『お揃いの午後』 スライムバスター 番外編
~後日談、余興~
バレンタインデーの夜。
街でのデートを終えた二人はリビングで紅茶を飲んでいた。
「あのさ、ライム」
「ん?」
左手の人差し指と中指の間に薄い板上の菓子を挟みながら、ライムが彼の方を向く。
リズムよく食べるのを邪魔されたので若干不機嫌そうな目をしている。
「それ僕のチョコだよね」
「違うわ。私がウィルにあげたチョコだから、基本的に私のものよ」
「えぇ……」
そして彼女はためらいなく左手の菓子を頬張った。
彼のためにライムが選んだ上等な品である。
軽く焼き上げたクッキーの間にホワイトチョコが挟まれたラングドシャ。
その店人気の一品であり、美味しくないわけがない。
「百歩譲ってあなたと私のものってことにしてもいいわ」
「じゃあそれで」
こういう時ウィルは決して彼女に逆らわない。
彼にとっては些末なことであり、会話のきっかけ程度にしか考えていないからというのも理由のひとつである。
何よりウィルは上機嫌なライムと過ごす時間が楽しかった。
「もう何度目か忘れたけど、結構長いよね」
「なにが?」
「ライムがここへ来てから長い時間が経った」
彼の言葉を聞いたライムの指先がピタリと止まった。
「もしかして私のこと邪魔だと思ってる?」
「いや、そうじゃなくて」
「私がウィルのこと好きでたまらないとか思い込んでたり?」
それは幸せな時間が長く続いてほしいという願いを込めたウィルの発言だったが、ライムはまったく別の解釈をしていた。
「そんなにうぬぼれてないって!」
「フフフ♪ 少しはうぬぼれてもいいのに」
彼女の微笑みを感じてウィルは内心安堵した。
どうやら機嫌を損ねたわけではないらしい。
そして紅茶のカップを口に運び、喉を潤してからライムが言った。
「たしかにウィルの言う通りだわ。
ずっと一つの場所にいることなんて今までなかったかもしれない」
ぼんやりと窓の外を見つめるライム。
以前もこういう場面があった。
その時のライムは遠い昔を思い出していた。
「どうしてずっと同じ場所にいなかったんだい?」
「みんな私のこと怖がるじゃない」
「そうかな」
「そうよ。ウィルが変わり者すぎるのよ!」
言葉は強めだけど、怒った様子ではなかった。
両手で紅茶のカップを包むように持ちながら、ライムは手元を見つめている。
ウィルは紅茶を一口飲んでから、彼女の肩に手を置いた。
「僕はね、ライムはいつかここから消え去ると思ってた」
「消え去る? 私がウィルから逃げると思ってたんだ」
ライムがウィルの顔を見る。
その表情はどこか不安そうにも見えた。
「もともとキミを縛るつもりはなかったから、それも覚悟していたよ」
「転職の神殿を混乱させた私の後見人になったのに?」
「うん。仮に拘束しようとしても、ライムはきっと自力で抜け出してしまう。だからいっそ自由にしてあげたいなと思った」
ウィルの言葉にライムは目を大きく見開いた。
さらに彼の言葉は続く。
「それならもっと居心地がいい場所にしてあげたいと思った」
さらりと言い切ったウィルの言葉にライムは打ちのめされた。
今までそんなふうに思われていたことに驚いていた。
逆に自分は彼のことを出し抜いて逃げ出そうと考えたこともあるのに。
(でも今までそれをしなかったのは、彼の優しさに甘えていたから?)
自分でもよくわからない感情だった。
動揺を隠しながら、ライムは彼に問いかける。
「あなたこそ、私の何がいいのよ……」
以前一度聞いたことがあるけど、聞きたい。
その時と同じ言葉を彼に言って欲しい。
(好きって言われたい。
ライムが必要だって、言わせたい。
そうすれば前とは違う気持ちになれるかな……)
ぐっと唇を噛むようにしながら彼を見つめる。
ウィルの表情は普段どおりだった。
しばらく沈黙したまま時が流れた。
「ライム、またそれを僕に言わせる気?」
「ッ!!」
少しだけ照れた様子の彼の顔を見て、彼女も赤面する。
今夜のウィルは手強い。
「……い、言わなくていいわ。その代わり」
ライムは立ち上がり、彼の手を引いてベッドルームへと向かった。
(つづく?)