可愛い従姉妹の髪を優しく撫でてやる。
「落ち着け。プロプーズなんてしてないって」
「ううん、今の絶対プロポーズだよ! お母さんに報告しなきゃ」
もはやパニック状態になりつつある美優紀を抱きしめる。
このまま部屋の外へ出すのは危険すぎる。
美優紀が母親へ誤報を流すのを必死で思いとどまらせねば。
帰省して早々、難題にぶち当たったけど、今年もどうやら平和に年を越せそうだ。
そして来年もいい年でありますように。
(了)