『お揃いの午後』 スライムバスター 番外編




 転職の神殿に近い「賢者の森」を抜けた先に、遠くの街を一望出来る小高い丘がある。 
 スライムバスター・ウィルの家はそこに建てられていた。

 しかし今、ウィル本人は不在である。
 ハンター協会から急な依頼があったのだ。

 そして主が不在の家の中では、一人の女性が鏡を前に悩んでいた。

「髪型は決まったけど、いつもどおりだよね……」

 彼女の名をライムといった。
 かつて「紅の魔女」と呼ばれ、畏怖されていた存在。

 ただ見た目はほとんど人間と変わらない。
 なぜなら彼女は人間と魔物のハーフであった。

「あいつ、いつも褒めてばかりだからこっちがわかんなくなっちゃうのよね」

 少し頬を膨らませながら彼女は言う。
 彼との約束がある日に限って急な依頼が舞い込むことが多かった。

「早く帰ってこないかな、ウィル……」

 ポツリと呟いた一言の中に自分の本音が見え隠れして彼女は赤面する。

「あ……」

 ふいにリボンが解けて髪が乱れる。

「もうちょっと遅く帰ってきてくれたほうがいいわね」

 鏡の中で彼の帰りを待つ自分を見ながらライムは笑った。
 耳につけていた青い宝石が埋め込まれた装飾品を外し、指で弄ぶ。

「ふぅ……」

 彼からもらった装飾品を手のひらに乗せてじっと見つめる。

「気持ちを聞かせてもらっても、なんとなく嘘っぽいっていうか」

 ライムは昨年のクリスマスのことを思い出す。
 一年の内に何回か、ウィルが恥ずかしそうに愛をささやくことがある。

 そんな時、決まって彼女は聞こえないふりをしている。
 ウィルもそれを感じているのか同じことは二度と言わなかった。

「つかみどころがない男なんて、私は好きじゃないはずだったのにね」

 彼の性格に影響されて自分も変わったとライムは考えていた。
 それまでは呆れるほどのマイペースで、他者との関わりを重視していなかった。

 でも今は以前ほど結論を急がなくなったし、相手が何を考えているのかを探るようになった。視野が広がったと自分でも思う。

「ウィル、今年も言ってくれるのかな……」

 手のひらに乗せた宝石がキラリと光を放った。

「どうしようかな……」

 光を反射した青い宝石をじっと見つめながら、ライムは鏡の中に変化があったことに気づいた。

「何を悩んでいるんだい?」
「ヒッ!!」

 思わず装飾品を落としてしまいそうになり、びっくりして声を上げてしまう。
 鏡に映っていたのはウィルその人だった。

「な、な、なっ!?」
「どうしたの? ライム」
「このバカアアァァァーーー!!」

 慌てふためきながら彼を見つめ、口から出てきたのはいつもの言葉だった。

「え、えええっ、なんで怒られてんの僕!?」

 言葉とは裏腹に、おどけた様子でウィルが言う。
 ライムは気持ちに余裕のない時ほど罵声を発するので、それをわかった上で楽しんでいるのだ。

「あっち、あっち行って!」
「あの、ライム……」
「話しかけないでっ!! まだ準備中なんだから」
「そ、そっか……」

 ここで彼はいつもどおり素直に引き下がる。
 そしてしばらく沈黙。
 自分に背を向けて、時々鏡越しにこちらをチラチラ眺めている彼女の言葉を待った。

「かか、帰ってくれなら連絡してよね!」
「何回もしたけど」

 彼の言葉でライムは気づく。

(あ、さっき耳につけてたイヤリング外したから!)

 装飾品についてる青い宝石には通信機の役目もあり、身につけている限り彼と交信できる。ライムが外していた時にウィルからの呼びかけがあってもおかしくはない。

「連絡したって届いてなきゃ意味ないじゃない!」

 逆ギレである。

「そ、そうだよね……」
「言い忘れたけど、おかえり!」

 自分の勘違いを強引に打ち切るライム。
 それを知ってか知らずか、ウィルは静かに微笑むだけだった。

「ただいま。早めに帰れたよ」
「ふ、ふぅん? それで?」

 まだライムが慌てているなと思いつつ、ウィルは彼女の背中を見つめながら続ける。

「今年は僕と一緒に出かけられるね」
「ッ!!」

 彼の優しい言葉にライムは赤面した。
 長い髪で耳は隠れているだろうが、恥ずかしいことに変わりはない。

(わ、私の気持ちを見抜かれてるみたいで悔しい!!)

 朝からずっと楽しみにしていたのだ。

 それをウィルも気づいてくれたのだろうか。

「そうね……約束を守ってくれるのはありがたいわ」

 再び装飾品をつけながら彼女が言った。
 そして振り返ると、口をポカーンと開けたウィルの顔が見えた。

「何よ」
「あぁ、今のって、僕感謝されたんだよね」
「は?」
「いや、ライムが素直に褒めてくれるなんて珍しいなーって」
「す、素直じゃないわよ!」

 ライムは反射的にそう切り替えしてしまったが、

「素直じゃないんだ……」
「ち、ちがっ! 今のは間違いで、私はいつでも素直なの!」

 自分の間違いに気づいて訂正した。
 だがそのおかげでますます恥ずかしい気持ちになってしまう。

(ああ、あ、あたしのバカ! ウィルに何言ってんのよー!!)

 しばらく沈黙した後、彼女の前で彼が笑い始める。

「ふふっ、ふふふふ」
「笑うなーーーーーーーー!」

 ライムは拳をギュッと握りしめて彼を睨むが、その表情が可愛らしかったのかウィルの表情に変化はなかった。
 そして彼は無理やり笑うのをやめてこう言った。

「ううん、違う。嬉しくてさ」
「なんの事……?」
「それ、ちゃんと持っててくれたんだね」

 ウィルが指差したのは彼女の耳に光る装飾品だった。

「あっ!」

 ライムはいつも指輪やネックレスを身に着けているわけではない。
 特別な時のために大切に保管しているのだ。
 でもそのことを彼から指摘されたことは今までなかった。

「ライムは恥ずかしがるかもしれないけど、僕はお揃いのものを身に着けてるのって安心するんだ」

 彼は左手を持ち上げて、光る指輪をライムに見せた。
 そこには彼女の耳に輝く青い宝石と同じものがはめ込まれている。

「ライムはやっぱりこういうの苦手かな?」
「も、もういいから! 早く行くわよ!」

 ライムは彼の腕を引っ張るようにして外へ出た。

 まだ寒い空気の中、陽射しだけはすでに春の様子を見せている。

 自分から彼の手を引っ張って街へ向かう道中、いつもより少しだけライムは上機嫌であった。





(了)


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